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リアクション
【七 エルゼル攻防戦】
エルゼル市民避難の為の、一日の猶予が過ぎた。
スティーブンス准将は全軍に攻略作戦開始の指示を出し、陸戦隊と空挺部隊によるエルゼル市街突入戦の火蓋が切って落とされた。
陸戦隊の指揮を執るのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)大尉である。
参謀としてダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が傍らに控える他、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は空挺部隊の一個分隊を担当している他、夏侯 淵(かこう・えん)が陸戦隊の遊撃部門に参加している。
その一方で、左翼に展開する音子の大隊は前線基地の専守防衛を謳い文句にして、微動だにしない構えを見せていた。
第八旅団に参加している一般シャンバラ兵の多くは、同じ国軍同士で戦うことの難しさに躊躇しており、どうにも出足が鈍い。
そんな中、ルカルカ率いる正面担当の陸戦隊の突破力は、目を見張るものがあった。
ルカルカ自身は陸戦隊の全兵員を見渡す位置に居なければならない為、エルゼル市街に突入した後も、比較的街門に近い位置で本陣を構えている。
その為、現場レベルでの指揮にはルカルカの副官であるウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)少尉が担当することとなった。
ウォーレンの補佐にはジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)、清 時尭(せい・ときあき)、ティール・マクレナン(てぃーる・まくれなん)が付き、時にはエルゼル駐屯部隊側と直接銃火を交えることもあった。
だが、エルゼルに突入してきたのはルカルカ配下の陸戦隊だけではない。
レイビーズによる強化を受け、コントラクターに追随する程の戦闘力を誇る旧パニッシュ・コープス、即ちリジッド兵も同様に、エルゼル市街に雪崩れ込んできているのである。
教導団兵ならば階級という権限で一般シャンバラ兵をコントロール出来るルカルカやウォーレンだが、リジッド兵の動きだけはどうにもならない。
「あの連中……ちょっと、厄介ね」
街門前本陣で、空挺部隊が送り込んでくる戦況を区画レベルで確認しながら、ルカルカは苦い表情を浮かべて小さく唸った。
爆音や銃撃音が街の至るところで鳴り響き、昨日までの平和な街並みは爆炎と黒い煙に覆われた死の光景へと一変している。
そんな中でルカルカは、ウォーレンからも届けられる現場の状況について、頭を悩ませていた。
『こちらアルベルタ! 二時の方向でリジッド兵が強行突破を仕掛ける模様! 援護しますか!?』
無線を通じて、ウォーレンから指示を仰ぐ声が届いた。
ここでリジッド兵を無視すれば、余計な疑惑を抱かれることになるのだが、かといって積極的に支援するのも状況的には少し苦しい。
「退路の確保だけに留めておけ。一緒になって突っ込むのは拙いぞ」
「……そうね。予定外の進撃路は危険に過ぎるかな」
ダリルのアドバイスを受け、ルカルカはウォーレンに指示を出す。ウォーレンは即座に復唱して、通信を切った。
『おいルカ! 空挺部隊を少し退かせるぞ! 対空砲火が厳し過ぎる!』
カルキノスが半ば悲鳴に近い怒鳴り声で、無線を繋いできた。
エルゼル駐屯部隊に助力してるコントラクターの中には、恐ろしく火力の高い者も居る。そういった連中に狙い撃ちされては、如何なカルキノスといえども、身の危険を感じるのは致し方の無いところであろう。
「カルキ、無理をする必要は無いわ。今は城壁付近まで後退して頂戴」
『ありがてぇ!』
ルカルカがカルキノスと通信を交わしている間にも、また別の連絡が本陣に入ってきている。
ウォーレンを補佐するジュノから緊急連絡が入り、ダリルが応答していた。
『どうやら街全体に、大規模なブービートラップが仕掛けられている模様です。このままですと、一般シャンバラ兵に甚大な被害が出ます。一旦コントラクターだけでこれらの罠を発動させて回避し、しかる後に進撃路の確保をしたいと思いますが』
