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リアクション
さて、その頃、食品収納庫では。
「とうっ!」
比島 真紀(ひしま・まき)とサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、投網を投げて悪霊カボチャを取り押さえようとしていた。
「ええいっ、大人しくするでありますっ!」
網で絡め取ったカボチャを、食品収納庫の床に二人がかりで押さえつける。カボチャはしばらく暴れていたが、しばらくするとピクリとも動かなくなった。そして、二人の背後では、普通だった別のカボチャがクケケケケと高笑いをしながら浮き上がる。
「憑依するカボチャを自由に選べるのかぁ……真紀、どうする? 悪霊そのものは網じゃ捕まえられないよね?」
サイモンが真紀に尋ねる。
「倒したり捕まえたりして、また別のカボチャに憑依されてを繰り返してもきりがない。私が牽制している間に、皆で無事なカボチャを運んで調理してくれ」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が剣を抜き、虎視眈々と生徒たちの頭を狙っているカボチャを追い払いながら言った。
「僕たちも手伝うよ」
高月 芳樹(たかつき・よしき)とパートナーのヴァルキリーアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も進み出る。クライブ・アイザック(くらいぶ・あいざっく)とパートナーの剣の花嫁ルナ・シルバーバーグ(るな・しるばーばーぐ)、月見里 渚(やまなし・なぎさ)、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とパートナーの魔女ミア・マハ(みあ・まは)も、飛び回っているカボチャを極力傷つけないように、他の生徒に近付かないように牽制し始める。
「傷つけると他のカボチャに乗り移るんだよね? だったら、傷つけないように注意しなくちゃ」
芳樹は素振りをしたり、わざとぎりぎりのところで攻撃を止めたりして、悪霊カボチャの注意を引きつける。
「ほーら、冷凍カボチャにしちゃおっかなー」
アメリアは氷術で小さな氷のつぶてを飛ばして、悪霊カボチャを挑発した。カボチャはふよんふよんと左右に大きく揺れて氷つぶてを避けながら、アメリアの背後に回り込もうとする。
「こらっ、近寄るんじゃありませんっ! 撃ちますよ!」
渚はカボチャに銃を向けたが、正直、武器の選択を間違えたかもと思い始めていた。
(精密射撃を使っても、カボチャ相手にアサルトカービンじゃ、絶対に貫通しますよね……。人は多いし壊しちゃいけない物はあるし、剣か、せめて銃剣の方が良かったかも……)
そんな渚の気持ちを見透かしたかのように、悪霊カボチャはぐるぐると彼らの周囲を回って、かじりつく機会をうかがう。そして、牙をむき出しにして、まずクライブを襲った。
「そうは問屋がおろさないぜ、噛み付かれるわけに行くもんか!」
クライブはひょいと身をかわして、かぼちゃを避ける。
「クー兄、すごい! ……って、きゃー!」
ルナは手を叩いたが、クライブがかわしたかぼちゃが器用に方向転換してきたので、慌てて駆け出した。
「この、ドテカボチャが!」
レキとミアが、ほこりよけに使われていた布を広げて、カボチャを遮る。その間にルナは、クライブの後ろに逃げ込んだ。
「ヘイヘイ、こっちじゃこっちじゃ!」
さらにミアは、野球のバットを構えて、悪霊カボチャたちを呼んだ。悪霊カボチャたちは、いっせいにミアに飛び掛った。
「カキーン、ホームラン! ……あれ?」
ミアがぶん、と振ったバットを華麗に避けて、一個のカボチャがミアの目の前で歯をカチカチ鳴らした。
「ちょ、それは反則なのじゃ! それに、このようなつるぺたに噛み付いたところで、嬉しくも楽しくもなかろう!」
かぱぁ、と口を開けたカボチャを見て、ミアは悲鳴を上げた。
「悪乗りしすぎだよ、ミア!」
レキが慌てて、持っていた布をカボチャに投げつける。布をかぶったカボチャはぐるんぐるんと飛び回り、布を振り落とそうとする。
「よしっ、この隙に無事なカボチャを運ぶぜ! トリック・オア・トリート! パラミタ刑事シャンバラン、ゴー!」
パラミタ刑事シャンバランこと神代 正義(かみしろ・まさよし)が、季節限定の決めゼリフと共に、両脇に無事なカボチャを抱えた。
「じゃ、俺は調理場で下ごしらえだ」
正義のパートナー、ゆる族の猫花 源次郎(ねこばな・げんじろう)が裏口から調理場へ向かおうとする。われもわれもと、十人あまりの生徒たちがそれに続こうとするのを、フォッカーが止めた。
