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THE Boiled Void Heart

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THE Boiled Void Heart

リアクション



3.キメラ


 遺跡の中は、不思議なことにうっすらと明るい。中で本を読むには、少々不都合がある程度の明るさだ。
 この遺跡の元々の仕掛けなのか、侵入者側としては明りがあるのは有り難い。しかしそれだけに罠である可能性も感じさせなくもない。
「ヒャッハー!!!! 悪いが先に行かせてもらうゼィ!」
 壁を、ピエロが走っていく。学生達はあまりの光景に皆足を止めて見送る。
 ナガン ウェルロッドだ。その後ろには身長二メートルの巨漢、ラルク・クローディスが続く。もちろん、ラルクも壁を走っている。体重九十五キロの彼が壁を蹴るたびに石で出来た壁が揺れる。
「皆さんお先にっス! パラ実魂全開で、夜露四苦っス!!!」
 最後尾に付くのはサレン・シルフィーユだ。彼女もまた壁を走っている。
 彼らは皆、軽身功を用いて壁を走っているのだ。壁を走る者を想定したトラップはないであろうという考えに基づいた行動だ。
 壁に響く足音はどんどん遠ざかっていく。
「おぉ! よっし、俺も続くぜ!」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)も軽身功を使って壁を走り始める。彼女の漢気のよりどころである学帽を押さえながらも、すさまじい速度で先行するナガンらを追っていく。
「な、なんだありゃあ……」
 昴 コウジ(すばる・こうじ)は瞬きを忘れて壁を走って進んでいく者を眺めた。
「主、あれは修練のたまものでしょう。主も日頃の修練を怠らなければいつか必ず」
 コウジの横に立つライラプス・オライオン(らいらぷす・おらいおん)はいつも通りの無表情に告げる。口調もごく素っ気ないが、コウジを見つめる眼には限りない愛情がこもっている。
「こんなところでサーカスもかくやという軽業が見られるとは」
 平 教経(たいらの・のりつね)は大きな腹をさすりながら笑う。声は上げずに、顔だけでにたにたと笑うので何となく気色悪さを感じてしまう。
「うへへへ、可愛いお尻にゴミついてんでー。おいちゃんが取ったるさかいになあ、おっとっと」
 教経は不意に自分の前を歩く女性のスカートに手を伸ばした。コウジが止めるまもなく、蠢く五本の指が女性の尻の上に今にも触れようとする。
「あら、ノリさん、お尻に何か付いてるなら取ってー」
 ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)は腰を振ってみせる。元々マイクロミニに仕立てられた彼女の服は、少し身をよじっただけでまくれ上がりそうになる。
「ほっほっほ、たまりませんなー」
 教経(のりつね)は、鼻の下を伸ばしきる。
「なにやっとる!」
 夢野 久(ゆめの・ひさし)が、パートナーであるルルールの頭にげんこつを見舞う。
「あいたぁ!」
 ルルールは、頭を押さえてうずくまる。
「む、近くには私たちの驚異になるようなものはいないようだよ」
 ルルールはしゃがみ込んだままそんなことをいう。ふざけあっているだけに見えてディテクトエビルで敵を警戒していたのだ。
「主は、子供を爆弾にするなど許せん…! などとフツーに申しておりました。はい」
「コウジちゃんはツンデレなのねー。でもちゃんと理屈を言えるだけ久よりずっと上等よ」
 頭を叩かれた意趣返しなのか、ルルールが久を横目に見ながら笑みを浮かべる。
 コウジはなにも聞こえないふりでそっぽ向いている。
「ははは、そうだねえ。久君は馬鹿だよねえ」
 久のもう一人のパートナーの佐野 豊実(さの・とよみ)が遠慮のないとどめの言葉を放つ。久の広い背中が、小さく揺れる。
「だがまあ、馬鹿は馬鹿なりに思うままに動けば良いのさ。全ての責任を己一人で背負ってね」
 豊実は、なにも言わずに歩き続ける弘の背中を見て苦笑を浮かべた。
「しっかし、この遺跡って分かれ道がないな」
 田桐 顕(たぎり・けん)が通路を進みながら首を傾げる。
 曲がり角なら多数あった。直角の曲がり角だけでなく六十度、三十度と現代建築に慣れた身には何とも気持ちの悪い角度の角をもう何度も通過した。
