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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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「ゲゲゲッ、やつラ、来たヨ」
「ここマデ、ゲゲッ」
「ゲッゲッ」
「ゲゲッ」
 声の主は1人や2人ではなかった。最低でも5人。しかし動く気配から、もっといるのは確実だ。
 やがて砂埃が沈み、煙幕が薄れるにつれて、だんだんと奥の部屋の様子が彼らにも見え始めた。そこはただの部屋でなく、まるで王の謁見の間のごとき大広間だった。
 磨かれた大理石の床に敷かれた赤いカーペットと高天井からぶら下がっている半ドーム型のシャンデリア。壁までもがこれまでの道と全く違う、研磨された緑がかった石材でできている。そしてその中央に、全身泥だらけのボロ布をまとった老婆か餓鬼のような姿の女たち――ウズメがいた。
 カエルの鳴き声と思われたのはしゃがれた老婆の声で、彼らが出していたようだ。骨の浮いた手足や猫背のせいで寄る辺なく身を寄せ合っているように見えるが、岩を砕いて入ってきた彼らを見る目はギラギラと凶悪に照っている。真っ白なボサボサ髪を振り乱してウズメたちはゲゲッと口々に鳴くと、威嚇するようにシャーッとのどを鳴らし、そして背後が気になってしかたがないというように、視点の定まらない様子でちらちらと後ろに視線を投げていた。
 彼らの後ろには、巨大な上半身が人間でヘソから下がヘビの魔物がいた。顔は下半分にガスマスクのような物をつけられている上目を閉じてうなだれており、髪で隠れてよく分からないが、重そうに両の乳房が垂れているから女性だろう。
 彼女は一見、囚われているように見えた。体には太くて厚い鎖が巻きつき、鎹(かすがい)で後ろの壁に止められている。そのほかにも大小のチューブが口、胸、脇腹、背中など体のさまざまな箇所に埋め込まれていたりしていて、見るからに痛々しい。
 あれもこの山姥のようなやつらのせいなのだろうか……痛ましいものを見る目で眇められていた目が、次の瞬間驚愕に見開かれた。
「あれは……!」
 太いチューブの内部を通っていたのは濃い乳白色をした空気だった。そのチューブはどれも壁に空いた穴に消えており、あれが雲海の元だとすれば、彼女の体内から吐き出されるそれを外へ放出するためのチューブだというのは想像がつく。
「雲海を生み出す生き物ってとこでしょうかねぇ〜? とすると〜、あれを倒せば、外の雲海はなくなるってことでしょうかぁ?」
 スノゥの言葉に、ウズメたちが猛烈に反応した。
「ゲゲゲッ、させナイ、ヨ」
「オオワタツミさまにコロされる」
「みんナ、コロされちゃウ、ゲゲッ」
「ゲゲッ」
 ウズメたちのそういった反応は、図らずもスノゥの言葉が正しいことを彼らに教えていた。

「あーー、ゲコゲコうるっさい!!」

 ゲゲッ、ゲゲッと耳に痛い声で一斉に鳴き出したウズメたちに、たまりかねたように閻魔が一喝した。
「どうやら言葉が理解できるようですし、一度だけ警告してあげましょう。今すぐ、ここから逃げた方がいいですよ――さもなきゃオオワタツミに殺される前に、俺が殺すぞてめェら。
 ――チッ、オオワタツミいねーのかよ。全ての怒りはオオワタツミにぶつけてやる、そのためにと、これまでぐっと我慢してきた俺の努力はどうなるんだよ……」
燕馬ちゃん、燕馬ちゃん。素が出ちゃってるわよっ
 最後、呪詛のようにぶつぶつつぶやいているやさぐれ閻魔に、後ろからローザがこそっと、でも面白そうに、閻魔にだけ聞こえる声で注意する。
「あー?」
 じろり。閻魔はローザを振り返る。ローザに注意されたことを理解できている様子はない。ここまではるばるやって来て、オオワタツミがいないということにまたもやいら立ちのピークが近くなっているのか、すっかり目が座ってしまっている。
 ウズメたちは閻魔に一喝された当初は閻魔の用いたアボミネーションの効果で気を飲まれ、言葉を止めてしまっていたが、またすぐに彼らを口汚く罵りながらゲゲッゲゲッと鳴きわめき始めた。今度は先まで以上だ。そしてその大半が自分たちを怒鳴りつけ、威圧しようとした閻魔へ向かっていると気づいたサツキが、ウズメたちの視線からその背にかばうように前に出た。
「まったくタチの良くない女どもですね。
 あのヘビ女を倒す邪魔するというのであれば、まずあなた方を排除させていただきます」


