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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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●イルミンスールの森

「んー。……んんーー」
 最初に魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)――ナナ、モモ、サクラの三人娘――と戦った場所を訪れた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、やっぱりいないか、と声に出さす呟いて、さてどうしようかと思案に暮れる。
 自分から殴りかかったのに、ナベリウスからは「もう続けられなくなっちゃった」と魂を返却された。挙句、散々敵対していたイルミンスールからも、超法規的措置だとか何だかの理由でお咎めなしとなり、アルコリアは目的を失ってしまった。自分と敵対することを選ばなかった相手を、更に殴れる道理は自分にはない。
 ちょっと考えた結果、とりあえずナベちゃん達探そうかな、と結論付ける。自分に魂を返却した理由が知りたいから。……というわけで当てのある場所に来てみたのだが、そう簡単に会えるはずもないな、と思う。
「……あの統制の取れなさでは、居そうにありませんわね。
 形勢はザナドゥ不利……犠牲者が出るならあちら側、ですか」
 傍らに立つナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が自身の見立てを口にしつつ、何とも言えない不可解さを感じていた。
 魔神を含む、マイロードの知人が死なぬように努める。
 マイロードに私怨を持って戦いを挑むものを害さない。
 この二つをアルコリアから命じられていた。それ自体はいい。ナコトにとってアルコリアは善そのもの、逆らうことなど端から考えにない。
 ……が、不可解である。明確でない。命令が与えられているにもかかわらず、である。
(……そういえば、戦えと言われたことはあるが、倒せと言われたことは滅多にないな。
 ……いや、だからといってアルをまともと評するつもりはないが。そうなればウチの面子の良識が崩壊したとも言われかねん)
 哨戒の真似事をしつつ、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)がそんなことをぼんやりと思う。尤も、何がまともで何がまともでないかなんてのは、当人が属する“枠”によって異なるものだ。アルコリアだって、どこかの枠ではまともとして扱われるだろう。全ての枠においてまともな生物、また全ての枠においてまともでない生物は、枠が無限に存在する限り存在しないと言っていいだろう。
(それでも、今回は幾分と気が楽だ。……知り合いを死なせるな。魔神たりともというのがヤツらしいが)
 その時、茂みから物音がする。咄嗟にそちらへ振り向き得物を構えれば、しかし現れたのは顔見知りだった。
「ここに居たか」
「もー、探しましたよー」
 現れた人物、白砂 司(しらすな・つかさ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が、アルコリアに近付く。
「はろーん。なになに、にゃんにゃんする気になった?」
「どの口がそんなこと言えますかっ! か弱い私をよくもまー黒焦げにしてくれたもんですっ。
 にゃんにゃんはお預けです! 永遠に!」
「えーーー」
 しばらくそんな他愛もないやり取りが続いてその後、本題が切り出される。
「アルちゃんが自分でどう思っているかは知りませんし、私がどーこー言ったところで生き様が変わるたー思わないわけですけど。
 物語のお約束に忠実な私としては、“わたしは正気にかえったー”状態のアルちゃんは、酷いことした私のために役立つべき! なんて思うのですよ」
 要は、「お前俺たちに散々痛い思いさせただろ、その詫びとして戦え」ということであった。祀り上げられている点を差し引いても、アルコリアの契約者としての実力は一流である。その力が拠り所を決めずふらふらとしていることは、決していいことではない。イルミンスール側についてくれれば理想的だし、そうでなくとも敵に回らない、魔族側につかない、という保証は(随分と当てにならない保証だが)得ておきたかった。
「……サクラコにゃん、残念だけど、戦力として当てにしないで。
 ナベちゃんズや、知り合い、校長とかが死にそうなら、癒しや救出はする気だけどもね」
 それに対するアルコリアの回答は、“否”であった。それでも、アルコリアの言葉を聞いた司とサクラコは、それで納得したように頷き、それ以上話をすることはなかった。
「ナベリウスが何故魂を戻したか……は、聞いても仕方ないようだな」
 沈黙を以て答えとするアルコリアに礼を返し、司は『何故ナベリウスが牛皮消に魂を戻したのか』という理由について考えることを放棄する。考え自体はあるし、その考えを信じたい自分がいることも分かっていたが、確たる答えが出ない以上、考えても仕方がない。
 それに今は、別の理由で思慮することを放棄せざるを得なかった。

