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第三章 小さな命


「ねぇ、君たちは本当に卵を食べちゃうつもりなの?」
「無論である。何度も言わせるな」
 色々と嵐のような出来事が過ぎ去っていったロック鳥の巣で、卵を護ろうと立ちはだかるカレン・クレスティアの問いかけに、万願・ミュラホークは苛立ちを隠すことなく答えた。
「それなら、あんた達には悪いけどここで寝てもらうことになるよ!」
「……あまり卵の周りじゃ暴れたくないんだが――しょうがないか」
 卵を護るために茅野 菫が戦闘態勢をとると、本郷 涼介も身構える。
 今度こそ、卵の保護と奪取をめぐって戦いが始まるかと思われたが――

 グゥウウウウエエエエエエエエ!!
 
 翼を切り落とされたロック鳥の咆哮が、巣にいる全員の耳に届いた。
「「…………」」
 ロック鳥の苦しんだ様子の鳴き声に、ミュラホークや涼介の動きが止まる。
 そして――
「ねぇ……やっぱり卵を取るのは止めにしない?」
 卵部隊のフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)がミュラホーク達の間に割って入った。
「どうしたんですか、フレデリカさん?」
 突然のフレデリカの言葉に、同じ卵部隊の鷹野 栗(たかの・まろん)は首をかしげた。
「今のロック鳥の鳴き声を聞いてたら、私……なんだかすごく悪いことをしてる気分になってきたの」
 フレデリカはミュラホークに視線を移し、言葉を続ける。
「たしかにロック鳥の卵には興味あるし、ミュラホークさんの言うこともすっごくわかる。でも……ロック鳥が必死に自分の子供を護ろうとしているのに、それを奪うなんて私にはやっぱりできない! 救える命があるのなら、私は救いたい!」
 ミュラホークの鋭い視線に耐えながらも、フレデリカは真っ直ぐ彼の眼を見て自分の思いをぶつけた。
 すると――
「お、俺もそう思うぞフレデリカ!」
 フレデリカの熱意におされたのか、同じ卵部隊の七尾 蒼也(ななお・そうや)も一歩引いた場所から前へ出てきた。
 蒼也はイルミンスール魔法学校の生物部に所属していたが、盛り上がる周りを見ていてロック鳥を保護するということを諦めていた。
 しかし、だからこそ今のフレデリカの気持ちがわかった。彼だって、同じ気持ちなのだ。
「卵部隊のみんな、頼む! 卵を……卵を俺に調べさせてくれないか!? 有精卵か夢精卵かを調べるだけなんだ。食べるかどうかは、調べたあとに話しあえばいいだろう? 頼む! このとおりだ!」
 蒼也は深々と頭を下げた。
 そして、隣にいた鷹野も――
「私からも、お願いします。少しの間、時間をください」
 蒼也と一緒に頭を下げた。
「部長!? ど、どうして……」
「私も、七尾さんやフレデリカさんと同じ気持ちです。それに、同じイルミンスール魔法学校の生物部として、放っておけませんから」
 そう言った鷹野は、どことなく微笑んでいるような気がした。
 そして――
「……まったく、どっちつかずな奴らであるな」
「本当に、困ったもんだ」
 やれやれと言いたげにミュラホークは煙草に火を付け、本郷は構えを解いた。
「そこまで言われたのであれば、お前たちの好きにするがいい。ただし、結果がどうであれ卵を諦める気はないぞ」
 そう言ってミュラホークは紫煙を吐き出した。
 ちなみに……同じく卵部隊である立川 るる(たちかわ・るる)、草刈 子幸、浅葱 翡翠たちは――
「う~ん、しょうがないよね。別にいいよ♪」
「自分も異議なしであります!」
「まぁ、私の目的は卵の運搬なので、かまいません」
 と言って、あっさりと卵の調査を了承した。
「それじゃあ、フレデリカ、部長。卵を調べに行きましょう」
 蒼也が二人を連れて卵に近づく。
 だが、次の瞬間――
「ぐ、ぐぎゃああああ!?」
 とんでもなく下品な断末魔が、辺り一帯に響いた。
「な、なんだ!?」
 卵部隊も菫達も周りに視線を巡らせるが、声の主の姿は見当たらない。
 そして更に――
「し、しっかりしろ!?」
「ぐふっ……俺はもう、ダメみたいだ……ろ、ロック鳥の卵は頼んだぜ……」
「うあああぁあああ!!」
 とんでもなく胡散臭い三文芝居以下の台詞まで聞こえてくる。
「クソッ! こんな卑劣な罠を仕掛けた奴は、絶対に許さねぇ! お前たち、弔い合戦だ!」
「「おぉ!!」」
 声の数から判断して、巣の周りにはか数十人の人間が集まっているようだ。
 敵か味方か、全く正体のわからない集団が周りにいる……巣の中にいる生徒たちは咄嗟に戦闘態勢に入った。
 すると、騒々しい足音と共に数十人の蛮族達が巣へとやって来た。
「あ! 巣の中に妙な奴らがいるぜ!」
「何っ!? 本当か!?」
 慌てた様子で一人の蛮族が駆けてくる。
「貴様らか! 仲間に罠を仕掛けたのは貴様らかぁ!?」
 蛮族は、生徒たちに阿修羅のような形相で詰め寄る。
「罠? 何の話しでありますか?」
 子幸が首を傾げた。
 彼には、目の前の蛮族たちが話すについての心当たりが一切ない。それは、他の生徒たちも動揺であった。
「私たち、罠なんて仕掛けてないよ?」
「そうだよ! 君たちの勘違いなんじゃない?」
 るるとカレンも罠について否定するが、蛮族は聞く耳を持っていない。
「うるせぇ! じゃあ、誰があんな場所に痺れ薬入りの肉を置くんだよ! えぇ?」
 蛮族は、ペラペラの薄い生肉を生徒たちに見せつけた。
 すると――
「あ!? それって!?」
「な!? わりゃ、その肉を食ったんか!?」
