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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●prologue〜黄金虫

 上空から眺めるとその島は、一匹の黄金虫が、海原を泳いでいるかのように見える。
 丸みを帯びた『頭部』が目指すのは北だ。『背』の大半はざらざらした不毛の土に覆われており、『尾』の辺りにいくらか、苔のようにこびりついているのはこの島に存在する唯一の森であろう。ところどころ吹き出物のようにガス抜き孔が開けており、そこからゆらゆら、蒸気と熱とが放射されている。これが空に立ち昇り、まるで本当に生きているかのように、黄金虫の姿を揺らめかせているのである。
 魍魎島――島はそう呼ばれていた。

 白と黒の絵の具を、練り混ぜて水で溶いたような空の色だった。しかも刻一刻と、その色は濃さを増す。ぬるま湯のような温かい空気ではあったが、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は知っていた。いずれ氷水の雨が訪れ、この生暖かさを洗い流してしまうと。
 眼を細め、トマスは海の彼方を見つめた。嘘のように静かな海原につい、嵐の前の静けさなどと言ってみたくもなる。
「じき、始まりますかと」
 乾いた音を立てて拱手し、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が一礼した。トマスは振り向く。
 空はモノトーン、海もまた灰色、トマスの髪のペール・ブロンドがなければ、白黒映画の一シーンのような光景だった。
「ああ。敵の首魁……クランジΘ(シータ)。本当にここら攻め寄せると思うか?」
 左様ですな、と顔をあげ魯粛は返答する。
「地形を見るに、大軍を上陸させるには適当な位置かと……無論それは、将たるシータが本隊にいれば、の話ですが」
「策を好む相手と聞いたけれど……」
 魯粛の隣にあるはミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)だ。拱手のまま動かない魯子敬とは対称的に、崩した姿勢で海を指す。
「いずれにせよ、敵が兵力を割いたとしても、メインはこの北岸から上陸してくる公算が最も高いと思うわ。海岸線がずっと東西に広がっていることだし」
 このときミカエラの背後方向から、のっそりと小山のような人影が近づいて来た。実際、彼はそれほど長身ではなく、むしろトマスや魯粛、ミカエラよりも小柄なのだが、その鍛え上げられた鋼の肉体とこれが放つ迫力から、山が動いたような印象を受けるのである。
 山のような男の名はテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)、熊の魂に人間の心を持つ獣人だ。
「付近の味方を一巡りしてきたよ。ほぼ、準備は終わったようだね」
「シュミット大尉とは?」魯粛が問うと、
「会ってきた。指揮についても確認している。あのお姉さん、ちょっとおっかないけど頼りになりそうだね。さすが北面の総指揮を任されているだけはある」
 おっかない云々は言わないほうがいいと思うな、とトマスは苦笑気味に言い、再度波打ち際に目を向けた。
 この鏡のような海を敵が渡り、静寂が破られる瞬間を思うと、自然頬が引き締まった。
「それでは、私はいくらか下がって、後方より戦闘局面を見るとしましょう」
 慇懃に礼して魯粛が去るのと、
「失敬、教導団の将校とお見受けした」
 とアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が姿を見せたのはほぼ同時だった。
「そうだけど……そちらは?」
「蒼空学園のアルクラント・ジェニアス。まあ、味方だよ」
「よろしく。僕は教導団少尉のトマス・ファーニナルだ」
 どちらからということもなく、二人は握手を交わした。
 アルクラントは上背があり、肩幅の広さもあいまって堂々たる印象を受ける。ベレー帽と小銃、コートにブーツという組み合わせも、蒼空学園というよりは教導団の生徒に見えた。いみじくも彼は言ったのである。
「私がここに来たのは戦うためだ。共同戦線を張らせてもらいたい」
「頼もしいね。よろしくたのむよ」
 テノーリオが口元に笑みを浮かばせた。アルクラントはトマスの方を見ながら言った。
