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フューチャー・ファインダーズ(第1回/全3回)

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フューチャー・ファインダーズ(第1回/全3回)

リアクション


【4】


 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、クルセイダーの目を欺くため、職業斡旋施設に身を隠していた。
 今の彼は、冒険屋のレンにあらず、求職中の30代男性というセツナイ人物設定になっている。
 パソコンで求人情報を調べるフリをして、窓から外の様子を窺う。クルセイダーはうろついているが、こちらに来る気配はなかった。
「……奴らの給料が幾らかは知らんが、ここに入ってこれまい。仕事のない者が公務員に向ける視線のキツさは相当なものだからな」
 そんな理由ではないと思うが……。
 ともあれ、ここなら長時間滞在してもそう怪しまれることはない。しばらくここで時間を潰し、動きやすくなる夜を待つ。
 その横に東 朱鷺(あずま・とき)東 朱鷺子(あずま・ときこ)の姿があった。
 同じようにパソコンと睨み合う二人の足元には、商店街で買った、護身用のナイフと食料、ライトの入った袋が置かれている。
「意外と買い物はすんなり出来たね」
 朱鷺子の言葉に、朱鷺は頷く。
「ええ。通貨は同じものが使えるようですね。疑われずに済みました。このまま住民に紛れこめればいいのですが……何をするにせよ、今は考える時間が必要ですから」
 二人は、住民に成り済ますため、住居を求めているようだ。
「なに。それほど心配する必要はないよ。危機的状況なのは認めるけど、朱鷺……子が二人もいれば、どうにかなると思うんだ」
 未来から来た朱鷺、朱鷺子は余裕の笑みを浮かべた。
「だと良いのですけど……」
「ま、頼りにしてるよ、お母さん」
 朱鷺は住み込みのバイトを探す。画面に条件に合う仕事が表示された。
「……酒場『煌明亭』。足を運んでみますか」

 求人情報を頼りに、朱鷺と朱鷺子は、酒場『煌明亭』を訪れた。
 商店通りの片隅にあるゴシックな建物。仄暗い店内には、歌手たちの歌うゴスペルソング流れ、心地よい空気が流れている。
 一見すると普通の酒場だが、宗教都市なだけあって、ところどころにグランツ教の影響が見てとれる。
 二人が住み込みの仕事を探している旨を伝えると、マスターは、眉を八の字にしてううむと唸った。
「お前らもか?」
「お前らも?」
「求人情報ってのは効果があるんだなぁ。今日だけで、もう5人も押しかけてきやがったぜ」
 その時、照明が落ち、舞台にアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が現れた。
 拍手で迎えられた彼女は、恥ずかしそうに頬を染めた。
(歌は好きだけど……人前で歌うほどじゃないんだけどな……)
 彼女は、給仕姿でカウンターの横に立つ榊 朝斗(さかき・あさと)ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)を見た。
(……うん。わかってる。情報を集めるにはまず町に溶け込まないとだめだよね)
 アイビスは、賛美歌を歌った。幸せの歌に乗せて紡がれる歌に、客達はすっかり彼女に魅了された。
「ワーッ! いいぞ!」
「もう一曲頼むぜ!」
「……え。あ、ありがとうございます。じゃあ、もう一曲だけ……」

