リアクション
○ ○ ○ ○ 休日になると、アユナ・リルミナルはお弁当を持って盟約の丘に訪れていた。 約束の日は過ぎてしまったけれど……。もしかしたら、彼が現れるのではないかと思って。 彼――怪盗舞士グライエールと名乗り、ヴァイシャリーを騒がせていた『嘆きのファビオ』が、その後、予告状を出すことはなかった。 人々の間には色々な噂が飛び交っている。 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)への予告状は他の大きな盗みから目を逸らさせるための陽動だったのではないかとか。 ヴァイシャリー家に捕まり、拘束されている、とか。 地球に逃亡したとか……。 盗みに失敗して重傷を負った、などという噂も噂の1つとしてアユナに耳に入っていた。 どの噂が本当でも嘘でもいい。 ただ、約束のこの場所でまた、彼の姿が見たかった。 「鳳明ちゃんは遠征中なんだって、お手紙届いたの!」 丘にシートを広げて友人達と腰掛けると、アユナは鞄の中から手紙を一通取り出した。 その手紙には、アユナ達の友である教導団の琳 鳳明(りん・ほうめい)のちょっと癖のある字で、遠征中だということと、それからこう記されていた。 えっと、この前の怪盗騒ぎの時だけど、 ……私を信じてくれて、ありがとう。 私と友達なってくれて、ありがとう。 なんだか照れくさいけど、今言わないといけない気がして、 でも電話やメールじゃいけない気がして、手紙を書きました。 またヴァイシャリーに行ったら、今度はのんびり遊びにでも行こうね! PS. 何かあった時は遠慮なく呼んでね。すぐ行くよ! だって『大切な友達』だから。 「教導団の遠征って怖いこと沢山ありそうだよね。心配だなぁ……」 手紙を丁寧に折りたたんでアユナは鞄の中に大切にしまう。 「きっと元気な笑顔で帰ってくる、彼女なら」 百合園のメリナ・キャンベル(めりな・きゃんべる)がアユナに微笑みかける。 「戻ってきたら、ここに集まって一緒にのんびりしましょうね」 「積もる話しも沢山あるしね!」 百合園の稲場 繭(いなば・まゆ)とエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)も笑顔を見せる。 「うんっ。今度は鳳明ちゃんも一緒に。これからもずっと、時々ここでこうして……お弁当食べたりしようね。アユナ達にとっても、思い出の場所だもん」 淡い笑みを見せて、アユナは家から持って来たお弁当をシートの上に広げていく。 「メリナも持って来たぞ」 メリナはパックを取り出して蓋を開けた。 「パンの耳だ。今回はただのパンに耳じゃないんだぞ。ちゃんと焼いて砂糖をかけたんだ」 「おおー、ホントだっ。美味しそうに焼けて……」 言いつつも、アユナは微妙な顔をする。 「……少し焦がしたような気もするが、食べられないことはないだろう」 「うん。ちょっと焦げてた方が美味しいんだよっ。あとね、揚げて砂糖をまぶしても美味しいし、蜂蜜かけても美味しいんだよね〜」 くすくす笑いながら、アユナはメリナが広げたパンの耳を1つ摘まんで、口の中に入れた。 「香ばしくて美味しいよ」 笑みを浮かべるアユナに、メリナはほっと息をついて、柔らかな笑みを浮かべる。 ハロウィンの日、結局ファビオは現れずにここで、アユナは泣いてしまった。 メリナはそれがとても辛かった。 ファビオが重傷を負ったという噂はメリナも聞いており、それが信憑性の高い噂であることも理解していた。 アユナが信じていないのなら、その話題には触れるべきではないと、メリナは思っていた。 「はい、皆お疲れ様。えっと、泥棒は演技だったとはいえ、白百合団と戦ったり、寒いのに縛られたり大変だったよね。ありがと、皆。アユナ、皆に沢山沢山ご馳走するからね」 「いやー、あれは盛り上がった盛り上がった! やっぱりあぁいうのは楽しいもんだねー!」 エミリアは当日のことを思い出して、明るい笑い声を上げた。 対照的に繭は怪盗に扮したことに、ちょっと赤くなる。