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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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リアクション

 
(さて……こうして時間のある時に、研究を進めておきませんと。
 私自身に係わることでもありますからね……)
 
 自身の研究室で、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が本職である研究員としての職務を全うすべく、『クトゥルフ魔術』や『暗黒魔法』の研究に従事していた。
「ふむ、おったか」
 そこへ、アーデルハイトがやって来て、エッツェルに挨拶をする。
「これはこれは、アーデルハイト様。講義の方は終えられたのですか?」
「いや、まだじゃ。今は休憩中じゃよ。思いの外熱を入れて教えとったら、長くなってしもうたわい」
「それはそれは。学生が勉強熱心であることは喜ばしいことではありませんか」
「ま、そうじゃがな」
 
 しばらく、他愛も無いやり取りが交わされる。
 
「アーデルハイト様には感謝しておりますよ。この場所で研究が出来ていなければ、私はとっくに【古きものども】の仲間入りをしていたでしょうからね……」
 フッ、とエッツェルが苦笑するように呟き、包帯の巻かれた左腕を見遣る。
「それについては、おまえに才があったからに他ならんよ。現におまえはこうして、イルミンスールに益をもたらしておるしな」
 アーデルハイトの評価に、そう言っていただけて光栄です、とエッツェルが返す。
「狂気をもらたすクトゥルフ魔術は、上手く使えば薬にもなります。暗黒魔法等も、その邪悪な一面だけが見られがちですが、闇は本来精神に癒しをもたらすモノです。
 ……この強大な力を、今度は踏み外すことなく少しでも理解したいものです」
「うむ、期待しておるぞ。
 ……で、だ。おまえに一つ、次に私がする話を頭に留めておいてくれんかのう」
 
 そう前置きして、アーデルハイトが自身の推測に基づいた話をする。
 
「最近の反シャンバラ勢力の台頭は、いくつかの要因があったとはいえ、異常な速度で形成されていった。
 私はそこに、何らかの魔術の類の関与を疑うのじゃよ。この手のは数千年前からやられてきたものじゃからな」
「なるほど……可能性として考えられますね。
 EMUについては概ね理解はしています、私の方でも探りを入れてみましょう」
「すまんな、確定の持てん情報で動かすことになってしもうて」
「アーデルハイト様のお力になれるのでしたら、遠慮無く私におっしゃってください。
 半ばまで異形の世界に足を踏み入れた私でも、受けた恩は忘れませんよ」
 
 直後、チャイムが鳴り響く。
「む、時間か。私は講義に戻る、おまえも研究に励むがよい」
 労いの言葉をかけて部屋を出て行くアーデルハイトを、感謝の念を抱いた表情でエッツェルが見送る――。
 
 
 休憩を終え、戻ってきたアーデルハイトの下に、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)樹月 刀真(きづき・とうま)如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が訪れ、各々の考えに基づいた質問や意見を口にする。
「アーデルハイト殿、以前お話しした『各世界樹を繋げて相乗効果による運用法』のことを覚えて頂けてるだろうか?」
「……それは、マホロバの『扶桑』との交渉の可能性について触れた時のことを言っておるのかの? 
 確認のためじゃが、おまえの発言した『各世界樹を繋げて相乗効果による運用法』だけを取ってみると、未だ世界樹は何の繋がりもないものと勘違いする輩が出ると思うてな。実際、『コーラルネットワークが完成したらどうなるのか』という質問が寄せられた。
 周知させとらん私にも責任はある故、改めて説明しておこうと思う。そして、おまえたちの方でも勘違いする者が出ぬよう、情報を共有しておくのじゃ」
「では、それについては私が」
 武神 雅(たけがみ・みやび)が、自前のテクノコンピューターを取り出し、会話を記録する準備を整える。手のひら大サイズのそれは、会話を記録した上で文章に自動変換してくれる機能も備えているようであった。
「既にパラミタ各地の世界樹は、コーラルネットワークという繋がりの中におる。世界樹はとうに“繋がって”おるのじゃ。
 このネットワークには序列があり、一番上がユグドラシルで、一番下がイルミンスールというのは言ったと思う。その他、おまえたちももしかしたら関わっておるのかも知れぬが、マホロバ、カナン、コンロン、さらにはシボラやティル・ナ・ノーグ、果てはナラカ、ポータラカ、ザナドゥにさえ世界樹は存在し、ユグドラシルとイルミンスールの間に位置付けられておる。……まあ、どこもかしこもセキュリティが厳重で、こちらから探りを入れようものなら間違いなく逆襲されそうじゃからの、詳しいことは分からぬ」
 
