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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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「グラルダ、“該当無し”から通信です。……所属と目的を明かした上での速やかな停止。
 警告です、恐らくあなたが言うところの“灼陽”からの」
 シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)の報告に、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)はさも当然の反応とばかりに薄ら笑いを浮かべ、告げる。
「速度を上げるわ。あと音声、外に聞こえるようにして」
 直後、アカシャ・アカシュが加速し、“灼陽”を視界一杯に捉える位置まで接近する。そこでグラルダは外に向け、堂々と、自身の名と所属を明かす。

『グラルダ・アマティー、所属は……今日から“灼陽(ここ)”よ!』

 今の自分の言葉を聞いて、相手はどう思っただろうか。そんな事を思いながら、グラルダは言葉を続ける。
『見ての通りの“異邦者(ストレンジャー)”、アンタ達が望むような大義も名分も、今は無い。今のアタシに出来るのは力を示すこと。判断はアンタ達がすればいい。
 ……小娘風情にここまで言われて、ダンマリは無いわよね? ほら、アタシと遊びたい奴は出て来なさい』
 スピーカーを切り、グラルダは相手の出方を待つ。
「……何故、伏せたのですか。貴方には戦う理由がある」
 シィシャの、無機質な声が聞こえてきた。それにグラルダは淀みなく答える。
「イルミンスールであることが、ここではアタシの身の証にならない。世界樹を救うことも、“今の”連中には関係が無い。それは目的であって理由にはならないの」
 答えを聞いたシィシャが、ため息を吐く。『イルミンスールの学生として世界樹を救う』はグラルダが言うには、目的であるらしい。では理由はなんだろうか。それはシィシャには分からなかったが、思ったのはグラルダは自らの立ち位置にこだわるということだ。
 様々な要因から“自分の居場所”を作る。そうして貼られた“縄張り(こころ)”の中に、誰も近づかせようとしない。……それはどこか獣のようだ、そんな感想を何となく抱きながらシィシャは再度、グラルダに尋ねる。
「鉄族を選んだ理由は?」
 今度の問いには、少し間が空いた。
「いつか、話すわ。……来たわね、あれだけ言われたら当然の反応かしら」
 グラルダが不敵に呟く、同時にシィシャも“該当なし”の存在の接近を感知した。
『よぅよぅ、オレの華麗な空中機動を邪魔してくれちゃってよぉ! それになんだぁ、アレはよ!』
 一見チャラそうな通信が飛び込んで来たかと思うと、戦闘機だった機体が人型に変形し、目の前に降りてくる。“彼”は相当の手練だ、一連の動作からそう感じ取ったグラルダが、通信に回答する。
「何って、聞いての通りよ。アタシは今日から鉄族に所属するわ」
 グラルダの回答に、目の前の機体はしばし黙った。赤い“目”がまるで、こちらを品定めしているように見つめてくる。
『ふーん。オマエ、いい面構えしてるじゃねーか。……オレはな、そういう顔してるヤツを凹ませンのが好きなんだよな』
「……随分と悪趣味ね。やれるものならやってご覧なさい?」
 『アカシャ・アカシュ』の手に、剣が一本ずつ握られる。