「もしかして、隠し部屋でもあるのでしょうか?」
 エルシー・エルナ(えるしー・えるな)の言葉に、顕は銃型HCを操作して示してみせる。
「いや、なんだかぐるぐる回る構造になっているみたいだ」
 銃型HCの機能の一つにオートマッピング機能がある。表示部には、複雑なカーブを描いた軌跡が表示されている。
「じゃあ、この向こうは空洞なんですなね?」
 リリス・チェンバース(りりす・ちぇんばーす)は石を組んで作り上げられた壁を叩く。
「そういえば、遺跡に入ってすぐに壁を走り始めた人たち、足音が響いていたものね。壁の向こうが空洞なら頷けますね」
 リリスは何かを思いついたように、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「壊しちゃいましょうか?」
「わ、わ、崩れたらたいへんです! だめですよっ」
 エルシーが慌てて止めに入る。
 そのときだった。どこか遠くで爆発が起こったようだ。
 複雑に折れ曲がる通路に反響して距離感はつかめないが、おそらく先行するあのメンバーの内の誰かが何らかの方法で壁を破壊したのだろう。
「そうだな、みんなで壁を壊してまわったら遺跡が崩壊しかねない。あのジョシュアのところに付くまでは通路沿いに進もう」
 顕たちは通路を駆け出す。途中、ついさっき出来たものらしき壁の穴の横を通過した。
 数分ほど進むと、銀色のドアの前に出た。
「よし、みんな準備はいいね」
 彩祢 ひびきは被っていた麦わら帽子を脱ぎ捨てる。赤みの強い茶色の長髪がふわりと広がる。
「……国頭さん!」
 最後尾に付いていた影野 陽太が国頭 武尊を見つめる。武尊は小さく頷いてパートナーのシーリルから光条兵器を引抜く。
「いくよ!」
 ひびきは背中の日本刀を一息に引抜くと、流れるような動作でドアを袈裟斬りに斬り付けた。
 ドアは向こう側に吹き飛ぶ。
「ジョシュア クロール! って、あれ?」
 ドアの向こうは、ちょっとした空間が広がっていた。教室を二つつなげたほどの広さだ。その中心に、米俵を縦に置いたような妙なオブジェが鎮座している。
「……この匂い、おそらく少し前までオークの子供達がいたみたいよ」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が鼻を鳴らしながら部屋を見回す。部屋の中にはかすかに動物の匂いのようなものが漂っている。
 オークの子供達がどこかに隠れているかと思ったが、隠し扉の類があるようには見えない。
「……あれは……爆弾かしら」
 アリアは部屋の入り口に立って、米俵のようなものを注視する。ここに来るまでトラップらしきものは一切なかった。
 とすれば、ここにある謎のオブジェクトこそがそのトラップではないかと疑うのは当然のことだ。
「壁に足跡が……」
 壁には四人分の足跡が残っている。先行した姫宮 和希、ナガン ウェルロッド、サレン・シルフィーユ、ラルク・クローディスたちだろう。
「まったく、大したモンだ」
 武尊は苦笑する。四人は見るからにあやしいオブジェは完全に無視して部屋を駆け抜けたらしい。
「爆弾では、ないようだな」
「あっ、なんか、もこもこ動いてますよ!」
 武尊のパートナーのシーリル・ハーマンが奇妙なオブジェを指さす。
 見る間に、謎のオブジェ――キメラのタマゴから無数の生物が孵化する。白い半透明の生物が見る間に増殖し、共食いを始める。
「ぅ――あ」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は顔を真っ青にして後ずさる。彼女は足がたくさんある生き物が大の苦手なのだ。
 そういった生物に苦手意識を抱いていない者も、拳大の半透明の昆虫が共食いをしあうという壮絶な光景を目の前にして、気分が悪そうだ。
「――とりあえず燃やすか」
 シャンバラ教導団、パラ実と二つの学校を私歩いてさまざまなものを眼にしてきた武尊もさすがに眉をひそめている。
 彩祢 ひびきは部屋に入ったときの勢いの良さはどこかへ行ってしまったようで、背中を壁につけて、カニ歩きをして昆虫キメラから距離をとろうとしている。
「ジョシュア クロール、やっぱり理解不能だね」
 終夏は魔力を集中させる。火術を放つ準備だ。ほかにも、火術を使える学生達はそれぞれに集中を開始する。