 輝石 ライス(きせき・らいす)ミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)は、拍手を送りながら、ステージを眺めた。
 情報を集めるため、酒場に身を置いた二人だが、人には向き不向きがあることを痛感していた。目付きの悪いライスに、仏頂面のミリシャ。本人も薄々勘づいていたが、接客業には向いていない。
「……よりにもよって、こんなところで働く羽目になるとは」
「俺の目つきは直んねーけど、ミリシャの仏頂面は笑顔になるだろー。ほら、笑顔だ、笑顔。ちびあさの働きぶりを見習えよー」
 ちびあさは、オーダーを取りに、ちょこまかと店内を走り回ってる。
「にゃーにゃー(ごちゅーもんをどうぞ!)」
 注文は、ハンドベルト筆箱にメモ。小さな給仕に、常連客も興味津々な様子だ。
「……負けていられん」
 ミリシャも負けじと奮起。オーダーを取りに向かった。
「……いらっしゃい、ませ」
 客は、ぎこちなく笑う彼女をまじまじと見た。
「……大丈夫か、ねーちゃん。顔が引きつってるぞ」
「しびれ粉でも盛られたんじゃないのか?」
「し、失礼な。満面の笑みではないか」
 その時、奥のテーブルに座る男が話しかけて来た。
「初々しさも魅力だ。まだまだだな、お前ら」
「……ん。ああ。誰かと思えば”大文字の旦那”じゃねぇか」
 彼も常連客の一人のようだ。
 初老の男だが、体格は良く、白い髪は炎のように逆立っていた。ラップアラウンド型のサングラスを装着し、くたびれたエプロンを身に付けている。エプロンには『大勇玩具店』の文字。常連の話では、玩具屋の店主だそうだ。
「旦那の店は大丈夫だったか?」
「さっきの時空震か。うちの店はあの程度の揺れではビクともせん。ただ……」
「ただ?」
「時空震は不吉の兆候だ。あのことを思い出す」
「にゃー(あのこと?)」
 テーブルの上に来たちびあさを、彼は優しく撫でた。
「海京崩壊。あの時も、大きな時空震があった。時空震が襲った後、恐るべき怪物が海京を襲ったのだ。怪物の力は凄まじく海京はあっという間に……」
「また旦那の昔話が始まったよ。話半分に聞いたほうがいいぜ、ねーちゃん」
「どういうことです?」
「旦那はああ言ってるけど、怪物が出たなんて大嘘だ。崩壊後の調査でも、怪物がいたなんて証拠はねぇんだ。あんたみたいな美人をひっかけようとしてんだよ」
「まったく不良老人だぜ」
「誰が不良老人だ、このクソガキ!」
「そんな怒るなよ、旦那。そんであんたがその怪物を倒したってんだろ」
「倒したら、紫の煙になっちまって、怪物の証拠がなくなっちまったんだよな。もう百万回聞いたぜ、その話」

「……仲良くやってんのかな、あいつら」
「うーん。どうだろ。なんかあのおじいさん、どこかで見たことあるような……」
 ライスと朝斗は、厨房からカウンター越しに、パートナーを見守っている。
 そのカウンターには、天音とブルーズが座っていた。
「……興味深い話だね、ブルーズ」
「海京崩壊か。例の騒動は終わったものだと思ったが……。どうも”ここ”では、違うらしい」
 それぞれ、ワインと蒸留酒をあおりながら、大文字の動向に目を光らせた。
「しかし、あの男、どこかで見たような気がしないか?」
「……不思議だね。僕もそんな気がしていたよ、ブルーズ」
 しかし、思い出すことは出来なかった。
 二人は、刀真、白竜らと別れた後、使役のペンを使って、目立たない服装……教団の信者が着ているローブを調達した。特にブルーズは目立つので、ローブのフードを目深に被り、顔を隠している。
 彼らがまず始めたのは、教団に抵抗する組織……レジスタンスを探すことだった。彼らにとって、共通の敵を持つ存在は、良き寄る辺となるだろう。
 とは言え、存在するのかどうかもわからないが、彼らの痕跡を見つける事は出来なかった。
「……目的のものは見つからなかったようだね」
 朝斗はそう言って、ワインをカウンターに置いた。
 朝斗とライスは、手の甲の数字を見せ、同じ境遇にあることを伝えた。
「大きな町だからね。教団に入信していない市民もいると思ったのだけど……」
「”第7地区”の連中のことか?」
 そう言ったのは、店のマスターだった。
「知っているのかい?」
「まあな……」
 西に第7地区がある。下層市民の住む……厳密に言えば、押し込められてる地区だ。住民の出入りは制限され、厳重に教団の監視下に置かれている。
 彼らは、新海京がグランツ教に接収された時に、入信しなかった市民だ。そのため、下層市民の烙印を押され、冷遇されている。
 だから教団に反感を持つ者も少なくない。教団への反攻計画を企てるレジスタンスも潜伏していると噂されているそうだ。
「へえ……」
「危険な奴らだ。関わらないほうが身のためだぜ」
 そこに、給仕服に着替えた朱鷺と朱鷺子が現れた。
「さ、そろそろ混む時間だ。お前ら、しっかりと働いてくれよ」