蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

コーラルワールド(第2回/全3回)

リアクション公開中!

コーラルワールド(第2回/全3回)

リアクション

 
第7章 命の価値
 
 
 ハルカの命が危うい状態になり、更に巨人が現れて、猶予というものはなくなってしまった。

「ちょっと落ち着け! みんな落ち着け!! とにかく落ち着けぇ――ぃ!!」
 一触即発のその寸前、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が声を張り上げ、ジャイアントピヨもそれに倣って雄叫びを上げた。
「こらそこの巨人!
 オメーが暴れて門壊して死んだところで、この子が助かるとは限らねぇだろ!
 巨人族の誇りってぇのは、死にそうな友人放っておいて自分が先に死ぬことなのかコノヤロ――!!」
「俺が死ねば、代わりに、門に吸われかけているその娘の魂は戻ってくる。
 そのように作られた門なのだからな」
 アルゴスは、そう言い放つ。
「だーっ、もう! 何で他の方法を考えるとかさせてくんねえんだよ!
 門に固執しなくてもいいだろうが!」
 もう一度、イルミンスールに戻り、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の協力を仰ぎたいとアキラは思ったのだが、どうにも止まってくれなそうだ。
 構わず槌を振り上げるアルゴスに、アキラはがなる。
「やめぇい! ピヨ止めろ!」
 アキラの声に、ジャイアントピヨが体当たりを仕掛けるが、アルゴスは難なくそれを躱した。
「説得は、通用しそうもないワネ」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が、諦観の口調で言った。
「都築中佐の行方は解ったが……」
 都築の行方を探る、という目的は果たした。
 だがその先、誰かを犠牲にしてまで彼を追って先に進むべきなのか、どうか。
 可能なら教導団に確認を取りたいところだが、此処からではその手段が無い。
「とにかく、今は巨人を止めるしか無いっ!」
 死角に回って体当たりだっ! とジャイアントピヨに指示を出すものの、巨人はピヨの猛攻を、他の攻撃を受けながらもことごとく避けた。

「説得は、無理ですか……」
 アルゴスの、友の為に命を投げ出す姿勢に、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は深い敬意を感じた。
 その意思を尊重させてやりたいと思う。だが、今はそんな場合ではないとも思った。
 彼等は、ハルカの財布を奪った朝永真深らを追って此処迄来たが、彼女達の姿は無い。
 彼女等もこの門を通ろうとしているのなら、ハルカの命が狙われる可能性もあるのだ。
 それでハルカを死なせてしまっては、アルゴスの思いも本末転倒である。
 今は、ハルカの命を守ることを優先して欲しい。そう説得したかった。



 ハルカの危機と巨人の出現に、トオルもまた、呆然とし、すぐにはっとした。
「クナイ。追うよ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が、ぱらみいの後を追おうと、パートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)を促す。
「駄目だっ!」
「何故? 門の先に進むなら、これしかない」
 北都は冷静に言う。
 平気なわけではない。これが正解だとも思わない。きっと、正解なんて無い。
 けれど消去法で考えれば、ぱらみいを選ぶしかない。そう思った。
 地祇なら、土地さえ無事なら、たとえ形が変わっても、いつか復活できる。
 だが、ハルカもアルゴスも、死んだら二度と復活できないのだから。
「死なせない」
「なら、ハルカさんやアルゴスさんならいいの?」
「……誰ならいい、って問題じゃねえよ」
「そういう問題なんだよ。
 僕の命で何とかなるなら代わってあげたいけど、こんな平凡な命では、門は開いてくれないと思う。
 だから……ごめんね」
 宮殿用飛行翼で、北都はトオルの隙をつき、彼の頭上を通り抜ける。
 トオルは銃を構えるも、発砲することはできなかった。
 そこへ、クナイが風術でトオルの足元の土を巻き上げ、視界を遮る。
「卑怯かもしれませんが……申し訳ございません」
 届くかは解らないが、そう謝って、先に進んだ。

 磯城(シキ)は、森の中を歩くことに長けているようだった。
 常に風下を選んでいるようで、上手く匂いが辿れない。
 森の中には様々な音があって、上手く忍ばせているシキの足音を聞き分けることも困難だった。
 ハルカと巨人の状況を考えれば、急がなくてはならない。
 北都は感覚を研ぎ澄ませる。

