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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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第一章 〜1月第2週〜


・1月11日(火) 11:00〜


 三連休が終わり、天御柱学院の生徒会室には現行役員が集まっていた。
「いくつか問い合わせが来てますね」
 生徒会長の五艘 あやめは、生徒会執行部宛に届いたメールを開いた。日、祝日は基本的に執行部も休みであるため、一週間の仕事はメールやデータのチェックから始まる。
「『生徒会執行部の立候補には、年齢制限もあるのでしょうか?』。確かに、これは説明してませんでしたね」
 地球人や強化人間はまだしも、パラミタの種族の場合は外見と年齢が一致しないケースが多々ある。また、単位制の専門課程である高等部は、専門学校としての側面も持ち合わせている。そのため、一般的な高等学校よりも年齢の幅が広い。
「会長ー、返答内容どうするー?」
 庶務の役員があやめに尋ねた。
「そうですね、『中等部一年から高等部二年に「本科生」――もちろん生徒として在籍――していれば、年齢は問いません。また、現在高等部三年であっても、原級留置、あるいは卒業後別の科への編入が決まっていれば立候補は可能です』といったところでしょうか。さすがに新体制に関わりたいからって、単位取得を調整してまで原級する生徒はいないとは思いますが」
 学院では基礎教養課程である中等部の三年間で高校卒業程度の身につけるため、高等部はそれぞれの科に特化した専門課程となっている。また、高等部からは単位制となり、履修は生徒が自由に組む事が可能であるが、進級要件単位を満たさなければ留年となってしまう。裏を返せば、単位を調整することで意図的に留年することも出来るのである。
「しかし、質問してきた方はそもそも生徒ではありませんね。企業からの出向研究員として整備科の所属にはなってます」
 メールの送信者は、ベネティア・ヴィルトコーゲル(べねてぃあ・びるとこーげる)という名であった。あやめは学院のデータベースにアクセスすることで、彼女の情報を得た。
「じゃ、一応『あなたは立候補出来ません』って文面も入れとく?」
「いえ、それではかえって失礼でしょう。『生徒会』なのだから、生徒以外が立候補出来ないというのは当然承知のはずです。念を押す必要はありませんよ」
 あやめの指示を受け、役員が早速返信を行った。
「それじゃ次は……会長、新聞部と放送研究会から生徒会執行部の取材依頼がきてるよ」
「『新体制に向けての現行役員の心境』ですか。そうですね、皆さんの都合が良ければ今週末にでも」
「生徒会役員だけで大丈夫なら、問題ないぜ。なあ?」
 副会長の声に、他の役員達が頷いた。
「一応変に書かれないように、こっちでも記録は取っておくわ」
 パソコンのキーボードを打ちながら、書記役員の少女が言った。
「確かに新聞部の笹塚部長は、嘘は書かないけど妙に誇張したがりますからね。主にネタ方面で」
 あやめは副会長の机の上にある『天学美女年鑑2021』に視線を送った。それに気付いたのか、副会長が「いや、これはなかなか参考になるぜ? 特に、海が近いだけあって、水着グラビ……ああ、なんでもない」と焦ったような反応を見せてくれた。
「……まあ、許容範囲内です。
 そろそろ移動時間ですね。今日の担当は私と」
「オレだ」
 副会長が手を挙げた。
「それじゃ、行きましょうか」
 生徒会役員への立候補手続きは、昼休みと放課後に行うことになっている。電子化が進んだ学院ではあるが、この手続きは書類、しかも手書きのみだ。もちろん、立候補者本人が直接提出しなければならない。
「しっかし、今年度は全員見事に三年だから、総入れ替えなんだよな」
「ちょうどいいと思いますよ。完全に新体制に移る上では、ね」
 自分の妹も立候補しているが、決して自分の後釜に据えたいというわけではない。
 あくまで、立候補者に危険因子がいた場合の保険に過ぎないのだ。
(さて、今日は誰が来るかしらね)

* * *


「はい、こちらでお預かり致します」
 藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)は、立候補届けを提出した。役職は庶務だ。
 新体制のことは、臨時生徒総会で知った。これまでとは異なる、生徒主導型の学院が始まる。
(自分がここに入れたら、普通の生徒と特別な生徒との間で何とか連携出来ないかな)
 普通科が復活し、強化人間ではない普通の地球人への門戸も開かれた。これまで、「契約者」と強化人間志願者のみが――特殊な才能に目覚めた人達が、この学院を動かしていた。
 世界を動かすのは、特殊な才能に目覚めた人達。学院に入学してからも、ずっとそんな思いを抱いていた。
 生身の戦闘で重症を負って以後、療養のために地球と海京を行き来するようになると、イコンの訓練も遅れていった。そんな中、イコンの世代交代が起こった。能力に目覚めた人達だけでどんどん先に進んで行く、そんな劣等感しか持てなかった。
 新生徒会に集まるのも、特殊な能力を持った人達だけだったらどうなってしまうのだろう。大多数の普通の生徒が置いてけぼりになるのではないか。そうなって欲しくないから、普通の生徒を自認する裄人は立候補したのだ。
 パートナーに相談することもなく。

