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リアクション
あちこちで、ザナドゥの侵攻に対する対策が取られようとしている中、ここでももしかしたら何かの役に立つかもしれない何かが作られようとしていた。
「しばらく来ない間に、この街も変わったわね。……あぁ、お腹が空いてきたわ。
そういえばこの街の名物って何だったかしら。せっかく来たんだから名物を食べたいところなんだけど」
「あたしはうなじゅーがいいなー。どっかにうなじゅー屋さんないかなー?」
「……開口一番にあんたらそれかよ! 今この街がどんな状況なのか知ってんのかー!」
「あら、報告書なら読んだわよ。私、難しい話は1行読んだら寝ちゃうから、読み終わるまであと数ヶ月はかかるわね。
素晴らしいわ、私」
「そこ威張るとこかよ! ……はぁ、なんかいつもな感じで、こんなんでいいのかなぁ……」
イナテミス中心部にやって来た、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)とリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)、キリエ・クリスタリア(きりえ・くりすたりあ)。たとえ今が戦争中であったとしても、この、月実(最近はキリエも)がボケてリズリットがツッこむ、そんな光景はいつも通りであった。
「とりあえず、ここなら安全だろうと思ってやってきたのよ。危険に飛び込むなんて愚か者のすることだものね」
「……それ、教導団の人間が言っていいことなのかなぁ……」
そんなことを言いながら歩いていると、一行はイナテミス広場へと辿り着く。普段は憩いの場として親しまれているこの場所も、今は閑散としていた。食べ物を提供していたであろう屋台の骨組みだけが、虚しく風に吹かれていた。
「ねえ月実、本国に援助物資の申請でもしてみたら? でさ、それ使って炊き出しするの。
物がなくなるとさ、心って荒んでっちゃうから。美味しい物でも食べてもらって、ちょっとでも元気になってもらえたら――」
「そうね……手始めに、――――屋さんでも始めてみようかしら」
「……月実、今の話聞いてないでしょ!? なんでいきなり店始めるの!
それに今月実が口にした言葉は、発言が禁止されてるって言ったでしょ! 書く時もわざわざ『――――』なんてしないといけないんだよ、分かってるの!?」
「そんなの知らないわ。――――は――――よ。別の言葉に言い換えるなんて、――――に対する冒涜だわ」
そうは言っても、言いたいことが言えない世の中だってあるんです。
「……そう。だったら……やるしかないわね」
キラリ、月実の瞳に光が走り、表情が力のこもったものになる。
(つ、月実がなんだか違う! これはまさか――)
月実の様子にリズリットが戦慄を覚えた矢先――。
「そう、新製品の開発よ! きっとこれはイテナミスの名物になるわ、間違いないわ!」
「…………」
やっぱり月実は月実だった、リズリットが頭を抱えていると、キリエが面白そうに首を突っ込んでくる。
「じゃ、あたしも新製品考える! えーっと、ザンスカールうなぎがふんだんにつかわれたうなじゅー……」
「あんたも一緒になって考えんな! それから月実、ここはイテナミスじゃなくてイナテミス!
