イルミンスール魔法学校

リアクション

「誰も近づこうとしなかったよー。本物本物〜」
　龍騎士が姿を消した後、ミネルバ・ヴァーリイ（みねるば・う゛ぁーりい）が、円にそう報告をする。
　ミネルバは会議で出来そうなこともないため、ベルフラマントで気配を消しながら、じぃぃぃぃっと魔道書だけ見張っていたのだ。
　置かれていた魔道書に近づいた者も、摩り替えようとした者もいなかった。
「東側がそんな提案をしてくるとはなー。情勢どおりというわけか」
　恭司は警戒を解いて、ため息をついた。
「交渉失敗の報告をしなきゃね。団に戻って、遠征に出かけた方が役に立てそうね」
　そんなことを言いながら、梅琳も西シャンバラの契約者達と共に外へと出て行く――。

「異常ありませんでした。福が引き続き姿を消して龍騎士団の監視をしていますが、今のところ怪しい動きなどはなく、帰還の準備を進めているだけのようです」
　警備に当たっていた永谷が梅琳にそう報告をする。
「そう……龍騎士団が経った後も、しばらくは警戒を解かずに警備を続けてちょうだい」
「了解」
　梅琳の指示に、永谷は敬礼して答えた。
「李大尉……諦めたのですか？」
　何も発言はしなかったが、会議に出席だけしていたゾリア・グリンウォーター（ぞりあ・ぐりんうぉーたー）が梅琳に問いかけた。
「まさか。ポーズを見せただけ。とはいえ相手方も警戒しているでしょうし、急いで作戦を立てるわよ」
「了解にょろ。教導団の任務ではありませんが、教導団員の名にかけて、この任務を完遂するにょろ」
「作戦立てに協力してくれる人は、ここに残って頂戴。あとは協力してくれそうな西シャンバラの契約者に、声をかけて回って」
　梅琳がそう言い、西シャンバラの契約者達は頷き合うと、いったん合宿所の前で別れたのだった。

「で、どうするの？　ゼスタも、ヴァイシャリーに向かうのかしら？」
　ゼスタの助手をしている崩城　亜璃珠（くずしろ・ありす）が彼に問いかける。
　亜璃珠はゼスタの側に控えて、共に会議に出席はしていたが、一言も発言をすることはなかった。
　先日、ゼスタと話をし、その後にパートナーのマリカ・メリュジーヌ（まりか・めりゅじーぬ）から、彼が亜璃珠をどう見ているかを聞いたことで、少し冷静さを取り戻していた。
　合宿のことも、ゼスタのことも、自分のことさえも、見えていなかったことに、気づいたのだ。
　彼に対しての態度も、失礼なものだっただろう。
「この際だから言ってしまうけど……私は百合園生だし、ラズィーヤさんは事態がどう転がってもいいように立ち回っている。ゼスタには悪いけど、情勢の変化した今、東西の利権争いはどうでもいいわ」
　だから、ゼスタが行くのなら、秘書として一緒に行くし、行かないのなら、ここで雑用を続けるまでだと言葉を続けていく。
「私は優子さんを守るだけ」
　それ以外のことに、首をつっこみすぎて、肝心なときに動けないようなことは……もう、避けたい。
「……というか『どっちの味方か』なんて言われれば興も醒めるわ。乙女心となんとやら、よ。挙句龍騎士に利益を横取りに来られるし……」
　呟きながら、亜璃珠は少し不機嫌そうになる。
「乙女心？　お前にあるのかそんなもの」
　軽い笑みを浮かべたゼスタを軽く睨んだ後。
　亜璃珠は一瞬、さめた表情になる。
「……やりにくいわね、色々と」
　少し前を開けて、ゼスタは軽く目を伏せ「ああ」とだけ答えた。

　亜璃珠は書類をまとめる為に会議室に残り、ゼスタは龍騎士とロイヤルガード達の見送りに外へ向かう。
　ゼスタは合宿の監督を理由に、龍騎士に同行しないそうだ。龍騎士も同行を望んではいなかった。
「会議、お疲れ様でした」
　ファビオと並んで歩くゼスタに、亜璃珠の家のメイドであるマリカ・メリュジーヌ（まりか・めりゅじーぬ）が近づいて、軽く頭を下げた。
「亜璃珠様は先日に比べて随分とお元気になられたような気がします。もしかすると、ゼスタ様のおかげかもしれませんね」
　共に歩きながら、マリカはゼスタに礼を言う。
「誰か、対等以上の目線で自分を評価して欲しかったのかもしれません。普段から気丈にしているとそういう方も減りますし……。優子さんにご執心な理由も、もしかすると……」
　そこでマリカは言葉を切り、首を左右に振って微笑んだ。
「おっと、これ以上は内緒に。私、あくまでメイドでございますから」
「俺、口軽いほうだから、期待しないで」
　軽い笑みを浮かべ、マリカの肩をトンと叩いた後、ゼスタは彼女と別れて外へと向かっていった。

「東シャンバラのロイヤルガードの、緋桜ケイだ。ちょっと聞いてもいいか？」
　ケイはレストを追い、合宿所から出たところで呼び止めた。
「なんだ？」
　レストは足を止めずに、ケイに目を向けた。
「ええっと、姉とか妹っている？」
　唐突な問いに、レストが眉を潜める。
「兄弟も姉妹もいない。フレグアム家の後継者は私一人だ」
「結婚して、フレグアム家に入ったとかいうことはないよな？」
「私は未婚だ」
「ん……。そうか……」
　今度はケイが眉を寄せる。
　これ以上、どう尋ねればいいのか……。
「クリスって名前に聞き覚えはないかしら？」
　ルアが刑に服している少女の名前をあげた。
　その名前に、レストの眉がぴくりと揺れた。
「……よくある名だ。聞いたことくらいはある。それがどうした」
「うちの生徒にいたんです。他国と関係があったかも知れない娘が」
　少し間をおいて、レストはこう尋ねてきた。
「今は、どうしてる？」
「施設にいます。……監獄ですけど。気になります？　龍騎士サンなら面会くらい出来そうですよね」
「いや、不当に拘束されているわけではないのなら、干渉するつもりはない」
　素っ気無く言うと、レストはユリアナを連れ、従龍騎士達と共にワイバーンの方へと足早に歩いていった。
「……ホント、大した役者さんですね」
　ルアはレストの背を見ながら、腰に手を当てる。
「ま、こっちから提供できる情報もないんだし、これ以上聞き出すのは無理かしらね。一応、ヴァイシャリーに戻ったら、団長には報告しておくわ」
　ルプスがそう言い、ケイは深く息をついた。
「従兄妹、血縁者……同じ孤児院出身の孤児とか。そんな繋がりかもな」
　レスト・フレグアムは優しい印象の男だった。
　演技で、厳しいしゃべり方をしているような……そんな印象を受けた。