 子幸とパートナーの鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)が驚きの声をあげた。
「違う! 食ったのは俺じゃなくて仲間だ!」
「なんちゅう……なんちゅう馬鹿タレじゃ」
 朱曉は、呆れて溜息を吐く。
「あの肉は、ロック鳥を巣から遠ざけるために仕掛けちょった物じゃぞ!? あがぁな場所に肉が落ちとるわけなかろうが! しかも、生肉を食う奴があるか!」
 生徒たち全員が言葉を失った。というか、道に落ちてる生肉なんかに手を出す蛮族に呆れ返っていた。
「う、うるせぇ! うるせぇ!」
 生徒たちの生ぬるい視線を受け、蛮族は悔しそうに憤慨する。
「とにかく、悪いのはお前らだ! 弔い合戦だっ! そして、何がなんでもロック鳥の卵を手に入れるぞ!!」
「「おぉ!!」」
 一斉に、蛮族達が突進してくる。
「あ、あいつらもロック鳥の卵を狙っているでありますか!?」
「たぶん、ロック鳥の卵は高値で取引されるから、売り飛ばすつもりなんじゃろう!」
 生徒たちの間に動揺がはしる。
「むむむ……命に感謝して食べるでもなく、売り飛ばすのは許せないであります!」
 子幸が蛮族に怒りを覚えた瞬間――
「子幸! あいつらは俺にやらせてくれ!」
 彼のパートナーである草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)が、答えを聞く間もなく蛮族に向かって飛び出していった。
 今日の彼は、ロック鳥と戦えなかった怒りで最高に苛立っていた。
「俺は今めちゃくちゃ苛立ってんだ! お前ら! 覚悟はできてんだろうなぁっ!?」
 瞬く間に数人の蛮族を蹴散らしていく。
「邪魔よ! 手加減するから帰りなさい!」
 翡翠のパートナーサファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)は、【黒服狩猟団】で使用するように改造した巨大な盾とランスの突撃で、蛮族を吹き飛ばしていった。
「菫、わしも戦ってくるぞ!」
 菫のパートナー相馬 小次郎(そうま・こじろう)も、蛮族達をあっという間に薙ぎ倒していった。
「ヒャハッー! 汚物は消毒だァ~!!」
 るるも蛮族に向かってファイアストームを炸裂させる。
 三人の攻撃で、数十人いた蛮族たちは一気に数を減らしていった。
 しかし――
「やりました! 卵を取りました!」
 突然の声に振り返ると、数人の蛮族が卵を運び出そうとしていた。
 戦いに気を取られてしまい、別働隊がいることに気がつけなかったのだ。 
「よくやったお前ら! よしっ、急いで撤退だ!」
 蛮族達は、その場から立ち去ろうとしはじめた。
 だが――
「かかったな! 乱獲者どもめ!」
 蛮族が持ち去ろうとした卵がパカッと割れて、中からミレイユ・グリシャムのパートナーロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)が現れた。
「なななな、なんだこりゃ!?」
 突然の謎展開に、蛮族たちは混乱する。
 そして、その場にいた生徒たちまで呆気にとられてしまっていた。
「ミレイユが気を引いている間に、本物の卵と入れ替わっておいたんだぞっ! 所謂、囮捜査というやつなんだぞ!!」
「さ、作戦どおりだピヨ!!」
 いつのまにか帰って来ていたミレイユとロレッタは、勝手に二人で勝ち誇っている。
 だが、そんな彼女たちを見てその場にいる全員が心の中でツッコミをいれた――お前たちがやったのは、捜査じゃないだろう!
 しかし、みんなの気持ちを知らない彼女達は、更にとんでもない行動にでる。
「さてと……そろそろはじめるぞ」
 そう言って、ニ~三回大きく深呼吸をすると――
「エル兄ちゃん、エル兄ちゃ~ん!! 助けてぇ! 攫われる~!!」
「このままだと、ロレッタが誘拐されちゃうピヨォ!」
「「な!? 何言ってんだ、このガキ!?」」
 突然叫び始めた二人。蛮族達は慌ててロレッタを地面に放り出す。
 だが……もう手遅れだった。
「キミたち! 卵の乱獲は、このボクが許さないぜ!」
 それは、もう色んな意味で完全に手遅れとしか言いようがなかった。
 今までどこに隠れていたのか、巣の淵にはスタイリッシュな卵型ヒーロー(自作)の着ぐるみに身を包んだエル・ウィンド(える・うぃんど)が立っていた。
「とぉう!」
 無駄に威勢のいい声で、エルは巣の中へと飛び込んでくる。
「守護者だ! 卵の守護者が来てくれたピヨ!!」
 エルの登場に、その場にいる殆んどの人間が呆気に取られていたが、ミレイユとロレッタだけは大はしゃぎだ。
「いくぞ! 最初からクライマックスだ!」
 空中でそう叫んだエルの身体を黄金の光が包み込む。
 そして、彼が巣に着地すると――身に纏った卵の部分が全て黄金色に光り輝いていた。
「あ……あれは幻の最終形態――卵黄モードなんだぞっ!」
「一気に勝負を決めるつもりなんだピヨ!」
 ミレイユとロレッタが熱の入った演技でみんなに解説してくれるが、正直……全員が言葉を失っていた。
「くらえ! 陽怒卵・光破壊光線(ただのバニッシュ)!」
「「ぎゃあああ!?」」
 全くわけのわからない展開で混乱している蛮族に、エルの放ったバニッシュが直撃する。
「とどめだ! 陽怒卵・光神手スマッシュ(ただの則天去私)!」
「「ぐわぁああああああ!?」」
 駄目押しの則天去私で、蛮族たちは全員悔しそうに地面に崩れ落ちていった。
 そして――
「卵の平和は、ボクが護る!」
 勝利の決めポーズまで炸裂。
 その場にいるミレイユとロレッタ以外の生徒たちが思っていた――
『負けた蛮族が可哀想だ……』
 誰もがそう思っていた。