 補足として、ニーズヘッグ襲撃以後、イルミンスールもセキュリティの強化を行ったこと、それにより、容易にイルミンスールに“ハッキング”をかけることは出来なくなったが、例えるならそれは、亀が甲羅に閉じ籠もるようなものであること、うっかり首を伸ばせば、辺りに張り巡らされている“触手”に絡め取られてしまうこと、をアーデルハイトが告げる。
 
「コーラルネットワークが存在している所以は、世界樹の相互監視と相互扶助による、パラミタ大陸の安寧じゃ。世界樹は互いを監視し、もしもパラミタの安定を害するとある世界樹が判定されれば、他の世界樹が一斉にその世界樹を攻撃する。じゃが、程良く力を失ったところで攻撃は止み、それ以上世界樹が力を失わぬよう働きかける。世界樹が滅べば、それはパラミタ大陸の力をも減じることになるからじゃ。
 しかし、かつてイルミンスールは一度滅んだ。これを陰謀論で言うならば、パラミタ大陸の力を減じてもなお利するものがあると踏んだ何かが、イルミンスールをパラミタ大陸の“敵”であると判定するように世界樹に働きかけ、イルミンスールの力が減じたところに外部から攻撃が加わるように仕向けた、となるかの。
 私が思うに、そこから歯車が狂ってしまったように思う。何せ、世界樹は滅ぼされることがないという前提が崩れてしまったのじゃからな。……狂った、というよりは、変化した、というのやも知れぬがな。エリザベートがイルミンスールと契約を結べたのも、他各地で世界樹絡みの出来事が生じるようになったのも、世界樹のあり方というものが変わりつつあるのやも知れん。世界樹とて生きとる以上、生存欲求はあるじゃろうて」
「……つまり、それまではコーラルネットワークという閉鎖的コミュニティの中で生殺与奪を繰り返してきた世界樹が、それを外部に求めるようになったことが、イルミンスールや扶桑の例として現れているということですか?」
 『世界樹が、契約のような誰かと繋がりを持たなければいけない事情があるのかどうか』が気になっていた刀真の言葉に、真実は分からぬとしながらも、そうである可能性が高いじゃろうな、とアーデルハイトが答える。
「この流れは世界樹にとり、コーラルネットワークが絶対安心のものでなくなりつつあることを示しているようにも思う。“敵”と判定される基準が、外部から恣意的に操作される可能性があるからじゃ。
 となれば、コーラルネットワークに代わる“繋がり”を模索することもひとつの方法としてあり得るな。……しかもそれをミスティルテイン騎士団主導で成功させることが出来れば、EMUでもう誰も私たちに対抗しようなどと考える輩はいなくなるじゃろう」
「……なにか問題があるの?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の疑問の声に、アーデルハイトが答える。
「そもそもが陰謀論から生まれた仮説故、信頼性など皆無に等しい。この仮説を声高に訴えたところで、全くの誤解や無理解、誤解釈に基づく事も多いという批判をされてしまうのが関の山じゃな。“お墨付き”を得られんのじゃよ。
 牙竜、おまえが提案した『各世界樹を繋げて相乗効果による運用法』も私の言ったことに近い事業じゃが、おまえはそれをどうEMUの奴らに理解させようとしておった?」
 アーデルハイトの問いに、それまで会話を記録していた雅が答える。
「EMU……かつてのEUは、科学技術を抑えてきたことで競争力を失い、通貨危機を迎えたとのことだったな。
 世界樹事業の恩恵をEMU全体に与えられるのであれば、非常に魅力的に映るのではないだろうか」
「ふむ、そうじゃな。……で、果たして何が恩恵じゃと思う?」
「うーんと、魔術的財産とか、要は知的財産?
 魔術結社の動機って、神秘の秘宝とか、魔術に連なる知識への欲求が強いよね?
 コーラルネットワークを繋げて相乗効果を得ることは多くの魔術師が恩恵を受けられるから、ミスティルテイン騎士団が益を独占しているから反発している勢力なんかは一時的にも弱まると思ったんだけど……」
 アネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)の言葉を聞き終え、アーデルハイトが言葉を返す。