「あれ、おなもみ? それ立候補届けの控えだよね?」
 手続き会場から戻ってきたひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)に、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は確認した。
「銀河パトロール隊の独立レンズマンとしては、銀河司令官とかのポストら迷わず立候補したのに、残念ね。
 あ、選挙と言えばさ、昔、掲示係を刑事係と勘違いして立候補したの。悪者を捕まえる係だと思ったら、壁に物を貼る係とか……あの一年間の画鋲との日々は、あゆみの唯一の汚点ね」
 中等部入学前なので、小学生の頃の話である。
 が、そこまで口にしたところで、脱線していたことに気付いた。
「って、そんなことより、何に立候補したの?」
「書記だよ」
「書記? 何それ? あーあれか」
 何かをとぐようなジェスチャーを始めた。
「小豆とぎましょうか、書記書記書記☆ 人とって食いましょうか、書記書記書記☆の書記!」
 と、冗談はそこまでにして、本題に入った。
「分かってるよ、書記でしょ? あれだよ、会議とかで決まったことを書いていく地味な仕事だよ。妖怪あずきあらいになれるわけじゃないんだよ。分かってるの?」
「分かってるよ。おなもみはこう見えても蒼マンで『週間少年シャンバラ』新人賞を取った漫画家だよ。連載中の現役漫画家が伊達じゃないことを学院中に知らしめなきゃね☆」
「はーなるほど。つまり、書記作業を漫画でやりたいんだ? 万人に分かりやすくってことか。うむむ、天学の生徒ってどうなんだろ?」
 あゆみは天学生としては珍しく、授業以外では積極的にパラミタで活動している生徒だ。なお、所属は超能力科である。イコンの操縦や整備に関しては、それほど知っているわけではない。
「確かに、イコンの操縦法や整備法、能力なんかの使い方のコツなんかは挿絵や漫画で説明されていた方が分かりやすいかもね」
 しかし、残念ながらそれは生徒会執行部の仕事の範疇ではない。そのことを二人は知らないが、視覚的イメージで生徒に分かりやすく伝えるというのは、アイデアとして十分なものだろう。
「ま、いいよ。おなもみがしたいんなら、あゆみ応援したげる」
 とはいえ、既に書記には立候補者がいる。二人まで当選するが、油断は出来ない。たとえ三人以上にならなくても、信任投票は行われるだろう。支持率によっては、不信任となる可能性もあるため、アピールはしっかりとやっておかねばならない。
 あゆみには馴染みがないが、どうやらヴェロニカ・シュルツという書記の立候補者は、高等部では結構名前が通っているらしい。
「それで、漫画家のおなもみの最大の武器は漫画なわけだけど、どうしようか。何か作戦ある? そだ、おなもみが連載してる漫画の載ってる週間少年シャンバラでも配ってみる?」
「うーん、それもアリだけど、やっぱり取材だよね。立候補者の取材をすれば当選した時にコミュニケーションも取りやすいしね」
「ああ、立候補者や選挙活動を取材してそれを漫画にしていかに絵や図があることが直感的に物事を把握するのに重要かプレゼンするわけか。
 QX、いいアイディアね。じゃ、あゆみは今回は取材記者だね」
「各立候補者のこと、ちゃんと聞いてね。もちろん公平にだよ?」
「分かった。と、こういうのにつきものの不正をしているコを見つけたら、銀河の平和を守る、愛のピンクレンズマンとしては見逃せないからやっつけちゃうね」
 あゆみがウィンクをした。とはいえ、さすがにそこら辺は選挙管理委員会が上手く処理することだろう。
「取材の時、変な質問を一つ入れていいよ。『今日のパンツは何色ですか?』とか。急に変なこと言われて、その人がどう対処出来るかは見るべきところだし、漫画にした時に読んでいる人を引き込めるからね」
 あとは、おなもみが取材を聞きながらネームを切り、そのまま漫画にする。そして、その日の内に印刷して校内に配るという作戦だ。
「よーし、面白くなってきた。さぁ取材よ、ペンがあゆみの剣よ」
 立候補者期間がまだ終わっていないため、本格的な取材は全員が出揃った後からだ。

* * *


 生徒会執行部役員の立候補受付が行われている頃、有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)は校長室を訪れた。
 コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)から、承認を得るためだ。
(ふむ、パイロット科の科長に訓練をしてもらいたいと?)
「深くは言えませんが、あの決戦の時に敵機体と共に仲間を危険に、不安に晒したことと関係があります。お願いします」
(それを決めるのは、私ではない。本人かパイロット科の教官長に直接申し出るべきだ)
 基本的に、校長は学院そのものの運営にはほとんど関与しない。地球やパラミタの各勢力との折衝や、学院で決定した案件に対する承認を行うのが彼の役目だ。とはいえ、生徒の間にはあまり知れ渡っていないのが事実である。
「分かりました。ありがとうございます」
 コリマから指摘を受け、五月田教官長の元へ行った。
「どうした?」
「事情は言えませんが、イズミ科長とやらせてもらえませんか?」
「まあ、アイツがいいっていうんなら大丈夫だろ。科長としての仕事で今は忙しいが、元々は前線でバリバリ働きたいってタイプだからな」
 ただ、スケジュールを調整する必要があるため、確実にしたいなら一週間以上先で希望を出して欲しいとのことだった。
「では、宜しくお願い致します」
 訓練希望日を告げ、美幸は五月田教官に依頼を行った。