蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション公開中!

レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション


【五 管理行政官の鬱屈】

 ヒラニプラ家の管理行政官ヴラデル・アジェン
 五十代半ばの、鼠を思わせる卑屈そうな容貌と甲高い声が極めて特徴的な人物である。
 第八旅団に随行し、バランガン鎮圧の一部始終を見届けようと意気込んでいるヴラデルは、その立場上、将校用の高級テントと幔幕を用意され、彼の居るその一角だけが、不必要なまでに高級感を醸し出している。
 そんなヴラデルに、十名前後のコントラクター達が付き従っている。
 管理行政官としてのヴラデルと接触を持つことが出来れば、何らかの動きが掴めるかも知れないという思惑を抱いてみたり、或いはもっと突っ込んだ内容の推測を立てて近づいてきている者も、少なからず居る。
 だが現時点では、どの面々もヴラデルを守ること、即ちヴラデルの味方として行動しなければならない。
 そしてヴラデルの周囲に集まってきている顔ぶれを眺めてみると、実に個性的な連中が一堂に会することとなっていたのである。
「……それでドクター、どうしてあなたがここに居るの?」
 ヴラデルの護衛として傍に控えている月摘 怜奈(るとう・れな)が、酷く胡散臭げな表情で、同じくヴラデルの傍らに居場所を与えられているドクター・ハデス(どくたー・はです)に疑惑の視線を送った。
 怜奈は教導団員として、ヴラデルの護衛任務を正式に拝命しているのだから、彼女がヴラデルの傍近くに控えるのは至極当然の話である。
 が、そんな怜奈と同じレベルで、何故ドクター・ハデスがこの場に居るのか。そこがもう、全くの意味不明であった。
「ふっふふふ、聞いて驚け。我が秘密結社オリュンポスは、アジェン家の私兵団として正式に雇い入れられたのだ! それ故、我らがここに居るのは当然の帰結なのである!」
 高らかに宣言するドクター・ハデスの哄笑を適当に聞き流しながら、怜奈はオリュンポスの中でも比較的常識人っぽい天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)、そして奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)の三人に、本当なのかと改めて訊いてみた。
 すると意外にも、三人が三人とも事実だと認めた。
「あら……そう、なんだ」
「でも、ご安心を。ちゃんと護衛任務はこなしますし、教導団の皆さんにとって邪魔になるような行為は致しませんから……あ、ハデス君が何かやらかしてしまったら、その時はごめんなさいですが」
 十六凪が最後に付け加えた注釈に、怜奈は苦笑を禁じ得ない。
 確かにドクター・ハデスなら、何かをやらかしてしまったとて、決して不思議ではなかった。
「そちらは戦闘技術に秀でた方がいらっしゃるようですね。では僕は、医療サポートで頑張るとしますか」
 怜奈のパートナー杉田 玄白(すぎた・げんぱく)が、教導団支給の医療用鞄を引き寄せながら、物腰柔らかく頭を下げる。
 これに対してデメテールと神奈は、ヴラデルの視線を幾分気にしながら、小声で玄白に返す。
「おっちゃんが迷惑行為を働こうとしたら、それも止めないといけないんだけどね。でも大丈夫、警備なら得意だよ。だってデメテール、自宅警備員だからねー」
「まぁ、デメテールだけでは心もとないのは分かっておるからな、わらわが奇稲田流二段抜刀術を披露して、何としてでも守り抜いてみせよう」
 個人個人の意気込みはそれなりに評価出来るものであるかも知れないが、トータルで見ると、矢張り何ともいえぬ不安感がつきまとうのは、気のせいでもないだろう。
 一方のヴラデルは怜奈やオリュンポスメンバー達の会話など然程気にも留めず、同じく護衛任務に就いている黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の両名を相手に、ここ最近のヒラニプラ地方全体の経済情勢について話していた。
「ここのところ、ヒラニプラ南部の停滞が目について分かるようになってきており、非常に気になるところではあるな。領都周辺はそれなりに潤っているが、南部は生活水準全体が落ち込んでいる。管理行政官としては、これは由々しき事態だといわねばならん」
 経済の停滞は税収の落ち込みを意味し、管理行政官としても頭の痛いところである。
 ヒラニプラ全体の経済バランスが崩れてしまった最大の理由は、領都ヒラニプラが教導団本部としての機能を具えるようになり、多くの軍産企業が領都周辺に集中した。
 すると今度は、この軍産企業群を相手に廻しての商売が非常に多大な利益を得るということで、ヒラニプラ各都市から多くの企業や商人が領都ヒラニプラに活動拠点を移してしまった。
 こうなると、地方都市は経済の柱を次々と失い、経済活動が破綻寸前にまで崩れてしまっていたのである。
 領都ヒラニプラが栄えれば栄える程、それに反比例する形で各地方都市の経済がどんどん落ち目になっていってしまったのだという。
 ヴラデルとしても領都ヒラニプラを潤す教導団という存在は有り難いと考えてはいたが、しかし同時に、これら疲弊の極みにある各地方都市の現状には大いに頭を痛めていた。
(このヴラデル・アジェンという人物……嫌味な小物だとばかり思ってたけど、案外、役人としては常識的な人物なのかも知れないな)
 天音は内心で、秘かに驚いていた。
 しかし傍らのブルーズは、自分が調べてきていたヴラデルの人物像から、このような展開はある程度予測していた模様である。
 勿論、天音もブルーズが調べたヴラデルの人格については事前に予習していたつもりであった。
 が、彼の場合、ヴラデルのマイナス面に意識が行き過ぎていた為、ブルーズのようにトータルな人物評を下すには至っておらず、それ故、ヴラデルがまともな政治論・経済論を語り出すと、全く違う人物と話しているのではないかという錯覚すら覚える始末であった。
 だが、ひとつだけ引っかかる部分が無くはない。
 このヴラデルには、宿敵ともいうべき政敵が居る。
 その名は、アレステル・シェスター
 ヴラデルと同じくヒラニプラ家の管理行政官を務める女性であり、同時に、金 鋭峰(じん・るいふぉん)団長を熱心に支持する教導団担当窓口でもあった。
 現在、教導団がヒラニプラ家から手厚いサポートを受けていられるのも、アレステルの存在が非常に大きな意味を為しているのである。
 そのアレステルを政治的に抹殺しようと、ヴラデルはこれまで何度も、アレステルと熾烈な政治闘争を繰り広げてきたのだという。
 天音とブルーズは、ヴラデルが今回、わざわざ第八旅団に随行してバランガン鎮圧作戦の視察を強行しているのは、アレステルとの政治闘争が裏に潜んでいるのではないかと秘かに疑念を抱いていた。

