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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

リアクション


●青龍

 青龍という名の辻斬りは、蒼空学園そばの植物園でその正体を明かした。

 植物園を一望できる尖塔の屋根に乗り、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は一人、唇に紅い笑みをたたえている。彼女はここまで事件を追ってきたのだ。
 ここからはしばし回想込みで、綾瀬のたどってきたルートを明かすとしよう。
「まず私は考えました。『女子生徒失踪事件の犯人が辻斬りかドラゴニュートであるかはこの際切り離して考えるとしまして……問題は外出中に失踪した二人よりも、蒼空学園の校舎内で姿を眩ませた一人の方ですわ』、と」
 唄うような口調で続ける。
「何故かと? 答えは簡単、『部活後、更衣室に行ったまま行方をくらませた』とのことですが、その時間に校舎内に不審者がいれば、確実に警備員に捕まるはず……犯人が契約者だとしても『人を連れ去る』と言う行為に誰も気がつかないだなんて、普通考えられませんわ」
 綾瀬は微笑する。
「予想を立てました。こう考えますと犯人は『蒼空学園内部の者』……それも、近づかれても決して怪しまれないで接することのできる……『教師』の中にいるのかもしれませんわね、と」
 そして綾瀬は山葉涼司校長と接触し、教師や部活のコーチと言った者たちの一覧表、それと蒼空学園内を調査する許可を求めたのだが、調査許可こそ下りたものの、「個人情報の開示はできない」と一覧のほうは拒絶されてしまった。涼司によれば、たとえ在校生であれそこまでの許可は出せないという。綾瀬は不服だった。このとき、「これで解決が遠のいたとしても仕方ないことですわよ……」と綾瀬は彼に抗議したのだが、涼司は動かなかった。
 しかし校内を調査する許可は得たわけだ。綾瀬は『ディメンションサイト』を使用して抜け道がないかを調べ、周囲にある物(特に失踪者のロッカー周辺)に『サイコメトリ』を使用して情報を探した。やがて判ったのは、どうやら当該生徒は『重いもの』に変えられ、ほとぼりが冷めたころに運び出されたらしい……ということだった。
「重いもの……石化でもしたのでしょうかね」
 彼女がまとう魔鎧、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)はそのような予想を立てている。
 校内を歩いているより、校内から重いものを運び出すほうが不審な行動であるのは瞭然だ。同一人物なら話は早い。だが石化を行った人物と、その石を運び出した人物が別だったとしても、少なくとも後者は学校関係者に違いない……という推理を綾瀬は組み立てたわけである。
 やがて教師を中心に捜索していた綾瀬は、怪しい人物を特定したのだった。
 それは、天黒龍が不審なものを感じ取った教師と同一だった。
 痩せた感じの、若い女性教師である。最近採用されたのだろうか、元蒼学生の綾瀬だが見覚えがなかった。
 教師はギターのソフトケースを担いでいるが、そのケースにギターが入っていないのは一目瞭然だ。鞘に収めた日本刀を入れれば、ちょうどあんな形状になるのではないか。しかも彼女の顔は正面を向いているが、視点は中空を向いたまま動かない。不審だ。何かに取り憑かれたような……という表現がぴったりくる。
「あの姿、怪しいとは思いません?」
 漆黒のドレスが言うまでもなかった。綾瀬は後を追い、その若手教師が植物園へと足を踏み入れるのを確認すると、さっと身を翻して蒼空学園へ帰還した。
「さて、本来の私でしたら、このような情報を流すのは面白いと思わないところですが……」
 今回は例外、と彼女は、この情報をドクター・ハデス(どくたー・はです)に流したのである。
「さぁ、皆様。早くこの事件の真相を見つけ出して下さいな?」
 と言い残して綾瀬は飛び去った。
 こうして彼女は漆黒のドレスを来たまま尖塔に乗り、事件の顛末を見届けようとしているのである。

 空気が濃い。湿度は高く蒸す上、鬱蒼と茂る植物の香りが立ちこめている。赤や黄色といった原色の花も目に痛いくらいだ。
 ここは熱帯の植物が茂る温室。ここまでずっと、夢遊病者のように女性教師は歩いてきたのだが、突然ここで、予告もなく足を止めた。
「……尾行(つ)けて、来てますね?」
 ぽつりと言う。
 黒龍も足を止めた。とるものもとりあえず追ったため、黄泉耶大姫は伴っていない。単身だ。
