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THE Boiled Void Heart

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8.遺跡崩壊 丘向こうの影


 遺跡全体が揺れていた。サレン・シルフィーユたちが随所に仕掛けた爆弾が爆発を始めたのだ。
 学生達は出口を目指して懸命に駆けていく。
 キメラをようやく仕留めたライラプスたちと合流する。
 遺跡の壁に穿たれた穴が、崩壊を加速させる。複雑に折れ曲がった構造のこの遺跡では、すべての壁が柱の役目をして天井を支えている。
 空気の中に、おびただしい量の土埃が混じる。
 安芸宮 和輝は咳き込みながら背後を振り返る。
「クレア、付いてきてるな? もうすぐだ!」
 和希の視線の先には、夕暮れの光差し込む出口がある。出口まではあと、百メートル足らず。
 昴 コウジは次第に乾いていく血を吸ったズボンに辟易としながら、必死に走る。彼の背中には、裸身の青年が背負われている。出口まであと十メートル。
 学生達の最後尾に付いている影野 陽太は頭上を見上げる。
「あ、夕焼け空」
 陽太の頭上に、天井からは暗くした席編が直撃した。
「おろろ?」
 視界が急に暗くなり、陽太は足をもつれさせる。
「しっかり、あともう少しだよ」
 倒れかけた陽太の腕を、彩祢 ひびきが取る。彼女の腰まで届く髪は埃にまみれてぼさぼさになっている。
「あと、少し――!」
 二人はもつれ合うように地面に身を投げ出す。オレンジ色の夕焼けが二人を照らす。
 その瞬間を待ち構えていたかのように、遺跡は内側に向かって崩壊していく。


 ナガン ウェルロッド、サレン・シルフィーユ、ラルク・クローディスの三人に桜田門 凱、ヤード・スコットランドの二人を加えた一団は、崩れ落ちる遺跡を眺めていた。
「悪の野望をくじいてやったぜ」
「ん……ここは?」
 ラルクの肩に担がれたままの凱が意識を取り戻す。
「遺跡の外です」
 同じくラルクの肩に担がれたままのヤードが不機嫌さもあらわに答える。
「ふ……まるで、永い夢を見ていたようだ」
 朝焼けにもよく似た夕焼けを見つめる凱。器用にラルクの肩に担がれたままコートのポケットからタバコを取り出す。
「……やれやれ」
 なぜか両腕を失っているヤードの鋭い視線に、凱は小さく肩をすくめて火をつけぬままタバコをくわえた。自分とヤードに何が起こったのか、まったく覚えていない。しかし、今日一日くらいはおとなしくして、すぐにヒラニプラの技師に修理に出してやろうと思った。
「いやー、派手っスね〜」
 サレンはすさまじい量の土煙を上げながら崩壊していく遺跡を見て歓声を上げる。
「ふむ……学生達は皆無事に脱出できたようだな」
 ラルクは陽太とひびきが遺跡から無事脱出したのを確認すると大きく頷いた。
 ジョシュア クロールと、助手の女性が脱出したのか否かはわからない。
 例え脱出できていなかったとしても、それは自業自得というものだろう。
「あー!! 顔の皮持ってくりゃよかったぜ!」
 ナガンが素っ頓狂な声を上げて頭を抱える。自分がはぎ取ったジョシュアの顔面を戦利品として持って帰ればよかったと言うことらしい。もっとも、それが本心かどうか、それはおそらく本人にもはっきりとは言えないのだが。


 荷馬車は、オークの子供達で満杯だ。
 天城 一輝は、子供とはいえ多数のオークにおびえる馬車馬をなだめるのに忙しい。
「よし、お前は世界で一番勇気のある馬だ――よし、いいぞ、馬の世界のヘラクレスだ」
「はいはい、いい子にはチョコあげますわよ」
 ローザ・セントレスとコレット・パームラズの二人は、チョコでオークの子供達をなだめようとしている。
 そんな二人の横では、シーリル・ハーマンが忘却の槍を片手に睨みを利かせている。
 国頭 武尊は、周囲を警戒しながらも、やはり無数に立てられたポールが気になる。
 視界を遮るほどではないが、何か、妙に気になる。ポールに括り付けられた旗は、一つもはためいていない。
「風は無し……か」
 そこへ、偽ドージェに改造された青年を背負った昴 コウジがやってくる。
 元の色が判別できないほどに血にまみれたズボンで引きずるような足取りだ。
「偽ドージェ、救出完了しました」
 コウジは背負った痩身の男を武尊に預ける。この青年が、あの偽ドージェだったとは思えない。まるで身体の中身が丸ごと抜けてしまったかのようだ。
 青年が、小さく身じろぎした。
 武尊は、青年がくしゃみでもしたのかと思ってシーリルに毛布を持ってくるように身振りで示した。

