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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【十 二転三転】

 B.E.D.発動により、エルゼル市街内の最前線では劇的な変化が生じていた。
 第八旅団側のコントラクター達は全員昏倒したものの、旅団兵による救護が御鏡中佐の指示によって事前に出されていた為、然程の混乱も無い中で、滞りも見せずに手早く救護活動が執り行われた。
 しかしエルゼル駐屯部隊に味方するコントラクター達は、ろくな救護態勢も整っていない中で、疑似パートナーロストをまともに喰らってしまったのである。
 その直後に、冥泉龍騎士団やリジッド兵といった、非コントラクターであり、且つ強力な戦闘力を有する第八旅団側の勢力が一斉に猛威を振るい始めた。
 それまで地の利を活かして優勢に戦いを進めていたエルゼル駐屯部隊は、各所で劣勢に廻り始め、次第に追い詰められるようになっていった。
 銃火の中でいきなり昏倒してしまったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の四人は、最前線から僅かに後方へと退いた位置にある救護所で目を覚ました。
 彼らをここまで運んできたのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)夜霧 朔(よぎり・さく)の三人であった。
 垂達はB.E.D.対策として、昏倒した際の覚醒方法をあらかじめ用意しておいたのである。
 その為、昏倒してもすぐさま目を覚ますことが出来たのだが、意識を回復させて周囲を見渡すと、エース達四人が倒れていたので、慌ててこの救護所まで引きずってきたという訳だ。
「いや……本当に助かったよ、ありがとう」
「礼は、この戦いが勝利に終わった時にいってくれ。今はまだ、そんな状況じゃない」
 いささか茫漠とした表情で感謝の言葉を述べるエースに、垂は厳しい顔つきでかぶりを振った。
 状況はエルゼル駐屯部隊にとって、にわかに悪化してきている。これを何とか打破しないと、B.E.D.対策で早い段階に目を覚ましたことも無意味に終わってしまうのである。
「それにしても、南部のこの惨状……セイカが見たら、何ていうだろうな」
 かつて第四師団の長として南部ヒラニプラの平定に尽力した自身の配偶者の想いを、垂は何とも想像し辛く、苦しげに呻いた。
 南部諸国や中立的な態度を見せている各豪族達は、教導団の内紛に近いこの騒乱を、じっと息を潜めて注視しているに違いない。
 だがもし、スティーブンス准将が勝利して教導団を手中に収めるような事態に発展すれば、そういったひとびとに塁が及ぶのは避けられなくなるだろう。
 垂はぐっと唇を強く結んで、再度エース達に振り向いた。
 エース達はかなり回復してきている様子で、いつでも戦線に復帰出来るだけの態勢を整えている。
「行けそうか?」
「勿論、すぐにでも」
「オイラ達、回復力は結構強い方なんだよね〜」
 垂の問いかけに、メシエとクマラが間髪入れずに応じた。
 エオリアも、メルトバスターを構え直して、いつでも出撃に応じられると軽く頷き返してきた。
「こちらも、いつでも出撃可能です」
「っていうか、僕達の方が先に目を覚ましてたんだから、準備が早いのも当然だよね」
 朔とライゼのふたりも、垂の期待に沿うが如く、力強い宣言を発した。
 後は戦局を読んで、随時兵力を投入してゆくばかりである。
「今のところ、市街の深いところにまで突入してきてるのは……リジッドとかいう元テロリスト共と、後は龍騎士か……どっちも厄介な連中だな」
 垂は随時流れ込んでくる戦況報告に、渋い表情を浮かべた。
 マルセランと辛うじて互角に勝負していた朱鷺とシュバルツヴァルドも、B.E.D.の影響を受けて敢え無く敗退し、辛うじてエルゼル駐屯部隊兵による救護を受けるのが精一杯だったらしい。
 マルセランはまるで無人の野を行くが如く、エルゼル駐屯部隊兵を次々と薙ぎ倒しつつ前進しているとの報告もあり、この強大な敵に対する処置が急務であることは、誰の目にも明らかであった。
「まずは、あの龍騎士を何とかしねぇと、拙いことになりそうだな……この人数で、行けるか?」
 垂は自問したが、当然答えなど出よう筈も無い。
 するとエースが腹を括ったかのような引き締まった表情で、垂の肩を軽く叩いた。
「行こう。ここでうだうだいってても、仕方ないしね。とにかくあの怪物の出足を止めないことには、話にならないよ」
「それもそうだな……よし、行くか」
 かくして、方針は決まった。
 一同はマルセランの進撃ルートに向けて、突撃を開始した。

