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フロンティア ヴュー 2/3

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 発端は、ミュケナイ選帝神の死だった。

 殺害した者が誰であるのかは、解らなかった。



 一人を欠けた選帝神達は、二人の皇帝候補に三人ずつ、
 何故か世界樹ユグドラシルは沈黙した。


「ならば国を二つに分け、半分ずつ治めることにしたらいい。

 わたしは、最初にもう半分を侵略し、全てをこの手に手に入れる。

 さあ、わたしを恐れるものは、わたしに従いなさい。


 わたしはそなたらを、完璧なる世界へ導こう」






第8章 Go to


 ミュケナイの選帝神が、ルーナサズを空けて行幸するという話を聞き、カンテミールからミュケナイに観光に来ていた富永 佐那(とみなが・さな)は、興味を抱き、同行を願い出てみた。
 噂には聞いていたが、初対面の佐那の面会希望はあっさり通り、選帝神とその弟が、背後に護衛一人を連れて応じる。
「始めて御意を得ます。
 私、カンテミール地方にて歌い手をしています富永佐那、と申します。
 御身に不都合が無ければ同道を願い出たく存じます」
「イルダーナだ」
 選帝神イルダーナは短く名乗りを返す。
「時に、崩御した皇帝が現れたそうですが……。
 私はエリュシオンの事情には明るくないですが、崩御した皇帝はナラカへ至るとか。
 ナラカといえば、英霊の通る道としても有名ですよね」
 佐那はそう言って、パートナーをちらりと見た。
「歴代の皇帝も、英霊のように永い時を経て再び肉体を得るのでしょうか?
 エリュシオンの場合は、皇帝の崩御……“死”という概念自体、私達とは違うのかもしれませんが」
「前者にはいいえと、後者にはそうですねとお答えします」
 そう答えたのは、イルダーナではなく、横に控えている、弟イルヴリーヒだった。
「皇帝の崩御は、我々の死とはまた別の、特別な意味を持ちます。
 エリュシオンの皇帝……つまり、国を護る国家神です。
 彼等は、死して尚もこの国を護ってくださる存在です。
 在る場所が変わるだけで、永遠にエリュシオンの皇帝であり続ける、と言ってもいいでしょう」

 霊峰オリュンポスは、霊的な意味において、最もナラカに近い場所にある。
 崩御した皇帝はそこに葬られ、そしてそこからナラカに降りる。
 そして、ナラカからエリュシオンに這い出ようとする者達から、エリュシオンを護るのだ。
 稀に皇帝達の防御から漏れて、エリュシオンに出現する屍霊等も在り、それらを殲滅するのが、エリュシオン最強を謳われる黒龍騎士の務めだった。

「ナラカへ至った皇帝が現世に戻ることを禁じる掟のようなものは、そもそもあるのでしょうか?」
 佐那の問いに、イルヴリーヒは首を傾げた。
「ありません。
 ですが、ナラカが死者の国であることは絶対ですから。
 パラミタとナラカは、別の世界です。あなたの概念では、違うのでしょうか?」
 生者は生者の世界、死者は死者の世界。
 パラミタがナラカの一部になる時、それはパラミタが滅びる時であり、二つの世界は、『生と死』という交わらない壁によって隔てられる。
 それは掟があるものではなく、絶対の真理だ。
 時折、彷徨える魂が存在することは、確かにあるようだが。
「では、リューリク帝が出奔したというのは……」
「はい?」
 佐那の言葉に、背後でパートナーが返事をして、佐那は苦笑した。
「あなたのことではないです」
「あ」
「そちらの方は、リューリク殿とおっしゃるのですか」
「はい。申し遅れました、わたくし、エレナ・リューリクと申します」
 英霊、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)は二人にそう名乗る。
「――それで、リューリク帝についてですが、私には、リューリク帝の出奔よりもむしろ、皇剣レーヴァティンの方を問題視されている、と感じたのですが」
 リューリクが出奔したこと自体は、特に重要視されていないのでは、と佐那は感じていたが、そんなことねえよ、とイルダーナが吐き捨てた。
 イルヴリーヒがそれに続ける。
「元々、皇剣レーヴァティンは、リューリク帝のものでした」
「封印されていた剣が、持ち主の手に戻った、ということですか」
「はい。ただでさえ厄介なのに、ということです」
 佐那は頷く。
 レーヴァティンとリューリク帝の組み合わせこそが厄介だ、と彼等が思っているのでは、という予測については当たっていたということか。
「純粋に興味が沸きました」
 エレナが言った。
「私と同じリューリクの名を頂く皇帝の御姿、一度拝見してみたいものですわ」



「もしもし、土方さん? もう原稿上がったわよね。
 だったらお願い、こちらの手伝いに来てくれないかしら。
 ……あと、思ってたより長期になっちゃって着替えとかごにょごにょ」
 という要請で、日堂 真宵(にちどう・まよい)のパートナー、土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、着替えやら何やら大量の荷物を抱えて現れた。
「準備ってのは、最悪の事態も想定してやっておけ、このバカ共が」
 護衛としての人手に加わりながら、まあネタのひとつにでもなればしめたものだと思うことにする。
 彼は漫画家だ。

