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リアクション
レンの一言で押され気味だった勢いも盛り返し、彼の行く方向へ迷いなくついていく。
そのことに、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)はうっすらと笑みを浮かべる。
「これは……『生徒指導』のしがいがありそうですね」
その横でクスクスと笑うヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)。
「よく言うわ。ぶちのめしに来たんでしょうに」
ふと彼は乱闘を繰り広げるパラ実生とハスターを、難しい表情で見つめている六連 すばる(むづら・すばる)をちらりと見やる。
「まぁいいわ。思う存分暴れてらっしゃい。アタシがサポートするわ」
そう言って、アルテッツァと親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)にパワーブレスをかけた。
「よぅし、思いっ切りぶちのめすぎゃ!」
ブロードソードをぶんぶん振り回しながら、夜鷹はハスターの群に突っ込んでいく。
「ガキども! 覚悟はできてるかぎゃ!」
素早く繰り出した二連撃に、ハスターは驚きの声を上げて飛びのいた。
よけられたことに、夜鷹は機嫌を悪くするどころか笑顔になった。
「そうでなくちゃ、おもしろくないぎゃ。どんどん行くぎゃ!」
夜鷹は先ほど以上の力強さと速さで剣を繰り出す。
「なっ、何だこのガキ!」
「ナメてかかると夜の闇に食い殺されるぎゃよ……けけけ」
「くっ……生意気なクソガキめ!」
地祇である夜鷹は実年齢よりもどうしても子供に見られてしまい、性格も賑やかなのでその認識を強めてしまうが、実態はそれほど甘くない。
剣を振る際に浮かべる笑顔は、見た目に似合わず暗い色がある。
その夜鷹を囲もうとするハスターに、アルテッツァのアーミーショットガンが火を吹いた。
足元で跳ねる弾丸にハスターの囲いに隙が生じる。
それを待っていたようにヴェルディーの氷術によって生まれた氷の礫が、彼らの頭上に降り注いだ。
「馬鹿は頭冷やしなさぁい!」
ハスターは頭を抱えて魔法攻撃の範囲から逃げ散っていく。
その際。
「イデデデッ! クソッ、あのオカマ野郎、魔法使いかよ! オカマのくせに!」
ヴェルディーの目つきが冷え冷えとしたものに変わった。
「……今、オカマって言ったのは誰?」
凶暴な笑みを口元に浮かべ、うつむき加減のヴェルディー。
ゆっくりと顔を上げた時に見えた双眸からは、今にも殺人ビームか何かが出そうだ。
「生まれてきたことを後悔する時が来たようね」
ヴェルディーの容赦ない魔法攻撃が乱射される前に、夜鷹とアルテッツァは避難した。
手がつけられなくなったヴェルディーから逃れたハスターが、別の突破口として駆けた先にはすばるがいた。
殺伐としたこの場に不似合いな儚げな彼女に、よからぬことを考えるのは当然で。
「あの女を人質にするぞ!」
その怒鳴り声を聞いたすばるが、物憂げな眼差しでハスターを見つめる。
「また、そうやって奪うのですか……」
ハスターの凶手がすばるに届く寸前、彼らは突然強烈な睡魔に襲われてばたばたと倒れていった。
すばるは一番近くに倒れたハスターの前に膝を着き、静かに問う。
「『楽しい』とは、どのようなことでしょう? 具体的にはどのようなことですか? それは、殺戮、略奪などで満たされるものですか?」
相手はすばるのヒプノシスにより眠っているので、当然返事などない。
小さくため息をつき顔を上げた先で、アルテッツァと銃撃戦を繰り広げているハスターを見た。
立ち上がったすばるの目に、ひっそりと怒りが宿る。
ゆっくりとアルテッツァに歩み寄りながら、すばるはハスターの銃口をサイコキネシスで捻じ曲げた。
びっくりした彼が思わず銃を放り投げる。
「わたくしは、人から奪って満たされる感情など、糞食らえと思います」
美少女の口から出るとは思えない言葉がもれた。
「……ぶん取られる側の身にもなりやがれって言うんだヨ! 餓鬼がァ!」
ハスターが放り出した銃をサイコキネシスで操り、顔面にぶつける。ぶつける。ぶつける。ぶつける。