 B.E.D.発動により状況が一変した為、現場での戦況を逐一後方に伝え、第八旅団側の不利をヴラデルに横流しすることで彼の翻意を決定づけようとしていたコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の思惑は、次第に芳しくない方向へと転がりつつあった。
 コア・ハーティオンの送る情報は、一旦鈿女やラブ・リトルの手に渡り、そこからヴラデルに吹聴されるという流れであったが、今のこの戦局は却って逆効果になりかねない。
(うぅむ……ここはひとまず状況報告は中断して、それなりに戦っている振りをせねばならんか)
 悩んでみたところで、結論は同じである。
 いささか不服ではあったが、コア・ハーティオンは第八旅団の一員として、エルゼル駐屯部隊と銃火を交える覚悟を決めなければならなかった。
 勿論、本気で殺し合うつもりなどは毛頭無い。
 だが御鏡中佐や、その辺に潜んでいるかも知れないヘッドマッシャーに、明らかなサボタージュと見て取られてしまっては、後方の鈿女達に何かと不利な状況が発生してしまう。
 それだけは絶対に、避けなければならない。
 難しい舵取りになるだろうが、コア・ハーティオンはなるべくエルゼル駐屯部隊側の反撃が激しいところに身を置こうとした。
 敵側からの苛烈な攻撃を受けて後退した、というのであれば、一応の格好はつくのである。
 ところがコア・ハーティオンの視界に飛び込んできたのは、同じく第八旅団に所属している筈の夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)、そして阿部 勇(あべ・いさむ)達の不自然な行動であった。
(彼らは……一体、何をしておるのだ?)
 思わずコア・ハーティオンはその場で腕を組んで首を捻ってしまったが、しかし甚五郎達の行動には一切の淀みも躊躇も無く、あらかじめ決められた手順に従って流れるように行動しているが如く、全くといって良い程にスムーズな動きを見せていた。
 甚五郎達がやっていることというのは、簡単にいってしまえば利敵行為である。
 ブリジットとスワファルはリジッド兵の指揮官クラスに闇討ちを仕掛けて昏倒させ、その後は何食わぬ顔で戦線に引き返しているし、甚五郎は盗聴可能な周波数をわざと用いて、第八旅団側の前線配置を無線上に流し、情報漏洩に努めている。
 成る程、そんなやり方もあるのか――コア・ハーティオンは内心で感心する思いだったが、しかし甚五郎達の行為には際どさがつきまとう。
 妨害相手がリジッド兵ならば、まだ何とかなる。
 しかしそれがコントラクターであったり、龍騎士であったりした場合は、危険が大き過ぎた。
 そんな中、垂とエースが率いる一団が、コア・ハーティオンの後方から近づいてくるマルセランと一戦交えるべく、黒煙がくすぶる廃墟のような住宅街の中を、散開しながら駆け抜けてゆく。
(マルセランには、確かスティミュレーターが陰で支援している筈だ。あの人数と配置で、大丈夫なのか?)
 加えて、マルセランは大型のマジュンガトルス一頭と数名の従騎士をも従えている。
 垂とエース達では、足止めするのが精一杯といったところであろうか。
 案の定、ライゼとクマラが最初に打ち倒され、次いで朔とメシエも従騎士達に圧倒され始めた。
「えぇい! むやみやたらと虐殺行為を働こうとする者は、例え龍騎士であっても、このわしが許さん!」
 そこへいきなり甚五郎が、垂とエース達に加担して、マルセランに挑みかかっていったものだから、コア・ハーティオンは仰天した。
 すぐ近くでは、勇がマルセランの戦闘能力や戦術を分析すべく、籠手型HCに諸々の情報を手早く入力している。敢えて手を貸さないのは、それぞれが役割分担を全うするようにと徹底した指示が出ている為であろう。
 だが、甚五郎は龍騎士を甘く見過ぎていたのか。
 マルセランに、教導団の道義から外れると非難しつつ突撃していったものの、敢え無く返り討ちに遭ってしまっていた。
(これは……放ってはおけぬか)
 コア・ハーティオンは周辺の瓦礫を次々と破壊して激しい砂埃を一帯に巻き起こさせた。
「ぬぅ……まだ他に、手勢がおったのか?」
 マルセランが吐き捨てる隣で、コア・ハーティオンはその巨躯を利用し、打ち倒されたコントラクター達を数人まとめて軽々と担ぎ上げ、その場から離脱してゆく。
 垂とエースも、コア・ハーティオンの存在に気づいたらしく、この砂埃の煙幕を利用して、一旦退却していった。


