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episode1:愛おしい過去へ、思いを馳せて


そこは美しい世界
泣きたくなる程美しい世界
本は昔の姿を
知らない私に囁いてくれる

砕けそうな宝石を護るため
眠ってしまった二つの光
うねる蛇と一片を共にして
約束の雲に埋もれて行った

二人 守りたかった人も
私は知らないままで

恐れられた蛇の記憶も
私は知らないままで

ここは美しい世界
泣いてしまう程美しい世界
でも今はがらんどう
再び生まれて輝きゆく為

同じ想い
それだけが残っているこの場所は
宵と明け 繰り返す
輝く色 大地へと募らせては
再び平和が訪れるよう

祈り

守りたかった人も
私は知らないままで

恐れられた蛇の記憶も
私は知らないままで

「……どうでしょう?」
 作った歌詞を披露して、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)は、パートナーの何れ 水海(いずれ・みずうみ)に訊ねてみた。
「……良いのではないか」
 訊かれても、正直よく解らない。
 水海は、特に音楽関係が得意ではないし、歌声に至っては、ミサに「酷い」と嘆かれるほどのものなのだ。
 よくは解らないが、悪いとも思われなかったのでそう言ってみる。
「これ、イルミンスールの図書館で見付けた絵本を元に作ってみたんです。
 切ない話だなって思っていたら、本当にあったことを元にして作られたみたいで。
 それで、歌を作ってみたいと思ったのですけど」
 絵本の騎士と繋がりのある者が、実際にいるらしい。
 これから曲を付けて、そしてできたら、その人にこの歌を聴いて貰えたら嬉しい。
 そう言ったミサに、
「……手伝えることがあったら言ってくれ」
と複雑な表情で水海は言い、ミサはくすくす笑って
「ありがとう。歌ってなんて言わないから大丈夫ですよ」
と答えた。

◇ ◇ ◇


 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、パートナーの熊谷 直実(くまがや・なおざね)と共に、正月も関係なくイルミンスールの森で山篭りだった。
「おっさん、この修行内容モンクじゃね?
 ワタシ、プリーストなんですけど……」
 スケジュールを提示され、弥十郎はげんなりと文句を言った。
「何を言うか。
 睡眠8時間、朝昼夜と3時のおやつに1時間、のべ24時間中半分の12時間を休憩に充ててるんだぞ!
 三食昼寝付きだ! 残りの半分くらい気合い入れて修行しないか!」
 恋も道も一歩から! という直実に
「まあ、つまり寝てるか食べてるか修行してるかなんだね」
 とやや呆れた口調で、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が口を挟む。
「先生、帰ってたんだねえ。コハクの様子はどうだった?」
「うん、元気だったよ。あなたからの年賀状、すごく喜んでた。甘露煮ごちそうさま、って」
 弥十郎は修行中だったので、真名美にカードとパラミタみかんで作った手作りの甘露煮を届けてくれるように頼んでいたのだ。
 初めて年賀状というものを貰ったコハクは、大事そうに何度も文面を読み返していたという。
「それはよかった」
と、弥十郎も笑みを浮かべ、
「よかったな。というわけで修行再開だ」
と言う直実の言葉に途端に現実に立ち戻って、訴えるように真名美を見た。
「先生、もっと何か言ってやって言ってやって」
「とりあえず見とくから。頑張れ。
 真冬の午前中に2時間も滝に打たれるとかちょっとアレだと思うけど、とりあえず見とくから。
 ま、あんまり変な方向に行きそうになったら止めたげるよ」
「……それ以外にも色々無茶な修行があるんですけど。
 木に逆さに吊り下げられて、地面から枝の上の壷に腹筋を使って水を移すとか有り得ないんですけど」
 ああ、と弥十郎は溜め息を吐いた。
 とりあえず今のところ、助けは期待できそうにない。
 それでも、コハクが元気そうだったと聞いて安心した。
 別れた後、どうしているだろうかと気になっていたのだ。
「あけましておめでとう」
 枝葉に遮られた空を見上げて、弥十郎は年賀状に書いた言葉をコハクへと呟く。
「また会える日を楽しみにしてますね」


 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)もまた、黙々と新年初稽古に励んでいた。
 セレスタインでの戦いの時には、何も出来ずに終わってしまった。
 それを悔いて、少しでも力をつけるために、修行をするには盆も正月も関係はなかった。
 できれば、自分の所属する部活と、蒼空学園で組織されているクイーンヴァンガードと合同での初稽古をしたかったのだが、部長には連絡がつかず、クイーンヴァンガードには予定が空かないと断られてしまったので、一人自主トレとなっているのだ。
「次に剣を振るう時には、必ずやり遂げます……!」
 誓いを胸に、ウィングの訓練は続く。