「先手必勝!」
 目を赤く光らせ、爪や牙をむき出しにして飛びかかろうとしてくるウズメたちに向け、美羽がブライトマシンガンで盛大に光弾をばら撒いた。強化型光条兵器の光の弾は、暗い周囲をまぶしく照らしながらウズメたちへと向かっていく。ギャッと悲鳴を上げて倒れた先頭のウズメたちに、美羽の武器がどんなものかを悟ったほかのウズメたちは、次の瞬間まるで弾ける豆のようにすばやくそれぞれが思い思いの方角へ散った。それに合わせて美羽のブライトマシンガンも、一番数の多い集団をターゲットに定めて流れていった。
「……おい」
 別の場所に着地したウズメたちを閻魔が冷酷な怒りのこもった低い声で振り返らせる。
「いないものはしかたない。きさまたちで手を打ってやる。
 きさまの相手は俺だ」
 魔力解放。その瞬間、内側から放出された魔力に、閻魔の肉体がひと回り大きくふくらんだかに見えた。うなじの位置で束ねていた髪がほどけ、ふぁさりと広がって落ちる。そのことにチッと舌打つと、閻魔はそれらを無造作に掴み、マフラーのように首に巻きつけた。
 これでよし、とフンと鼻を鳴らす閻魔だったが、それは思わぬ人物から思わぬ反応を引き出す結果になっていた。
「あの口元を隠すような巻き方、燕馬にそっくり……」
 A.E.Fを展開してウズメを近づけさせないようにしていたサツキがその手を止めて、不思議そうに閻魔を見る。
「そ、そうねー……きっと癖が似るほど仲良しさんなのねーっ」
(本人だからよ、いいかげん気づいて!)
 内心イラつきながらも笑顔でローザが答える。しかしそんなローザの必死の念波、声にならない訴えも届かず、サツキはローザの返答に「なるほど」とアッサリ納得し、A.E.Fの操作に戻ったが「そんなに……仲良し……そう……」とぶつぶつつぶやいて、ますますこじらせてしまっているようだった。
「ギャアギャアうるさい。目障りです、早く死ね」
 と、ウズメたちを容赦なく追い詰め、攻撃している。そのあとで「……いけない、閻魔さんの不機嫌がうつりました」と口元を手で隠したりもしていたが、自分の口にした「閻魔」の名に、さらに不機嫌さを増しているようである。
(うーん。これはもうどうしようもないわね……。この件で何かあっても燕馬ちゃん、自業自得よ)
 そう結論づけたローザは、2人の仲立ちをするのはあきらめて、目前の敵に集中することにした。ダークヴァルキリーの羽を広げ、小型飛空艇の3倍の移動速度を誇る高速機動でウズメたちの間合いへ飛び込むと、勢いをそのまま愛刀、偽式断塞刀『閻』に乗せて一刀で薙ぎ払う。
 またたく間に3体を片づけたローザは、その光景を目撃しておののいている様子のウズメたちに視線を流した。
「彼……とと。彼女の言うとおりよ。あなたたちもこうなりたいの?」
「ウ、ウルさイっ!」
「おまえナド、スグにコロしてヤる!」
「死ネ!」
「ゲゲッ」
「んもう、かわいくなーい。だから外見がそんななのね!
 分かったわ。オオワタツミがそぉんなに怖いのなら、早く現世から逃げちゃいなさいよ――今ならお姉さんが手伝ってあげるから」
 何百歳生きているか見当もつかない老婆の姿をした魔物を相手に大胆不敵な宣言をして、ローザは再び大太刀をかまえて彼らに向かって走り出す。その後ろでは、美羽のブライトマシンガンの音にかぶさるように、閻魔の操る荒野の棺桶が銃弾の雨を降らせる音が派手に響いていた。
「……こいつら、変な技を持っているわね」
 アブソービンググラブを装着した手でウズメのエネルギーを吸い取るという接近戦を行っていたリカインが、抵抗するウズメが真っ黒く汚れた爪で引っかいた傷口から単なる傷を受けたときの痛みとは違う種類のものを鋭く感じ取った。エネルギーを吸われたウズメがその場に昏倒すると同時に後方へ跳んで距離をとり、傷口を調べる。ほんの5センチ足らずの、血も出ない程度の浅い引っかき傷なのだが、すでに何らかの毒を受けているようで傷口の周囲の皮膚が黒ずんでいる。あきらかに戦闘のせいではない、動悸や長引く息切れ。彼女の異変に気付いたミカが、ファイアストームによる攻撃を一時中断し、清浄化の光を飛ばした。
「ありがとう」
 リカインからの礼にうなずきで応じて、ほかにもけがを負っている者はないか、ざっと見渡す。こんな入り乱れた戦闘の場で、全くの無傷ですむ者などいない。ほんのかすり傷でも危ないというのはさっきリカインの身を襲った毒からも分かる。ミカは変調を起こしているらしい動きをする者を見つけては、清浄化を飛ばす方に重点を置くことにした。
「とすると、魔力はあまり使えないな。
 ロビン、俺はそっちに集中する。守りは任せたぞ」
「うん」
 ミカから「任せた」という信頼のひと言をもらったことに、ロビンは静かに胸にやる気を湧き立たせ、自分たちを攻撃しようとしてくるウズメたちにヒプノシスを放つ。そうして動きを鈍らせたウズメに向かいのぞみが、彼女だけが操れる魔法、白き煌めきを放って白銀の光の刃で切り裂いた。
「……もうあらかた片づけたはずじゃない?」
 戦闘に突入してからしばらく経って、ミリアがつぶやいた。
「なのにどうして終わらないの?」
 幾度目かのカタストロフィを出し終え、額に浮かんだ汗をぬぐう彼女に、裁きの光による攻撃を一時中断してスノゥが答える。
「そうですねぇ〜。最初見たときは、20体もいないようでしたけど〜」
 床に転がっているウズメたちの死骸をざっと見渡した。数えるまでもなく、あきらかに20体を超えている。
「お姉ちゃん、あそこなのー」
 ここが最奥のボス部屋ということで、どこかに何か、宝箱でも隠されていないかと壁や床を触って調べていた翠が、むくりと身を起こして天井付近の壁を指さした。そこには亀裂や穴が開いており、壁に爪を食い込ませてウズメたちが次々と這い出てきている。その様子はどう見てもクモかGだ。
「うわ、強烈……」
 ミリアはひと目で嫌悪感を感じて眉を寄せる。
「にしても、どうしよう。あんなの相手にしてたらキリがないわ」
 本気で虫のような繁殖力を持つ相手だとしたら、この巨大な岩城に何千匹いるか分かったものじゃない。
「そうですねぇ〜」
 何か対処法はないかと考え込んだときだ。
 まるでタイミングを計ったかのように、空飛ぶ何かが猛スピードで戸口から飛び込んできた。