「アタシが命を賭けるに値する、覚悟を――見せてみろ」

 目の前の機体も、脚部から取り出した銃のようだったものを棒状にし、ビームをナイフ状にして両手に握る。

『……面白ぇ。接近スタイルなんて何年ぶりだか忘れたが、付き合ってやるぜぇ』

 一瞬の邂逅の後、両者が動き出す。先手を取った『アカシャ・アカシュ』の剣は空を切り、横に回って斬りつけようとする機体のさらに横へ回り、もう片方の剣で斬りつける。その攻撃も機体は避け切り、迫るビームナイフを後方に飛ぶ動作で避けた『アカシャ・アカシュ』を、機体は懐に飛び込んで逃すまいとする。
「斬られる覚悟がなければ、懐には飛び込めない。……ふん、いい覚悟してるじゃない」
 手加減するつもりだったが、本気で当たろう。少なくとも戦いに関して、“彼”はそうするに値する価値がある。そう意識を切り替え、グラルダは機体が懐に入る直前で剣を繰り出し接近を阻止しつつ、二本の剣で攻め立てる。右に左に、上に下に、シィシャの判断も借りつつ攻め続けた結果、今度は機体が後方に避ける動作を見せる。
「……この一撃で!」
 すかざす出力を上げ、懐に飛び込むと同時に剣を突き出す。……しかし機体がふわっ、と浮いたかと思うと、グラルダの視界から消えた。
「――上です!」
 シィシャの声と、上空からビームナイフを繰り出す機体の姿をグラルダが確認したのはほぼ同時。突き出した剣を引くのは間に合わず、肘辺りから下ごと斬り落とされる。
「ッ――まだッ――」
 もう片方の剣で仕留めんと振るうも、それもやはりもう片方のビームナイフが煌めき、宙を舞った『アカシャ・アカシュ』の手に握られた剣がザシュ、と地面に突き刺さる。
『やるじゃねぇか、オレに変形を使わせるなんてな』
「…………、負けは負けよ。さ、煮るなり焼くなり好きになさい」
 脱力して呟くグラルダ、しかし機体はナイフを仕舞い、戦闘を終わらせる。
『このままオマエを嬲っても面白ぇけどよ、そいつは“灼陽”サマがうっせえだろうから止めとくぜ。後で挨拶、ちゃんとしとけよな?
 ねーちゃん、こいつの処置頼む』
『あっ、う、うんっ』
 くるりと背を向け、去ろうとする機体へ、グラルダが声を飛ばす。
「アンタ、名前は?」
『“紫電”だ。オレが憎かったらいつでも来な、相手してやるぜ』
 “紫電”と名乗った機体は、無防備に背中を晒しつつ立ち去る。

「……そうね。アンタには生き残ってもらわないと。アンタを倒すのはこの私だから」



「なぁなぁ、なんかこう、盛り上がってる感じしないか?」
「お前もそう思うか? どっかからか知んねぇけど、あいつらが来てから“灼陽”様も機嫌いいしな。
 この調子なら龍族の野郎共を殲滅出来んじゃね?」
「だろ? いけるよな、絶対。あいつらが乗ってるなんだっけ、あの……」
「イコンか?」
「そう、それ。あれすげぇよな、人型のまま空飛べんだぞ?」
「“灼陽”様はあれに使われてる技術を手に入れたっつってたぞ」
「マジかよ!? じゃあオレたちもいつか空飛べんのか?」
「分かんねぇけど、出来んじゃね?」
「イヤッホゥ! そいつは楽しみだぜぇ」

 鉄族の面々がテーブルを囲み、機嫌良く話をしていた。人型の時の彼らは、一見すれば気のいい兄ちゃんたちが酒の席で盛り上がっているようにしか見えない。
「鉄族ゆーんはイコンが一杯って思っとったけど、そうでもないみたいやなー。少なくとも普段はあんな感じなんやろか」
「そうみたいだね。戦いの時は奥の機体に“乗って”、さらに飛行機に変形して戦うんだ……。
 うーん。やっぱり、気になるな。“灼陽”さん、だよね。会って聞きたいことがあるんだ」
 拾志祀 惹鐘(じゅうしまつ・ひきがね)の言葉に頷いていたフィサリス・アルケケンジ(ふぃさりす・あるけけんじ)が、自らの内に湧いた疑問を尋ねるため“灼陽”の元に向かおうとする。
「あーフィサリスちゃん待って待って。ボクも一緒に行ったるわー」
 慌てて、後を追いかける惹鐘。敵ではないが味方でもない陣営の下では、何が起きるか分からない。
(保護者を気取る気はないんやけど、一人で行かせる訳にいかないしな。なんとなく嫌な予感もするし)