「コーラルネットワークをいくら安心安全に、強固に繋いだとして、そこで得られるのはパラミタ大陸の恒久的な安定じゃ。
 パラミタでは賛同が得られたとしても、地球に対する益を説明することが出来ん以上、賛同が得られん。地球人にも益を分配することが出来る、かつ、ミスティルテイン騎士団が主導となる繋がりなぞ、絵にも描けん餅じゃ。……まあ、実の所は、イルミンスールが浮遊移動可能になったことは、そんな絵にも描けん餅を具現化する可能性を秘めてるのやも知れぬがな。
 相手の心を一番捉えるのは、どれほど魔術や科学が発達したところで、結局の所、直接会って腹を割って話し合うことにあるのじゃからな」
 くくく、とアーデルハイトが笑みを浮かべる。つまりそれは、イルミンスールで各地の世界樹に“挨拶回り”をすることであった。
「……マスターの案が絵に描いた餅なら、そちらの案は絵にも描けない餅ですか。どちらの餅がより美味しいのでしょうね。
 いえ、それは冗談として、私が気になっていたのはナチス・ドイツの動向です。
 それらは第二次世界大戦後解体され、所属していた技術者や科学者は各地に渡ったとのことですが……」
「ナチスのオカルト集団に、ミスティルテイン騎士団の一部が関わったことは話したな?
 その後、その集団を排除したのはミスティルテイン騎士団本部じゃ。その後はおまえの言うように、彼らはアメリカやロシアに渡り、今の科学技術を大成させたと考えられるな。この説はまだ信頼性が高い」
 重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)の問いに、アーデルハイトが答える。
「であるならば、反勢力はナチス関係者の科学技術提供を受けて、既に科学と魔術を融合させた技術を生み出している可能性も……」
「ゼロではないの。そんなものは想像もつかんが。
 そういう想像を巡らせることが出来るのが、契約者とそれに連なる者たちじゃな」
 しみじみ、とアーデルハイトが呟く。
「反勢力にナチスの思想の流れを汲む者がいるのであれば、これはイルミンスールやEMUだけの問題ではないでしょう。
 葦原を支援しているアメリカの協力も不可欠かと」
「新大陸などと呼ばれていた頃がウソのようじゃな。まさかアメリカと手を組む可能性まで広げるとは、若さ所以かのう?」
「いえ、私は決して若いわけでは……」
 アーデルハイトのウィンクに、リュウライザーは反応に困った様子を見せる。
「おまえたちの勉強熱心な姿勢に、私はもうヘトヘトじゃよ。
 全部答えるつもりでいたが、このくらいにしてもらえんかのう」
 どうやらその言葉は普段の冗談とかではないらしく、教壇に顎をつけたアーデルハイトが、その姿勢から動こうとしない。よっぽど疲れたらしい。
「済みませんアーデルハイト様、一つ聞かせてください。
 アルマインについてなのですが……」
「……アルマインも、今後は積極的に登場させていかねばならんかのう。
 ひとまずは地球でも運用が可能なように調整を加えた故、機会があれば配備することもできよう。
 同時に、武装などのデータ収集も行っておる。アルマイン用の基地や訓練場も整備された。
 次は、イルミンスール生徒以外の生徒が乗ることが出来るようにするのもありかのう……」
 段々とうつらうつらとし始めるアーデルハイトを見、とりあえずの情報を得た生徒たちはようやく、後片付けを始める。
「あの、こうしてイルミンスールに来る機会を得たので、是非大図書室へ立ち寄りたいのですが……」
 真理の背後に隠れつつ、桜がアーデルハイトに大図書室への立ち入り許可を求める。
「普通に入る分には構わんが、最深部の禁書書庫は他校生には許可せんぞ」
「あ、はい。もし行けたとしても、私には怖くて近寄れそうも無いですし……」
 ひとまずの許可を得た桜を連れ、真理が教室を後にする。一人、また一人と数を減らし、やがて教室にはアーデルハイト一人になった……と思われた。
「……で、おまえは何を聞きたい。感情を殺すその殺気が丸分かりじゃよ」
 アーデルハイトの言葉に、籠を持った刀真がやって来る。
「……先程のは演技だったのですか?」
「半分……いや、七割ほど本気じゃよ。まさかあれほど、地球の情勢に関心を持っているとは想定外じゃった。
