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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
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「ちょっといいですか?」
 後ろに座っていた男性――志位 大地(しい・だいち)がユリアナの背を叩いた。
「俺はあなたにイルミンスールに来ていただけたらと思うんですよね。あの学校は色々ゆるいですから。……幸せになれるかどうかは、あなた次第ですが、イルミンスールなら、不幸になることは無いと思います」
 それだけ言うと、大地は隣に座るメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)に目を向けた。
「あの龍騎士さん、ユリアナさんのことをとても気にしているようですね」
「そんなこと……ない。いらない、みたいだし」
 青い鳥(人型名:氷月千雨)の言葉に、ユリアナは表情を沈ませる。
 レストのユリアナに対する素っ気無い態度に、ユリアナの心は乱れていた。
「こちらをご覧下さい」
 千雨は、ビデオカメラで撮った画像を編集したものを、ユリアナに見せていく。
「この方は、ユリアナさんが自分の方を見ていない時に、頻繁にユリアナさんを見ています。――ユリアナさんのことを、気にしているようですね」
 千雨が指したのは、ユリアナの背を目で追っているレストの姿だった。
「そして……」
 少し別のシーンを表示する。
「ユリアナさんも、この方を気にされています」
 千雨はレストを見つめるユリアナの姿を表示した。
「もう一度、見せて……っ。もっと他の時も」
 自分の姿ではなく、自分に目を留めているレストの姿の表示をユリアナが求めてくる。
「わかりました」
 千雨はユリアナを見ているレストの姿を探し出して、ユリアナに見せていく。
 食い入るように画面を見るユリアナを、千雨は切なげに見ながら、こう問いかけた。
「あの龍騎士の人、ずっと昔からの思い人か何かなんですか? もしかして、お互いに……?」
 互いを見る2人の様子から、そんな風に感じていた。
 ユリアナはただ、首を左右に振った。
 答えることが出来ないことなので、何も言えなかったけれど。
 ただ「ありがとう」と、礼の言葉を千雨と大地に残したのだった。

「さて私の方から1つ報告があります」
 発言が減ったところで、司会進行を務めていたメティスが声を上げる。
「本件の魔道書についてイルミンスール魔法学校より正式に盗難届けが西シャンバラ政府に提出される予定です。その為に魔道書の鑑定を行う必要が出てくると思われます」
 メティス……いや、レンはアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に、被害届を出すようにと提案を記した手紙を送っていた。
 アーデルハイトと直接コンタクトをとる時間がなかったため、彼女がレンの助言に従い、被害届を出したかどうかまではまだ解ってはいなかったが、駆け引きとしてこの場で発言しておく。
「先にも話題が出たが、魔道書の鑑定、所有権の争い、そして犯罪行為についての取調べそれらは、ここで行えるようなものではない。イルミンスールが所有権を主張する以上、イルミンスールの校長やアーデルハイト女史も交えて話し合いをしなければならないだろう」
 レンはそう言い、イルミンスール魔法学校での預かりを主張する。
「イルミンスール魔法学校に渡す必要はない。魔道書にはエリュシオンの紋章も描かれているはずだ。我国のものであることは明白。そうだな?」
 レストはレンの主張を受け入れず、ヴェントに目を向ける。
 ヴェントはユリアナをちらりと見た後、首を縦に振った。
「なんで紋章が入っていること知ってる? 中を見たことがあるの? ずっとイルミンスールに保管されていて盗まれた物なのに、どうやって」
 月夜がレストに問う。
「その魔道書のことは、古い文献で見て知っていたんだ」
 レストは目を逸らしてそう答えた。
「……どうでもいい話なんだが」
 場を見守っていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が声を上げる。
「以前ヴァイシャリーの離宮本部を燃やした奴の苗字がクリス・シフェウナだったよな? イルミンスールから魔道書を盗んだ人物と同じ苗字だ」
 ちらりと正悟はレストに目を向ける。
「……なんだ」
 レストは片方の眉を軽く上げただけで、大きな反応は示さなかった。
「……」
 レストよりも、刀真の方が強い反応を示した。鋭く目を光らせて、彼はなにやら考え込んでいた。
