蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション公開中!

レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション


【十 貴婦人、炸裂】

 貴蓉達を追い払った直後、御鏡中佐は迷惑そうな表情でやれやれと小さく肩をすくめた。
「全く、この忙しい時に目障りな連中が次から次へと……今の教導団は、どうなっておるのだ」
 御鏡中佐のぼやく声を、傍近くに控える天貴 彩羽(あまむち・あやは)は苦笑する思いで聞いていた。
 彩羽自身も実のところをいえば、御鏡中佐が怪しいと睨んでおり、その上で、自ら志願して御鏡中佐傘下の護送兵団に参加していた。
 彩羽の見るところ、御鏡中佐の周辺を探ろうとしているコントラクター達は、その大半が調査下手といわなければならない程に、あまりにもお粗末な方法で御鏡中佐と接触を取ろうとし、その挙句に追い払われるという結果になってしまっていた。
 御鏡中佐から有効な情報を引き出そうとするのであれば、まずは自分自身が、御鏡中佐にとって有益な存在であることをアピールしなければ、話にならない。
 要は、ギブアンドテイクの精神が欠けている者が余りにも多過ぎる、ということだろう。
 特に今までほとんど表には出てこなかったような人物と、この場で初めて接触を取ろうとする場合には、まずは相手にとって有益な提供を用意するところから始めなければならない。
 交渉や調査に於いては、基本中の基本である。
 その精神を忘れ、訊けば答えてくれるだろうと甘えた考えを抱く輩の、如何に多いことか。
 彩羽でなくとも呆れ返るのは、無理からぬところであった。
 逆に彩羽は、自身のハッキング技術を売りにして、御鏡中佐から技能的信頼を勝ち取っている。人物として信用されているとはいい難いが、技術面では信頼されるというのは、大きな前進であった。
 他にも、御鏡中佐の身近に控えることを許された者が居る。
 そのひとりが、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)であった。
 極めて特徴的な、異質な外観の持ち主ではあるが、警護能力には申し分がないとして、御鏡中佐がテント内に居ることを許可したひとりである。
 そのイングラハムは、時折巡回の名目でテントを抜け出し、適当に周辺を歩き回ったところで、待機していたコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)や、段ボールの中に身を隠して第三課を監視している葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)などと接触を取っていた。
 有益な情報が得られれば、教導団以外の、個人単位で動いているコントラクターに情報を流そうと考えていた吹雪は、その行動が露見すれば軍法会議ものであったが、今のところ、気づかれた気配はない。
 いや――或いは御鏡中佐は気づいているのかも知れないが、少なくとも吹雪やコルセアの行動に対し、黙認するかのように無視を決め込んでいる節があった。
 とはいえ、今のところ吹雪やコルセアが流せるような情報らしい情報は、皆無であった。
 これまでの調査で分かっているのは、装備管理課の不行き届きを招いたのは、ヒラニプラの貴族が主要因であり、御鏡中佐自身もワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社やヒラニプラの有力貴族達と度々接触を取ってはいるものの、それ自体が違法であったり、裏切り行為であるとは到底いい難く、いずれも摘発の証拠にはなり得なかった。
 御鏡中佐を出し抜くには、相当な信用を勝ち取らなければならなかったというのが全ての答えであった。
 怪しいから調べる、というだけなら、誰にでも出来るのである。そこにもうひと押しのプラスアルファが無ければ、欲しい情報など到底手に入らない。
 弾頭開発局第三課の周辺を調べ廻っているコントラクター達がことごとく失敗しているこの現状を見れば、抜本的な調査方法の改善が無い限り、また同じ結果を招くだけであろう。
 比較的、御鏡中佐に近づけた部類に入る彩羽とイングラハムでさえも、芳しい情報は未だに入手出来ていないのが現状であった。
(伊達に、中佐という階級を得ている訳じゃないってことか……)
 テント内で、御鏡中佐から貸し与えられた分析調査機器を操作しながら、彩羽は改めて敵の強大さを思い知っていた。
 その時――第八旅団の前線基地全体に、緊急を知らせる警報が鳴り響いた。
「な、何!?」
 彩羽は思わず、腰を浮かせて御鏡中佐に面を向けた。
 その御鏡中佐はというと、酷く冷淡な表情で、モニターテーブルに視線を落としている。そこに、何かが映し出されていると即座に察した彩羽も、御鏡中佐の視線の先を追い、そして、絶句した。