 ヴラデルの周囲は怜奈や玄白、或いはドクター・ハデスに天音、ブルーズといった面々で妙に賑やかな雰囲気となっているが、その一方で十六凪は、第八旅団に参加しているコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)からの呼び出しを受けて、ヴラデルの高級テントからこっそりと抜け出した。
 幔幕の裏側にまで足を運んだふたりは、周囲にひとの気配がないかと警戒し、声を潜める。
「で、鈿女さんから何か情報はありましたか?」
「残念ながら現時点では、ヴラデル個人にはこれといって怪しい点は無いそうだ。ただ……」
 コア・ハーティオンは更に声のトーンを落とし、その巨躯を屈めて十六凪の耳元に顔を寄せた。
「ノーブルレディが盗まれた当日、装備管理課に働きかけている人物が居た。どうやらヒラニプラ家の貴族らしいが、この貴族が装備管理課の課長クラスに命じて、新しい兵器の搬入があるからと、装備管理課員のほぼ全員を動員している。この間に、ノーブルレディが盗まれた、という訳だ」
 教導団本部付近でヴラデルの身辺を洗っている高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)ラブ・リトル(らぶ・りとる)馬 超(ば・ちょう)の三人が、装備管理課に対してヴラデルが何らかのちょっかいをかけたのではと推測しての調査であったが、思わぬ展開に、コア・ハーティオンも十六凪も、揃って首を捻るばかりである。
「その、装備管理課に働きかけた貴族というのが何者なのかが気になりますね。どういった人物ですか?」
「リーランド・コネリーという中堅どころの貴族らしい。ヴラデルとはそこそこの付き合いらしいが、どちらかといえば、スティーブンス准将と昵懇の仲、という方が正しいようだ」
 意外な人物の名が出てきたことで、十六凪は不思議そうな面持ちでコア・ハーティオンの巨体を眺めた。
 勿論、コア・ハーティオン自身も何故ここでスティーブンス准将の名前が出てきたのか、あまりよく分かっていない様子である。
「鈿女さんとは、連絡が取れますか?」
「この携帯ならすぐに繋がる」
 いいながら、コア・ハーティオンは自身の懐からその巨体には似つかわしくない、極々普通サイズの携帯電話を取り出し、十六凪に手渡した。
 十六凪は手早く短縮ダイヤルでコールしつつ、周辺にひとの気配が寄ってこないかと警戒心を強めた。
『はい、鈿女よ。どうしたの?』
「十六凪です。携帯をお借りしました」
 電話口の向こう側では、鈿女の声の後ろでラブ・リトルや馬超の会話する声が漏れ聞こえてくる。どうやら、教導団員の誰かと話をしているようだ。
「以前お話しされていた、ワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社との繋がりは確認出来ましたか?」
『それが、さっぱりなのよ。相変わらず弾頭開発局の主担当クラスの団員相手に接待やら何やらしてるみたいなんだけどね』
 つまり、ヴラデル個人とは何の関連性も見出せない、というのである。
 少しばかり当てが外れたか、という落胆の念が、電波越しに伝わってきた。
 しかし十六凪の興味は既に他へと移っており、すぐさま質問内容を変えて言葉を繋げる。
「では、装備管理課に対してコネリーという貴族が働きかけた動きについて、教えて貰えませんか?」
『その点については、ラブの方が多めに情報を握ってるから、今、換わるわね』
 すると電話口の向こうで、『え〜? あたしが話すの〜?』などと露骨に嫌がる声が聞こえてきて、十六凪は思わず苦笑してしまった。
 それからややあって、ラブ・リトルの渋々応じたといわんばかりの声が電波に乗って伝わってきた。
『えーっとね、聞いた話だと、ノーブルレディが盗まれる一時間ぐらい前に、突然降って湧いたような話で、装備管理課の全員が呼び出されたそうだよ』
 挨拶も何もなしに、いきなり用件から入ってきたラブ・リトル。
 どうやら、十六凪に対して余程、苦手意識を抱いているらしい。
 それはともかく、ラブ・リトルの語るところによれば、コネリーなる貴族が装備管理課を呼び出したのは、教導団に新型アサルトライフルの試験モデルを提供する為だったらしい。
 コネリーいう人物は、教導団に兵器を納めている軍産企業のひとつウィンザー・アームズのスポンサーを務めているらしく、貴族にしては武器関係には随分と詳しい方だそうである。
『貴族のくせに兵器好きってのが、何か引っかかるんだよね。個人的な趣味ならともかく、実際に資金を出してる訳だからさ、お遊びで終わる話じゃないよね』
 ちなみにコネリー家は、南ヒラニプラの南端に近い辺りを所領とする貴族である、とのことであった。
 いわば、今回パニッシュ・コープスに占拠されたバランガンからは、比較的近い位置にあることになる。
『あ、それからね、今から馬超がそっちに向かうって』
「分かりました。コアさんに、お伝えします」
 そこで一旦、十六凪は通話を切ってコア・ハーティオンに携帯電話を返却した。
「馬超さんがこちらに、向かうそうです」
「うむ、そうか。まぁ何かと忙しい前線だからな、人手が少しでも増えるのはありがたい」
 その時、幔幕の外側から巡回兵の足音が響いてきた。
 コア・ハーティオンは目線で合図し、そのまま何もいわず、幔幕の別方向から去って行った。