『くそっ! おぼえてろよ!』
 虫の息になった蛮族たちは、定番の負け台詞を残して巣から去って行った。
「――みなさん、一つ提案があるんですけど聞いてもらえませんか?」
 浅葱 翡翠が生徒たちの前に立つ。
「このままここで卵の調査をしてたら、また蛮族が襲ってきたりロック鳥が帰ってきたりして危険だと思うんです。なので、一旦ベースキャンプに卵を運びませんか? そのほうが安全だと思うんです」
 誰もが翡翠の意見に納得した。
 実際、ジュレール・リーヴェンディ等からも同じ意見がでた。
 しかし――そんな中一人だけ気まずそうに手を上げた人物がいた。
「あ、あのぉ……みんな怒らないで聞いて欲しいピヨ」
 未だにひよこの着ぐるみに身を包んだミレイユが、おどおどと話し始める。
「実は……忘れれちゃったんだピヨ」
「「え?」」
「た、卵を隠した場所を忘れちゃったんだピヨ」
「「えぇえええええ!?」」
 衝撃のカミングアウトに、生徒たち全員が驚愕した。
「ごめんピヨォ……で、でもこの巣の中にあることは確かなんだピヨ!」
 必死で謝るミレイユ。
 もともと良かれと思ってやったこなので、誰も咎める気はなかったのだが、このままでは卵を食べるとか調査するとかではなくなってしまう。
「と、とりあえず卵を探そう? ごろすけ、悪いけど手伝って!」
 鷹野 栗のパートナーループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)は、慌てて使い魔のフクロウ『ごろすけ』を探索のために放った。
「あたしたちも、探そう! みんなで協力すればきっと見つかるから!」
「そうであるな。それじゃあ、俺様はこっちを探すである」
 茅野 菫や万願・ミュラホーク達卵部隊はお互いに協力しながら、卵の捜索を開始した。