 クナイは、強いて北都に追いつくことはせず、こちらを妨害して来る者がいたら阻もうと思っていたが、他に動く者はなさそうだった。
 北都は超感覚でシキ達を探しているし、徒歩と飛行なら、すぐに追いつくことができるだろう。
 北都には、禁猟区を施したリボンを渡してあったので、万が一の時には駆けつけられるよう、クナイは追手の無いことを再確認して、北都を追った。


「何、情けない顔してんの」
 ニキータが、トオルの頭をぽんと叩く。トオルは項垂れた。
「……俺、は」
 ニキータは、低く呻くトオルの肩を抱いてやる。
「……俺は、ダチには誰も死んで欲しくないし、誰なら生きてよくて、誰なら死んでもいいなんて、そんなのを決めるのも、嫌だ」
「誰だってそうよ……」
 それでも、目の前の選択から、逃げることができないのなら。
 ニキータは門の前の巨人を見上げる。
 ぽん、ともう一度、今度はトオルの肩を叩いて、ニキータは彼から離れた。
「ちょっとおねーさんも頑張ってくるわ。
 ここで門を壊されると、シャンバラにとって色々ヤバそうだしね」



 何故、テオフィロスは幻影として現れ、門番シバの命を奪ったのか。
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は、生じた仮説に青ざめた。

 状況から見て、テオフィロスは門の向こう側へ行ったのだろう。
 恐らく都築中佐も一緒だ。だが、二人が同意の形で門の向こう側へ行ったのなら、シバを殺害する理由がない。
 ならば、二人は何らかの罠に嵌められる形で向こうへと行ったのではないだろうか。
 同じエリュシオンの龍騎士だったシバを殺害する程の理由。

「もしかして、都築中佐は殺されてしまったんじゃ……」
 ヒルダの震えた声に、パートナーの大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は、返す言葉が無かった。
 テオフィロスは、仇を討とうとしたのではないか。
 そして、彼のあの変貌は。
「テオフィロスは……パートナーロストで、おかしくなっちゃったのかも……」
「確定したわけじゃない」
 丈二の言葉に、ヒルダは頷く。
「もしも、間に合うのなら、早く行ってあげないと……」

 丈二は、門の前に倒れるシバの死骸を見る。
 巨人達の戦いに巻き込まれないように近寄り、その体を検めた。
 疑問に思うことがある。
(門の開閉って、捧げた魂の価値で自動開閉なのか……?)
 だとすれば、確かにぱらみいは条件を満たしているかもしれないが、都築中佐やハルカはどうだろう。
 ハルカは、妙に純粋なところがあるから譲るにしても、都築は?
 丈二は、立てた仮説を確認すべく、シバの腕を取ろうとした。
 その手が、伸ばされた別の者の手に阻まれてぎょっとする。
 見上げると、銀髪の女騎士が、丈二の手を押さえ、静かに首を横に振った。
(気配が……)
 気配が全く無く、驚いた。
 今現在も、そこに人がいる気がしない程だ。
 巨人との戦闘に集中する周囲の者達の誰も、彼女に気付いていない。

 黒龍騎士、リアンノンは痛ましい表情で、シバの死に顔を見下ろした。
「愚かなことを……」
「……教えていただきたいのであります」
 そっと、丈二はリアンノンに囁いた。
「門の開閉は、門番による動作を伴うのでありますか?」
 シバの手を門に押し付けたら、門は開くのではないか。丈二は、それを試そうとしたのだ。
「……」
 リアンノンはじっと丈二を見つめた。
「……我々には、此処にいる全ての者を殺害し、全てを闇に葬る、という選択肢がある。
 それを覚悟するならば、話してもいい」
 口外できないこと、という意味か。
 丈二は口を噤むが、リアンノンは苦笑した。
「……今更だな。是、と答えよう。
 だが、あくまでも、鍵を得た上でのことだ」
 だが、と、魂の価値について訊ねようとした丈二を、リアンノンは掌を向けて制する。
「だが、魂の貴賎は、誰が、どうやって判断する?
 その基準は何処にある。高貴な魂であると、門が判断するのか」
 丈二の心中を言い当てるかのように、リアンノンはそこまで言って口を止めた。
「貴殿は、秘密は守れるか」
「えっ……」
「誓うならば、この続きを言おう」
 今は此処を離れるように、と、指示する。
 確かに、いつまでも此処にいては、巨人に踏み潰されかねない。
 言われるままに、丈二はこの場を離れた。
 離れた場所から門を見れば、リアンノンとシバの姿も消えている。
 此処にいる全ての者を殺害する、という言葉を思い出した。
 恐らくは、何処かから様子を伺っているに違いなかった。