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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「馬鹿な、身体が痺れて……。フールめ、飲食物に何か混ぜましたわね!」
 剣でかろうじて身体を支えながら、ミルフィ・ガレットはくやしそうに叫んだ。同じテーブルにいたアレクセイ・ヴァングライドたちも、すでに身体が麻痺して動けなくなっている。
 そんな彼らを嘲笑うように、耳障りな音をたてながらスケルトンたちが前進してきた。
「まだ、戦え……る……。パートナーのところへ、お嬢様の許へ、帰ってみせる」
 気迫は衰えていないものの、それに反して身体はいうことを聞かない。
 嗤笑をあげながら、スケルトンが剣を振り上げた。
 ドドドドドドドッ! ドルンドルンブォンブォンブォン!!
 そのときだった、エンジンの爆音を響かせながら、一台のバイクがスケルトンの群れに突っ込んでいった。バイクに乗ったライダーとともに、体あたりでモンスターどもを文字通り粉砕していく。
 青白く燃える篝火をバックに、きらびやかにライトで装飾されたバイクと、その漆黒の乗り手がシルエットとして浮かびあがった。ハーリー・デビットソンと鉄九頭切丸だ。
 パシン!!
 鉄九頭切丸が、先ほどすれ違い様にもぎ取った骸骨の頭を、片手で粉々に握り潰した。
 再びエンジン音が高鳴る。
 すらりと剣を抜くと、鉄九頭切丸は再びスケルトンの一団に突っ込んでいった。あたるを幸いに、即席のコンビを組んだハーリー・デビットソンとともに、敵を薙ぎ倒していく。むかうところ敵無しという状態だ。
 けれども、宴席のテーブル群の手前で再び方向転換しようとしたとき、ハーリー・デビットソンが横転した。とっさに鉄九頭切丸は飛び降りたが、テーブル群に突っ込んだハーリー・デビットソンは、エンジンが止まり、ハンドルも動かせない。
 だが、まだいけるとばかりに動こうとした鉄九頭切丸の身体も、突然自由が利かなくなって停止してしまった。
「飲食をしそうにない機晶姫諸君であっても、私は差別いたしませんよ。他のお友達と同じように、死への恐怖を味わっていただきます」
 空中にいるフールが、勝ち誇って言った。
 今や完全に身動きがとれなくなった者たちを、スケルトンたちが蹴り飛ばすようにしていくつかの場所に集めていく。いつでも殺せるという余裕であろうか、今はまだ傷つける気はないようであった。
「おのれ、このような罠にまんまとはめられるとは……」
 悠久ノカナタが、くやしそうに言った。フールの正体を暴くつもりが、敵がここまで用意周到に罠を張り巡らせて攻撃をしかけてくるとは思ってもいなかった。返す返すも、敵の真意を甘く見たことが悔やまれる。
「あなたたちは、異世界の者に魂を売り渡しました。それは忌むべきことではありますが、一つだけ、よきこともございます。なぜなら、あなたたちの死は、パートナーの死を呼ぶ呼び水になるのでございますから。はてさて、いったい何人のパートナーが、あなたたちの死のショックを耐え抜くことができますでしょうか。今から、楽しみ……む!」
 悠々と語るフールに、一瞬で緊張が走った。
 絡み合う二つの炎の激流が、空中のフールめがけて突進してきたのだ。
 フールが素早く片手をかざすと、現れた金属の球体が盾となって火炎流を弾いた。幾筋もの流れに分かたれた炎が、フールの上下左右に分かたれて飛び散っていく。
「さすがに、防いだか」
「何者ですか!」
 突然火術で攻撃してきた者たちを見つけて、フールが叫んだ。
「そこにいる大切な者たちのパートナー様御一行だ!」
 丘周辺部の暗闇から姿を現した緋桜 ケイ(ひおう・けい)が叫んだ。
「あなたの思い通りには、させないですわよ。さあ、夜の女王はどこです。正体を現しなさい!」
 緋桜ケイの隣に現れたナナ・ノルデンが言った。先ほどの攻撃は、この二人のものだ。
「そのような者がいるのでしたら、わたくしも会ってみたいものですね。嘘も方便、欺された者が悪いとも申しますから」
 いけしゃあしゃあとフールが答える。端からそんな主催者など存在していなかったのだ。
「ほんっと、気に入らない人ですね。でしたら、力ずくでも、正体を暴いてあげます!」
「できますかな。簡単にはいきませんよ」
 フールが、小馬鹿にするように笑った。
「いきますよ、ケイさん」
「おう」
 二人は、ギャザリングヘクスの秘薬を素早くあおると、ワンドを取り出して構えた。
