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リアクション
●静寂の破れるとき
よく歩いたが、無駄足だったかもしれない。
といってもそれは、辻斬り、あるいは誘拐犯、はたまたドラゴニュートらしき者の捜索の話。
桐生円は道すがら、ともに捜査を買って出た漆髪月夜たちと語り合った。とくに、月夜の悩みはじっくりと聞いた。
今日一日じゅう一緒にいたことで、彼女たちとは随分親しくなった気がする。だから本日の成果は『友情』、それでいいと思う。
別れ際、円は月夜に言った。
「胸大きいだの小さい方がいいだの……言うだけ言って、そこからはぐらかした刀真くんは、確かにいけないよね。ボクも胸の事言われたら気にしちゃうだろうからなぁ……。
でも、ボクは恋人がいるし、ボクのこと『そのままでいい』ってその人が言ってくれるから、まあこのままでもいいかな」
婉曲に言ったつもりだが伝わっただろうか。
つまり『刀真とそろそろ、本当の恋人になったらどうか』と円は言いたかったのである。そうなればきっと刀真も、「そのままでいい」とすぐに言ってくれたはずだ。……そこまではっきりと明かそうかと迷ったが、円は結局やめておいた。
そのまま月夜、玉藻前と別れて円は帰路についた。情報によれば辻斬り犯が、ほぼ同時に四ヶ所に出現したが捕らえられたということだ。今日はもう、戦果はないのではないか……そう思って捜査を切り上げることにしたのだ。
「ドラゴニュートさんかぁ」
と、円のパートナーオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が言った。
「黒い姿だった、ということ以外はほとんどわからなかったわね」
「うーん。今回、事前情報が少なすぎたかも−」
同じくパートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)も少々疲れ気味の顔である。なにせ今日はよく歩いたからだ。ゆっくり風呂に入りたい気持ちだった。
三人の気持ちは少し弛んでいた。
それだけに、噂のドラゴニュートらしき姿に直面して、しばし言葉を失ったのも無理はない。
偶然……本当に偶然に、上守流に対し、異形の姿が手を伸ばそうとしているところに直面してしまったのである。
角を曲がったらいきなり衝撃場面、といった様相だ。
異形の姿は龍じみた、しかし、並のドラゴニュートにはないほどのどす黒い鱗の色で、ライダースーツのような黒いツナギを着ており、やや猫背であった。
オリヴィアもミネルバも驚きに我を忘れた風であったが、最も速く円は自分を取り戻していた。
「ドラゴニュートさんちょっといいかな? ぼくは桐生円、名前なんて言うの?」
果敢にそう、呼びかけたのである。
これにはドラゴニュート(?)も驚いたようで、視線を円に向ける。
「申し訳ないですけどドラゴニュートさん、早い話が貴方怪しいのよ。目撃情報から、グランツ教から学校に渡された資料には、貴方は怪しいとマークされています」
オリヴィアも急いで言い添える。ミネルバは巨大な剣を地面に引きずるようにして構えた。ことと場合によってはいつでも、ぐぉんぐぉんと振り回す所存だ。
つづく一秒に満たない時間で何があったのか。
次の瞬間、ドラゴニュートは何かに驚いたように目を見張ると、両脚を曲げて跳躍した。信じられない身体能力だ。跳んだ、と思ったらもう姿を消している。
「ドラゴニュートさん、逃げなくたって……!」
円は口惜しげに唇を噛んだ。まさかいきなり逃走されるとは思っていなかった。もう追っても追いつけないだろう。
あなた大丈夫? と、流を気遣いながらオリヴィアは言った。
「私たちは敵じゃない……というメッセージは伝わったかしら」
「多分大丈夫だと思うよー。ミネルバちゃんわかるもーん」
どうして? と問う円に、ミネルバはとっておきの笑顔を見せたのである。
「だって、ビンビンに張り巡らせていた『殺気看破』に、まったく反応がなかったんだもーん!」
このとき血相を変えた和深が到着し、ぜえぜえと息を切らしながら流の手を取ったのだった。
「だ、大丈夫か……!?」
「ええ、はい……大丈夫、です」
和深さんこそ大丈夫ですか、そう言って流は微笑んだ