 女性教師は振り返った。黒龍もこれには驚く。いつの間にか、彼女は青い龍のような仮面を被っているではないか。同時にギターケースをかなぐり捨て、代わりに手に日本刀を握っていた。
「……辻斬り犯か」
「そうです、と言ったら……?」
 黒龍は幻想モノケロスを構えた。強い殺気を感じる。かなりの手練れだ。勝てるだろうか。
 このとき、まるでこの瞬間を待っていたかのように、
「フハハハ! ようやく尻尾を出したな辻斬り犯!」
 哄笑が轟くや、ひらりと白衣の人物が中央に躍り出たのである。まさしく天才科学者の白衣、染みの一点もない純白だ。眼鏡のレンズも白く輝いている。
「ククク、我らと同じく世界征服を目論んでいるグランツ教……その背後関係を洗っていたが、容疑者出現の報を聞けばそうもしていられん!」
 ぶわっ、その白衣が舞い上がった。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス! グランツ教が事件解決に動き出したとか聞いているが負けてはおれぬ、オリュンポスの威信をかけ、何としても奴らより先に、行方不明事件を解決するのだ! 辻斬りの容疑者よ、大人しく降参すればよし、さもなくば、手荒な手段に出るが、異存はないな!」
 仮面を付けた女教師は、剣を抜き身にして一歩前に進んだ。
「手荒な手段? それは私も同じです」
 そして、触れるだけで切れそうなその刀身を、指でつーっとなぞったのである。
「――全員、斬り捨ててあげましょう。私は青龍。覚えておきなさい」
 ぞっとするような笑みを彼女は浮かべたが、ハデスはなんとも思わなかったようだ。
「ふうむこの展開であれば、もう囮は必要ないな!」
 と、天才科学者に似合うポーズでパチンと指を鳴らした。
「さあ、我が秘密結社オリュンポスが誇る戦闘の鬼、神奈よ! 囮は不要になった。辻斬りを捕らえに戻るのだっ!」
 出でよ、とハデスが叫ぶや否や、熱帯雨林をかきわけて奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)が登場した。髪はもちろん巫女服にも、蔦がからんだり葉っぱがへばりついたりしているが意に介さず、くわと口を開け神奈は声を上げた。
「だ、誰が戦闘の鬼じゃっ! いくら奇稲田家が古よりマホロバの血を継いでいるからといって、わらわを鬼呼ばわりするでないわっ!」
 神奈は五千年前からマホロバの血を受け継いでいるという日本の名家、奇稲田家の跡取り娘である。だからといって鬼呼ばわりは傷つく……憮然とした表情だった。
「ククク、見ればあの辻斬り、まるで握る剣に魅入られているかのようではないか。いうなれば剣鬼か、戦闘の鬼の相手には丁度いいっ!」
 と、ハデスは全然、彼女の抗議を聞いていないわけだが、幼馴染みであり(しかも親同士が決めた許嫁でもある)神奈は彼のそういった性情を理解しているので、それ以上追求せず、常に濡れたような銘刀、その名も『童子切』を抜いた。
「まだ鬼とか言いおる……ふん、まあ良い。辻斬りだかドラゴンマスクだか知らんが、わらわが退治してきてくれよう!」
 さらに神奈は龍神刀も鞘から解き放つ。二刀流だ。
「フハハハ! さあ行け! 我がために死力を尽くすがいい!」
「べ、別にハデス殿のためではないからなっ! か、勘違いするでないぞっ!」
 神奈もお年頃、つい顔が紅潮するのである。
「待って下さいよ僕たちもお忘れなく」
 ちゃんと植物園内の順路をたどって、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が追いかけて来た。
「ハデス君が先へ先へ急ぐから追いつくのが大変でしたよ」
 はぁ、と息をついて十六凪は言う。辻斬り犯は見えているのだが特に動揺もせず続けた。
「しかし、辻斬りに対して囮捜査しようとしていたのですか……敵の戦力もわからないのに無茶をしますね、ハデス君は」
 このとき神奈が出てきた茂みから、がさっ、とデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)も登場した。
「ごめんごめーん、遅れちゃったー。えーと、十六凪、大丈夫なんだよー。たしかに神奈は囮役だったけど、ちゃーんとこの自宅警備員のデメテールちゃんが護衛していたんだもんねー」
「『警備員』の意味がずいぶん違うような気がします……。あと、護衛とは言いますが妙にタイムラグがありませんでしたか? デメテール君が出てくるまで」
「それは」
 さっと懐から、土産ショップで購入したとおぼしき『植物園ケーキ』なんてものを出してデメテールは得意げに告げた。