「すまぬが、討たせては頂けぬか?」

 アルコリアの前に姿を表したシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が、唯一言、そう口にしたからである――。


 エッツェルがやられたと聞いた時、我はまず耳を疑った。そして真実と分かると、我は笑った。
 『成り損ない』の人間が、ただの人間にやられたのだ。これ程おかしな事はないだろう。

 ひとしきり笑って気が済んだ所で、我はその人間――牛皮消女史を目にしようと動いた。純粋な興味なのかは分からなかったが、ただ漠然と『会いたい』と我の心はせがんでいた。
 魔族の動向も気に掛かったが、全ては腰を上げた校長に任せておけば良いだろうと決めつけた。随分とまぁ重い腰だったようだが、我のようなものに出来て、校長が出来ぬ道理などないだろう。

 そして彼女を前にした時、我は自分が抱いていた気持ちに気付いた。
 怒りだ。
 『会いたい』とせがんでいたのは、討ちたいと急かすその正体は、友を討たれた事に対する、どうしようもない怒りだった。
 頭を振り、息を呑み、怒りを面に出さぬよう努めた。
 無理だった。
 歪んだ表情は消えず、そのまま笑みの形へと持っていくのが精一杯だった。

「すまぬが、討たせては頂けぬか?」

 誰がそれを口にした? ……我だ。
 その問いかけに、何の意味がある? ……何の意味もない。

 これは敵討ち? 呆けたことを抜かすでない。
 これはただの、八つ当たりだ。


「……あぁ、“彼”の知り合いですか」
 何か用ですか、とは聞くまでもなかった。相手は自分と戦い、殺そうとしているのだから。
『ねーねー、ラズンも混ざってぶちかます?』
 テレパシーで、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が面白げに語りかけてくる。アルコリアにはそれに、こう答えてやる。
『周りのめんどくさいことやっといて』

「うーわー、予想外の答え来たよ、きゃははは♪」
 ひとしきり笑って、ラズンはアルコリアの言う事に答えるべく、エリザベートに連絡を取る。
『えり子ざべ子、デュエルさせよー、きゃははっ☆』
『私におかしなあだ名をつけるなですぅ!』
 ……以下、会話が成立してるかどうか分からない会話が続いた後、エリザベートが『勝手にやればいいですぅ』と言ってきたので、じゃあねーとラズンはテレパシーを切って、アルコリアに『許可取れたよー、好きにしていいってー』と伝える。ナコトとシーマと観戦に混ざるラズンに頷いて、
「殺しは、しません」
 いっそ傲慢に、『手記』に言い放つ。戦う相手を生かすなど、驕り甚だしく、侮蔑でしかないかもしれないと思いながら。
「理解し難いですね……」
 そして『手記』の後方で、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が冷めた表情で呟く。結局はこの言葉が、今この場にいる者たちに少なからず共通する思いであった。

 ――理解出来ない。
 何遍言葉を重ねても、時に身体を交えても、理解出来ない。
 何もかも分かったつもりになって、次の瞬間何も分かってなかったことに気付いて、理解出来るか糞ったれと吐き捨てて、でも理解出来ない自分が嫌で、次こそは理解しようと頑張って。
 自分がどうしようもなく最低な奴だと認めてしまえばそのループから抜け出せることに心の何処かで気付いていながら、それも認められない。

 ……理解出来ないことは、認められないこと?

