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リアクション
四章 交戦開始
自由都市プレッシオ、最南端。
車のいななきも人通りも全くといっていいほどない。一目で違法と分かる店が点在しており、漂う臭気は下水や腐臭が混じったもの。
コルッテロのアジトがあるこの区画は、観光名所が並ぶ中央部とは違い、華やかさを感じさせないところだった。
(「……俺が手に入れた情報は以上だ。では、武運を祈る」)
(「ああ、恩に着るよ」)
コルッテロのアジト前。
和輝との<テレパシー>を切り、夜月 鴉(やづき・からす)は送られてきた情報を反芻する。
強奪戦に参加する特別警備部隊の人数、武装の情報。数々の有益な情報の中でも、鴉が特に気にかかったのは。
(ゲヘナフレイムが全滅、か。……この情報は後で使えるな)
そう判断した鴉は、パートナーの御剣 渚(みつるぎ・なぎさ)に<情報撹乱>を指示。
渚はゲヘナフレイムに関する情報の全てをルベル・エクスハティオに伝わらないよう隠蔽した。
(さて、後は……)
鴉は、ルベルを探すために歩き出す。
意図せずとも、彼女はすぐに見つかった。
アジトの前で<悲姫ロート>を抱え込み、膝を抱えていたからだ。
「よぉ、ルベル」
鴉が声をかけると、ルベルは顔を上げた。
昨日はずっと泣いていたのか、腫れぼったい目。赤色の瞳は充血していて、さらに赤みを帯びていた。
「……鴉、か。悪いけど、今のアタシは誰かと話す気分じゃないの。放っておいて」
ルベルははっきりとした拒否を示すと、もう一度膝に顔をうずめた。
意気消沈しているように見えるが、<悲姫ロート>の矛先を見ると大きな炎が灯っている。
復讐に燃えてるということか、と鴉は察すると、彼女の隣に腰をかけた。
「…………どっか行ってよ」
「それは出来ないな。今のお前を放っておくのは危なすぎる」
鴉がそう言うと、ルベルは黙り込む。心の底からどこかに行け、と思っているのではないようだ。
静寂が二人の間に降り立つ。
(復讐に燃えてる奴に、俺が何言っても今は意味ないだろうな……)
鴉は空を見上げる。空には暗雲が立ち込めていて、今にも雨が降り出しそうだった。
まるでこいつの心境だな、と鴉は思う。
(……ま、俺なりにやるか。一日そこらだけど、こいつのことは気に入ったからな。死なさないためにも)
「ルベル、やる気なんだろ? なら、俺が協力してやるよ」
「……ベリタスの仇はアタシが討つ。邪魔はしないで」
「仇はお前が討てばいい。邪魔はしないさ。
でも、考えてみろよ。ベリタスを討った奴らを本当に一人で相手できると思ってるのか?」
「…………」
「ベリタスの強さはお前が一番知ってるはずだろ?」
「……勝手にしなよ」
「ああ、勝手にさせてもらう」
二人の会話はそこで終わり、再び静寂が訪れた。
(どうせ言っても聞かないのは分かってるさ。なら、無理矢理止めればいい。何をしてでも)
「なぁ、ルベル。喉渇いてないか? 餞別にコーヒーでも淹れてやるよ」
「……あんまり熱いのはイヤ」
「ははっ、分かった。ちゃんと、温めのやつにしとくよ」
鴉は腰を上げ、コーヒーを入れるためにアジトに入っていく。
(……特製のコーヒーを、な)
――――――――――
昼下がりになり、雨がぽつぽつと降り始めた頃。
セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)一行は、コルッテロのアジトに到着した。
エレベータで最上階まで上がり、構成員が警備に当たる廊下を歩いていく。
やがて重厚な扉の前までやって来て、開ける。目の前に広がったのは、一級品の調度品や家具が配置された豪華な部屋だ。
「っひは。やっと来やがったか。遅せぇぞ、闇商人共」
この部屋の主であり、コルッテロの首領でもあるアウィス・オルトゥスは諸手をあげて歓迎した。