 レオン率いる歩兵第二中隊でも、瞬く間に緊張が走った。
 今回、レオンの部下として同隊に組み入れられているレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)裏椿 理王(うらつばき・りおう)桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)といった面々は、作戦指揮用のモニターテーブルをじっと凝視し、そこに映し出されている光景に脂汗を流す思いだった。
 画面には、バランガンから射出され、白い噴射ガスの尾を引きながら飛び去ってゆく弾頭の姿が、若干傾き始めた陽光の中に映し出されていた。
「奴ら……撃った、のか?」
 理王は、息を呑んだ。
 彼と屍鬼乃は、この少し前にバランガン周辺での市街調査を終えて、引き返してきたばかりなのである。
 レオンに報告した内容としては、まだパニッシュ・コープス側には目立った動きは無い、というものであったが、それから僅か数十分後に、よもやこのような事態に発展するなど予想だにしていなかった。
「迎撃は!?」
 レキが、レオンに訊いた。しかしレオンは、苦しげにかぶりを振る。
「ノーブルレディのステルス機能は、通常の迎撃弾頭では追跡出来ない。事前に接近して、照準マーカーを照射しておく必要がある……だが、我が第八旅団の先行潜入部隊はまだ、誰ひとりとしてそこまで到達していない……」
 つまり、発射されたノーブルレディの撃墜は事実上、不可能だというのである。
 レキとミアは、目の前が真っ暗になるような思いだった。
 次の瞬間、モニターテーブルの画面が切り替わった。
 そこに映し出されているのは、パニッシュ・コープスの最高幹部モハメド・ザレスマンの姿だった。
『シャンバラ政府の非道なる対応に報復する為、我々は一発目のノーブルレディを発射した次第である』
 ザレスマンの言葉が終わらないうちに、画面が再度、切り替わった。
 それは、どこかの監視カメラか何かの映像と思しき場面であった。そこに、灰色の殺風景な一室が映し出されており、ひとりの男が首から大量の鮮血を噴き出して倒れている。
 どう見ても、その男は死亡していた。
 そしてもうひとり、教導団制服に身を包んでいる男の姿が見える。死亡している男の傍らで、鋭利な長剣を携えて佇んでいた。
 レオンも理王も、そしてレキも、思わず我が目を疑った。
 長剣を手にして佇むその男性の顔は、白竜だったのだ。
 だが、その表情は彼らがよく知っている白竜のものではなく、酷く残忍で、冷酷な表情に彩られていた。
『諸君はこちらの要求を退けたばかりか、我が敬愛する同報バルマロ・アリーを、このような無残な方法で殺害した。そちらがこのような非道な手段に出る以上、我らもそれ相応の対価を要求せざるを得ない』
 画面の向こうのザレスマンは、まるで台本でも読み上げるかのような淡々とした声音で、静かに続けた。
『今から十数秒後、ヒラニプラ第五の都市メルアイルが、この世から消滅する。全ては、諸君の責任だ。自らの無能無策を思い知るが良い』
 それっきり、パニッシュ・コープスからの映像と音声は途切れた。
 そして、それからきっかり15秒後。
 バランガンから東北東へ離れること、およそ60キロメートル先の上空が眩い閃光に包まれ、次いで空全体が深紅に染まった。
 それから遅れること数秒、今度は大地と空気全体を震わせるような爆音が、振動を伴って響いてきた。
「う、嘘……」
 再度レキが、呆然と呟いた。
 全ての希望をもぎ取り、あらゆる者を絶望の淵へと叩き落とすような、灰色のキノコ雲が猛然と噴き上がっていたのである。
 丁度そこに、ヒラニプラ第五の都市メルアイルが存在する筈であった。
 これまで、少なくない数のコントラクター達が、バランガンに運び込まれたノーブルレディが偽物ではないのかという疑いを抱き、その前提で行動してきていた。
 だが皮肉にも、彼らのそのような疑いは実際にノーブルレディが射出され、街ひとつを紅蓮の炎で焼き尽くしたことで、間違いであったことが証明された。
 メルアイルの人口は、およそ15000。
 そこで、つい数十秒前まで普通に生活していたひとびとが、たった一発の弾道によって、非道に命を奪われたのである。
 誰もが言葉を失い、その場に呆然と立ち尽くす中、理王と屍鬼乃は先程、モニターテーブルに映し出されていたバルマロ・アリーの殺害現場をキャプチャリングし、その画像内容を詳細に分析していた。
「こいつは……当たり前の話だが、叶大尉本人じゃない。恐らくはヘッドマッシャー・プリテンダーだな」
 屍鬼乃の分析結果に、理王はあっと小さく声を漏らした。
 白竜が、バルマロ・アリーとの面会に臨むことを理王は知っていた。が、それ自体が、パニッシュ・コープスの仕掛けた罠であったとすれば、どうであろう。
 モハメド・ザレスマンは最初から、バルマロ・アリーの釈放など求めていなかったとしたら?
 寧ろ、ノーブルレディ発射の口実を作る為に、敢えてバルマロ・アリーの名を挙げたのだとしたら?
「こっちはまんまと乗せられた、という訳か……!」
 ミアが理王が立てた予測に自らの言葉を繋げて、悔しげに呟いた。

