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リアクション
第二章 急げ急げ! 氷が溶けちゃう!
「マズイですね……音楽隊に疲れが見え始めてきています」
【黒服の麗人】ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は焦った。
「そろそろ交代しなくちゃもう体力が……どうしましょう──そうだ!」
ガートルードは実験室にいたアディからマッチと古紙の束をもらい、戻るとその紙に火をつけた。
そして、ポケットの中に忍ばせておいた羊肉を炙り始める。
「!?」
匂いに気づいて、音楽隊は楽器を奏でながらも、驚いた顔を向けた。
「めちゃくちゃいい匂いじゃのう……」
パートナーの【黒薔薇の勇士】シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)だけが、のんびりした声で呟いた。
「みなさん〜! いいですよ〜交代です! 次は私たちに任せて下さい!!」
その声を聞いた途端。
音楽隊は、その場にへたりこんだ。
余程疲れていたと見えて、荒い息を吐き続けている。
「ありがとう〜〜」
音が止んだのに気付いて、ケルベロスの両目が開いた。
だがその目にはもう狂気も威嚇も無く、肉の匂いに鼻をひくつかせ、まるで飼い犬のような素振りを見せている。
いや、実際飼い犬なのだが……
「よしよし、効いてますね」
焼いた肉を放り投げると、ケルベロスは舌なめずりしながら美味しそうに食べ始める。
「さっきまでのとげとげした空気が消えている……音楽隊の影響で、こちらに敵意が無いことが分かったのでしょうか? ──あぁ、一瞬で平らげてしまいました」
「なんか……腹が減ってるじゃないかのう? 構ってほしいオーラを発しているようにも見えるが……」
ガートルードとシルヴェスターの会話を聞いて、緒方 碧衣(おがた・あおい)が大きく頷いた。
「私もそう思います! 神話の中のケルベロスは、甘いものが大好きだと記されていました。だから」
調理室から拝借してきた蜂蜜をつ碧衣は取り出した。
「ケルベロス君、毎日お疲れさまです。甘い蜂蜜を舐めて疲れを癒してくださいね」
心とお腹が満たされれば、きっとその場所を通してくれるはず。
管理人さんが毎日使っていると思われるケルベロス用の巨大な水入れの中に、蜂蜜を流し入れる。
とろ〜りとろ〜りとろ〜り……ちょぴ、ちょぴっ。ぴっ。
「………」
「……」
「全然、足りないですわぁああぁ!!!!」
碧衣の悲痛の叫びが響き渡った。
桶ほどもある入れ物に、蜂蜜の瓶一つ。足りないにも程がある。
「……ま、まぁ気にしないで」
ガートルードが肩をぽんぽんと叩いて同情の意を示す。
「しょうがないわぃ、こんなにデカイんじゃけんのぉ……」
シルヴェスターも精一杯の言葉をかけてやる。
「いやぁああぁあああぁぁああ!!!」
慰められて碧衣は、余計に悲しくなった。
「はいはい、コントはそれまでそれまで」
カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)が両手を挙げながらやって来た。
巨大な動物を前にして、ほぅっと息を吐く。
「これが噂のケルベロス君か……私のペットにしてあげる」
パートナーのメイ・ベンフォード(めい・べんふぉーど)が驚いた顔でカリンを見つめた。
「あんた本気でそんなこと考えてるの?」
「もちろん!」
メイは何かを言おうとしたが、呆れて二の句が告げなかった。
「私はプロレスラーだ。己の武器は肉体だ。愛情もって接すればわかってくれる!」
そう叫ぶと、メイが止めようとする間もなく飛び出していった。そして真正面から命がけで撫でまわしに行く。
「よ〜しよしよし」
どこかの動物好きのおじいさんのような所作で、頭や首を両手いっぱい広げて撫で続ける。
しかし、かなりしんどそうだ。
危険は無さそうに見えるが、それは気のせいってことも……
「大きすぎて腕がつっちゃうよ〜〜」
早くも泣き言が口から発せられた。
「カリン……」
情けないわ。でも、頑張れ。
撫でているうちは、きっと大人しいと思うから。
「カキ氷サイズ特盛り一丁お待ちぃぃい!」
突然現れた飛鳥井 コトワ(あすかい・ことわ)がケロベロスの横っ面に『バケツ氷』をぶち込んだ。
「今のうちに早く逃げるっス!」
カリンは、ケルベロスから飛び離れた。
「もっと撫でるのを、楽しみたいけどここまでだね」
コトワは、ケルベロスを挑発しながら逃走する。
「あはっ! ケロちゃんこちら、手の鳴る方へっスー! こっちこっち〜……あっ」
目の前に、毛むくじゃらの大きな足。自分の身体の倍以上もあるデカさ──人間と俊敏な動物の違い。
すぐに追い詰められてしまった。
「クールダウン、クールダウン! カキ氷あげたんだからキーンっと頭冷そうっスよー!」
(性的な意味でなら歓迎っスけど、捕食的な意味で食べられるのは嫌っスー!)