闇商人であるマネキ・ング(まねき・んぐ)は、恭しく礼―といっても陶器にそんなことが出来るのかは不明だが―をした。
「ふむ、すまない。こちらも用事が立て込んでいてな。なにはともあれ、このような場に招待してくれたことを感謝する」
「っひひひ。そうお堅い挨拶はよせよ。これは俺様なりの日頃の感謝の記しだ」
アウィスはパチンと指を鳴らし、部屋にいる構成員を呼び出す。
「この客共にとびっきりのおもてなしを用意しろ」
命令された構成員は二つ返事で了承すると、部屋から出て行った。
「そこで立っているのもなんだ。いいから座れよ」
アウィスの勧められるままに、一行は豪華なソファーに腰かける。
彼は下品に笑い、そこで今まで見たことのない人物がいることに気づいた。
「っひは。なぁ、闇商人。そこの女みてぇな護衛は分かるんだけどよ……その女は誰だ? 見たことねぇ」
アウィスがそう言ったのは、玉藻 御前(たまも・ごぜん)についてだ。
御前はコホンと咳払いをしてから、彼に言う。
「わらわはスポンサーじゃ。面白い催し物があると聞いてついてきた」
「ひひひひ、そうか。まぁ、ゆっくりしていけ。スポンサーさんよぉ」
アウィスがそう言ったのとほぼ同時に、構成員により料理や洋酒が運ばれてきた。
テーブルの上に置かれたその品々を見て、彼は緩慢な動作で椅子から立ち上がる。
洋酒を一本手に取り、グラスに注ぐ。琥珀色の液体はシャンデリアの煌びやかな光を浴びて、キラキラと輝いた。
「ひひひ……まぁ、勝手にやってくれ。料理や酒は腐るほどあるからよ」
アウィスはもう一度椅子に座る。満足げに笑いながら、足を組んだ。
そして、「ところでよぉ」と、マネキに話題を振った。
「昨日、うちのコルニクスがおまえに迷惑をかけたんだってな。すまなかったな」
「いいや、気にするな。どちらかと言えば、感謝しているのでな」
「感謝?」
「ああ。彼は、優秀……卓越している……我の一言で自ら率先して餌に志願してくれたのだからな。……なんと忠義に満ちたよい部下持っておられる……」
「餌?」
アウィスが発言の意図を読み込めず、首を傾げる。
それを見かねた御前が料理に伸ばした手を止め、説明した。
「大魚を釣るにはまず多くの小魚を集めないといけないじゃろう? つまりは、そういうことじゃよ」
「大魚が……計画で。小魚が……傭兵共やコルニクスだってかぁ?」
「そうじゃ。それに、その為には多様な餌が必要になるじゃろうな」
「……もっと分かりやすいように言ってくれ。まぁ、ある程度は理解したけどよ」
アウィスがグラスに口をつけ、琥珀色の酒を流し込む。
「しかし、おまえらには感謝してるぜ。あれだけの優秀な傭兵共を斡旋してくれたんだからな」
マネキが静かな声で答える。
「餌がどう動くにしても、提供できるモノは提供した。大魚を上手く釣り上げるも引きずり込まれるも君次第だ……」
「っひは。分かってるよ。けど、一時はどうなるもんかと思ったが……」
アウィスは部屋に設置された大型スクリーンに目をやった。
そこには、この区画に入ってきた特別警備部隊の者達が映っている。
それを見た彼は「っひひひひ」と笑い声を洩らし、歓喜に満ちた声で続けた。
「どうにかなりそうだな。さあて、そろそろ強奪戦を始めるとするか」
アウィスは開戦を告げるために立ち上がる。
その姿を見ながら、今まで黙っていたセリスが小さな声で呟いた。
「わざわざ呼び寄せて、斡旋した傭兵達を餌扱いとは……酷い話だな……」
『やあやあ、よくぞおいでくださった! 特別警備部隊のクソ野郎共!!』
アウィスの声が、スピーカー越しに最南端の区画に響きわたる。
その大声に含まれているのは、悪意、敵意、害意、負の饗宴。総じて愉悦。
『今まで待ち兼ねてたんだ。さっそく、始めるとするか。あっひゃっひゃっひゃ!!!』
嘲笑の笑い声と共に試合開始が宣言される。
強奪戦が、始まった――。
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