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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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別章 コンロンの世界樹(2) ユーレミカへの旅


 
 
ユーレミカへ
 
 クィクモにある教導団本営。
 いつの間にか北へと歩を進めていた軍師マリーからの援軍要請を受けて、総司令クレア大尉は兵100の派遣を決めた。
 今、彼女の目の前には内地への補給経路を進言にしに来た大岡 永谷(おおおか・とと)が届けられた書面を黙読している。
 これまでにも多くの輸送任務をこなし、現在は第四師団の輸送隊を率いる永谷は今回の任務にうってつけだ。
 読み終えた永谷が顔を上げるのを見とめるとクレアは話を再開した。
「状況は把握できたか?」
「はい。書面にあることは――でも、まさか他校の生徒たちがユーレミカの軍閥と対峙しているとは」
「頭の痛い話だ。だが、本営の方針は変わらない。土地の軍閥と争うことは極力さけるよう。
無駄な争いはコンロンにおける我々の立場を危うくするだけだ」
「そのつもりです。ですが、補給経路は生命線。土地の者に頼るよりは我々で確立させた方がいい。
今回はその下地つくりと考えます」
 土地の軍閥と協力関係を築くためにも必要な物資は自分たちでの確保が必要だと永谷は思っていた。
 物資を他所に頼るという話はよくある。それも間違いではない。だが、資源は無限ではない、有限だ。
 万が一、提供する側と教導団の利害が対立してしまえば、戦力を大きく削がれることにもなりかねない。
 永谷の真意を汲み取ってクレアは頷いた。
「では、その生命線をこちらで握ってくれ。話は以上だ」
「はっ。大岡永谷。これより、ユーレミカへの輸送任務に入ります!」
 背筋をピンと伸ばして、永谷は敬礼してみせた。
 
 
 ミカヅキジマ・クレセントベース。
 ここにもユーレミカへの援軍要請は届いていた。
「…し、支援の要請が届いていると聞きます。内地へ向った仲間たちの後方支援を進言します…」
 クレセントベースの司令部でおどおどという言葉がぴったりな風情で上に掛け合っているのは
レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)だ。
 本部設営中のこの場所で自分にできることはないかと思案していたレジーヌは内地から援軍要請を耳にして、
司令部に掛け合いにきたのだ。
「と、土地の人との無用な争いを避けるためにも……物資の供給は必要、です。ワタシに行かせてください」
 間違ったことをしているわけではないのにレジーヌの声は消え入りそうだ。
 けれど、その目はどこまでも真剣で強い力を帯びていた。
 困っている第四師団の仲間を助けたい、教導団の一員として頑張りたい。そんな思いが彼女を動かしていた。
「レジーヌさんは輸送科、だったわね」
「は、はい」
「いいわ。物資と兵50、あなたに託します。急ぎ、ユーレミカに向ってください」
 クレセントベース司令官香取大尉はそう言うと、軍師からの手紙に済の判子を押した。
「……ありがとうございます…… レジーヌ・ベルナディス、全力を尽くします……!」
「やったね。レジーヌ!」
 レジーヌの声は、部屋の外で待機していたエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)徐 晃(じょ・こう)にも聞こえていた。
「ニャー。旅スル。外デル。オレラモ御供スルニャー」
 いつの間にか仲良くなった年若いながねこたちがニャーニャーと肉球のついた手をふり上げる。
 勿論、その中にはレジーヌが見聞を広めさせるためにとつれて来たとびねこの姿もあった。
 と、扉が開いてレジーナが司令室から出てくる。
 どっと押し寄せるエリーズとながねこたちにレジーヌは目を白黒させた。
「あ、れ? みなさん……どうして?」
「任務就任、まずはおめでとうでござる」
「わーい。レジーヌたちと旅行だよ。ユーレミカってどんなところかな。楽しみだねー」
「ニャー。御供スル。連レテケ、連レテケ」
「エリーズ、それに貴公ら、声が大きい。騒ぐのはやめるでござる」
 任務を理解しているのか、いないのか。旅に浮かれている周囲に徐光は溜め息をついて、隊を率いるパートナーを呼んだ。。
「そ、それでは……各員は速やかに支度を。一時間後に出発。本営のあるクィクモを経由して北上します」
 姿勢を正し、幾分か緊張した声に力強く仲間たちが応じた。
 
