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三つの試練 第二回 咲かせて、薔薇色吐息

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三つの試練 第二回 咲かせて、薔薇色吐息

リアクション

3.

 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、必死に館の中を走り回っていた。パートナー、皆川 陽(みなかわ・よう)を探してである。
 朝から皆川の姿を見ておらず、イヤな感じがしてその辺の生徒に聞いて回ったところ、ひとりで森のほうへ出ていったと言うのだ。
 それからすぐに、アルタヴィスタは馬を駆け、館へとたどり着いた。道中、何度か携帯電話での通話を試みたが、圏外と空しく伝えられるばかりだった。しかし、契約者同士には、一種のテレパシー能力がある。なのにそれですら、皆川は返答をしてくれない。
(なんでなんだよ! なんでひとりで行くんだよ! なんで僕に何も言わないんだよ! なんで僕を頼ってくんないんだよ! 僕がどんなに陽のためにって思って頑張っても、いつだって、何も通じやしないんだ!)
 心配が高じるあまり、アルタヴィスタはそう叫びたかった。
 もしも彼になにかあれば。そう考えるだけで、頭がおかしくなりそうだ。
「陽!!」
 ようやく探し当てたとき、皆川は呆然と床に座り込んでいた。塔の上、小さな小部屋だ。陽の他にはいない……すでに苗床となった吸血鬼のほかには。
「……あ……」
 ぎゅっと制服のシャツの前を握りしめた皆川の指が、小刻みに震えていた。
 経緯としては、こうだ。わざと単身で乗り込み、餌として皆川は振る舞った。おどおどした態度が、かえって相手の油断を誘ったのだろう。この部屋へと連れ込まれてすぐ、好色な吸血鬼は皆川へとのしかかった。……まさか彼が、その首筋に、黒子にみせかけた種を仕込んでいるとも知らず。
 その後は、思ったよりは上手くいった。肝心のそこに唇で触れるまで、体中をまさぐられることを、なんとか無抵抗で堪えたおかげもあったろう。
 先ほどまで冷笑を浮かべ、獲物を楽しげに嬲っていた者は、すでに薔薇の蔓に覆われ、その姿すらわからない。そして、そこには、薄紅色の薔薇が一輪。密やかに咲き誇っていた。
「……テディ、ボク……」
 ひとりでやれたよ、と誇ればいいのだろうか。しかし、あまりそう自慢する気分にはなれない。むしろ。
「…………」
 唇を噛み、この場で起こってしまっただろうことに怒りを感じ、拳を震わせるアルタヴィスタに、それ以上なにも言えなくなる。
「…………ごめん」
 無様だと、呆れられているのだろう。一瞬でも「うまくいった」なんて思ったのが間違いだ。情けなさに、皆川は俯いた。
 ぽつりと呟いた途端に、アルタヴィスタの腕が伸び、強く抱きしめられた。
(え?)
 皆川は驚きに目を丸くする。しかし、アルタヴィスタは腕を解かないまま、口を開いた。
「無事なら、いい。だけど、もう……絶対、一人で行ったりするなよ……!」
 涙混じりの声だった。そのことに、皆川はまた驚きを深くする。
 こんな、なにもできない自分のことを、彼は本気で心配してくれているのだろうか。でも、自分は、彼に心配してもらえるような人間じゃないのに……。
 そう思い、目を伏せる皆川を、薔薇はただ静かに見つめていた。


「そんな、怖いよ……」
「焦らすつもりか? 悪い子だな」
「違うったら」
 そう言いつつも、媚びを含んだ笑みでもって、湯島 茜(ゆしま・あかね)は目の前の吸血鬼を見上げた。
 ちぎのたくらみの力でもって、少年に変装して忍び込んだのは、こうして油断をさせるためだ。
 一度は吸血鬼に捕らわれたものの、監禁と称して入れられたこの部屋に、笑みを浮かべた男が入っきたときから、半ば成功は確信していた。
「ねぇ……地球人の血は、好きなの?」
「ああ、美味いね。とくに……お前のような悪戯な子のがな」
 鼻先をすりつけ、男は笑う。生暖かい息が首筋にかかり、湯島はぞくりと首をすくめた。
 男の手が、服にかかる。……そろそろ頃合いだろうか。男装を気づかれるのはまずいし、第一そろそろ限界だ。
「ねぇ、こっち向いて……?」
 湯島の今は幼い両手が、男の頬にかかる。目を閉じ、接吻けをせがむように顎を軽く持ち上げた。……その口腔に、種を隠して。
「……、……おま、え……っ!」
 ごく、と唾液ごと種を嚥下した途端に、男の顔色が変わった。怨嗟の眼差しを向け、湯島の上から跳び退る。それからもう一度、彼女の首にむけて両手を伸ばした。だが、それよりも早く、男の口から無数の蔓が這い出し、その身体をがんじがらめにしていく。
「うぐぁ……ぁ、……!」
 断末魔の声は、案外と小さいものだった。喉をふさがれ、叫ぶことすらもできなかったのか。
「ふぅ……」
 小さく息をつき、湯島は服を調えると、暫しその場で待つことにする。花が咲くまでの間を。
「……で、しばらくは邪魔するなと……?」
「ああ、まったく困った趣味だ」
 扉の向こうに耳を澄ますと、何人かの声がした。念のため、一人で「あ、いやっ」と、湯島は声をあげてみる。
「お盛んのようだな」
「そういえば、もう一人捕まえたのはどうした?」
(もう一人?)
 誰か同じように、捕まった者がいたのだろうか。湯島は少しだけ身を乗り出し、彼らの会話にさらに意識を集中した。
「ああ。どうも少しおかしい奴のようだったからな。気絶させて、放り出した」
「まぁな。……あの頭の花はなんだったんだろうな……」
(頭の花????)
 湯島には、それが変熊仮面だとは知るよしもない。そうこうしているうちに、遂に彼女の前に、桃色の薔薇がその姿を現した。
「屋敷の秘密はわからなかったけど……とりあえず、ね」
 湯島茜は、薄紅色の薔薇を手に入れた。