「……やむを得んな。そうしてくれ」
ダリルとしても、ジュノの提案以外にこれといった妙案が無かった。
ジュノはダリルの指示を復唱すると、無線の向こう側で、ウォーレンとティールにトラップ作動の為の突破戦を仕掛ける許可が下りたと叫ぶ声が、通信機を通して聞こえてきた。
「こっちの予想から少し外れた行動を取っているひとも、結構多いみたいね」
「そうだな。連携不足だったかも知れん」
そうはいっても、現時点では全体的にルカルカの想定通りに戦況が進んでいる。
問題は寧ろ、この後であった。
* * *
カルキノスの空挺部隊を退かせたのは、高機動型戦車 ドーラ(こうきどうがたせんしゃ・どーら)と機晶合体したエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)の対空砲火であった。
その一方で、柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)は四つの分隊を指揮しながら、自身はM4中戦車改に搭乗し、派手に建造物を砲撃して敵の進撃を食い止めている。
そして彼女達とは少し離れた位置では、戦術甲冑【狭霧】で強化武装した柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が、一気に突破を仕掛けてきているリジッド兵と相対していた。
「あちらさんにも、コントラクターが居るみてぇだな」
恭也の視界の中で、リジッド兵に混ざる形で街中を進んできている香 ローザ(じえん・ろーざ)の姿が見え隠れしていた。
「それにしても、ひとりだけ妙に浮いてるよなぁ」
照準器の中でリジッド兵と共に素早く動き回るローザだが、他のリジッド兵は全員が非人間的な無表情を貫いているのに対し、ローザも極力感情を消しているとはいえ、矢張りそこは生身の人間の表情というものが、僅かにでも滲んでいるのが恭也にもよく分かった。
恭也の見るところ、リジッド兵は全員がレイビーズによる強化を受けており、それが為に一切の人格を失っている、いわば生ける機械人形ともいうべき存在であった。
そんな彼らと共に戦場を駆け抜けているローザはというと、どうにも孤立している感が拭えない。
「何だか見てて、可愛そうになってくるなぁ」
『恭也、他人の心配をしている場合ではないぞ! 敵兵が九時の方角から後方へ抜けようとしている! このままでは十字砲火を食らうぞ!』
「おっと……そいつぁ御免だな」
恭也は狭霧を急速旋回させつつ、エグゼリカについて来いと手信号を出した。
左方向への迎撃に廻るのだが、その恭也の指示に対しエグゼリカではなくドーラが警告通信を返してきた。
『ミサイル残弾18発! ご注意を!』
「あ〜……いや、相手は生身のリジッド兵だから、ガトリングがあれば十分だよ」
非情な物騒な話を、茶飲み話でもするかのような調子で軽く返す恭也。
緊迫した局面の中でも余裕を忘れないのか、それとも単純に緊張感が足りないのか。
『主、調子に乗って被弾しないで下さいよ』
エグゼリカの幾分呆れた声が、無線を通して恭也の耳に届いてきた。
へいへい分かりました、と心の中で応じながら、恭也は左方向に廻り込もうとしているリジッド兵の掃討に向かう。
一方、ローザは恭也達の対応を頭の片隅で計算しながら、どこまで突出すれば良いのか、或いはどのタイミングで突っ込めば良いのかを何度も考え直していた。
リジッド兵の無機質で非人間的な行動原理は、既にローザの想像の範囲を遥かに越えてしまっている。
話しかけてもまるで反応が無く、行動を合わせようとしても、時折全く予想外の方向へ動かれる為、ついて行くだけで必死になってしまっていた。
こうなってくると、ローザ自身の判断でどう動くのかを考えなければならない。
しかも相手はどうやらエルゼル駐屯部隊ばかりではなく、戦闘力の高いコントラクターも少なからず含まれているらしい。
コントラクター同士の戦いともなれば、純粋に戦闘力と知力の勝負となる。小手先の誤魔化しが利く相手ではなさそうであった。
(リジッド兵にとっては、戦う理由は存在しない。彼らはただ戦うことだけを目的として生きている……いえ、生かされている、というべきでしょうか。それならば私は、今この瞬間を、何の為に戦っているのでしょうか……?)