     * * *


「こちらシャウラ。ルカちゃん、聞こえる?」
 市街戦が展開されるエルゼルの街門近くで、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は暗号化スクランブルを施した通信回線で、ルカルカに連絡を入れた。
『シャウラ、到着したんだね。それで、作戦の方は?』
「それなんだけど、生憎本人から拒否されちゃってね。だから、あの特殊弾は使わないよう、他に配布されたメンバーに通達して欲しいんだ」
 シャウラがレオンに持ちかけた作戦とは、偽装暗殺であった。
 レオンが死んだとなれば、准将側はレオンへの追及を諦めるだろうというのがシャウラ達の予想だったが、しかしレオンは、それは甘過ぎると即座に拒否したのだという。
「連中は、確実に死んだことを確認する為に、遺体を持ち帰るところまで徹底するぞ。それにプリテンダーは変装の達人だ。如何に俺が死亡を装い、別人に変装したとしても、奴らはひと目で見抜いてしまう」
 更に曰く、下手に偽装暗殺を実行して、表向きはレオンが死んだことになってしまえば、准将側は逆にそれを利用し、大手を振って本当に殺しにかかってくる、というのである。
「レオンのいうことも、まぁ一理あるんだよね。今はまだ指名手配犯という容疑が、逆に彼の命を表向きは守ってくれてるんだけど、死亡したとなれば准将側も手を抜く必要が一切無くなる。それこそ、ヘッドマッシャーだけじゃなくて、他の教導団員やらリジッド兵なんかも、雪崩を打って殺しにかかってくる……そうなってしまったら、こちらの意図とはまるで逆効果になるからね」
『そう……そういうことなら、仕方ないわね。特殊弾を配布した皆には、私の方から中止の指示を出しておくから、そのまま駐屯基地を目指して頂戴』
 そこで、シャウラは通信を切った。
 如何に暗号化スクランブルをかけているとはいっても、長時間の通信は暗号が解析され、現在地を割り出される恐れがあったからだ。
 シャウラはユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)に向き直り、作戦の中止が正式に決定したことを告げる。
「それは残念ですね。私の名演技が披露される折角のチャンスでしたのに」
「ユーシス……それ本気でいってるのか?」
 笑いを噛み殺すユーシスを、ナオキは半ば呆れた様子で眺めている。
 だがとにかく、方針が決定した以上は即座に行動あるのみである。
 当初の予定通り、レオンは北斗と共に美羽が用意した無限鞄内に姿を隠し、レキや祥子といった面々に守られながら、小型飛空艇で一気にエルゼル駐屯基地を目指す。
 この護衛隊には、臨時でシャウラ達も加わる運びとなった。
「それじゃあ、この特殊弾を実弾に置き換えて、突撃と参りますか」
 シャウラが軽い調子で宣言すると、ユーシスとナオキも臨戦態勢に入った。
 既にグレムダス贋視鏡による映像解析は完了しており、後はエルゼル駐屯基地の大型放送施設を利用して、ヒラニプラ全土に拡散するのみである。


     * * *


 そして、それからおよそ三十分後。
 バルマロ・アリーを殺害したプリテンダーの映像。
 レブロン・スタークス少佐を殺害したプリテンダーの映像。
 更に、キャロウェイ中佐に扮していたプリテンダーが、鏖殺寺院と接触していた映像等が、公共放送波に乗って、大々的に拡散された。
 これらの映像にはレオンの肉声によって、次のような説明が加えられていた。
「今あなた方が見ている映像は、グレムダス贋視鏡によって真実の姿が暴露されたものです。もし疑惑に思われるなら、シャンバラ政府公認の魔導解析装置にかけて頂きたい。これらの映像が真にグレムダス贋視鏡による解析結果であることが、お分かりになる筈です」