男が昏倒したところで、アルテッツァがやさしくすばるの頭を撫でて落ち着かせた。
アルテッツァはダウンしたハスターを一箇所に集めると、一つの例え話を始めた。
「昔々、あるところに楽団をまとめる男がいました。楽団の中には、良い音を奏でるヴァイオリニストがいました。男は、ヴァイオリニストが外の世界に目が向かないように、さまざまな手を使って楽団に留まるように仕向けました。ヴァイオリニストが楽団から出て勉強したいと言えば、ヴァイオリニストに重要な役『ソリスト』を与えて思いとどまらせていました。……でも、ヴァイオリニストは知っていました。男が、自分を手放すことから逃げていることに。
ある日、そのヴァイオリニストは、とうとう耐えかねて男を殺めてしまいましたとさ」
おしまい、と締めくくったアルテッツァに、ハスターは怪訝な顔で返した。
それがどうした、とどの顔も言っている。
アルテッツァは肩をすくめると、今の話の解説を始める。
「この男、今を見つめず、快楽のみに生きているあなた達に似ていませんか? 逃げた先には、必ず報いが待っています。さあ、悔い改めなさい。裁きは誰の上にも平等に訪れますよ」
残酷な色のアルテッツァの瞳にハスターもたじろいたが、そのまま諦めるほど可愛げのある性格の者はそろっていなかった。
「な、何か偉そうにごちゃごちゃ言うけど、お前は何様だぶへぁ!」
ハスターの台詞は夜鷹に蹴り倒されたため、強制終了された。
転がったハスターの顔すれすれに、夜鷹が剣をザックリと突き立てる。
「調子に乗んなよガキが。さぁて、反省の色のない奴は、さくらんぼはいかが、だぎゃー。オメー一人じゃさくらんぼにならねぇから、もう一人道連れを指名してもいいぎゃ」
この場合のさくらんぼは、パラ実特有のさくらんぼを指している。
剣に映る自分の顔がみるみる青ざめていくのを、男は目の当たりにした。
その頃、大和田道玄はレンの手助けをするよう、配下のヤクザを向かわせていたのだが、それらはレンの元にたどり着く前に刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)達と対峙していた。
「先輩方が大変なことになってるって聞いて来てみれば……やくざ?」
疑わしそうな目で黒スーツの男達をじろじろ見る刹姫。
が、次の瞬間には、それを振り払うようにフッと笑う。
「そんなわけないわね。ここはシャンバラ大荒野よ。やくざなんていう地球上の産物がいるわけがない!」
「そうかな……? どう見ても極道だけど」
ぽつりと呟いたのは魔鎧の夜川 雪(よるかわ・せつ)。今は鎧として刹姫を守っている。
刹姫は雪の言葉をばっさり切り捨てる。
「彼らは『幻』よ。荒野が生み出した幻想」
「つまりはモンスターだと?」
そのとおり、と大きく頷く刹姫に、やはり雪は「そうかな?」と疑問を感じたが、本物にしろ幻にしろ目の前の黒スーツは殺気立ち、懐から銃を抜き出していたので戦うことになるのは間違いない。
刹姫とその隣にいた黒井 暦(くろい・こよみ)で、先手必勝とばかりにアシッドミストを放つ。
酸の霧を吸い込んでしまったヤクザ達は、喉を焼かれて体をくの字に曲げて咳き込んだ。
そこに、マザー・グース(まざー・ぐーす)が呼び寄せた獣の群がヤクザ達に襲い掛かる。
追加でマザーはペットの狼六匹もけしかけた。
「あ、食べちゃダメですよ。噛み付いても、体当たりしてもいいですけど、殺しちゃったりしたら刹姫ちゃんがショック受けるので!」
マザーはあっという間に小さくなった狼にそう言うが、聞こえているかはわからない。
その狼と一緒に、刹姫も混乱の中に駆けていく。
アシッドミストの中に入る前に、雪がエンデュアで刹姫を包んだ。
すでに走り去った獣の群に代わり、ヤクザ達に飛び掛る狼。
「クソッ、こいつら……ッ」
何発かの銃声に狼が飛びのく。
「グー姉さまの子達に何てことをっ」
野蛮人め、とサンダーブラストの準備を終えた刹姫が幾筋もの雷を落とすと、何人かのヤクザが直撃を受けて倒れた。
ふと、嫌な感じが背筋を走り、振り向くとナックルをはめたヤクザの拳が眼前に迫っている。
とっさに頭を抱えてしゃがみ込み、その拳は避けたが別の者が撃った銃弾が腕を掠めていった。