ドキドキもしたし、恥ずかしさも残る思い出だった。 「それじゃ……お昼にしましょうね」 繭は自分とエミリアの分のお弁当を作ってきていた。 「繭のお弁当はいっつも美味しいもんねー」 受け取った弁当箱をエミリアが開けると、中にはタコさんウィンナーや兎林檎などが、美味しそうに可愛らしく詰められていた。 「ちょっとだけならあげてもいいよ」 「うん!」 「パンの耳と交換だな」 エミリアが弁当箱を差し出すと、アユナとメリナは嬉しそうに、から揚げや玉子焼きをとって、代わりにコロッケ、砂糖味のパンの耳をエミリアの弁当箱に入れた。 「私もアユナさんとメリナさんの作られたもの食べたいです」 「うん、食べて食べて」 「メリナのは……パンの耳しかないけどな」 笑い合いながら、少女達は弁当を交換しあって、楽しく過ごすのだった。 ……だけれど。 やはりファビオはその日も訪れなかった。 夕方。 少しだけ寂しそうに微笑んだだけで、アユナは皆と共に帰路につく。 (……ごめん、なさい……) そんな彼女達を、少し離れた位置から見守り、護っている者がいた。 百合園の真口 悠希(まぐち・ゆき)だ。 桜井静香(さくらい・しずか)を慕う悠希は、本当ならば静香の傍にいたかった。 白百合団に所属したことで、ファビオがどうなったのか……その正確な情報が悠希の耳に入っていた。 こんな時だからこそ、愛する人の傍にいたいのだけれど、その愛する人にアユナは会えない状況にある。 だから、静香に慰められたいと思う自分を許せず。 だけれど、寂しさも込み上げてきて。 悠希は涙をひとつ、落とした。 「……アユナさま舞士さま……ごめんなさいっ……」 あの日、アユナとファビオを会わせていたら、きっと結末は変わっていたはずだ――。 「おーっほっほっ!」 突如、高笑いが響いた。 「騎士達に縁のある場所だと聞いて訪れたんですの」 百合園のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、盟約の丘から道路へと出たアユナ達の前に立った。 「……ここには誰もいないし、何もないよ」 アユナの言葉に、ロザリィヌは不敵な笑みを見せる。 「それは残念ですわ。それにしても、あの怪盗、とんだペテン師でしたわね。でも、あんなに血が噴出してたんですもの。死んでいるかもしれませんわ……おほほ、自業自得ですけど!」 ロザリィヌの言葉に、アユナ息を飲んだ。 「帰ろう」 メリナはアユナの腕を引いて、その場を立ち去ろうとする。 自分の脇を通り過ぎていく一行を、ロザリィヌは記憶にとどめていく。 背を向けてはいたがアユナと呼ばれた少女が、身を震わせて、泣き出したことが見て取れた。 「貴方が何を待っているかは解りませんけれど、待つだけの子には真実は訪れませんわ? 得たいモノがあるなら……お歩きくださいませ!」 「アユナは何を知っても、役に、立てない……っ」 立ち止まって振り向こうとするアユナを、メリナが止めた。 アユナは強い娘ではない。揺さぶって、感情を爆発させることは非常に危険だと思えた。 繭はエミリアとともに、アユナの後に立つ。 「面白いことがまだあるのなら、願ってもないことだね」 くすりと、エミリアはロザリィヌに悪戯気な笑みを見せる。 「大丈夫ですよ、アユナさんは一人じゃないんですから」 繭は泣き始めたアユナに声をかけた。 「どんな選択をしても、私達は一緒です。だって……私たち、友達ですから。ね?」 こくりと頷いて、アユナはメリナの手をぎゅっと掴み、歩き出す。 背を見守りながら、悠希もまた涙を流す。 何もしてあげられない。 こんな自分に、人を愛する資格あるのかどうか……。 それでも……愛する人、静香のことが愛しくて。 側を、離れたくなくて……。 アユナにも、幸せになってほしい。 守りたいと思った、ファビオにも。 そのために、全力で頑張ろうと……。 悠希は涙を拭い、後に続く。 そしていつか必ず、静香に相応しいナイトになると決意を固めながら。 |
||