名物がその発祥地間違えんな!」
言った後で、リズリットはハッ、と気付く。今のツッコミは方向性を間違っていなかったか、と。
「そうと決まれば早速ここの偉い人に直談判よ! ほら行くわよ、早くしなさい!」
不安は現実のものとなり、月実は一直線にこの街の長の下へと歩き進んでいく。こうなった月実はもはや、誰にも止められない。
「あたしうなじゅー屋さんやるー!」
「キリエは隣のスペースでうなぎを焼くといいわ。私は――――の新製品を作るのよ!」
「ああもう、勝手にしてよ……」
どうせ、新製品を作ろうとして結局広場で焼きそばでも焼いてるんでしょ――そんなリズリットの想像は、しかし、思わぬ方向からの横槍によって大きくねじ曲げられることになった。
「……話は理解したわ。戦時中、物資が不足する中、栄養素に優れた商品が安定的に供給されることには利がある。
あなた、そのカ……コホン、“イエロースティック”についてどれほど詳しいのかしら?」
「私はカ……何よリズリット、配慮してんだからそう言いなさい? 分かったわ仕方ないわね、イエロースティックがお友達と思っているわ」
向かった町長の所で、月実を出迎えたのは御神楽 環菜(みかぐら・かんな)であった。御神楽 陽太(みかぐら・ようた)と共にイルミンスールを訪れ、親友でありライバルであるエリザベートにハッパをかけた後、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)の故郷でもあるイナテミスに滞在していたのだった。
「そこまで豪語するのなら、既にレシピくらい考えてあるわよね?」
「私を誰だと思っているの? 昨日寝ないで書いたレシピならここにあるわ」
言って月実が、数枚にまとめられたレシピを環菜の前に差し出す。紙にギッシリと書かれた内容を一瞬で読み進めていく環菜と、ドヤ顔で佇む月実を見比べて、リズリットはただただ困惑するばかりであった。「あんた、報告書1行読んで寝ちゃったって言ってたじゃない!」とツッコミたいのにツッコめないのが、これほどもどかしいとは思いもしなかった。
「まあ、及第点ね。いいわ、必要な物についてはこちらで揃える。……そうね、あなたは完成した商品のネーミングでも考えて頂戴。
ま、長期的に見て、この街とパイプを持っておくのは何かと利があるわ。ザンスカール第二の都市であるこの街は、影響力もそれなりでしょうしね」
環菜が言い終えたところで、キリエがはい、と勢い良く手を挙げて言う。
「うなじゅー屋さんもあたし、やりたい!」
「鰻? ……分かったわ、考えておくわ」
「わーい!」
「よかったわね、キリエ」
話が承諾され喜ぶキリエに、月実が微笑む。環菜の頭の中では、どうすれば産地偽装に引っかからないかとか、そんなことが既に展開されていた。
「……で、リズは何をするの?」
「……へ?」
話を振られて、リズリットが素っ頓狂な声を上げる。月実とキリエ、二人の視線が突き刺さる。
「働かないで良いのは金のあるニートだけよ。サボってはいけないわ」
その“金のあるニート”と話をしていたことなぞいざ知らず(まあ、最近は鉄道会社の運営に乗り出したが)言い放つ月実に、リズリットはもはや何もツッコめず、自分の存在意義ってなんだろうと思いながら二人に付いて行くことにしたのであった――。
「……くしゅっ!」
「わ。おにーちゃん、風邪?」
「あ、ううん。大丈夫。うーん何だろう、嫌な予感ってほどじゃないけどこう、何かあった感じがするなぁ……」
ノーンに気遣われ、笑みを浮かべつつ陽太が思考に耽っている隣で、ノーンが洞穴の精霊たち、そして戻って来ていたカヤノと話をする。
「とりあえず、みんなが無事でよかったよー」
「ま、このくらいで負けるほどへこたれてないわよ。……夏の暑さには負けそうだけど」
「あはは……確かに、氷結の精霊にとって夏は辛いねー。カヤノ様もあちこち飛び回ってるみたいだし、お疲れですか?」
氷を抱くようにして涼んでいるカヤノへ、ノーンが気遣うような声をかける。
「……そうね、最近何かとあったし、疲れてるかも。ミオのパートナーにも言われたし」
「そっかー。じゃあ、わたしがカヤノ様やみんなに、元気のつく料理を作ります!