 十六凪が高級テント内に引き返すと、ヴラデルは天音とブルーズに加え、怜奈やドクター・ハデスをも交えての愚痴大会へと突入していた。
 いっていることは同じことの繰り返しで、要するに、南ヒラニプラが軽んじられていることに腹立たしさを常々感じているのだ、という内容であった。
「それもこれも、あの金鋭峰めが無駄に領都ばかりへと機能を集中させてしまったからだ。全く、あいつのお蔭で順調だったヒラニプラ経済が目茶苦茶になってしまったよ」
 実際のところは金団長個人の責任ではなく、教導団上層部と癒着する一部の貴族連中にほとんどの原因があるのだが、ヴラデルはそういった連中の手綱を握るのも金団長の責任だと主張して譲らない。
 しかし天音も怜奈も、ヴラデルのこの批難には反論する術がない。
 ヴラデルがいうことにも、一理あるといえば、あるのである。
「教導団が発足した当初はそれなりに緊張感もあったし、上層部の連中も軍務に対するプライドを持っていたようだが、最近はどうだ。平和ボケから私欲の塊へと奔る連中が多いではないか。奴らのおかげで、我が領民達が苦労を背負わされるなど、もっての他だ」
 本気で領民を心配しているというよりは、自領の経済が冷え込んで税収が落ち込むことが何よりも困る、というのが本音のようだが、一応は教導団員の手前、如何にも領民を心配しているという風を装っているのがバレバレである。
 それでも天音と怜奈は、銚子を合わせるように相槌を返していた。
「いずれは金団長も、そういった不逞の輩に対しては何らかのアクションを起こすことと思います。ですので今は、もうしばらくご辛抱頂けないでしょうか」
「ふん……あの眉無しの若造に、そんな英断が出来るとは思えんがね」
 天音のなだめるような声を受けても、ヴラデルは金団長への口撃を一向にやめようとはしない。
 流石にもう、天音も怜奈も幾分辟易し始めていた。
「矢張り、教導団などさっさと駆逐して、我がオリュンポスを新たな戦力としなければならないようだな」
 ドクター・ハデスが早くも天下を取ったかのような、勝ち誇った様子で高らかに笑う。
 しかしそんなドクター・ハデスに対し、ヴラデルはまるで冷や水を浴びせかけるようなひと言を放った。
「馬鹿者、誰が教導団を排除するなどといった。教導団は、矢張り必要だ。ただ、トップを含めた上層部の大改革は必要だといっているのだよ、私は」
 これにはドクター・ハデスも一瞬、引きつった表情で凍りつくばかりである。
 一方で天音と怜奈は、内心で胸を撫で下ろす気分であった。
 最低限、教導団の必要性は認識してくれているのだから、決して反教導団派という訳ではなさそうである。
 但しこれは、ドクター・ハデスの目論見を大きく突き崩す要因にもなっていたのであるが。