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リアクション
「うーん、頭が痛いわ……。
みんな、いったい何を話していたの? 私にはさっぱりよ……」
ふらふらとした様子で教室を出たライカが、結局訓練場の場所を聞きそびれたことに気づき、大きくため息をつく。
「今から戻って聞き直すのもねぇ……なんかまだ生徒の輪が出来てるし」
チラリと教室を覗くと、アーデルハイトの下にはまだ多くの生徒の姿があった。
「ま、いいや。私の方で探そっと。途中でなんか面白そうなものに出会えたら、ラッキー! って感じだし」
既に半分、アルマインを見に行くことより『なにか面白いものに出会う』ことが目的となりつつ、ひとまずライカが学校を出て外へと足を向ける。
(……あら? あれはエリザベート校長先生と……えーっと、なんだっけ、イルミンスールを襲って来た……)
そこへ、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の姿と、エリザベートの傍にいる少女、そして、豊満な肢体を持つ女性の姿がライカの視界に入る。
「なぁ、とりあえず出てきたけどよぉ、何するつもりだ……って、おい、いつの間にか二人になってやがる」
エリザベートに振り向いたニーズヘッグが、神代 明日香(かみしろ・あすか)の存在に今頃気付いてはぁ、とため息をつく。
「……わぁ! アスカ、いつからいましたかぁ?」
「って、テメェも気付いてなかったのかよ!」
「私、エリザベートちゃんがミーミルさんの部屋を出て行く時からいましたよ?」
エリザベートに付いて行くのはさも当然、といった様子の明日香。流石はエリザベートの御付メイド、エリザベートのいる所に明日香あり、である。
「……やるな、コイツ……ま、いいや。で、どうすんだ?」
「そうですねぇ。私たちが何かをしていたら、私たちに用事がある人が困ってしまいますからねぇ。
というわけで、何もしませぇん!」
「……なんだそりゃ。つうか、オレたち……ま、テメェはここの校長だから色んなヤツが声かけてくっかもしんねぇけどよぉ、
オレに用があるヤツなんていんのかよ」
「いますよぉ。そのためにあなたにわざわざ携帯を持たせたんですぅ」
自信ありげに、エリザベートが胸を張って答える。
「へぇへぇ、よく分かんねぇけど持っときゃいいんだろ――うお!」
その時突然、ニーズヘッグの携帯が着信を知らせる。
「ほら、早く出なさいよぅ」
「ど、どうすりゃいいんだよ」
どうやらニーズヘッグは、ただ渡されただけで使用方法などを教わってこなかったようである。
「ここを押すですぅ。早くしないと切れちゃいますよぅ」
「せ、急かすんじゃねぇ! ……押したぞ、次はどうすんだ?」
『あ、ニズちゃん、聞こえるかなー』
「うお!」
突然携帯から声が聞こえてきて、危うくニーズヘッグが取り落としそうになる。
『あ、取り込み中だった? ゴメン、また後で――』
「……何でもねぇよ。どうしたオリガ、何か用か?」
電話をかけてきた五月葉 終夏(さつきば・おりが)へ、ニーズヘッグが応答する。ちなみにニーズヘッグも、流石に契約を交わした者にまで『テメェ』とは呼ばなくなったらしい。言葉の汚さは相変わらずだが。
『えっとね、エリザベート校長との用事が終わったらでいいんだけど、一緒に苺食べよう?