 私ももっと知恵を絞らねばならんのう。講義への関心もそうだが、皆、問いかけが鋭い。ともすれば串刺しにされてしまいそうじゃ。そう何度も串刺しにはされとうないよ」
 アーデルハイトが苦笑する。
「……これは、俺の個人的な質問だが」
 そう前置きして、刀真が質問を口にする。
「マホロバの世界樹、扶桑へ、コーラルネットワークを介して生命力を分け与えることは、可能か?」
「……結論から言えば、可能じゃ。
 ただし、扶桑の方がまず、イルミンスールの助けを受けることを了承しなければならんじゃろう。イルミンスールから他の世界樹にアクセスすることは出来ん。そして、生命力を送るにしても、その時点で別の世界樹が妨害を仕掛けてくるやもしれぬ。イルミンスールはコーラルネットワークにおいては最下位であることを考えれば、非常にリスクの高く、そして実際生命力を送ったとして、現在扶桑を生き長らえさせている者たちを救えるかどうかは定かではないぞ」
 答えた後で、気を悪くさせてしまったのなら済まぬな、とアーデルハイトが付け加える。現在扶桑に生命力を分け与えている者の一人、刀真のパートナーである封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を救える可能性を聞いた刀真に対する返答は、以上のようであった。
「ナラカの世界樹、菩提樹のパルメーラ・アガスティアを、やはり同じようにコーラルネットワークを介して害することは可能か?」
「……それについては、イルミンスールとエリザベートの安全という点から、拒否したいところじゃな。
 何度も言うように、イルミンスールの世界樹としての地位は未だ低い。一方ナラカの世界樹のことをよくは知らぬが、コンロン、マホロバ、カナンの世界樹よりは上と判断する。たとえ少しでも手を出せば、こちらが痛い目を見るのは明確と言ってよい。
 ……おまえの目的を否定するつもりでないこと、了承してくれるか」
 アーデルハイトが見抜いた殺気、それはナラカの世界樹、菩提樹に連なる者、パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)へのものでもあった。
「アイツは環菜を殺した、だから俺がアイツを殺す。少なくとも環菜にしたのと同じように、首を切り裂いてやらねば気が済まない」
 そう告げる刀真、既にそれは敵討ちの枠を外れ(というのも、環菜は先日現世への復活を果たしたため)刀真自身の私怨と化しているようにも見受けられる。そしてそれを本人も自覚していたし、だからといってここで環菜自身が止めようとしたとして、刀真に止めるつもりはことさらなかった。
「ま、好きにするがいいよ。私がここで何を言うでもない。
 ……パルメーラ、彼女の背後にもまた、陰謀を企む者の存在があるのじゃろうな」
 去り際に月夜が、パルメーラが単独で環菜を狙う理由が見えないと思ったこと、今アーデルハイトが発言したことへの可能性、そしてイルミンスールも狙われる可能性があることを言い残していったことをアーデルハイトが思い返す。
「……感謝します。
 これは、俺が作ったパウンドケーキです。紅白の時にニーズヘッグに世話になったので、そのお礼にと思って持ってきました。
 多めに作ってきたので、皆で食べてください」
「なんじゃ、そんなことがあったのか。ヤツも早速、イルミンスールの気風にあたったかのう」
 ワガママ放題のエリザベートも、裏で策を巡らせている様子のアーデルハイトも、純真無垢なミーミルは分かりやすいが、どこかに、困っていたり複雑な事情を抱えていたりする人を放っておけない性質が存在しているようであった。
 ……無論、事実を尋ねて来た刀真に対し、アーデルハイトは、
「それはどうかの?」
 とウィンクをしてはぐらかすのであった――。
 
 
 講義内容、及びそれらに関係する質問と回答を書き写したノートを手に、ディートハルトの休んでいるであろう自室へと戻ってくる。
「悠、起きているか?」
 コンコン、と扉を叩くが、返答はない。音を立てぬように中に入ったディートハルトは、そこでスヤスヤと寝息を立てている悠を目にする。
(ノートは、ここに置いておく。……今はゆっくり休むといい)
 先程よりは顔色の良くなった悠を見、安堵の表情を浮かべて、ディートハルトがその場を後にする――。