ローザは自問したが、答えは容易には出てこない。
いや、深く考えている余裕など無かった。
相手方の歩行戦車が大火力を用いて、一斉掃射を仕掛けてきているのだ。そこへ機晶合体を果たした高機動型戦車が、ガトリングの雨を叩き込んでくる。
もう四の五の考えている場合ではない。
ローザは努めて頭の中を真っ白にし、とにかく今は生き残ることだけを考えて戦いに臨むことにした。
* * *
陸戦隊を苦しめている街全体のブービートラップだが、これらを仕掛けたのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)、鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の四名であった。
エルゼル駐屯部隊から提供された爆薬や対人地雷の他、避難する住民達の同意を得た上で、多くの住居や建造物がトラップ埋設地として提供を受けていた。
こうなってくるともう、俄然吹雪の独壇場である。
一般シャンバラ兵では到底対処出来ないような規模の大型ブービートラップを幾つも仕掛け、しかも駐屯部隊兵から詳細な区画説明も受けており、その設置箇所は実に効果的な位置へと絞られている。
ジュノとダリルの判断で、コントラクターが突出してこれらのブービートラップの先行発動による解除が試みられているが、強力な破壊力を有する罠が幾つも連続している為、その一連の作業には多大なる困難が伴っていた。
吹雪としては、同じ教導団員であるとはいっても、敵に廻った以上は一切手を抜くつもりは無かった。
彼女は准将の土台を崩す為であれば、街ひとつを壊滅させるだけの覚悟を持って臨んでいる。
「戦争は綺麗事では出来ないことを、彼らに見せてやるであります」
自身が仕掛けた無数のブービートラップに苦しむ第八旅団側の兵員に対し、吹雪は小高い建物の屋上から、どこか冷ややかな色を含んだ視線を送っている。
そこへ、追加の酸化剤と爆破燃料を仕掛け終えた二十二号とイングラハムが、激戦の続く最前線から引き返してきた。
吹雪は至って冷静な面持ちだが、イングラハムなどは第八旅団側の意外な突進速度に、いささか驚きを隠せない様子だった。
「ふぃ〜、危なかったぞ。あんなに敵が間近に迫っている中での設置作業は、中々肝が冷える」
「後は別ポイントで敵の進軍を監視しているコルセアからの連絡待ちだ」
イングラハムとは対照的に、二十二号は吹雪と同じく、非常に落ち着いている。
吹雪は頷き返すと、すぐにコルセアとの通信回線を開いた。
「如何な状況でありますか?」
『そうね……今から丁度、一分三十秒後に起爆させれば、良い按配で叩けるんじゃないかしら』
コルセアの分析を受けて、吹雪は左手首に巻きつけたミリタリーウォッチで時計を合わせた。
次いで吹雪は、恭也に対して連絡を送る。
「こちら葛城……これより一分後にその地点から退避して、事前に打ち合わせた通りの追い込みポイントへ向かって欲しいであります」
『おぉ、やるのか。派手にいっちまってくれや』
通信を終えてから、吹雪は恭也達が予定通りのポイントへ移動するのを確認しつつ、起爆装置のスイッチに指をかけた。
そしてコルセアが計算した通りの時間に、リジッド兵の多くが大規模爆発の罠の範囲内に入っていることを目視で確認し、スイッチを押す。
瞬間、エルゼルの街の一角が火山の噴火を思わせる程の巨大な爆炎の唸りに覆い尽くされた。
爆発の震動だけで城壁内が軽い地震にでも遭ったかのように、低い地響きを伴って殷々と震えている。
戦場のそこかしこで一瞬、銃撃音がぴたりとおさまり、敵味方を問わず、一体何が起きたのかと不安に駆られる顔が多く見られた。
吹雪の仕掛けた大規模爆破トラップ網は、リジッド兵集団に甚大な被害を与えた。
その中にはローザの姿もあったのだが、彼女は最初の爆発が起きた瞬間に身の危険を感じ、即座に爆発範囲の外側へと一気に離脱していた為に事無きを得た。
勿論、リジッド兵がこれで全滅したという訳ではない。焼き払ったのは、極々一部の数に過ぎないのだが、それでも第八旅団側に与えたインパクトは、相当なものがあっただろう。
「これで、向こうの出足は相当鈍る筈であります」
「まぁ、そうだろうな。街ひとつを焼き尽くさんばかりの爆発を見せられたんだ、そうおいそれとは突っ込んでは来れなくなるだろう」
事実、罠の除去作業を始めていたウォーレンの隊が、流石にこれは拙いと一時後退を始めている。
住民避難の為の空白の一日は、エルゼル側にとっては思いがけない利益をもたらしたことになった。
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