食堂で採れたてのいいのがあったんだ。
天気もいいし、空を見ながらピクニック気分で。……どうかな?』
「チビとの用事なんてねぇも同然だしな。いいぜ、今から行く。
どこいんだ? ……ああ、まあ、チビに案内させっから大丈夫だろ」
「チビって言うなですぅ!!」
ジタバタと抗議の態度を見せるエリザベートを、明日香が優しく押し留める。
「つうわけで、『宿り樹に果実』ってとこまで案内しろ、チビ」
「――――!!」
終夏との通話を終え、そして意図的に言ったと思しきニーズヘッグに、立腹しかけたエリザベートをまたも宥めて、代わりに明日香が釘を刺す。
「たとえニーズヘッグさんでも、エリザベートちゃんをイジめちゃダメですよ〜?」
「そんなつもりはねぇよ、これでも一応感謝してんだぜ?」
「絶対そんなことないですぅ!」
そんな会話を交わし合いながら、三人がカフェテリア『宿り樹に果実』への道を行く。
(そうそう、ニーズヘッグ! へ〜、あんな姿だったんだ〜。
なんかおもしろそー! 付いてってみよっと)
そして、一部始終を目の当たりにしていたライカも、二人の後を追って行く――。
●カフェテリア『宿り樹に果実』
「おっ、来た来た。よっ、と」
ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が看板娘を務めるカフェテリア『宿り樹に果実』へエリザベートと明日香、ニーズヘッグが足を踏み入れた矢先、吹き抜けになっている天井に伸びる枝から、人影がすたっ、と降りてくる。
「あんたとは初めまして、だな。俺はトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だ、よろしくな」
言ってトライブが、ニーズヘッグに手土産の果実詰め合わせを渡し、不審がられない程度に全身に視線を運ぶ。すらりとした長身、褐色の肌、白から黒へグラデーションする、床につきそうなほど長い髪、整った顔立ちと引き締まった身体、そして……その存在を大いに主張する、二つの胸の膨らみ。
それらを確認して、今度はエリザベートに視線を向ける。歳の割には高いと思われる背丈、白色の肌、青のロングウェーブ、幼い顔立ちとぷっくりした身体、そして…………。
「大丈夫。エリザベートは小さい方が魅力的だから」
季節を先取りしたような、爽やかな風が似合ういい笑顔で、トライブがそう言った。
「……今、とぉ〜ってもバカにされたような気がするんですがぁ!」
ジタバタと不満の表情を浮かべるエリザベートだが、離れた場所に席の用意をした明日香に呼ばれると、プイッ、とその場を後にする。ニーズヘッグへの来客を見込んでの明日香の判断(というのは建前で、実際のところはエリザベートと二人きりになりたかっただけとも言う)であった。
「さて、と。冗談はこのくらいにして……なぁ、聞かせてもらっていいか?」
「あぁ? 何だ、言ってみろよ」
早速、もらった林檎に齧り付きながら答えるニーズヘッグに、トライブが真面目な表情を作って問いかける。
「パラミタの滅び。もしくはそれに繋がる災厄について、あんた何か知らないかい? ほんの些細な事でもいいんだ、教えてくれ」
「はぁ!? 何だそりゃ。ワケ分かんねぇこと聞くな。何でんなこと聞くんだよ」
逆に問うニーズヘッグに、トライブはどこか遠い目をして、そしてふっ、と呟く。
「……なぁに、惚れた女の為さ」
「ふーん。パラミタの滅び、なぁ……」
(あ、あれ? 反応薄くない!?)
アッサリと流されたことにトライブが戸惑う中、ニーズヘッグが考え込む仕草を見せ、やがて自らの考えを口にする。
「滅び、とは違うかもしれねぇけどよぉ。
テメェら地球人は、オレたちパラミタに住んでたヤツらから見れば、“おかしい”んだよ」
「はぁ? おかしい? 何それ。意味分かんないし」
いかにも不機嫌ですって気分を全身で体現している王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)の、辛辣な言葉と同時に向けられるあからさまな殺気を受けても、ニーズヘッグの反応はアッサリしていた。
「五千年の間廃れ切っていたシャンバラを、たった二十年で一国として蘇らせやがった。
オレから見れば、瞬きしてる間の出来事だ。それだけで十分、おかしな話だぜ。
そこのチビは世界樹と契約してっし、おまけにオレとまで契約だ。他にも何人か契約したヤツがいる。
もうどんくらい生きてきたか分かんねぇオレが、まさかこんな格好するなんて思いもしなかったぜ。
オレは生まれてからずっと地中にいて、地上のことはよく知らねぇ。
だけどよぉ、今のパラミタの変化の速度は、異常だ。
オレが想像してきた、今までのパラミタが、ぶっ壊れるように変わっていきやがる。
だからよぉ、もしもパラミタの滅びってのがあんなら、
それに繋がる災厄ってのがあんなら、
それを持って来んのは、テメェらしかいねぇ」
ニーズヘッグの言葉に、トライブが表情を険しくし、綾瀬が殺気を大きく膨らませる。
「……って、何、あんた人間じゃないの?」
ニーズヘッグの言葉に違和感を覚えたらしい、綾瀬がニーズヘッグに尋ねる。
「何だよ今更だな。あぁ、こんな格好してっけど、人間じゃねぇよ。
竜……じゃねぇけど、そういうことにしとけ」
「なぁんだ、人間じゃないんだ……あーあつまんなーい」
回答を聞いて、がっかりした様子を見せる綾瀬。先程までの殺気はすっかり鳴りを潜めていた。
「……なぁ、もし、もしもあんたの言うことが一つの正解だとしてさ。
別の正解として、俺たちはパラミタに繁栄をもたらす存在、とも言えっかな?