 薄暗がりに、眩しい雷鳴が走る。襲い来る吸血鬼にむかい、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は気合いとともに氷塊を放つ。……それは相手を倒すには至らず、わずかに足元を固めるにとどまったが、それで十分だ。
 ニヤリと吸血鬼が笑みを浮かべた瞬間、大久保のパートナーである讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が間近に姿を現し、先ほど大久保がパニッシュによってつけた傷跡に触れた。その指先には、あの『種』があった。
「貴様……!」
 肩の傷を押さえ、吸血鬼が戦きの声をあげる。種はわずかな力もなく、自らその苗床を求めて、吸血鬼の体内へと潜り込んでいった。がくりと哀れな吸血鬼は膝をつく。その姿を、讃岐院は冷笑まじりに見下ろした。
「さて。そなたにも言い分はあろう。辞世の句がわりに、話すがよい」
 讃岐院も、種の効用は知っている。それが、耐え難い屈辱だということも。しかし、そんなものは過ぎてしまえばなんということもない。……それを彼は、経験的に知っている。
「蔓が伸びてきたぞ。どうした? 口がきけぬということもあるまい」
 吸血鬼の顎をついと持ち上げ、讃岐院は尋ねる。
(あいつ、あれで時々サドっ気だしよるなぁ……。まぁ、たまの発散にはちょうどええやろ)
 大久保はそのやりとりを見やりつつ、先ほどの戦闘で乱れた息を整え、浮かんだ汗を拭った。
 ブラックラビリンス……黒き迷宮。ただの口からデマかせが、どこまで真実と一致しているのか、それが大久保には気になっていた。
 東西が分割したシャンバラで、タシガンはまた微妙な立場にある。このままで良いとはジェイダスも思っていなかろうが、その打開策の一つが『黒き迷宮』にあるのだろうか。
 それはそれとしても、だ。
(イエニチェリ候補の人も、今回もっと絞られてきそうやから、サインもそれにともなって貰い直し、できたらええなぁ)
 相も変わらずそんな小銭稼ぎのことを考えているうちに、どうやら吸血鬼はついに絶命したらしい。讃岐院が、赤薔薇を手に大久保に振り返った。
「どないやって?」
「なに、戯れ言よ」
 どうやら、たいしたことは喋らなかったらしい。というよりも、喋れなかったようにも見えたが。
「ほな、せっかくやし、この薔薇もって校長はんとこ行ってみよか」
 他校生で、しかも西側の自分が会えるかどうかはわからないが、やってみなければわからないことだ。
 大久保と讃岐院は、薔薇を手に、その場を静かに後にした。

 しかし、そこへと現れた人物がいた。
「…………」
 今はただ、蔓に覆われた苗床となった者に、無言のまま佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は近寄った。制服が汚れるのにもかまわず膝をつき、その状態を確かめる。
 それは、半ば無意識の行動だった。瀕死の状態の相手を前にして、弥十郎はただ、そうせずにはいられなかったのだ。
「体内に食い込んでる……どこだろうね」
 一人呟き、弥十郎は必死に吸血鬼の体内の奥底に根をはった種を探す。輸血パックは念のため持ってきたが、取り出したところで命の保証は無いかもしれない。しかし、そうだとしても、このままここで悪魔の花の栄養となるよりはマシだろう。
 懸命に処置に取り組む弥十郎の背後で、佐々木 八雲(ささき・やくも)はあたりの警戒を続けていた。
 今回の作戦には非情さが必要だが、いかにも彼らしい行動だ……そう、八雲は思う。
 しかし、結果はどうだろう。弥十郎がいかに必死であろうとも、傷ついた全員を助けることはできない。かえって、吸血鬼たちにとっては、「何故一部だけが介抱された」「そいつは裏切り者だったのでは」「他にも内通者がいるのではないか」……といった、動揺を誘うこともあろう。八雲の狙いは、むしろそちらのほうだった。
 しかし、弥十郎はそのようなことは考えていまい。ただ傷ついた者を助けたい、それだけなのだ。
 時には、親切心が、かえって疑惑の『種』となりうることもある。それもまた、事実であった。
「ふぅ……」
 慎重に、幻槍モノケロスでもって、弥十郎は種の除去作業を終えた。その両手は、赤黒く染まっている。
 生える時と同じように、見る間に青々とした蔓はその色を失い、枯れ果てていく。ぶちぶちとそれを取り払い、弥十郎は彼の口元に輸血パックを差し出した。
「大丈夫?」
 吸血鬼は、うっすらと目を開ける。そして、自らを助けた相手が地球人であったことに、驚きと戸惑いの混じり合った表情を浮かべた。しかし、襲いかかろうにも、腕ひとつ持ち上げることは出来ない様子だ。苦悶のうめき声をあげる彼から、そっと弥十郎は離れた。
「……何故、助けた……」
 立ち去ろうとする弥十郎の背中に、掠れた声が問いかける。
「薔薇を咲かせろとだけ言われたからね」
 そう、一言だけ、彼は答えた。
 八雲とともに、次の犠牲者を助けるために歩きながら、ぽつりと弥十郎は呟く。
「目の前に今にも消えそうな命があって、それを助けるのに理由がいるかい。いるならめんどくさいね」
 それはいかにも弥十郎らしい言葉だった。