「みんな、ちょっと待って! このかぼちゃを全部調理場に入れるのは無理だし、その人数じゃ調理場が一杯になってしまう。表のオープンカフェに、包丁やまな板を用意してもらってるから!」
「わかったっ! 行くぜおやっさん!」
正義は、赤いマフラーをなびかせて駆け出した。
「肉体労働は、若い者に任せるぜ」
だが、源次郎はゆったりと、店の表に向かう。カボチャを刻む役に回ろうとしていた生徒たちも、いっせいに店の表に移動した。普段から、店の前にはパラソルつきのテーブルと椅子のセットが幾つか出してあり、そこでも飲食ができるのだが、そのテーブルの上に、ミス・スウェンソンと店員たちがまな板を並べていた。
「お鍋とザル、ここでいいニャ?」
アイリが、頭の上に大きな寸胴を乗せてやって来る。
「うん。アイリ君は、もうお店の中に戻って。仔猫ちゃんたちもここに近づけないでね」
朝野 未沙(あさの・みさ)が、アイリに言った。
「わかったニャ!」
アイリは興味しんしんで店の入口から様子を覗いているミャオル族の少年少女たちに駆け寄り、店の中に押し戻した。仔猫たちは、オープンカフェが見える窓際の席にずらりと陣取る。声は聞こえないが、身振り手振りからして生徒たちを応援してくれているようだ。
「猫さん、かわいいですぅ」
未沙のパートナーの魔女朝野 未那(あさの・みな)が、ほやんと笑って仔猫たちに手を振り返す。
「未那お姉ちゃん、猫さんと遊ぶのは後なのっ! 早くカボチャを何とかして、お姉ちゃんやミス・スウェンソンと一緒にパイを作って、それから猫さんたちと一緒に食べるんでしょ?」
「そ、そうだったですぅ」
未沙のもう一人のパートナー、機晶姫の朝野 未羅(あさの・みら)にとがめられて、未那は慌てて、洗い桶の準備を始めた。店の表に水をまいたり、プランターの花に水をやったりするのに使われる水道から水をくむ。
「ほらっ、頼んだぜ!」
正義が、桶の脇にかぼちゃを置いた。未那はかぼちゃを洗い、未沙と未羅に渡した。
「任せて!」
未沙は、目にも止まらぬ速さで包丁を繰り出し、かぼちゃを真っ二つにした。未羅は半分になったかぼちゃの種を取り、刻んではアイリが持って来た寸胴やザルに入れて行く。息のあったチームプレイだ。
「よろしくお願いします」
「はいっ、これもね!」
菅野 葉月(すがの・はづき)と、パートナーの魔女ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は、正義と同じように、手にかぼちゃを抱えてひたすら走っている。
「こうやって走った後のパンプキンパイは、きっといつもの三倍くらい美味しいよね!」
「そうですね、働かざるもの食うべからず、美味しいパイのために頑張りましょう!」
甘いものに目がないミーナの言葉に、葉月はうなずく。
「こっちも頼むぜ!」
ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)は、自分とパートナーの吸血鬼セス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)のマジックローブをを適当に結んだ中にカボチャを詰め込んで、空飛ぶ箒の両端にくくりつけ、天秤棒のようにして持って来た。
「フォッカーさん、このカボチャ、どのくらいの大きさまで刻めば取り付かれなくなるんですか?」
高いシルクハットをかぶったサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が、まな板の上にカボチャを置きながら訊ねる。
「いったんカボチャの形でなくなれば、破片が合体して襲って来るようなことはない。だから、とりあえず真っ二つにしてくれないか。逆に、いくら刃物を入れても、ちょっと穴をあけるだけとか、端を切り落としただけとか、全体的に見てカボチャの形が残って居ちゃだめだ」
フォッカーは未那と並んでカボチャをたわしで擦りながら答えた。
「わかりました! まずは真っ二つ、と……」
料理が趣味のサトゥルヌスは、取り出したマイ包丁でカボチャを真っ二つにして行く。しかしその横では、
「ふんっ! ぬ、抜けないですぅ……」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、カボチャに垂直に突き立ったままにっちもさっちも動かなくなった包丁と格闘していた。
「慌ててまっすぐ引き抜こうとしないで、梃子の原理を使って柄を下に押すの! ほら、こうだよ」
メイベルのパートナー、剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)がメイベルと交代して、さっくりカボチャを二つ割りにした。
「セシリア、すごいですぅ」
メイベルはパチパチと拍手をする。
「四つに切るところまでは僕がするから、メイベルはその後種を取って、小さく切って?」