ほらよく言うじゃん、破壊と再生をもたらす存在、とかさ」
「ま、言えてんだろ。シャンバラを蘇らせたのは、テメェらだし。
今言ったことは、あくまで『オレがこう思ってること』だ、正しくもなんともねぇ。
だいたい滅びだとかなんだとか、クセぇんだよ。そういうのが流行ると、回ってくる食いもんがクセぇったらありゃしねぇ。
生物に生まれたんなら、まっとうに生きてまっとうに死んどけ。
……っと、こいつは関係ねぇな。忘れてくれ」
ニーズヘッグが告げ、辺りの雰囲気が微妙な心地に包まれる。
「……そうか。変な事聞いて、済まなかったな。
最後に一つだけ、いいか?」
トライブが、それまで以上に真剣な顔を作って、そして口を開く。
「……バストサイズを教えて下さい。
出来れば俺に測らせる形で!」
言いながら、既にトライブの両手は、ニーズヘッグの豊満な二つの膨らみをガシッ、と掴んでいた。
「……あぁ、バストサイズって、こいつのことか。なんかイルミンスールのヤツらは小せぇのばっかだからな、大きくしといたぜ。
いくつかなんて興味ねぇけどな」
しかし、ニーズヘッグの反応はここでもアッサリとしていた。
(……違う、違うんだぁ! 俺が求めていたのは、こんな反応じゃないんだぁ!)
うっうっ、と涙を流しながら、しっかりと両手はニーズヘッグの胸を揉んでいた。
トライブとニーズヘッグが別れるのを、カフェテリアの一席に腰掛ける高峰 結和(たかみね・ゆうわ)がじっと見つめていた。
(い、今が話しかけるチャンスです、よね? あぁでも、初めての人だし、相手にされなかったらどうしよう……)
そんな感じで結和が話しかけられずにいると――。
「……おい、オレに用があんのか?」
「ひうっ!?」
ニーズヘッグに声をかけられ、ビックリした結和は持っていたバスケットを取り落としそうになる。中身の無事を確認して、ほっ、と息を吐いたところで、ふっ、と影が結和の身体を覆う。
「おい、聞いてんのか?」
「ひゃあ!」
真上から降ってきた声に、再びビックリする結和。
「そんな怖がらなくてもいいだろ、竜の姿ならまだしも、こんな格好なんだし」
「……あっいやあの、ごめんなさい、怖いわけじゃなくて、私、初めてお会いする人って凄く苦手で……」
ぺこぺこと頭を下げつつ弁解する結和、と、ニーズヘッグがクンクン、と鼻をうごめかせ、そして結和の持っていたバスケットに気づく。
「なんかウマそうな匂いがすんな。その中か?」
「あっ、は、はい……あの、これ、ニーズヘッグさんが最近、よくおなかが空いてるって聞いて……。
食べて頂けたら、嬉しい、ですー……」
おずおずと差し出したバスケットの中には、結和手作りの蜜がけナッツパイが詰められていた。
……ただし、決して形も色も美味しそうと言えるものではなかったが。
「契約したってのが関係してんのかもな。ま、食わねぇからって死ぬこたぁねぇ。
でもウメェもんは食いてえから、もらってくぜ」
ひょい、とニーズヘッグがパイを掴み、躊躇うことなく口にする。色や形のことを聞かれるかと思ってびくびくしていた結和が、あれ? と首を傾げたところで、次のパイを掴んだニーズヘッグが気付いて口を開く。
「あぁ? どした、言いたいことあんなら言えよ」
「あっ、そ、その……見た目、おかしかった、ですよね?」
結和の言葉に、ニーズヘッグが持っていたパイを見つめて、口にして飲み込んで、食べ終えてから口にする。
「オレにゃよく分かんねぇな。別にマズかねぇし、ウメェから食ってるぜ」
「あ、そ、そうですか……それなら、よかったです……」