「正直なところ、クランジ……彼女たちの、国を持ちたいという考え自体は分からないでもない。しかしながら、それが争いの種となるのであれば認めるわけにはいかないね」
「僕の考えは少し、違う」トマスは穏やかに告げる。「クランジという機晶姫もただの機械だと、強いて考えるようにしている。機械は兵器であって人間ではない。教導団員の任務として、僕はここの前線で侵略者の兵器と戦うつもりだ」
「それもひとつの考え方だね……私も」
 アルクラントは鋭い目線で海原を一瞥し、告げた。
「戦う以上は討つ覚悟だ。今日はこの場所に、クランジに同情的な者がないわけではない。しかし、たとえ恨まれる事になろうとも、シャンバラの平和を脅かす存在には剣を向けなければならないだろう」
「僕たちの目指すものにずれが生じないことを祈りたいね」
「同感ですな。ファーニナル少尉」
 アルクラントとて代々軍人の家系である。トマスに示す口調は、同じ軍人として敬意を示すものだった。
「『トマス』でいいよ。戦友は、みんなそう呼ぶ」
「では私のことも『アルクラント』と」
 トマスとアルクラント、軍人という根の部分は同じものの、立ち位置、目指すべき所はいくらか異なる。『剣』と『刀』の違いというか、『ナイフ』と『短刀』の違いというか、分類上は同じ武器であっても、その質感には画一ならざるものがあった。だが作戦に臨む姿勢に違いはない。二人のやりとりをやや緊張気味に見ていたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は、いくぶんほっとしたような口調で自己紹介した。
「アル君をよろしくね、私は彼のパートナーでシルフィア・レーン……」
 しかし彼女が、名乗りのすべてを終えることはかなわなかった。
 ふとアルクラントが空を見上げ告げたのである。
「一雨来そうだ」
 言うや否、すべてが一変した。
 最初は、水面を棒で叩いたような音だった。しかも、うんと遠くで。
 だが『それ』が次々と浮上するなり鼓膜を突き破るような轟音へとたちまち転じた。
 ミサイルだ。しかも大量、うんざりするほどの。まるで槍衾、大きさや鋭さからしてもその比喩が適切だろうか。海のすべてが瞬間、ミサイルの針山に変わったかのように見えた。トマスは咄嗟に身を屈めた。アルクラントもシルフィアを抱くようにして伏せる。
 一瞬にして視界が炎の赤で染め尽くされる。肉を引きちぎり骨砕くような激しい振動と衝撃がこれを追う。爆発という火炎の花が一気に咲き乱れたのだ。物凄い熱波が肌を焼く。打ち上げ花火が飛び出すのに失敗し、その場で破裂したのを何十倍にも何百倍にもしたかのようだ。着弾の勢いと炸裂、この世が終わったかのような轟炎の連続はまるで悪夢だ。
 いや、悪夢よりずっと酷いかもしれない。
 この一声砲撃に続けとばかりに、大量の機晶姫が上陸をかけてきたからだ。機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫……海岸線が機晶姫で埋まった……機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫機晶姫……岩陰から這い出て溢れかえる甲虫のように。
 いずれの機晶姫も女性の形をしているが髪も表情もなく、目はあるが瞳はなく、すべて薄暗い灰色に塗りつぶされていた。身長も外見もまったく同一だ。これがクランジ量産型である。これら兵器は、ミサイルの一声発射と同時に浮上した黒い戦艦――どことなくエイを思わせる形状をしていた――の大きく開いた搭乗口より雪崩をうって現れた。いや、今現在も現れ続けている!
 過半の量産型は着水し、じゃぶじゃぶと海水をかきわけてくる。水が弱点というかつてのクランジタイプIIIの短所は、とうに改修されている軍勢のようだ。だが少なくない数は、そんな僚機を踏み台にして跳躍し火炎で焼かれた魍魎島に降り立つ。もう両腕から電磁鞭を飛び出させてているのもいる。
 その数は優に百を超えていた。二百すら超えているかもしれない。
   
   
   


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Tears of Fate

 part2: Heaven & Hell

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