リアクション
卍卍卍 ドーン、ドーン、ドーンと太鼓が響く。 大奥では、マホロバ将軍鬼城貞継(きじょう・さだつぐ)の平癒を願っての祈祷が行われている。 貞継は先日から体調を崩し、伏してしまうことが多くなった。 将軍が倒れれば、世継ぎの目処がたたない将軍家はもちろん、マホロバの将来にも関わる。 大奥取締役をはじめ、御花実、御繭ほか大勢の女官たちが勢ぞろいし、城の表からやってきた老中楠山(くすやま)や側近たちも神妙な面持ちで座していた。 百畳ほどの座敷には人がびっしりと詰め、その上座では、脇息(きょうそく)にもたれたままの貞継が居り、高僧として名高い大和尚が真言を唱えている。 オンコロコロセンダリマトウギソワカ…… 「どうかされましたか」 大奥取締役の御糸(おいと)が気にかける。 祈祷中に話しかけるなどもってのほかではあったが、大和尚が胸を押さえてもがき苦しんでいるのでは、さすがにおかしいと皆が気づきはじめた。 大和尚は息も絶え絶えに言う。 「お、鬼が……見えまする」 ぶるぶると震え、姿形ないものに怯えていた。 「この大奥は、邪鬼の怨念に充ち満ちておる……」 「いい加減なことを申されるのであれば、たとえ高僧とて許されませんぞ」 老中の厳しい物言いにも、大和尚は一向に改めない。 「大奥には哀れな邪鬼共が彷徨っている。そして公方様に真言が届かないのは、心が空虚な大禍(たいか)の鬼が巣くう証し。人の魂がないのだから、効く訳がない」 「将軍の心が空? それは何か、『扶桑(ふそう)』と関係があるのですか?」 御従人である武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の伝手を頼って、同席していた蒼空学園生徒樹月 刀真(きづき・とうま)が間に入った。 「鬼城家は二千五百年前に、桜の世界樹『扶桑』からマホロバの統治を託されたのだろう? なぜ? どうやって?」 よそ者である刀真の率直な問いは、老中をはじめ家臣たちを凍り付かせていた。 上級役人たちが直ぐさま彼を退出させようとする。 が、将軍が止めさせた。 「良い……それで?」 「……天子の化身である扶桑の噴花、つまり桜の開花を意味するなら、桜の実がマホロバを統治する力なのではないですか。そして花が散るとき、扶桑の力も弱まる。その力を受けているはずの将軍には、何の影響もないのですか?」 刀真は、具合の悪い貞継を見る度にそう思う。 彼の脇で控えていた守護天使封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)もおずおずと申し出た。 「扶桑の噴花は近いと聞きます。今回の托卵も、そのせいで急がれているのですか。でも、それじゃあ貴方様も女性たちも可哀想です。房姫様も……」 「房姫……葦原か」 貞継は苦しそうではあるが、はっきりとした言葉で話した。 「初代将軍鬼城貞康(きじょうさだやす)が葦原の助けを得て天下を治めたとき、天子様はマホロバを貞康公に託された。以降、托卵によってその力は受け継がれている。これは事実だ。扶桑の力は将軍家と共にあり、互いに影響している」 刀真は首をひねった。 「納得できませんね。どうして天子様は力を将軍家に渡したのです。自分で統治すればいいものを」 「その必要があったからだ。鬼の血脈を濃く受ける貞康公であることが」 「鬼の血脈? それがマホロバの統治と天子様の力とどんな関係があ……」 これ以上は老中たちが許さなかった。 老中楠山は祈祷の終了を宣言すると、直ぐさま貞継を担ぎ出した。 同時に刀真たちは護衛に取り囲まれ、連れ出される。 大奥で刃傷沙汰は御法度だ。躊躇せざるを得ない。 「ちょっと待って。それで鬼城家はどうなったの? 将軍様のご両親は? 力を渡した父親や、マホロバを統治するほどの子供を産む母親が無事な訳がないわ!」 剣の花嫁漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の悲痛な叫びが護衛たちによってかき消された。 刀真も貞継に向かって声を限りに呼び続ける。 「貴方は瑞穂藩が、扶桑の都への道を閉ざしたこと知っているのか!?」 「天子様は瑞穂を認めてはおられまい……だがもし噴花が起これば……鬼城は……!」 貞継の声が遠ざかる。 将軍のむなしい抵抗も空を切っていた。 「刀真……こちらが知りたいぐらいだ。扶桑の真の力を! まるで、体の中がバラバラに引き裂かれているようだ……!」 |
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