コトワの思いが通じたのか、【俊足のメイド教導団員】朝霧 垂(あさぎり・しづり)がケルベロスの前に立ちふさがって注意を引き付けてくれた。
「名前からして、人間とは思わなかったが……」
垂は何やら持っている紙とケルベロスを見比べ、溜息を吐く。
「ブラッシング、するか」
恐れることもなく自然に近づこうとする垂を、碧衣が取り押さえる。
「な、何しようとしてるんですか!? 危ないですよっ!」
「……温室の管理人から留守の一日「愛しい我が子」の世話をすることを頼まれたから、メイドとしての仕事をこなす」
「え?」
「色々手伝ってくれてありがとう。遊ぶことと食べ物は皆が与えてくれたから、後は俺がやる」
「………………」
だったら最初からやってくれという言葉は、拍子抜けしすぎて、誰も口にすることが出来なかった……。
◆
桐生 円(きりゅう・まどか)のパートナーであるオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、突然、タネ子と皆の前に、割って入った。
「お、オリヴィア様?」
円はオリヴィアの様子を伺う。
「大丈夫、きっとわかり合える、怖くないよ……」
どこかで見たことのあるシチュエーションが、目の前で繰り広げられる。
右手を伸ばしてカムヒア、カムヒア。
「私は味方よ、安心して。怯えてるだけなんだよね?」
らんらんらららんらんらん♪
そんな音楽まで聞えてきそうなシーン。
「おいで……」
タネ子が頭を垂れる。そして──
ばくっ
案の定、腕を食われてしまった。
オリヴィアは無意識に、もう片方の手に持っていた杖でタネ子を思い切りブッ叩いた。
「イタイ、モヤス」
「承知!」
円が飛び掛ろうとするのを、御国 桜(みくに・さくら)が止めに入る。
「ちょちょちょっと、傷つけちゃ駄目だって〜〜〜!」
パートナーの白雪 命(しらゆき・みこと)も一緒になって止める。そして。
「ヒール!」
円の身体を桜と一緒に押さえながら、命はタネ子に向かって呪文を唱えた。
「味方に使うはずだったのに、何かが狂ってます……」
もう笑うしかなかった。
「おねぃ様無様ね! 見ているといいわ、私のカリスマ!」
笠岡 凛(かさおか・りん)が鼻で笑いながらやって来た。メアリ・ストックトン(さら・すとっくとん)を肩車しながらタネ子に近づく。
メアリもオリヴィアと同じように、しかし今度は両手を差し出した。
「ほら怖くないよ、安心しなさい……」
ばくっ、ばくっ!
やっぱりタネ子に食いつかれた。
「ふぇぇ……モヤス! 凜ちぎって!」
「ちぎる!」
「!?」
後ろで様子を見ていた奈留島 琉那(なるしま・るな)が、慌てて飛び出す。
「もう〜何やってるんですか〜〜〜! そんなことしちゃ管理人さんが大激怒しちゃいますよ〜」
「ふぇえ〜だって痛い〜」
両腕をタネ子に預けている痛々しい姿は、確かに切ないものがある。
「凛、助けて〜〜」
「了解!」
凛は思い切り上体を反らして、無理やり引き抜こうとする。
「い、いた、いた、痛いって、いたい」
「ふん! ふん!」
「…………」
琉那はその光景を黙って見詰めていたが。
これ以上やったら本当にメアリの腕が食われてしまうと悟り、苦笑しながら手伝いに入った。
「私も手伝うよ」
桜も、琉那と一緒に、タネ子の口を開きにかかろうとした。
が。
「──っ!? タネ子さんが!!」
「え?」
「あぶないっ! 桜ちゃん!!」
気がつくと、桜は命に抱きかかえられて、土の上に転がっていた。
間一髪のところで、はまぐりもどきの口から、桜を救ったのだ。
「び、びっくりしたぁ〜」
「びっくりしたのはこっちです! ……桜ちゃんに何かあったら……」
「……ありがとう」
「っ」
命はそっぽを向いた。
「……もう……心配させないで下さい」
「ふふ、ありがと」
「──あ、あの〜ちょっと〜これ離すの手伝ってほしいんだけど〜」
「助けて〜」
円とオリヴィアが、涙まじりの声を出す。
「あ」
桜と命は顔を見合わせて、笑った。
◆
「ぅんふふふ〜♪遊び人はグルメなのよぉ〜、素材からこだわって作るのよぉ〜」