その二人は狼に噛み付かれ、ふりほどこうと暴れだす。
「ま、幻のくせに……」
腕の痛みは本物だ。
その時、刹姫の耳に暦の詠唱が聞こえた。
「黒井暦と古の契約において──」
ハッとした刹姫も会せるように言葉を紡いだ。
「黒き浄化の炎よ、ナイトリバーの名において──」
ここにいるヤクザはほんの一部だけれど、それを抑えることで良雄達の助けになるなら、と刹姫は主張する痛みを忘れたふりをする。
「愚かなる幻想を焼き払いたまえ──『黄昏に映りし悪夢の黒炎(ナイトメアフレイムインザダスク)!』」
「虚空に漂う霧よ、凍てつく結晶となりて彼の者を封じよ──『凍結地獄(ヘルオブザフリージア)!』」
刹姫と暦の禁じられた言葉が重なり、ファイアストームと氷術が刹姫の周囲にあふれた。
雪から悲鳴じみた声があがる。
「耐えてやる、と言いたいがちょっと無茶だ!」
「がんばれ!」
「狼達も敏感に察知して逃げてるよっ」
「もう手遅れだし」
雪が何か悪態をついたが、燃え盛る炎の音にかき消された。
戻ってきた狼達を労いながら、蒸気に包まれるその場をじっと見つめるマザー。
風で霧が晴れると、ヤクザ達の中、刹姫が疲れたようにしていた。
助けに行かなくては、とマザーが動こうとした時、
「無茶するわね」
苦笑して現れた伏見 明子(ふしみ・めいこ)がメジャーヒールで刹姫や雪だけでなく、マザーや暦の傷も癒していった。
明子に気づいていない刹姫が、急に痛みの消えた体に不思議そうにしている。
マザーがお礼を言おうと明子のほうを見たが、そこには誰もおらず、名残のようにそよ風が髪を揺らした。
「どこへ」
明子は、後ろから刹姫を撃とうとしていたヤクザにダッシュローラーで接近し、飛龍の槍を突き出す。
それはとっさに盾にした銃によって防がれたが、銃は割れて使い物にならなくなった。
ヤクザは素早く明子から距離をあけた。
「きさまも邪魔する気か」
「別に……私はハスターとうちの学校が喧嘩すること自体は気にしないわよ。我慢ならないのはね……」
ヤクザ達の睨みに、負けじと明子も睨み返す。
「他人に喧嘩させといて、甘い汁吸おうって下衆な連中よ。──あんた達のことよ、ヤクザさん」
明子はちらりと刹姫に目をやってから、槍とラスターエスクードを構え、ヤクザの中に突っ込んでいった。
目配せされた刹姫が意図に気づき、暦とマザーに今度こそヤクザ連中を叩きのめすよう、魔法と狼の準備をするように言う。
「幻どもは虫の息よ、トドメを刺すわ!」
呪文詠唱の時間稼ぎと明子の援護に、マザーが再度狼をけしかける。
明子は強そうだが、一人で何人も相手をするのは限度がある。
ダッシュローラーで加速したまま、ヤクザが固まっているところへわざと特攻した明子は、槍を水平に振って目の前の数人を薙ぎ払う。
「ナメじゃねぇぞ、小娘が!」
倒されたヤクザは囮だったようで、すぐ後ろに構えていた数人の銃口が一斉に明子に向けられた。
まずい、と明子はいくつかは当たる覚悟をしたが、その時脇を駆け抜けていった狼がヤクザに飛び掛り、発砲は空に向けてされた。
「ありがとねっ」
狼達に礼を言った明子が、まだ立っているヤクザを槍で突き倒していく。突然の狼の襲撃に対応が遅れ、その分防御も甘くなっていた。
後ろから「離れて!」と、声が飛んできたので明子が素早く退避した直後、先ほどのファイアストームと氷術がヤクザ達を包み込む。
「あいつらけっこうタフよ。油断できないわ」
刹姫達の元まで戻った明子は、厳しい表情と構えをそのままに様子をうかがう。
(夢野先輩はレン達のほうに行くって言ってたから、ここは通せないわね)
今頃は接触しているだろうか、とふと思う。
(何だか最近、先輩にくっついて回ってるだけなんだけど。腰巾着みたいね、やってることが。この際だから、正式に……)
何となく頭の片隅で違うことを考えてしまった時、一発、銃声が鳴り響いた。
それは、暦の傍をかすめていく。
「……ほらね、しつこい」
明子は鼻を鳴らすと、槍を握る手に力をこめる。
「何度だって相手してやるわ。くたばるのは、向こうが先だけど!」
明子はもう一度、ダッシュローラーで地を蹴った。
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