「これを見つけたから! どんなお菓子でも、このデメテールちゃんの嗅覚から逃れることはできないんだよー!」
 つまりお菓子を購入するために寄り道していたというわけだ。
「あの、それって、かなり護衛役としては頼りにならないような……」
 十六凪は額を押さえて首を左右に振った。
「ええい、私を無視するな!」
 いい加減主張したくなってきたらしく、青龍と名乗った辻斬りは、剣を振り上げた。
「覚悟しなさい!」
 と斬り込むが、青龍の攻撃は剣にとどまるものではなかった。
「……植物か!」
 黒龍はバックステップするも敵の刀は速い。剣についてはなんとか二の腕を傷つけられるにとどまったが、もうひとつの攻撃には対処しきれなかった。周囲を囲む熱帯雨林が、一斉に蔦を伸ばし彼の腕や脚を絡め取ったのである。非常に力があり、身を捩ったものの解くは難しい。切断は可能だが、蔦は切っても切っても、次々と腕を伸ばしてくる。
 神奈もまた、腰を絡め取られ身動きままならぬ状態であった。
「うぬっ、かような手段を用いるとは……ええい、卑怯な」
 蔓がするすると伸び、胸元にまで入り込もうとする。必死でそれを遠ざけても、今度は別の蔓が袴に……危険な状態だ。
 デメテールも逆さに吊り下げられ、えいえいとデモニックナイフを振り回すも、脱出は困難という状況であった。
「えー! もしかして食べられちゃうのー! 食べるのはいいけど逆はいやっ! まだ就職もしてないのにー!」
「デメテール君、就職する気ないでしょう、最初から……」
 と思わずツッコミを入れてしまう十六凪は、なんとか触手のような蔓草から逃るも安堵できない状況である。追ってくる植物から距離を取ると、どんどん味方から離れることになるからだ。
 しかし十六凪は落ち着いていた。
「……そろそろ、ですかねえ? ハデス君」
 彼が見上げた先には、やはり植物にぶら下げられたハデスの姿がある。ハデスはまるで動じていなかった。それどころか、むしろ楽しそうである」
「クックク……天才の計算にもとづけばそろそろだろう。それでは天才科学者の、定番的黄金台詞を吐いておくとするか!」
 ハデスは眼鏡をくいっ、と直すと、声高らかに宣言したのである。
「こんなこともあろうかと!」
 まるでそれが合図であったかのよう。
 このとき、透明の温室の窓に、さっと黒い影がさした。
「いた、目標補足、現在位置教えるよ! これから奇襲を仕掛ける!」
 影の正体は小型飛空艇アルバトロス、その操縦桿を握る勇姿は相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)だ。彼がトリガーを引くや掃射によって天井が破れ、硝子の破片が雨のように降り注いだ。
 これを小型飛空艇ヘリファルテが追ってくる。シャンバラ教導団少尉相沢 洋(あいざわ・ひろし)の機体だ。彼は声を上げた。
「非常事態発生。繰り返す、非常事態発生! 例の情報通り植物園だ。高速偵察部隊、直ちに集結せよ!」
 すぐさま小型飛空艇オイレを駆り、乃木坂 みと(のぎさか・みと)も到着した。
「敵影確認! 犯行現認!」
 目視だけではなくモニターも使って、投影された姿を分析する。辻斬りと思われる女性は刀を握っていた。みとの見立てでは、その女性は刀身から出る波長のらしきもので植物を使役しているようだ。周辺の熱帯雨林が意思があるようにうごめき、人に牙を剥いているのはそのためだろう。
 みとはマイクを握って告げた。
「こちらは教導団です。無駄な抵抗はやめなさい。投降するか抵抗するかの自由だけは選ばせてあげます。どのみち、監獄に連れて行きますが」
 穴だらけになった植物園の透明な天井が完全に破れた。蔓が伸び、攻撃を仕掛けてきたのだ。だがみとは期待を旋空させてたちまちそれを回避する。みとの挑発はこれが狙いだ。この動きで拘束が弛んだのか、ハデスたちが植物から離れるのが見えた。
 さらに型飛空艇ヴォルケーノも参集している。エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)機である。拡声器を使っているのだろう、エコーの効いたこえでエリスが言った。
「ぶっちゃけ、個人的には、この手の犯罪者は度が過ぎたマニアックな変態だと思われますので逮捕なんぞ生ぬるく、ミサイルの雨を降らせたほうが早いかと。以上」
「いけません、爆撃は最後の手段ですわ。場所を考えて下さい」
 慌ててみとはマイクを取ってエリスを静止する。
 眼下の味方勢が退避するのを見て洋は号令を下した。
「よし、各個に攻撃開始! 目標は辻斬り容疑者とする!」
 言うなり彼はラスターハンドガンを抜き、ためらうことなくひらりと飛び降りた。落下と共に銃を乱射し宣言する!