 巨大昆虫たちの共食いはすさまじ速さで進んでいく。共食いしながらも、脱皮を繰り返し急速に成長していく。
「お願いだから消えて!」
 終夏の手から炎が放たれる。それをきっかけにして、十を超える火術が昆虫に殺到する。すさまじい爆炎。
 アリアは熱風にあおられるスカートを押さえながら、煙の向こうに目をこらす。鼻を突く生物の焼ける嫌な匂いは今は無理矢理に無視する。
「倒れてくれなかったみたい」
 アリアのブライトグラディウスがまばゆい光を放つ。
 爆炎の向こうから、キメラがその巨大な姿をあらわす。大まかな外観は巨大なカマキリといったところだ。
 天井に頭が届かんとする巨大な生物だった。しかし、その背中には、巨大な眼を思わせる模様のある蛾の羽。そして成人男性の胴体ほどもある腹部は、蝉に似ている。振り上げる大鎌は、自然界の生物にはあり得ざる金属光沢を持って輝いている。
 カマキリの特徴の一つである逆三角形の頭の左右に付いた眼は、人間のそれによく似ている。
 キメラは、巨大な腹部を振動させる。腹部から発せられる音波によって部屋全体が揺すぶられる。
「音波攻撃――?」
 シーリル ハーマンは慌てて耳を塞ぐ。一瞬あと、身体を内側から揺すぶるような衝撃が彼女に襲いかかる。
「TALLY−HO!!!!」
 昴 コウジ(すばる・こうじ)がアサルトカービンでバースト射撃をしながら突進していく。恐怖のためか、それとも武者震いか。走りながらもコウジの膝が震えているのが傍目からもわかる。
 そんなコウジの背後から駆け寄り、タックルする者があった。彼のパートナーであるライラプス・オライオンだ。
 コウジの軍用ヘルメットをキメラの大鎌が掠める。ライラプスが無理矢理に引き倒さなければ、コウジの頭は壁に叩きつけられたトマトのように潰れていただろう。
「立て直すまで援護!」
 誰かが叫ぶ。コウジが脳震とうから立ち直るまでの時間稼ぎのため、学生達がキメラに向かって遠距離攻撃を放つ。
 攻撃に特化した改造が成されているのか、キメラの身体にはすぐに無数の傷が刻まれていく。その傷から流れる血は、まるで人間のそれのように赤い。
「ったく、たまらねぇな」
 武尊は吐き捨てる。
 キメラは、巨大な蛾の羽を動かす。触れただけで人の肌を爛れさせる鱗粉が部屋に充満する。
「お見通しだよ!」
 青白い顔になりながらも、五月葉 終夏は火術を放つ。高熱の炎にあぶられた鱗粉は、一瞬で燃え尽きる。
「見えた――そこがあなたの弱点だね」
 燃え上がる鱗粉はまるで炎の嵐のようだ。彩祢 ひびきがそこに向かって駆け出す。
 その背中に負った日本刀の一振りで炎の嵐は吹き飛ぶ。
「――ごめんね」
 言葉とは裏腹なためらいのない一撃。ひびきは振り返りもせずに、キメラの背後の出口へと到達する。
 そのときになって、キメラの左の目玉がゆっくりと落下する。磨き上げられた大理石の床を思わせるきれいな切断面から、きっかり一秒遅れて血が噴き出す。
 死角の半分を失ったキメラは、痛みと怒りに身を震わせる。
「主、どうぞ先にお進みください」
 ライラプスはコウジの背中を押す。
「さて、つきあいまっせ――嬢ちゃん、げんきでなー」
 平 教経がルールルにひらひらと手を振る。先に行け、ということらしい。
「あとであえたら……てあげる」
 ルールルは、教経の耳元に何事かをささやく。それを聞いた教経の鼻の下がこれ以上ないというくらいに下がる。
 夢野 久は、その場に残ろうとするコウジの腕を取って駆け出す。いつまでもここに足止めされるわけにはいかない。
「我のハルバードとヤツの大鎌、どちらが鋭いか試してやろう」
 ユリウス プッロがハルバードを構え不敵に笑う。これだけの広さがあれば、ハルバードを存分に振るうことができる。
 三人の牽制によって、キメラは自分の脇をすり抜けていく学生達になすすべもない。
「主は無事に通過しましたか?」
 ライラプスは攻撃の手をゆるめる。
「そのようでんな」
 教経は額の汗を拭う。
 奇しくも、この場に残ったのはいずれも人にあらざる者、機晶姫と英霊だった。
「主がいないので自分で宣言します。ライラプス、戦斗機動――」
「百人隊長の槍、受けてみよ!」
「あ、俺はいのちだいじに、で」
 教経は、自らの言葉とは裏腹に舞うように戦う。
 三人は、巨大なキメラに挑んでいく。