 青年が不可解な身じろぎをする二秒前。
 荷馬車から西へ約二キロ離れた地点。
 黒蠅が双眼鏡をのぞき込んでいた。
「二、一、着弾……絶命を確認」
 黒蠅は双眼鏡をポケットに外す。
「私たちの領主、一言ご命令くだされば……」
 ジョシュア クロールはスナイパーライフルをケースにしまいながら頭を振る。
「あの子たちの行く末まで含めて計画だ。命令無しにあの子たちを殺すことは禁じるよ」
 ジョシュアはケースを担ぎ上げると、黒蠅から眼鏡を受け取った。遺跡の中にいた己の姿に似せて作ったキメラが掛けていたものだ。
 キメラが見ていたものはすべてこの眼鏡内蔵されたカメラが記録している。
「ふむ――それでは、研究継続だ」
「はい、我らが領主」
 黒蠅は、オークの子供達が被っていたのと同じニット帽を、地面に掘った穴に埋めるとゆっくりと立ち上がる。
 そうして彼女は、二度と振り返らなかった。

 青年の身体から力が抜ける。その右側頭部から左側頭部に駆けて、一センチにも満たない穴が穿たれている。たったそれだけの穴でも、人間一人の命を奪うには十分なのだ。
「っく――あそこです!」
 レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が西側の小高い丘を指さす。二キロ以上離れているだろうか。
 レロシャン自身にもはっきりと見えているわけではない。しかし、目をこらせば丘の上で小さな光が瞬いているのがみえる。レロシャンは最後まで何か仕掛けてくるのではないかと、警戒していたのだ。しかし、警戒は、二キロ以上離れた場所からの狙撃という想像だにしない方法によって打ち破られた。
 その場にいた誰もが、こんな事態は、想像すらしていなかった。
「長距離射撃――」
 武尊は、唇を噛んで俯く。
 シリウス・バイナリスタが必死に青年にヒールを掛けるが、何の手応えもない。
 すべての力を使い果たすまでヒールを使い果たして、シリウスは荷馬車の上に倒れる。リーブラ・オルタナティヴは、そんなパートナーを無言で抱きしめる。 
 無数に打ち立てられたポールは、風を見るためだけに立てられていたのだろう。距離が長くなるほど、風や、地球の自転による力の影響が大きくなる。風がもっとも弱くなる瞬間を計るためだけに、ポールを立てたのだろうか。
 すべては、予定通りだとでも言うように、青年の命はたやすく奪われた。
「っく、煙幕を!」
 この距離では、ジョシュアの元に到着するまでに全員が撃ち殺されるのがオチだろう。
 今は逃げることしかできない。必死の思いで助け出したオークの子供達の命を危険にさらすわけにはいかない。
 ローザが慌てて煙幕ファンデーションをあたりに振りまく。隠して置いた軍用バイクのエンジンを一気にスタートさせ、辺り一帯を煙幕の下に隠す。風がないため煙幕はかなりの時間、ここにとどまるはずだ。
「いつか必ず、お前たちを追い詰めてやる」
 絞り出すような武尊の声が、小さく震えている。
 オレンジ色だった夕焼けは、今や鮮血を思わせる深紅へとその色を変えている。もし空を見上げるものがあれば、今日最初の星が中天に輝いているのを見つけただろう。
 黄昏時は終わり、もうすぐ地上に夜がやってくる。
 学生達は皆口数も少なく、馬車に揺られるのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

溝尾富田レイディオ

▼マスターコメント

The Boiled Void Heartへのご参加ありがとうございます。
締め切りに遅れてしまい、たいへんご迷惑をおかけしました。

今回、助けられたオークの子供達は14名。イリヤ分校にて預かることになりそうです。

今回、銃型HCにて爆弾の遠隔起爆装置をジャミングするというアクションがありました。
確認したところ、銃型HCにはハッキング機能がないとのことでした。
今後のアクションの参考にしていただければ、と思います。

それでは、またいつかお会いできる日を楽しみにしています。