「見せてやろう。これが教導団特殊強襲降下兵の力だ」
 彼の落下に合わせるように、無人になったヘリファルテは降下しながら弾薬をバラ撒いた。特定の狙いがあるわけではない。弾幕だ。これには植物も手出しができず、洋は無事着地を終えた。
 派手にやってくれるものだ。これを見てみとは溜息をついたが、非常事態ゆえやむを得まい。
「仕方ありませんね。請求書は……この方に!」
 と洋を指してやはり降下した。ブリザードを巻き起こして自分の着地速度を落とし、さらに、冷気に弱い植物を怯ませる。
 エリスは飛空艇から降りなかった。
「犯人を確認しました、射線軸上の味方には影響がないと判断。空爆を開始します」
 胸の高鳴りを押さえられないように声を上ずらせ、迷わずミサイルを撃ち込んだのである。小型ではあるが破壊力は十分だ。見る間に熱帯雨林は焼き払われていく。ワーグナー『ワルキューレの騎行』でもかけたら盛り上がる光景では無かろうか。
 これで視界が晴れた。
 驚いて辻斬り……青龍が逃げていくのが見えた。
「目標捕捉。続いて第二射、サイドワインダー行きます。以上」
 エリスは容赦なしだ。セフィロトボウで手傷を与え逃走を妨害する。
「死なない程度に手加減はしますが、これより捕獲行動に入ります」
 さらには半身を乗りだし、対戦車ライフル(光条兵器)を構えたのである。
 洋孝は機体を急降下させ、味方のところまで到達した。
「ちょっと騒ぎになりそうだからね。怪我してるんだろう?」
 洋孝は黒龍に呼びかけ、自機に乗せると、
「一旦空に上がるよ! しっかりつかまって!」
 と一言、即座にアルバトロスを急上昇させた。さらに洋孝は風圧で揺れる植物目がけ、空対地射撃を容赦なく行うのである。
 もう植物園は火の海だ。
「辻斬りねえ。刀剣なんざ、量産性能と一定の品質さえあればいいと思うんだけどね。物量に耐えれるほどいい刀ってそうないはずだけど?」
 と言いながら洋孝は見た。みとと洋が、辻斬りを追いつめているところを。
 だが窮鼠猫を噛むというのか、一閃、青龍の刀は洋のアーマーを斬った。ただ打ち込んだのではない、フェイントを交えた見事な太刀筋だった。
「へえ……正規軍新型パワードスーツを切り裂いたか、いい腕だ。辻斬りにしては……。どこかの正統な剣術で学んでいたか? それとも魔剣に取り込まれたか」
 しかし洋は動じず、ブリザードを浴びせかけたのである。
 青龍は避けた。これが、洋の狙いとも知らずに。
「だが! それでも止めさせてもらう!」
 洋の言葉を裏付けるように、青龍の動きは硬直したのだった。
 腕が捻り上げられていた。手から、剣がどさっと落ちた。
「その剣が原因だとすれば……これで完了でしょう」
 みとが言った。これは彼女のサイコキネシスがもたらしたものである。
 みとの予測は的中した。剣が失われるやたちまち青龍は膝を折り、気を失って倒れたのだった。
 やがてハデスたちが戻ってきたが、それでも彼女は失神したままだった。