「……何?」
 フィサリスの言葉を耳にした“灼陽”が、表情を険しくする。
「あ、えっと……フィサリスとしては、争うとかそういう事をお互いやめて共存しあえば、デュプリーケーターだっけ? それについてお互いに調査しあえて、被害も防げるからいいんじゃないかと思うんだけど……」
 凄まれ、目線を下げつつフィサリスが言葉を紡ぐ。発端はフィサリスが“灼陽”に「そもそもどうして皆一族を争って戦ってるの?」と尋ねたことに始まる。つまりは龍族と鉄族が戦う理由を尋ねたのだ。
「……共存、だと?」
 そんな言葉は初めて聞いたというような顔をする“灼陽”。その場にいた他の鉄族も、概ね似たような反応であった。
「戦う理由って、『富』を得るため? フィサリスは別に『富』とか欲しいとは思わないからかもだけど、でもお互いの命取り合ってまで欲しいものなのかな〜ってフィサリスは思ってるよ」
「…………」
 座したまま腕を組み、沈黙する“灼陽”。その態度を、機嫌を悪くしたと思ったフィサリスが言葉を続ける。
「えっと、もし気を悪くしちゃったらごめんね。単純に、疑問だったから……」
「……いや、構わぬ。言いたいことがあれば続けるがよい」
 “灼陽”の言葉に、とりあえず機嫌が悪いわけじゃないんだ、とホッとするフィサリス。
「生き方の違いとか、種族の違いもあるかもしれないけど……。今、どっちもデュプリケーターの攻撃を受けて大変なのは同じなんだよね? だったらやっぱり協力すべきだとフィサリスは思うけど。
 だって、やらなきゃならない目的は同じでしょ? その方が効率的だし、平和的だし……何より、何かの意図で踊らされてる気がしないでもないし。
 ……駄目かなー?」
「…………」
 全ての言葉を聞き入れ、なお考え込んでいた“灼陽”が、どこか重々しく言葉を口にする。
「……これは私の推測だが、我々鉄族と龍族は共に同じ境遇にあったように思う。鉄族はかつての世界で迫害を受けていた。我々はその境遇から脱するため戦いを起こした。そして後少しで叶うという所でこの世界に落とされた。おそらくは龍族も、前の世界で同じような目に遭っているのではと考えるのだ」
「なら、余計に協力した方がええやんか。似たもん同士やろ?」
 惹鐘の言葉に、“灼陽”は頭を振る。
「似た者同士だからこそ、存在してはならぬ、と考えるのだ。それに今更、やれ共存だやれ協力だ、など考えられん。そのような事を考えていては龍族やデュプリケーターに殺られる。
 鉄族がこの世界に落とされた時より、何かの意思が働いているのは想像できても、だからどうしろ、と言われた所でそう出来るものではない」
 言って、“灼陽”は席を立つ。そして、迷いを振り切るように高々と言い放つ。

「我らはこれより西方、中立区域を制圧しつつ、龍族の勢力範囲への侵攻を計画する。
 目標は、勢力範囲内に確固たる橋頭堡を築くこと。龍族も来訪者と接触を果たしたとの報告もある、奴らが態勢を整える前に一気に攻め落とせ!」



「あぁ、見渡す限りの荒野……この世界は酷いわ。
 きっとこの世界に住まう者たちは、皆心が荒んでいるに違いない! そうよ、植物がないから荒んでいるのよ!
 植物は心に潤いを与えてくれる! やがて潤いは世界を満たすわ! さあ、みんなで植林するのよ!」
(うーン、お祖母ちゃんの植物愛が炸裂してるネ!
 でも、お祖母ちゃんってこんなことやってたっケ? ……まあ、知らないこともあるだろうシ、歴史変化の結果ってことかモ)
(わたくしはどうしましょうかねえ。まあ、幽那様に頼られてる以上、働きますわ)