 
 一時間後、レジーヌが率いる部隊はクレセントベースを出発。
 同じようにクィクモからユーレミカに向おうとしていた永谷の部隊に合流することができた。
 本営にもたらされた内地の情報とながねこ族から提出されていたコンロンの地図の写しを照らし合わせて、経路が検討される。
 とは言え、細かい情報までは入っておらず、わかったのは地元の人が使っていたという古い交易路だけだった。
 ルヴ砂漠から雲流れ平野を抜けるその経路の安全を確認しながら、一路ユーレミカを目指す運びとなったのだった。
 
 * * * 
 
「あの雲はどこまで行くのでござるかなー。ニンニン」
「風に聞いてみたらいかがですか? 菫さん」
 灰色の空を流れ行く細く白い雲を見上げて、のんびり呟くのは秦野 菫(はだの・すみれ)
 暢気な呟きに梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)が応じれば、やはり暢気な答えが返ってきた。
「あはは。風、にでござるか。それは難しいでござる。ニンニン」
「でも……本当にどなたとも擦れ違いませんね」
 見渡す限りの砂の大地。菫たちが足跡を残しているのはルヴ砂漠だ。
 アンデットの群れと遭遇することがあると聞いていたが、今のところその気配はなかった。
「教導団、エリュシュオンが介入している今、コンロンは不安定ですからね。出歩く者は少ないのでしょう」
 と李 広(り・こう)
 『エリュシュオン』――その単語に仁美は少しだけ眉を顰める。
 シャンバラ人である彼女にとって、その国の名は心穏やかに聞ける名ではなかった。
「気にすることないでござるよ。今は何事もないし、そもそも拙者たちはただの旅人。遭遇したとて、どうってことござらん」
 笑いながら言ってのける菫に仁美と李広は顔を見合わせる。
「菫さんにはかないません」
「全くですね。しかし、こんな時世に旅をするという経験はなかなか貴重なのかもしれません」
 三人はコンロン――そして、世界樹・西王母に興味を持った菫の発案でユーレミカを目指している。
 というか、一応そういうことになっている。
 が、それもどこまで本気なのか。またぞろ、どこかで目的地が変わりかねない。
 正に流れ行く雲同様、気分任せ、風任せの旅の途中であった。
「では、参るでござるよー。ニンニン」
 菫の音頭で再び、歩き出した三人だったが、すぐに足を止めた。
 風に乗って、どこからから歌声が聞こえてきたのだ。
 それはどこまでもよく通る、声。透明で美しい――耳にした者を惹きつける引力を持つ歌だった。
「歌?」
「あちらの方からですね……一体、誰が?」
「ふむ。仁美、李広。行ってみるござるよ。どこかに村でもあるかもしれないでござる」
 暢気なそれから、周囲を伺うような忍者のそれに菫の足取りが変わる。
 二人もそれに倣い、歌声の方へ近付いていくのだった。
 