「あれ? あの人たちはもしかして……」
「ふむ、近隣に住む蛮族のようじゃな」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)とパートナーの南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)は少し離れた岩場を歩く蛮族の集団を見つけた。
 現在、肉部隊はロック鳥との戦いに苦戦していた。
 いくら左翼を斬りおとしたといっても、全長五十メートルもある怪鳥を倒すのは容易ではなかった。
 そこで、鳳明とヒラニィは卵部隊に救援を要請しに行く途中だったのだが――
「ねぇ、ヒラニィちゃん! あの蛮族さんたちに協力してもらうっていうのはどうかな?」
「う~む。確かに悪い考えではないのぉ」
 二人は蛮族に救援を要請することにしたようだった。
「しかし、琳。蛮族とてタダでは動いてくれまい。何か交渉に使える物が必要だと思うぞ」
「大丈夫、大丈夫! 私にいい考えがあるから!」
 そう言って鳳明は蛮族たちのもとへ走っていく。
「蛮族さん~ん!」
 鳳明は蛮族を警戒させないように、明るく近づいていった。
 しかし――
「な、なんだでめぇ!?」
「ななな、何者だゴルァ!?」
 蛮族達は、何故か怯えた様子をみせていた。
 しかも、よく見ると蛮族全員が戦闘によって傷つき疲弊しきっている様子だった。
 それを瞬時に見抜いた鳳明は――
「蛮族さんたち、お肉食べたくない!?」
 いきなり食料を引き合いにだして交渉にでた。
「今、すっごい獲物を私たちで狩ってるんだけど、苦戦してるんだよね……でも、もしも蛮族さんたちが手伝ってくれるなら、お肉とかたくさんわけてあげるよ?」
 鳳明の言葉を聴いて、何人かの蛮族はソワソワしはじめた。
 だが――
「う、うるせぇ! 肉なんか食えるか! 俺の仲間は、肉のせいで瀕死の状態なんだぞ!?」
「そそそそそ、そうだそうだ!」
 の蛮族たちは、手負いの野良犬のように強がって見せる。
 そんな蛮族たちを見て鳳明は――
「……焼肉……」
「う、ぐっ!?」
「焼き鳥……鳥刺し……ターキー……唐揚げ……チキン南蛮……親子丼……」
 殆んど消え入りそうな声で、ボソボソと鳥料理の名前を呟いていった。
「協力してくれたら、食べ放題なのになぁ……もったいないなぁ」
 チラリと視線を蛮族たちに向けると、彼らの喉とお腹の虫が音をたてる。
 それは、蛮族たちのプライドを食欲が上回った瞬間だった。
「うぅ……きょ、協力させてください! お願いします!」
 深々と頭を下げ始めた蛮族に――
「うん! ありがとう!」
 鳳明は快く頷いた。
 ――後に、彼女の後ろで交渉の様子を見ていたヒラニィはこう語る。
『琳のやつ……いつの間に悪女になってしまったんじゃ!?』
 と。