 更にこの直後、第八旅団全体に衝撃が走った。
 関羽が、総司令官の地位と権限を剥奪されたとの発表が為されたのである。剥奪権限者はヒラニプラ家の名代ヴラデル・アジェンであった。
 剥奪理由は明確だった。
 即ち、ノーブルレディの発射を阻止出来なかった全責任を負わされたのである。しかもそれだけに留まらず、ヴラデルはメルアイル15000人の生命を無駄に失わせたとのことで、関羽を軍法会議にかける発議まで出そうという構えを見せていた。
 関羽の教導団内に於ける権威は、決定的に失墜したといって良い。
 恐らくこの後、ヴラデルは金団長に対して任命責任を追及する姿勢も見せるだろうが、今の時点ではまだ、そこまでの動きには至っていない。
 まずはパニッシュ・コープスと、残り二発のノーブルレディを何とかしなければならないということに、頭が一杯なのであろう。
 ノーブルレディが実際に発射され、街ひとつが壊滅し、多くの人命が失われた事実を受けて、第八旅団は方針を180度転換させざるを得なくなった。
 つまり――人質の命は後回しとし、第一優先はノーブルレディ奪還として作戦行動を実施する、というものであった。
 そして、第八旅団の全指揮権は、スティーブンス准将に移譲された。
 直後、前線基地の動きが、にわかに慌ただしくなった。すぐにでも制圧部隊を投入しようという動きが、活発になってきたのである。
「完全制圧が目的となってしまったのか……こうなると、第二部隊の意義が、相当に薄れてしまうね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は疲れた様子で、傍らのエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)にそう、語りかけた。
 エオリアも第八旅団の方針が変わってしまった以上、パニッシュ・コープスを潰走させる意味が見いだせなくなっていた。
 更にいえば、市民の多くも反乱グループとして武器を手にしている可能性がある。つまり、彼らの行動は事実上、意味を為さなくなってしまっていた。
「そうはいっても、ウォーレン達を死なせる訳にはいかないから、矢張りこちらも全力で臨まなければならないだろうね」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の静かなひと言に、エースとエオリアは揃って頷く。
「シャウラからの連絡は?」
「先程、最終確認の通信が入ったよ。こちらの突入に合わせて、正門を解放する準備が整っているとのことだった」
 エースに答えながら、メシエはバランガンの見取り図を開き、北に面する正門を指差した。
 先行してバランガン市内に潜入しているシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)の三人が、メシエが説明したように、レオンの歩兵第二中隊の突入にタイミングを合わせて、正門を解放する手筈となっている。
 後は、スティーブンス准将の命令を待つばかり、という訳だ。
「それにしても……ルカは、気が重いだろうね。敬愛する金団長に政治責任が及ぶかも知れない上に、関羽将軍の代わりにのし上がってきたスティーブンス准将の手足となって、動かなければならないなんて」
「そこは、まぁ、ルカさんも軍人なんですし……割り切るしかないですね」
 エースのルカルカに対する同情のひと言に応じながら、エオリアもやりきれない表情を浮かべる一方で、自分も割り切るしかないといい聞かせている様子だった。
 ともあれ、制圧戦まではそう時間はない。
 すぐにでも出撃準備を整えなければならなかった。