実際、結和の作るものは見た目こそ悪いが、味は普通である。
それでも、ニーズヘッグに美味しいと言ってもらえたことは、結和にとって嬉しかった。
その後、改めて互いに自己紹介をして、ウェイトレスが運んできた飲み物で喉を潤して。
向かいに腰掛けるニーズヘッグへ、結和が意を決したように口を開く。
「あの、私……ニーズヘッグさんと、お友達に……なりたいです」
「テメェもかよ、ホントイルミンスールはオカシなヤツらばっかだな。
……ま、そういうトコロなんだろうけどな。理由、聞かしてもらっていいか?」
「えっと、うまくは言えないのですけど。
私には、夢があるんです。『みんな一緒に、幸せに』っていう。
……それがすごく難しいことだってのは、わかってるつもりです。譲れない物も、護りたい物も、皆さんそれぞれあるでしょう。時には、ぶつかり合うことだってあるかもしれません。
……でも、そうしてぶつかって、和解して出た答えの一つが、今のニーズヘッグさんだと思うんです。
イルミンスールを護りたい私たちと……ううん、『そうすると決めた自分の意思』を、護ろうと、したのかな……?」
自分でもよく分かってないような素振りで言う結和に、ニーズヘッグがあぁ、と呟いて言葉を返す。
「ま、オレはこうなったオレが、不幸だなんて思っちゃねぇな。オレが決めたことだし。
テメェらも住処が護れたんだから、不幸じゃねえんだろ」
「はい……だから、これは私の憧れみたいなものですけど、私の夢をその身で叶えてくれたような、そんなニーズヘッグさんを……護りたいって、そう、思うんです。あの……こんな理由じゃ、ダメですか……?」
不安な面持ちの結和に、ニーズヘッグが答える。
「オレがどうこう言えたモンじゃねぇけど、いいんじゃね、とは思うぜ。
……おいチビ、契約の追加ってどうすんだ?」
「だからチビ言うなですぅ! 私に聞かれても知りませんよぅ。手でも握って願っておけばいいんじゃないですかぁ?」
「適当だなおい!」
ニーズヘッグとエリザベートの会話を耳にして、結和が「……え? 契約?」と口にしたところで、ニーズヘッグがスッ、と手を差し出してくる。
「……だとよ。ま、言われたとおりにしてみようぜ」
「え、今のって、私がニーズヘッグさんと契約するって話だったんですか?」
「あぁ? 何だ、トモダチになりたいってのはそういうことじゃねぇのか? トモダチになりたいっつって契約したヤツいた気がするぞ」
ニーズヘッグが理由を問いただしたのは、つまりそういうことだからであった。
「ま、オレは構わねぇよ。テメェはクサくねぇしな。
……ちげぇよ、匂ってるとかそういうんじゃねぇ。何か悪巧みとか、そういうこと考えてるヤツじゃねぇってことだ」
くんくん、と自分の匂いを嗅ぎ始めた結和に、ニーズヘッグがツッコミを入れる。
「あっ、ご、ごめんなさい。えっと……」
しばらくの沈黙があって、そして、結和がすっ、と口を開く。
「私……ニーズヘッグさんの事、全然知りません。でも……これから知ることが出来るのなら、私は知りたいです。
よかったら……お友達になってくれませんか。
ニーズヘッグさんのお話を、どんなものを見て、何を護りたいのかを、聞いてみたいんです」
「……別に、面白いことなんて話せねぇぞ。ま、こうなったからには、ここと、ここにいるヤツらの暮らしは、護ってやるけどな」
伸ばした結和の手が、ニーズヘッグの手を取る。
そして二人の間を、温かな何かが通じていく――。
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