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第2章 迷子・救護センター


「ふ、ふ、ふぇ〜ん……おかーさーん!」
 顔を見るなり泣き顔になって、ひしっと膝に抱きついた男の子を、母親が抱き留めながら、頭を下げる。
「ありがとうございます。屋台で買い物をしようとお財布を出しているうちに、この子ったら、急に一人で走り出して……。ほら、ちゃんとお姉ちゃんにお礼を言いなさい」
「ありがとー、おねーちゃん!」
「どういたしましてですぅ。……じゃあ気を付けてくださいねぇ」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が手を振ると、うん! と元気よく言って、母親と一緒に広場へと戻っていった。
 ──はばたき広場に設けられた、救護・迷子センター。
 白百合団によって運営されるその場所は、荷物や落し物のお預かり、お子さまの一時預かりを行っている。
 何時にない人出のせいか、朝から財布が届けられたり、買った荷物を置き忘れたと取りに来た人がいたり、はしゃいで両親とはぐれた子供たちが遊びながら、迎えを待ったりしていた。
「おねーちゃん、あそんでー」
「滑り台しようよ」
「いーやー! おままごとするの!」
 見送り終えてルーシェリアが振り返ると、手やスカートの裾を子供たちに引っ張られる。
 嬉しいけれど、注意をしないと喧嘩になってしまう。引っ張られつつ、柵で囲われた遊具の方へ行くと、
「順番ですよぅ。はじめは、みんなで滑り台しましょうかぁ」
「わーい!」
 ルーシェリアの言葉に、黄色とオレンジのポップなカラーの、大人の身長ほどの高さの滑り台に子供たちが飛びついた。
「みんな、ちゃんと並んでくださいねぇ」
 小さい子には手を貸して階段を登らせながら、彼女は年齢も性別もばらばらな子供たちが、ぶつかって怪我をしないように注意しながら遊ばせる。と同時に、一緒になって滑り台に上って、
「次は私の番ですよぅ。それぇ〜」
 ルーシェリアも一緒になって遊ぶ。
 トラブル防止ででもあるし、住民との交流が目的である以上、子供達と仲良くすることも交流だと思うのだ。
 一方、その子供たちを遊ばせ──いや、遊ばれている少女もいた。
「きゃ、きゃはは、く、くすぐったいですわっ」
 高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)の笑い声。
 狐の獣人である彼女の、もふもふ尻尾と狐耳。じゃれてもらおうとぱたぱたしているうちに、子供たちが本気になって群がってきて、一斉に飛びかかって来たのだった。
 一気に襲われて、マットに転がった彼女の尻尾や耳は、あっという間に玩具になって──。
「わーい、ふさふさだー」
「あったかーい」
「きゃ、お、おやめくださいませっ」
 何とか起き上がったものの、引っ張られたりくすぐられたり、なでられたり、大変な騒ぎだった。
 目的である、リラックスしてもらう効果は確かにありそうだけれど、これでは体が持たない。
「助けてくださいませ〜」
 水穂は常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)に助けを求めたが、あちこちの遊具やおもちゃを子供たちに見せて、
「こちらでも遊んでくださいですわ」 
 と言ったきり、子供の預かり・引き渡し書類のチェックに入ってしまう。
「そ、そんな酷いですわ」
「……仕方ありませんわ。ご存じの通り、わたくし小さい子供が大好きですもの」
 もし子供を引きはがしでもしたら、そのままぎゅっと抱きしめて、見境がなくなってしまうから。
 だから直接手を出さないと、紫蘭は事前に水穂と、彼女と共通のパートナーネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)に予め宣言しておいたのだ。
「今回は、ねじゅちゃんの所属する、白百合団のお仕事ですもの。あらぶるわけにはいきませんわ」
 簡単に書類のチェックをした彼女は、ここにいると、一見して迷子だと間違われそうな幼い容姿の、でも今日はちょっと大人びて見えるネージュに視線を向けた。
 ネージュは、真面目に働いていた。
 カレー屋台を出したい気持ちもあったけれど、白百合会の一般会員、白百合団の団員として、そしてこども好きとして、センターの手伝いを申し出たのだ。
 彼女は急いで子供たちを迎えに来たために走り疲れている両親に、幾つかの紙コップが並んだお盆を差し出した。
「お茶をどうぞ。ゆっくり休んで行って下さい」
 ひとつひとつ中身の違うそれは、様々な香りのハーブティだ。
「いえ、すぐに行きますから……」
「来てくれた人みんなに、差し上げてるんです。あちらに椅子もありますから」
 救護・迷子センターはその役目だけでなく、顔を出してくれた住民との交流もする場所なのだ。せっかくの、直接会話できる機会を大事にしたい。
「お茶は、これがラベンダー、これがシナモン、これがミントで……」
「じゃあミントを頂きます」
 走って火照った顔に清涼感のあるミントティーはぴったりだろう。
「ゆっくりしていってくださいね」