厨房、使わせてもらっていいですかー?」
カヤノが首を縦に振り、ノーンは仲間の精霊と連れ立って、厨房へと向かっていく。
「……実際、イナテミスの防衛についてはどうなんですか?」
陽太の問い掛けに、カヤノが振り向いて答える。
「今出来る対策をやってる、としか言えないわ。セリシアはウィール遺跡で、サラとセイラン、ケイオースはイナテミス精霊塔の調整に忙しいし。
完璧、なんてことは言えないけど、負けるわけにいかないじゃない。だから、出来ることをやるのよ」
それは多分、偽りのない言葉。楽観的でなく、かつ悲観的でもなく、自分が今出来ることをやろうとしている。
「……イナテミスは、ノーンの故郷です。僕は、ノーンの故郷のため、出来ることを考えます」
「……うん、ありがと。期待してるわ」
ノーンの様子を見てきます、と背を向ける陽太へ、カヤノがひらひら、と手を振って見送る――。
●雪だるま王国:雪だるま大聖堂
今日も変わらず、訪れた者を時に優しげに、時に厳しく見つめる雪だるま。
その雪だるまに見つめられて、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が深く、深く思慮に耽る。
(あの時のことと今が重なる……ウルさんが死に掛けたのを見てからずっと……。
目の前にいるのに助けられず……すべてを失ったあのときと……)
先の戦いで、アーデルハイトに単身戦いを挑んだウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)は返り討ちに遭い、レイナの必死の介護で一命を取り留めたものの、今も家から出られない状態にあった。
そしてレイナは、その日からずっと不安定な日々が続いていた。突然、過去の光景が刺し込むように入ってくるのだ。
それはとても悲しい記憶。今も心を苛み、蔓延るモノ。
(もう、あんな思いはしたくない……大切な人や仲間が目の前でいなくなっていくのを見たくない……。
戦場に赴かなければ、それを見ることはないのでしょう……)
けれど、とレイナは思う。
自分がこうしている間にも、雪だるま王国の女王、仲間たちはそれぞれの場所で、自分の出来ることを一生懸命やっている。
それなのに、自分はこうしていていいのだろうか。
(……ですが……何もせず、私の知らないところでその方々が傷つくのも……。
私は、どうすればいいのでしょうか……。
私は、何をすればいいのでしょうか……)
乞うような瞳で、レイナは雪だるまを見上げる。けれどもいくら見つめた所で、答えは降りてこない。
力が抜け、うなだれるレイナ。その時どこからか、誰かの声が聞こえてくる。
『いっそのこと、敵対する方すべてを殺してしまいましょう?
気に入らなければ刈り取ればいい。
見たくないものは形が残らぬよう燃やせばいい。
大事なものは毒されないよう、手元に残して囲えばいい』
その声が誰でもなく、自分から発されていることに、当のレイナは気付いていない――。
「あー痛ぇ……あのロリババァ、本気であたしを殺すつもりだったのかぁ?」
その頃、ウルフィオナはベッドを飛び出し、レイナを探していた。
(ちくしょう……あたしのせいで、あいつが思い出したくねぇこと思い出しちまってる。
何をしてやれるわけでもねぇ、けど……家族として、仲間としてあいつのそばに居てやる。
それが今の、あたしにできること、かね)
そんな思いを胸に、ウルフィオナは多分ここだろ、とばかりに大聖堂の扉を開く。
『本当に大事なら、どんな手段を用いてでも守るべきですよ?
相手を考え自分を抑えては、守るものも守れないでしょう?』
(ん? あいつ、誰かと話してんのか――! 違う、これは……!)
一瞬首をかしげたウルフィオナだが、即座に『この大聖堂には自分とレイナ以外人の気配がない』ことに気付く。
『それすら嫌ならいつものように、耳と目をふさいで眠りなさい。
後は私が、あなたの望むままにしておきますから……』
スッ、とレイナが立ち上がり、ゆらり、と振り返る。
――そこに、いつものレイナ・ミルトリアの表情はなく。あるのは歪んだ、一人の少女の笑み。
「レイナ!」
ウルフィオナが飛びかかるように手を伸ばす、その僅か先を少女はすり抜け、ガラスを突き破って外へ飛び出してしまう。
「くそっ!」
軋む身体に鞭打ち、落ちてくるガラスを避けるようにして外へ飛び出したウルフィオナが、すぐにレイナの気配を探るも、もう感じ取ることは出来なかった。
「ちくしょう……ちくしょうーーー!!」
叫び、ダン、と拳を地に打ち付ける。自身を襲うどうしようもない無力感に苛まれながら――。
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