 触龍の繰り出した触腕はアルコリアを掠めはするものの、深刻な損傷を与えるには至らない。触腕が異世界に消え、ブレスを撃たんと接近した所を、杭のような柱が触龍の四肢を穿ち、地面に縫いつけてしまう。
「――――」
 召喚の呪文が聞こえ、喚び出された輝く雷鳥が触龍を電撃と光の奔流に包む。そのどちらにも特たる耐性を持たなかった触龍は力尽き、残った『手記』もまた無傷とはいかず、身体のあちこちが削げ落ちていた。
「僅か二撃で滅せられるか……。じゃが、ここからは我自ら言うのもなんじゃが、しつこいぞ?」
 言い、『手記』は四肢から数本ずつの触手を伸ばし、攻防に利用しながらアルコリアを追い詰め、身体の自由を奪わんとする。無数の触手に迫られてもアルコリアに動じた様子はなく、スッ、と片方の腕を薙げば、数本の触手が寸断される。不可視の力で罪深き者へ断罪を下す神の如く、迫る触手を尽く切り落としていく。『手記』の方も「しつこい」と言ったように、切られても再び生やしては、痺れ作用のある粘液をぶつけるべく繰り出す。
 他の者たちはその戦いに手を出すことなく、行方を見守っている。ラムズも一見呆然と、戦いの行方を見守る。
 「愚か者め」と実に楽しげに笑う化物。
 「興味が湧いた」とイルミンスールを発ち、ここまでやって来た化物。
 「八つ当たりじゃよ」と自らに言い聞かせ、戦いを挑む化物。
 怒りをその目に宿し、自分にまで嘘を吐き、傷付いても攻撃の手を緩めず、まるで人間のように吼える化物。

 ……やはり、理解は出来なかった。
 何故そこまでして、赤の他人のために戦うのか。そして、相手も何故戦いに付き合うのか。
 理解出来ない戦いを続けることに、何の意味があるのか。

 ――戦いに意味はあるのか。ないのか。
 意味のある戦いであればいいのか。戦いは意味のないものであるべきなのか。
 ――そもそも、戦いをする自分に、意味はあるのか。

 触手の再生速度が遅くなり、やがて一本、二本とその数を減らしていく。アルコリアの方は何度か触手の攻撃を受けているはずだが、いっかな身体の動きが衰える気配がない。身に纏った服や装飾、そして本人の強化された身体機能などが、『手記』の狙った麻痺効果を弾いていた。
「ぐぬっ……!」
 やがて、四肢の触手を全て切断され、達磨状態になった『手記』が地面に倒れ伏す。ふぅ、と一息吐いてアルコリアが『手記』の元へ歩み寄り、うつ伏せだった『手記』を仰向けにして、その首筋に手先を当てる。
「首と胴を切断すれば、大抵の生物は死にます。あなたは死なないかも知れないけれど……殺さないと言った以上は、これまでです」
 言い終え、立ち上がったアルコリアがその場から立ち去る。後にナコトとシーマ、ラズンが続き、場が引けようとした所で、司の声が響く。
「誰かのために戦う気がないなら、大学へ来てみたらどうだ?」
「ちょ、何言ってるんですか司君! 悪名とどろくアルちゃんが空京の街なんぞ歩いていたら、通報ものですよっ!」
 咎めるサクラコ、半分は冗談のつもりだった司の前で、アルコリアは振り返ることなく立ち去って行った。
「お騒がせしました。では、私はこれで」
 ラムズが、頭と胴体だけになった『手記』を回収して、失礼を詫びるように頭を下げた後、やはりその場から立ち去る。
「……何と言っていいのだろうな」
「聞かれても困りますね。誰も分かりませんよ、多分。
 ……でも、それでいーんじゃないですかね。難しく考えてたら、あっという間に寿命が来ちゃいますよ」
「……そういうことにしておくか」

 複雑な思考を行えれば行えるほど、より複雑な問題を見つけてしまうのだという。
 そして必ず限界は来る。到底解けない問題を目の当たりにして絶望に打ちひしがれ、自らを殺したくなくばどこかで、単純になっておくべきなのかもしれない。