「はぁ……さすがに手強いっすねぇ」
 サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)は、思わず溜息が出てしまった。
 もう、何十回もロック鳥の頭部へ攻撃を叩き込んでいるというのに、なかなか獲物は倒れる気配を見せない。
 それどころか、怒り狂ったロック鳥に、肉部隊の方がだんだんと押されてきているようにも思えた。
「って、あれ?」
 サレンは、雷撃をロック鳥へ浴びせようとしていたが、急にその手を止めた。
 いや――彼女だけではない。その場にいた全員が攻撃を止めていた。
「何の音っすか?」
 彼女達の耳に何かが聞こえてくる。
 大地を揺るがすような低い音。
 それは――
「「うぉおおおおおおおお! 肉だああああああ!」」
 大量の蛮族たちが、一斉にロック鳥めがけて走ってくる音だった。
「みんな! 蛮族さんたちもロック鳥狩りに協力してくれるってぇ!!」
「足と頭を分散して狙うがいい! 数の理をを活かせ!」
 蛮族たちの後ろから琳 鳳明と、小型飛空挺に乗って指示を出す南部 ヒラニィが現れた。
「す、すごいっす! さすがにこの人数がいれば勝てるっす!」
 鳳明達と蛮族の参戦で、苦戦をしいられていた肉部隊に再び活気が湧き上がった。
 そして――肉部隊と蛮族の全力を尽くした最後の攻撃がロック鳥へと炸裂する。


「ここです!」
 ブースターで加速した燦式鎮護機 ザイエンデは一気にロック鳥の頭部まで飛んでいくと、容赦なくパイルバンカーの一撃を叩き込んむ。
「おまけッス!! 正義の鉄槌 食らうがいいッス!」
 サレンもロック鳥の頭部へ駆け上がり、間髪いれずに武器と雷とを掛け合わせた強力な一撃を叩き込んだ。
「お、なかなか効いてきたみたいっすね!」
 サレンとザイエンデの攻撃は、ロック鳥の分厚い頭蓋骨をも駆け抜けて、脳震盪を起こさせた。
「料理は愛情。全力の愛情で調理させていただきます!」
 楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)は、チェインスマイトを交えた鉄甲で、ロック鳥の各部に一撃を入れていく。
「そろそろ、肉が柔らかくなってきましたね。皆様、もう一息です!」
 彼は、攻撃する感覚でロック鳥の最期が近いことを感じ取っていた。
「よっしゃ! いっくでぇ、ゴジョ~!」
「ハッハァ! 唐揚げ食べ放題だァ! 一丁やってやんぜェ!!」
 日下部 社と五条 武も一気にロック鳥の頭部へと迫る。
「うりゃ~! 俺らの食欲をなめんなや~!」
 頭部へ跳び移った社は、雷光の鬼気と轟雷閃を掛け合わせた渾身の一撃を放ち――
「沈め、オラァ!!」
 武の必殺技、ドラゴンアーツ全開のフルパワー轟雷閃との協力技を炸裂させた。
 そして……社たちと入れ替わるように駆けてきた毒島 大佐は、ロック鳥の頚椎めがけブラインドナイブスで忍刀を深々と刺し込むと――
「これで……終わりだ!!」
 全身全霊の爆炎波でロック鳥の頚椎を燃やしつくした。

 グゥウウウウエエエエエエエエ!!