 * * * 
 
 風に乗り、澄んだ歌声が空に響く。
 歌はルヴ砂漠から雲流れ平野を跨いで点在する集落に伝わる古い歌。
 異国のそれを高らかに歌い上げるのは迦 陵(か・りょう)だ。
 白い肌に乳白の髪――アルビノ(先天性白皮症)である彼女の瞳は光に弱く、コンロンの細い光の中でも閉じられたままだ。
 まさに盲目の吟遊詩人。いや、白き歌姫といったところか。
 一際声が高くなり、伸びる。フィナーレだ。
 空に吸い込まれるように消えた声を追うように方々から拍手が響いた。
 陵が頭を下げると、歌唱が終わるのを待ちかねていた子供たちがわっと押し寄せた。
「お姉ちゃん、すごーい」
「ねぇねぇ、もっとお歌歌って」
「ばーか。これから、きゅーけいすんだよ。ほら、ねーちゃん」
 年嵩の少年が欠けた茶碗を差し出す。
 香り高い茶葉の匂いが鼻をくすぐる。旅を共にするエリーズが【ティーパーティー】で用意したものだと知れた。
「――ありがとう」
 にこりと微笑みかければ、少年の頬に朱が登った。途端、周囲から冷やかしの声が上がる。
「ば、ばばばっかやろう!! ね、ねーちゃんそんなんじゃねぇから!」
「――えぇ。このお茶まだ熱いから、きっと、そのせいです」
「そ、そうなんだよ。――あ。お菓子もあったぜ! 持って来てやるよ」
 少年が駆け出すと、それに続くように一つ、二つ、三つと足音が遠ざかってゆく。
 幼い頃から視覚に頼らず生きてきた陵には少年の表情も周囲の様子も見えない。
 けれど、耳に入る音、肌に触れる空気から彼女は巧みに自分を取り囲む環境を理解していた。
「大したもんだぜ」
「……ステキな歌でした」
 と、離れた場所で歌を聞いていた永谷とレジーヌがやって来て、感心したように口を開いた。
「ありがとうございます」
「陵さんが今回の援軍に同行するって聞いた時は驚いたけどさ」
「これでも秘術科の士官候補生ですから」
 さきほどの歌と白いチャイナドレスに身を包んだ姿からは想像するのが難しいが、陵も教導団の一員である。
「……う、歌姫の方がしっくりきます……あ、あの、その、悪い意味では……ないですよ?」
 そこまで言って、レジーナは慌てて弁解した。
「ふふ。わかっています。それにそれは褒め言葉です。ところで、お話しの方はどうでしたか?」
 陵が歌っている間、2人はこの集落の代表者。一番長くここで暮らしているという老人と話をしていたのだ。
「やっぱり、ここでも交易路は機能していないらしい。年に数度隣の集落と行き来があるかないか。
盗賊なんかの話もなかった。読みが外れたぜ」
 物と人の行き来があれば、何かしらの騒動があるのではないかと、その排除を考えていた永谷は
いささか拍子抜けした口調で肩を竦める。
「でも、まぁ、戦力が温存できて助かったけどな」
「……争いは極力さけるべき……コンロンの人たちにワタシたちが『シャンバラ』の兵力だと認識されてしまう……
そのことを避ける意味ではよかった、と思います」
「流石にコンロンの民とは思ってもらえなかったけどな」
「そうなのです……」
 とレジーヌは肩を落とした。
 コンロンの民との間に軋轢を生まぬよう、地元の民を装えればと考えていたのだが、それは難しかった。
 四、五人――レジーヌとパートナーたちだけなら可能だったかもしれないが、少ないとは言え150の兵力を率いての行軍である。
「けど、俺たちに無闇に争う気はないことはきちんと伝えられたと思うぜ」
「永谷さんの言うとおりですわ。偽るよりはきちんと伝える方がよいと私は思います」
 二人のフォローにレジーヌはこくりと頷いた。
「そういう意味では陵さんには感謝だぜ。歌っていうのは凄いって初めて知った」
「……共通言語、というのでしょうか。集落のみなさんと少しだけ仲良くなれた気が、します」
 話の流れがまた自分に戻り、そして褒められた陵は、少しはにかんだ。
「お邪魔してもかまわんかのぅ?」
 と、そこに声が割って入った。
 三人が振り向くと先ほどの少年と筆頭にした集落の子どもを従えた老人の姿があった。
「あ。先ほどは」
「いやいや。ふと思い出しての。この集落から次の集落までは一日かかると言うたじゃろう
……軒は足りんが、今晩は泊まっていかんかね?」
 思っても見ない申し出に顔を見合わせる。
「け、けど……いいんですか?」
「――あんたら、この周辺を見回ってくれたじゃろう」
 老人がほれと顎をしゃくるとながねこを連れた徐光が見回りから戻ってくるのが見えた。
 モンスターや山賊を警戒した永谷がレジーヌに相談して、徐光とながねこに巡回を頼んでいたのだ。
「それにな。素晴らしい歌声の礼じゃて」
 言い終わると同時、老人の背中から子どもたちが飛び出して陵に駆け寄る。
「おねーちゃん。お歌ー」
「ねぇ、ねぇ。こっちのおねーちゃんも歌うの?」
「…えぇ?! ……わ、ワタシは」
「あ。ねぇ、にーちゃん」
「に、にーちゃん?! 俺は――」
「遊ぼうぜー!!」
 子どもたちは陵だけに留まらず、永谷とレジーヌにも飛びかかり、辺りは騒然となった。
 