 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、パートナー達とのんびりとお正月を過ごすことに決めた。
「お正月とは何でありますか」
 何も知らないアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)が可愛らしく首を傾げるのに、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)とおとそを飲みながら、そうですねえ、と霜月は答える。
「1年ごとに暦が新しくなって、その切り替わりの最初は、縁起がいいんですよ、って感じですかね」
「それでは、お正月にキモノを着るのは何故でありますか」
 頷いた後、アイリスは、クコに着せられた着物を見ながら、次の質問を投げかける。
「え、だって正月には着物着るものだって霜月が言ったから。
 着付け勉強したのよ。似合ってるわ」
 何故正月に着物を着るのかという問いに、正月は着物を着るものだから、という答えでは答えになっていないが、赤らんだ顔のクコは、どうやら酔いが回り始めているようだった。
「えーと、そうですね……昔は普通にいつも着物を着てたんですけど、今は習慣が変わって……でも、正月くらいは昔の伝統に戻ろう、っていう風習、かな」
 アイリスの質問攻めに、霜月はひとつひとつ丁寧に答えて行く。
「クコさんが努力した甲斐がありましたね。
 クコさんの言う通り、似合ってます。クコさんも着れば良かったのに」
「柄じゃないわ」
 肩を竦めてそう言った後、くすくす笑い出してクコは霜月に抱き付いた。
「ほらぁ、いいからもっと呑みなさーい!」
「え、ちょっとクコさん酔ってます!?」
 実はクコは下戸だった。
「ええっ、じゃあ何でそんなに呑みまくっていたんですか?」
「らって縁起もろっていっらやなぁい」
 どんどんろれつが回らなくなるクコにぎゅうぎゅう抱き付かれて困る霜月にアイリスが冷静に、
「おとそとは何ですか」
と訊ねる。
「え、えーと、おとそっていうのは、お正月に飲む縁起もののお酒で……」
 縁起ものとは何ですか、と、3人の微笑ましいやりとりは延々と続くのだった。

◇ ◇ ◇


「何だこれは?」
 聖地カルセンティン。
 年始の挨拶に来ました、と現れた朱 黎明(しゅ・れいめい)に大きな荷物を幾つも渡されて、守り人・アレキサンドライトは首を傾げた。
「これは、日本、いや地球でのお正月文化に欠かせないものです」
 以前にした約束通り、彼等をキマクのキャバクラに連れて行こうかと思った黎明だったが、正月にも営業しているのかどうか怪しい。
 ならば地球の素晴らしい正月文化を彼等に伝えよう、と思ってやって来たのだ。
 アレキサンドライトは周りにいた男に荷物を渡し、受け取った者達がそれらを開けてみると、中から出てきたのは大量の、メイド服だった。
「それか?」
と、アレキサンドライトは、黎明の横に立っているパートナーのネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)を見る。
 恥ずかしそうにメイド服を着ているネアは、事前に言いくるめられて、既にメイド服を着用済だった。
「そう、地球のお正月は、女性がヒラヒラでフリフリのメイド服を着込み、男女仲良く過ごす素晴らしい文化なのです!」
 力説に、カルセンティンの村人達が、おおっ! と感嘆の声を上げる。
「…………あの」
「文化交流の為にも、こちらのカルセンティンの女性達もメイド服を着て、お正月を過ごすべきです。
 こうして、サイズも色々、デザインも微妙に色々なメイド服をお持ちしました。
 スタンダードなのがやはり一番クるとは思いますが、その辺は皆さんの好みで」
「…………黎明様…………」
 地の底を這うような声に黎明が振り向くと、わなわなと震えたネアの拳が、揺らめくオーラをまとっていた。
「の、馬鹿――――――!!!!!」
 パワーブレスを帯びた拳で思いきり、黎明の顔面を振り抜くように打つ。
 地球とパラミタの交友の為にネアの力が必要だと言われて、嬉々としてここに来たのに。
 何故かメイド服を着ろと言われた時にも、ちょっと不思議だったけど友好の為ならと思ったのに。
 こんなこんな、単にメイドハーレムでむっつりすけべな欲望を満足させる為だったなんて!
 というネアの怒りの一撃に、黎明はズシャア! と撃沈する。
 ネアはそのまま黎明を放って部屋の外へ走って行き、黎明の横にしゃがみこんだアレキサンドライトは
「お前のヨメさん、過激だなあ」
と呑気に声をかけた。

 一気に家の外まで走り出た後で、ネアははたと、
「そういえばわたくし、自分で考えて行動したことって、初めてかも……」
と思う。
 今迄はいつも、黎明に言われるままにしか行動できなかった。
「わたくしも、少しは成長しているのでしょうか……」
 地に沈む黎明はほったらかしにしたまま、ネアは密かに自分の成長を喜んだ。

 
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、まともな土産を持って聖地カルセンティンを訪れた。
「あけましておめでとう。
 これね、日本では冬の風物詩のみかんよ。美味しいから皆で食べて」
「へえ。済まないな」
 アレキサンドライトは、物珍しそうに箱からみかんを取り出し、早速皮をむき始める。
「それと、お礼を言いに来たの。クリソプレイスの件、ありがとう」
「お前さんに礼を言われることじゃねえさ。そもそも自分の世界のことなんだしな」
「うん。でも、お礼言いたい気分なの」
 お門違いかもしれないとは思ったが、それでも言いたかったのだ。

 その時、遠くで微かに銃声が響いた。
 はっとして外を見るリカインに、
「ああ、弔いのものだろう」
とアレキサンドライトが言う。
「弔い?」
「黎明ってぇ赤毛の。
 お前さんが、『カゼ』って奴の為に塚を作った話をしたら、出て行ったぜ」
 リカインは、弾かれたように立ち上がった。

 元々供えるつもりでいたみかんを手に『カゼ』の塚へ行くと、そこには既に誰もいなかった。
 だが、リカインが供えた腕輪に、”ヴォルチ”と、文字が刻んである。
 リカインは無言で腕輪を戻すと、その横にそっとみかんを置いた。