「独魔は、我が敵を打ち破る力として!」
 緋桜ケイがワンドを振り上げた。その先に、赤い炎が宿る。
「双魔は、我が友を守る力として!」
 ナナ・ノルデンがワンドを振り上げ、緑の炎の宿ったその先を緋桜ケイの物と合わせた。
「無駄なことを……」
 フールが、先ほど魔法を弾き返した魔導球を、ナナ・ノルデンたちの方にむけて防御態勢をとった。
「すみません、今着きました」
 闇の中から、三人目、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が飛び出してきた。
「鼎魔は、我が道を正す力として!」
 青い炎の宿ったワンドの先が、一つ点に集められる。
「今、すべての力を絆となさん!!」
 三人が声を合わせて唱えたとたん、合わせられた三本の杖の先から、炎の激流が絡み合う三色の龍の姿となってほとばしった。
「たかが、火術を合わせただけの技など……」
 フールが、魔導球を炎の前にかざして防御する。再び、魔導球にあたった火炎流が四散して弾けた。だが、今度は、先ほどのように広範囲にならない。広がった顎(あぎと)が再び閉じられるように、分かれた火炎流がフールの身体を押しつつんだ。
 ジェスターのだぶついた衣装が炎につつまれ、乗っていた玉にも燃え移る。フールが苦しそうに身をかがめたかのように見えた。
「やりましたです!」
 ソア・ウェンボリスが、叫んだ。
 だが、次の瞬間、フールが炎を脱ぎ捨てた。燃える衣装がひらひらと舞いながら空中で燃え尽きる。かつてフールと名乗る人物がいた場所には、鉄色(くろがねいろ)の大きな魔導球の上に立つ、黒衣の人物がいた。深々と長衣のフードをおろし、顔は黒曜石ののっぺりとした仮面で完全に隠している。
「やっぱり」
 ナナ・ノルデンが言った。少し前に、ザンスカールでイルミンスール魔法学校の生徒たちが手ひどい目にあった相手と、特徴が酷似している。あの後、彼が空京の方へ飛び去るのを見た者がいるという噂がたったが、どうやら本当だったようだ。
「さすがに、手練れの魔法使い三人の攻撃は侮れないということですか。よろしい。ではこちらも、少し本気を出しましょう」
 オプシディアンが、一つの魔導球を背後の青白い篝火の中へと投げ入れた。弾けた魔導球から、何か細かい球体のような物が四方八方に飛び散る。
「いったい何をしやがった」
 緋桜ケイが警戒する。だが、それを嘲笑うかのように、会場に飾ってあった氷の魔獣の彫像たちが動き始めた。同時に、魔獣型のボンボリが炎につつまれ、そのままの形の炎の魔獣となる。
「いかに勇敢であろうとも、たった三人。ここにいる、パートナーたちすべてを救うことができますかな」
「やってみなければ分からないさ」
 緋桜ケイは、一歩も引かないと言い返した。
「では、あそこまで、ひと飛びで駆けつけられると」
 オプシディアンの指示に、一体の氷の魔獣と数体のスケルトンが、丘の反対側に倒れているティータ・アルグレッサや双葉京子の方へとむかっていった。他のモンスターたちは、彼らとナナ・ノルデンたちの間に立ち塞がる。この距離では、どうやっても間にあわない。
「ええ、駆けつけてみせますとも!!」
 ナナ・ノルデンが叫んだ。
 さすがに、オプシディアンが苦笑する。身体が二つありでもしなければ、無理な話ではないか。
「そうですわね。魔法使いといえど、瞬間移動は難しいでしょうね。でも、あたしのような、麗しのローグだったらどうかしら」
 ふいに新しい声がして、オプシディアンは振り返った。
 隠れ身を解いたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が、ひょいとパートナーのティータ・アルグレッサをだきあげたところだった。
「オネエちゃん!」
 ティータ・アルグレッサが歓声をあげる。
「みぃつけたぁ〜♪」
 ヴェルチェ・クライウォルフは、パートナーの小さな額にナナ・ノルデンからもらった解呪符を貼りつけた。ティータ・アルグレッサの身体から、麻痺が消え去る。
「だから、なんだと言う」
 オプシディアンが叫んだ。氷の魔獣が立ちあがって、ヴェルチェ・クライウォルフに襲いかかろうとする。
「だから、こういうことよ」
 不敵にヴェルチェ・クライウォルフが言い返した。
 立ちあがってまさに覆い被さろうとしていた氷の魔獣が、突然後ろに吹っ飛んだ。地響きをたてて倒れる氷の魔獣の陰から、強烈な蹴りの一撃を浴びせかけたばかりの椎名 真(しいな・まこと)の姿が現れる。