丸のままを最初からメイベルに任せると時間がかかりそうだと判断したセシリアは、そうメイベルに提案した。
「はーい。流れ作業ですね?」
メイベルはセシリアから四つ割のカボチャを受け取って、種を取り始める。
「ミス・スウェンソンに、少しかぼちゃを分けてもらえないかお願いしてみようかなー。パンプキンパイ美味しいけど、パウンドケーキに入れたり、モンブラン風やスイートポテト風も美味しいよね」
「まあ、それは楽しみですわ!」
カボチャを運んで来たメイベルのもう一人のパートナー、英霊フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、メイベルの言葉を聞いて嬉しそうに言う。
「わたくし、頑張ってカボチャを運びますわね! 早く下ごしらえを終わらせて、お菓子を作りましょう!」
「あの、刻めたカボチャから、順にこっちへ持って来てもらえますかー? 店内で茹でますので」
店の入口から顔を出した店員が、生徒たちに声をかける。
「わかりました、今参りますわ」
フィリッパは刻んだカボチャが山盛りになったザルを持って、店の入口に向かった。
「仔猫ちゃんたち、お願いね?」
ザルを受け取った店員は、調理場まで一列に並んでいるミャオル族の少年少女たちに声をかけた。バケツリレーの要領で、仔猫たちはザルを調理場まで届ける。
「生徒さん、お願いするニャ!」
調理場の入口に居るアイリが、調理場を手伝っているヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)、神和 綺人(かんなぎ・あやと)、そして綺人のパートナーのヴァルキリークリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)、守護天使ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)にザルを渡した。
「ぱんぷきん、ぱんぷきん、イラズラしようよ、そうしよう♪
ぱんぷきん、ぱんぷきん、オカシをくれたら、ゆるしてあげる♪
町にオバケの大行進、オカシをつくってくばりましょう♪
カボチャプリンに、パイ、ケーキ。飴にクッキー、シュークリーム!
いっぱいいっぱい用意しなくちゃ♪
ハロウィンパーティ、もうすぐだ、イラズラされてらどうしよう♪」
ヴァーナーは自作の歌を口ずさみながら、手際よくカボチャを茹でて行く。
「これを潰せばいいんだよね? ……え?裏ごし?」
裏ごしってどーやるんだよ、と立ち尽くす綺人の隣に、ミス・スウェンソンがやって来た。
「ここへカボチャを入れて、ハンドルを回せば漉されて出て来るのよ」
回転式のハンドルがついた裏ごし器を使ってみせる。
「へー、面白いなあ」
ミス・スウェンソンと交代して裏ごしを始めた綺人は、感嘆の声を上げた。
「てっきりあの、ふるいみたいな形の裏ごし器で裏ごしするのかと思ってました」
ヴァーナーも目を丸くする。
「それでもいいんだけど、今回は一度に沢山しなくちゃいけないから、これを使いましょう。後でヴォネガットさんもやってみる?」
ミス・スウェンソンはにこにこと微笑んでヴァーナーに訊ねた。
「はい、ぜひ!」
ヴァーナーはうなずいた。
「私、手が空いてますから、ハンドル式じゃない裏ごし器でやりますね。……アイリ君、お手伝いしたご褒美に後で触らせてくれる?」
クリスがアイリに訊ねた。
「お仕事が終わってからならいいニャ。でも、にゃんこカフェでなら、僕じゃなくて弟妹たちもいっぱい触れるニャ」
前のにゃんこカフェでは、弟妹たちに埋もれていた生徒さんも居たニャ!とアイリは言う。
「じゃあ、にゃんこカフェでたくさん触らせてもらうことにしますね」
そのためにも頑張らなくては、とクリスは腕まくりをし直す。
「……ところで、ここのパンプキンパイは、俺が知っているレシピとは作りかたが違うのだろうか? 教えては……くれないだろうな」
ユーリは、漉したカボチャに味をつけ始めたミス・スウェンソンに訊ねた。
「皮は普通の折り込み式のパイ生地なんだけど、うちは、かぼちゃの味つけを少しスパイシーにしているの。シナモンの他に、ナツメグや、あとジンジャーなんかも入れて、味を引き締めるのよ。でも、お店によってはバニラで風味をつけるところもあるし、自分で食べるために作るなら、自分の好みでいいんじゃないかしら?」
砂糖やスパイスを用意しながら、ミス・スウェンソンは答える。
「……ふむ……教えを乞うのは良い、だがそれがすべてではないし、そこで満足してはいけないということか……」
呟きながら、ユーリは、ミス・スウェンソンに教えられた量に砂糖を計り始めた。
「そうねえ。そして何より、美味しいものを食べたい、食べさせてあげたい、という気持ちが大切かしらね」
ミス・スウェンソンはにっこりと笑った。