「パラミタの住人も死んだらナラカに行くんだ、ちょっと違うと思ってたわ。って思ってたんだけど」
 皇帝は特別ってことなのね、と、話を聞いた真宵は納得する。
「古い時代の人ってことは、古い話を知ってるってことよね。
 もしかしたら、ウラノスドラゴンのこととか知ってたりしないかしら?」
 真宵は、御託宣で得られることは無いかと念じてみる。
 すると、お告げの如くに脳裏に浮かぶ映像があった。

 地上で待つ女性の元に、一体の龍が舞い降りる。
 龍からは一人の少女が降り、女性に恭しく礼をした。
 少女の両肩には、子猫のようなサイズの、同じ形の龍が二匹、乗っている。
 女性が龍に何事か指示した。すると、二匹の小さな龍が、大きな龍に同化する。
 二匹の龍を吸収した龍は、三つ首の龍になり、少女と女性を乗せて何処かへ飛び去った。

「まよちゃん、何か視えた?」
 立川 るる(たちかわ・るる)の声に、真宵ははっと我に返った。
「……三匹の龍が究極合体して、キングホニャララになったわ……!」
「えっ、今度はホニャララギドラが出たのっ!?」
 世界樹関連で卒論を書こうと思っていたが、空京大学の学長がドラゴンであることもあり、龍ネタで攻めた方がウケがいいんじゃないかしら……と考えていたるるは、三頭龍情報に瞳を輝かす。
 それにしても究極合体はどこから出てきたのだという話だが。
「それにしても、今の御託宣が、ウラノスドラゴンに関係しているのかしら?」
 真宵は首を傾げた。
 とりあえず、先の、古い時代の人は古い話を知ってるだろう理論で、元皇帝捜索に加わることにする。
「大丈夫! エリュシオンの皇帝さんとは微妙に縁があるの!」
 自信満々に請け負うるるであるが、るるの言う縁とは御人 良雄(おひと・よしお)に関わるものであり、本人の言う通り、コネに使うには微妙だった。



 ウラノスドラゴンに会えるかもしれない、という知らせに、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は嬉々として、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に合流した。
「呼んでくれてありがと、コユキ!」
 ルーナサズに来るのも久しぶりだが、懐かしんでいる余裕は今は無い。
 イルダーナは手早く出発準備を整えている。
 このタイミングでの元皇帝出奔の報に、呼雪はイルダーナに同行することを決めていた。
 リューリク帝とウラノスドラゴンに、何か繋がりがあるのではないかと予想した為だ。
「しかし、捜すと言っても一体何処に?
 ……イルダーナには、見当がついているのか……?」
 迷う様子の無いイルダーナを見て、訊ねてみようかと思う。



「出奔した皇帝というのは、ルーナサズに縁のある者……ということか?」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)もまた、元皇帝の捜索を手伝うことに決めていた。
 エヴァルトの問いに、イルダーナは頷く。
「縁ってのとは違うかもしれんが。
 ミュケナイの選帝神の存在が、リューリク帝に干渉することが、何らかの鍵になるんじゃねえかとは思う」
 リューリク帝が生きた時代、ミュケナイの選帝神は、エリュシオンには無かった。
 争乱と混乱の中で、死亡したミュケナイ選帝神の後継者は中々立たなかった。
(二の舞にしないようにしないとな……)
 その話を聞いたエヴァルトは思う。
(俺の仕事は、イルダーナ卿を護ること、だ)
 たとえ選帝神が契約者より強いとしても、問題はそこではない。



 エレメンタルドラゴンには、第三者の介入があるのでは、と、イルダーナは言った。
 だが、話に聞けば、この世界そのものとも言っていいような存在に影響を及ぼせるような、そんなこと、何者ならできるというのだろうか?
 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、既出の情報を頭の中で整理しながら考えた。
「元皇帝出現……これがどうにも、引っかかるんだよな……」
 いや、流石にいくら帝国皇帝といっても、一個人が世界をどうこうできるなんて思わないけど。
 そうは思うが、偶然で片付けていいタイミングではないとも思う。
「レーヴァティン、か。確か、これも巨人族のひとつなんだよね?」
 燕馬のパートナー、機晶姫のザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)の問いに、イルダーナはそうだ、と頷く。
 そしてイルヴリーヒがそれに答えた。
「エリュシオンに伝わる幾つかの『皇具』は全て、古に巨人族によって作られ、パラミタの民に授けたものです。
 巨人族は、その大いなる技術によって、パラミタの文明の礎を築きました。
 今では喪われたものも多いですが」
 そんな会話を聞きながら、燕馬はイルダーナに訊ねた。
 彼は、即決でルーナサズを空けると決めていた。
「何処を捜せばいいのか、なんとなくでも見当はついているんじゃないのか、イルダーナ様?」
「当たり前だ」
 イルダーナは答える。
「皇具を手に入れて準備を整えた皇帝が、向かう場所なんざひとつしかねえだろう」
「……?」
 ピンと来ない燕馬に、イルダーナは続けて言った。
「凱旋、だ」
 つまり、向かう先は、帝都ユグドラシルだ。