「ごめんよ、京子ちゃん、遅くなっちゃったね」
 軽く執事服の乱れを直しながら、椎名真が双葉京子に謝った。そのまま彼女の傍らに跪いて真っ白い手袋をはめた手で、彼女の身体に解呪符を貼りつける。
「真君……後ろ!」
 双葉京子が叫んだ。敵を指さすことをせずに、即座に胸の前で両手を十字に交差させる。椎名真はその交点近くをつかむと、半身をひねって後方へとむけた。その手には、光弾がセットされたクロスボウ型の光条兵器が握られている。
 再び立ちあがって襲いかかろうとしていた氷の魔獣に、複数の光弾が突き刺さり、その身体を粉々に粉砕した。
「やれやれ」
「だめですよ、パートナーの前だからといって気を抜いちゃ♪」
 愛川 みちる(あいかわ・みちる)が、カチリと仕込み竹箒の刃を鞘にしまいながら言った。そんな彼女の周りには、バラバラにされたスケルトンの山ができている。
「大丈夫、比呂君、どこも怪我してないよね?」
「ちょっと……待て、なんで……みちるが……ここに……いるんだ」
 状況が呑み込めなくて、大神比呂が弱々しく怒鳴り返した。身体が麻痺しているので、うまくしゃべれない。
「心配だったので、こっそりとついてきちゃいましたあ」
「馬鹿か、おまえは!」
 よりによってこんな危険な所へとまでは、残念ながら口にできなかった。
「あー、そういうこと言うと、麻痺を治す御神札、貼ってあげないんだから」
 愛川みちるは、ちょっとだけむくれて見せた。あうあうと、大神比呂が口をぱくぱくさせる。
「嘘よ……。待ってて、今助けてあげるから」
 上半身をなんとか起こしていた大神比呂の身体をそっとだきしめると、愛川みちるは解呪符を背中に貼りつけた。
「さてと……」
 ヴェルチェ・クライウォルフは、愛川みちるが倒したスケルトンの髑髏を足先で宙に蹴りあげると、ドラゴンアーツでオプシディアンのところまで弾き飛ばした。
 狙い違わず飛んできた髑髏を、オプシディアンはすっと身体を移動させて避けた。背後の篝火に飛び込んだ髑髏が、ジュッという音とともに、灰すら残さず消滅する。
「観念なさい。あたしたちがきたからには、もうフールちゃんもおしまいよ」
 ヴェルチェ・クライウォルフが、大胆不敵に言い放った。
「どうして、そんなに強気でいられるのですかね。あなたたちは、包囲されているのですよ。よくもまあ、こんな死地に飛び込んでこられたものだ。それもまた、契約という鎖に繋がれた者の悲劇でしょうか」
「契約ってのは、そういうものじゃないんだよ!」
 双葉京子に手を貸して立ちあがらせながら、椎名真が言った。
「ええ、絶対に。絆だって、そんなんじゃないんだから」
 確信を込めて愛川みちるが言う。
「よろしい、それでは、その絆とやらを見せてもらおうではありませんか。はたして、あなたたちの見ている物だけが本当のことなのかどうか。少しだけ時間をあげましょう。この炎に焼き尽くされる前に、みごとパートナーを救って見せてください。ただし、自分のパートナーを救うので手一杯で、たぶん他のパートナーたちをあなた方は見捨てることになるでしょうけれど」
 オプシディアンが手を挙げると、背後の篝火が倍の高さまで噴きあがった。そして、徐々に広がり始める。このままでは、時間の問題で、動けない者たちは篝火の炎に焼かれてしまうだろう。
「いいわ、見せてあげましょう」
 ヴェルチェ・クライウォルフが、駆けつけた者たちと目と目を交わしあった。
「これが、私たちの絆だ!!」
 駆けつけた者たちが、声を合わせて叫ぶ。
 次の瞬間、丘を取り囲むようにしておかれていた屋台の列が、一斉に炎で吹き飛んだ。周辺にいたモンスターたちも、容赦なく巻き込まれる。
 その炎のむこうから、次々にパートナーたちが現れた。
「そう、ここにいる者たちのパートナーは、すべてここにきている。俺たちは、誰一人として欠けさせはしない。それが、俺たちの絆だ!!」
 緋桜ケイが叫んだ。
「では、それを見せていただくとしましょう」
 そう言うと、オプシディアンはマントを翻して虚空に姿を消した。
「モンスターをこちらに引きつけるんだ」
 会場に散らばるパートナーたちとモンスターたちを見て、緋桜ケイが叫んだ。
「囮になるってこと?」
 ソア・ウェンボリスは戸惑いを隠せなかった。
「その間に、脱出してくる者が増えれば、なんとか持ちこたえられるさ。そうでもしないと、みんなやられてしまう」
「しかたない、やるっきゃないでしょう!」
 そう言うなり、ナナ・ノルデンは敵にむかって走りだしていった。