巫丞 伊月(ふじょう・いつき)は楽しそうに果物をもぎ取っている。
「果物は、せっかくなんだから珍しそうなものを選ぶわよ〜」
「滅多にお目にかかることの出来ない貴重な物でカキ氷を作るなんて最高どすなぁ」
隣で、橘 柚子(たちばな・ゆず)が夢見がちな声を出す。
「そのためにも、氷が溶ける前に早く帰らなくちゃいけまへんわね」
柚子は袋の中に果物を詰め込む。
そんな姿を横目で見ながら、伊月は小さく呟いた。
「……お持ち帰り用に、いくつかこっそり持ってってもいいわよねぇ。でもまぁ取る個数は程々にしないとよねぇ。ふふ」
「? 何か言わはりました?」
「ううん、何にも〜」
「──ねぇ、そっちに苺な〜い?」
秋月 葵(あきづき・あおい)が、少し離れた場所から二人に声をかけた。
「あぁ、う〜ん。残念ながらこちらにはありまへんなぁ」
「そうかぁ……」
葵は苺を求めて歩き始めた。
その後ろ姿を、パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が心配そうに見つめている。
葵に氷集めをして待っててねと言われたが、心配で心配でいても立ってもいられず、出来るだけ見つからないように気をつけながら護衛をしていたのだった。
「心配です〜。でもここ、本当に密林地帯みたいで……方向音痴の私の方があっさりはぐれてしまいそうです〜」
熱い視線を送りながら、エレンディラは必死に後をついていく。
「ほんま一人で大丈夫どすかぁ?」
柚子が葵に声をかけた。
「もう少ししたら私も伊月はんも場所移動しますんで、良かったらご一緒に」
「いいの? ありがとう! どうせ食べるなら自分の好きな果物でシロップ作ってエレンにカキ氷食べてもらいたいから。苺があるといいな〜と思って」
「エレンさん、喜んでくれるといいねぇ」
「うん」
伊月が微笑む。
「おやぁ?」
柚子が間の抜けたような声を出した。
「ん?」
「今あそこに誰か……気のせいでっしゃろか?」
視線の先には緑しかない。
「気のせいですかねぇ」
柚子が首をかしげた。
「けどそれ、大きなリュックだねぇ」
「だってエレンと私の分でしょ〜。あと、皆の分も入れないといけないもんね〜」
「そっかぁ」
「うん。あ、ねぇねぇ、ところでカキ氷ってどんな食べ物? なの?」
「え? 知らないの?」
こくりと頷く葵に、伊月と柚子は顔を見合わせて。
「エレンさんに教えてもらうのがいいよぉ」
「え? エレンは今、氷集めにいってるけど……」
「近くにいてはると思いますぇ」
その声に、エレンは驚いて身を隠す。さっきまで動いていなかったのに不自然に揺れる草木が、明らかに存在を誇示している。
「……内緒なのかなぁ?」
伊月が笑う。
「そのようどすなぁ」
柚子も伊月の目を見て、笑った。
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は、ぼんやりとその様子を見ていた。
隠れている人間は、どうやら敵ではないらしい。
人間にしろタネ子にしろケルベロスにしろ、危険に陥ったら剣を投げて助けることにしていたのだが、どうやら出番は無いようだ。
「究極のカキ氷を作ることに専念するか」
気付くと、パートナーのカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が一生懸命果物を袋に入れていた。
「つぶさないように〜つぶさないように〜」
意外と几帳面なカッティに、イレブンは可笑しくなった。
かやくご飯に、黒色火薬を入れるようなカッティ。自由にさせたらカキ氷に何を入れるか分からない。
「おかしな物は入れるんじゃないぞ? 食べられるものだけにしてくれ」
「……」
「どうした?」
「これは……果物?」
「? ──っ!!」
明らかにもぞもぞと手のひらで蠢いている物体を見て、イレブンは危うく悲鳴を上げそうになった。
「………ち、違うと思うぞ。それはやめろ、捨てろ」
「残念だなぁ、新種の果物かと思ったのに」
恐ろしい……
イレブンは、近場の果物をいくつか手にして、カッティの袋の中へと入れた。
「もうこれだけあれば十分だろう。皆と合流しよう」