 * * * 
 
「うーん。もぐもぐ――なひゃなや見物でごじゃ――もぐもぐ」
 歌声に引かれてやってきた菫がラクスを頬張りながら言う。
 視線の先には子供たちに囲まれた教導団の面々が見える。
「菫さん、喋るか食べるかどちらかに――あぁ。ほら、食べカスが」
 仁美が懐から取り出した布巾でその口元を拭う。
「ねぇ、徐光。誰?」
 エリーズは突然現れ【ティーパーティー】を満喫している謎の二人組を指差した。
「うむ? 巡回の途中で遭遇したでござる。陵殿の歌声を聴いて、ここに来たのだとか」
 そうでござるな? とお茶に加わらず隣に立ったままの李広に確認する。
「ええ。私は李広。あちらは――」
「もぐ――ごっくん。――拙者、秦野菫。忍者でござる。ニンニン」
「梅小路仁美と申します」
 食べ終えた菫と仁美が名乗った。
「どっかから来たのよ?」
 胡散臭げにエリーズが睨みつければ、気にした風もなく菫が応じる。
「あっち――いやいや。マホロバからでござるよ」
「!――では、貴公らは葦原明倫館の?」
 何が目的かと徐光が身構えれば、エリーズがレジーヌを呼びに駆け出した。
 
 
 数分後。菫たち三人と教導団の面々は向かい合っていた。
 ただ、陵だけは向こうで子どもたちに集落に伝わる歌を教わっている。
「芦原の生徒だって?」
 眉間に皺を寄せる永谷に菫はひらひらと手を振ってみせる。
「まぁまぁ。落ち着くでござるよ。確かに拙者たちは葦原の者。だが、今はただの旅人でござるよ。なぁ、仁美殿に李広殿」
「ええ。菫さんは本当に何も考えていませんわ」
「そうだな。ただ、純粋な興味からコンロンに足を運んでいる。物見遊山というやつですね」
「……二人ともその言い様は酷いでござる」
 あんまりな言い様に肩を落とす菫。その様子に永谷とレジーヌは顔を見合わせた。
「……永谷さん、ここはお世話になった集落……揉め事は……避けるべき、です」
「あぁ――確かに。ほんとのところはわからないが……斥候にしては」
 暢気、いや、ユル過ぎる菫たちである。
「旅行者をどうこうする気は教導団にはないからな。好きにすればいい」
「お。旅は道連れ世は情け。袖擦りあうも他生の縁でござるな。いやいや。かたじけない」
 こうして、教導団は一夜の宿と共に奇妙な道連れを手に入れたのだった。
 
  * * * 
 
 翌朝。
 明けることのない空に歌声が響いた。
 集落の人からの願いで、昨日教わった歌を披露しているのだ。
 その一団――永谷に老人が声をかけた。
「お若いの――道は誰かが歩き、通い続けねば死んでしまうのじゃよ。人との繋がりもそうじゃ」
「え?」
「――交わって易を成すためには時間がかかると言うことじゃよ」
 それは昨日、今回の補給経路の確立。それがゆくゆくはコンロンの交易路にならないだろうか。
 そんな話をした永谷への老人からの答えであった。
「――歩くよ。最初の一歩は踏み出したんだ。歩き出せば、いつか目的地には着くんだからな」
「ほほほ。若いのぅ。――道中気をつけての」

「……まだ、手を振ってます……」
 手を振り続ける子どもたちを振り返りながら、レジーヌが隣の陵に囁く。
「本当ですか? 帰りに寄れるといいですね」
 微笑む陵に、ふと思いついたことを尋ねてみる。
「……ステキな歌、でした……変わった歌詞でしたが、意味は……?」
「古い歌――友との出会いを喜び、互いの身の安全を願う、ものだそうです」  
「……友……」
「えぇ」
 どこかくすぐったい響きに少女たちは微笑を深くした。
 
 
 永谷は先の戦局のため、レジーヌは仲間のため、陵は歌で心を通わせるため。
 それぞれに願うところは違う。
 国交や戦争は決して綺麗事でもなく、一筋縄ではいかないことばかりだ。利益と打算、強引さや非道さが入り混じる。
 いかに教導団が「土地の者との争いは極力さける」ことを方針に掲げようとも、歪むことは止めれない。
 けれど、誰一人として無益な争いを望む者はいない。
 そのことがもたらした、小さな一歩だった。