 そんな、布教に熱心な一人の教祖とよく分からないまま付いてきてる舎弟……というわけではないが、多比良 幽那(たひら・ゆうな)織田 帰蝶(おだ・きちょう)ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)を連れ、鉄族の勢力範囲を移動していた。彼女らはもちろん、“灼陽”で一大作戦が計画され、実行の時を待っている事など知る由もない。
「お祖母ちゃん、どうして鉄族の勢力範囲にしたノ? 植林しやすさでいったら龍族の方じゃナイ?」
「理由はちゃんとあるわ。『鉄族って機械の身体ってことでいいのよね。つまり機械ってことは自然の大切さをより知っているのではないか?』『食べ物……食べるか分からないけど、自然のものをあまり使わないのではないか』よ。
 出来れば、戦争より自然を大切にする変わり者でも見つかるといいんだけど」
「そんな、砂の中から砂金を見つけるようなことが簡単に――」

「……いっちゃったヨ」
 偶然辿り着いた(幽那は「植物が私をここに辿り着かせたのよ!」と息巻いていた」、荒野ばかりの地において確かに樹と呼べそうなものが数本立っている場所で、ハンナが半ば呆然と呟く。
「おや、君たちは……。ま、まさかデュプリケーターが、ここまでやってきたのかい?」
 現れた、見た目いい年したおじさんの彼が、幽那たちをデュプリケーターと勘違いしたのか身構える。
「いいえ違います、私達はこの地に、植物の偉大さ、大切さを説きに来たのです」
「な、なんだか話が壮大だけど……うん、君たちも植物が好きなんだね」
「ホッ……話の分かる人でよかったワ」

 おじさんは、自分の名を“回流”と名乗った。機体は住処の傍にあったが、既に風化して所々草木が生えていた。
「これは爆撃機ネ。おじさんは爆撃機だったノ?」
「そうだね。……もう今は乗ることもないだろうけど」
 そう言った“回流”からは、どことなく哀愁を感じさせた。
「“回流”様、幽那様がお呼びですわ」
 帰蝶が、“回流”を呼びに来る。分かった、と答え“回流”が歩き出し、ハンナはもう一度その古ぼけた爆撃機を見上げ、後を追う。

「ねえ、植林するついででいいんだけど、いくつか聞かせてもらっていい?」
 作業の合間、幽那が“回流”にいくつか質問を投げかける。
「契約者……君たちは向こうの世界でそう呼ばれているのかい?」
 『天秤世界出身の契約者は存在するのか?』という質問に、“回流”がそのように答える。どうやら彼は契約者そのものを知らないようだ。
「契約者は、このような事を可能とするのですわ。……まぁ、もう既に働いてもらっていますけど」
 帰蝶が、植林作業に従事している女中たちを指して言う。『契約』をしたものは『契約者』と呼ばれ、本来種族が持っている力を超えた力を持つことが出来るのだと説明する。
「そうか、それは凄いね。僕らは契約なんてしたことないよ」
「そう、分かったわ。……そういえば鉄族って機晶姫と似てるって思ったけど、これも特に関係無さそうね」
 契約者に関する知識がさっぱりない以上、確かに似てはいるが別物なのだろう、と幽那は思う。
「ですが幽那様、“回流”様は先程、わたくし達をデュプリケーターと勘違いなさいました。その点に関してはもう少しお尋ねしておくべきでは?」
 横から帰蝶が口を挟む。確かに、間違えるということは何らかの特徴が似ているからこそ間違えるのである。
「あぁ、その件は済まなかったね。僕が見た限りだけど、デュプリケーターは君たちと同じ人の姿をしているんだよ。羽を持っている者もいたりね」
「ふぅン……気になるわネ。どこから私達の情報を手に入れたのかしラ」
 しばし考える、だがこればかりは考えても結論が出ない。
「まずは、この地を緑で埋めるのよ! この苗木ちゃんが成長したら、イルミンスールの負担が減るかもしれないしね」
「成長って……いやま、ナルキススの例もあるケド……」
 幽那の隣で植林作業をお手伝いする『ナルキスス』は、幽那が世話しているアルラウネが進化したものである。『世界樹の苗木ちゃん』ももしかしたら成長して、イルミンスールとまではいかないが少しは世界のバランスを保つために貢献する、かもしれない。何せ世話をするのが幽那なのだから。
「植物は世界を救うのよ!」
 意気込む幽那、そして“回流”を含む一行は、植林活動の第一歩を踏み出したのであった。