「どういう意味かはお任せするよ。……ただ、俺としては離宮の一件と同じ徹は踏みたくはないな」
 正悟は声に疑いを込めたり、荒げたりすることはなく、穏やかに考えを語っていく。
「以前のイルミンスールでの盗難事件といい……。今までの経緯とか考えると、レストさんとユリアナさんが過去のどこかでつながってるんじゃないかとか、と邪推ながらも思ってしまうわけで。というか全部作られたシナリオどおり……の流れになってたんじゃないかとも思えるわけさ」
 レストとユリアナ。
 それから隅の方で、ゼスタとファビオに監視されながら座っているヴェントにも目を向けた。
「それが個人的な意見の推測を得ないのかどうかは別としても」
 正悟はレストに視線を戻す。
「少なくともそういう疑いが出るような状況であなた方、龍騎士団の方々だけに護衛やらをさせるのは納得は出来ない」
 シャンバラの女王を『保護』という形でエリュシオンが連れて行った事で、シャンバラは東と西に分かれた。
 西側の人間として、正悟はそういう意味でも嫌疑の目を向けてしまう。
「まあ、何がいいたいか、というと確実に無関係とできる物的証拠がない限りユリアナさんに関しては西側預かり……彼女には申し訳ないが教導団で軟禁という形でもしないといけないと思う」
 その言葉に、会場がざわめく。
「同時に魔道書も、西の空京あたりで保管という形を取るのが一番いいんじゃないだろうか? 大学はある意味中立の立場だからな」
「全く中立ではないな。空京は地球の支配下にあるといっていい。東シャンバラで起きた事件だ。空京よりはエリュシオンに連れて行く方が筋だ」
 即座にレストが反論した。
「しかし、ユリアナが西側所属の人間だった以上、少なくとも今のこの状態で龍騎士のあなた方と東シャンバラ政府に引き渡すという形は様々なところに軋轢を生むだけだと思う」
「ならば言わせてもらうが」
 レストは厳しい口調で言う。
「その魔道書、『ヴェント』はエリュシオンの民、つまりエリュシオン人だ。魔道書を西側が預かると貴様等が主張をするのなら、エリュシオン人と契約した地球人であるユリアナ・シャバノフはエリュシオンに帰属すべきと主張させてもらおう。エリュシオン人と契約をしたユリアナ・シャバノフはシャンバラに所属する者ではない。エリュシオン人だと」
 言った後、レストは首を左右に振った。
「いや、最初に言ったように、私は西側と交渉を行うつもりはない。東シャンバラの者の意見にはそこそこ耳を傾けているつもりだし、妥協もした。調査が必要だというのなら、その間、魔道書はヴァイシャリーの魔法院に預ける。犯罪者はヴァイシャリーに護送する。以上だ」
「待って!」
 席を立ったレストをミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が呼び止める。
「拒否するわけじゃないが、その移送、東シャンバラの契約者達にも行わせてほしい」
 理由として、ミューレリアは龍騎士にとってここは不慣れな土地であること、今回は護送の対象もいること。蛮族の襲撃なども考えられるため、現地をよく知っている東シャンバラの人員は必要だと思うからと話していく。
「それに龍騎士達が東シャンバラを疑っているように、私達もまだエリュシオンを信頼するには時間が足りない。自国の罪人を他国に預けてよろしくとはいかないんだ。だから、ユリアナの護送は東シャンバラと龍騎士の共同で行いたい」
「異論はない。ユリアナ・シャバノフ、茶色の表紙の魔道書、及び、人型のヴェントを、それぞれ別の者の監視下に置き、護送する。それでいいな?」
 さすがに、全部東側で預かるとは言えず、認められるはずもないため、ミューレリアは「構わない」と頷いた。
「私の魔道書を奪いに来た人だから、魔道書は渡さないで。私が……龍騎士と一緒に行きます」
 そう声を上げたのは、ユリアナだった。
「そうだな。魔道書を東シャンバラが持ち逃げするようなことがあった時の保険として、私が連れていこう」
「……わかりました」
 ロザリンドが了承する。
 レストはユリアナに近づき、その腕を掴んだ。
 ユリアナは抵抗をしない。彼の方を見もしない。
 梅琳は顔を両手で覆い、うなだれているだけだった。
「では、魔道書をお預かりします」
 ロザリンドが中央に置かれている魔道書を引き寄せて、抱え持つ。
「俺は東シャンバラの一員ってことにしておいて。パートナーが百合園生だし」
 ファビオは小声でそう言って、ヴェントを立ち上がらせる。
 彼と、同行を望む百合園生がヴェントの護送を担当することになる。
 他の賊は、従龍騎士に任せることになった。
 東シャンバラとしては、十分譲歩させたといえるが――。