 この日は、アトラスの傷跡に最も多くロック鳥の咆哮が響いた日となった――


「わっ!? すごい! 本当にロック鳥を倒したんだね!?」
「ふむ……さすがであるな」
 何とか無事に卵を見つけだして、それをベースキャンプまで運んできた卵部隊。
 彼らがここへ辿り着いたころには、ロック鳥は解体され、その肉は夜薙 綾香の氷術によって冷凍保存されていた。
 ちなみに、嘴や爪等の食料にならない部分は――
「素材だ素材!」
「いやぁ、G級装備とか作れそうだよね!」
「これで、新しい武器がつくれるな」
 と喜びながら、【黒服狩猟団】のメンバーと国頭 武尊が回収していった。
「みなさぁん。お疲れさまでしたぁ」
 ベースキャンプの奥からミリアとレン・オズワルド、タピ岡 奏八、プリ村 ユリアーナ達がやって来る。
「肉やら素材を運ぶ手段がない奴は、この背負い籠を使っててくれ」
「拙者達の自信作だヨ!」
 肉部隊や卵部隊の中には、先を見越して自分の馬や軍用バイク等の運搬手段を用意してきた生徒もいたのだが、流石にロック鳥まるまる一匹ぶんは運べそうになかったので、レンたちの作った背負い籠は大盛況となった。
「卵部隊のみなさん、お疲れ様……あら? そちらの方達はどちら様でしょうかぁ?」
 卵部隊のところへやって来たミリアは、見慣れない生徒がいることに気付いたようだ。
「あんたが、ミリアね?」
 卵部隊の奥から、茅野 菫とカレン・クレスティアが出てくる。
「一つだけ……一つだけお願いがあるんだ!」
 突然、菫とカレンは土下座に近い勢いで頭を下げ始めた。
「今から、ロック鳥の卵を調査させてくれないか?」
「えぇ? ちょ、調査ですかぁ?」
 突然の申し出に驚くミリア。
「二人とも、ちょっと待て。いきなりそんなこと言われても、ミリアが混乱するだろう?」
 焦る二人を制して、七尾 蒼也が間に割って入る。
「ミリア……少し長くなるかもしれないけど、今から俺の話しを聞いて欲しい。話しを聞いたうえで、この二人……いや、俺達の頼みを聞くかどうか判断してくれ」
 そう言って蒼也は、卵の奪取に向かったあとの事をミリアに話し始めた。

「――なるほど……わかりましたぁ。私は、全然構いませんよぉ」
 蒼也の話しを聞いて、深く頷いたミリアは、ニコリと微笑んで調査を了承してくれた。
「だけど、一つ質問がありますぅ。もしも卵が有精卵だった場合、その卵はどこで孵化させるんですかぁ?」
 この質問がくることは、蒼也や他の生徒たちも予想していた。
 なので――
「イルミンスール魔法学校生物部で育てる予定だ」
 と、予め相談していたとおりに答えた。
 だが……この答えには一つの不安要素があった。
「でも、エリザベート校長達が許してくれるでしょうかぁ?」
 そう、事実エリザベートはロック鳥の卵を楽しみにしていた。なので、最悪の場合有精卵でも食べると言いはじめない保障はどこにもなかった。
 しかし――
「そのときは……菫やカレンたちと一緒に卵部隊全員で説得するつもりだ」
 覚悟を決めた表情で、卵部隊の全員が頷いた。
「いいんですかぁ、ミュラホークさん? 朝出発するときは、ケーキを作るって張り切ってましたけどぉ……」
「……二兎追うものは一兎をも得ず、である」
 そう言って、ミュラホークは煙草に火をつけた。
 実は――卵部隊の中でも料理人気質のミュラホークと本郷 涼介の二人は、最期まで卵の保護に納得していなかった。
 だが二人は、ミレイユ グリシャムが卵の隠し場所を忘れてしまい、その場にいた全員で協力して卵を見つけ出したときに――
『親を失った卵は自分では何もできない。ただ死んでいくだけのか弱い命。そんな命を奪ってまでこだわる料理に、本当に価値はあるのか?』
 と、二人は思ったのだ。
 そして、同じ料理人としてミリアも何かを感じたのか――
「わかりましたぁ。それじゃあ、もしも有精卵だった場合は私もエリザベート校長たちを説得しますねぇ♪」
 そう言って、ニコリと微笑んだ。
「肉部隊のみなさんは、どうですかぁ?」
 ミリアは振り返って、肉部隊にたずねる。
 答えはもちろん――
「私は保護に賛成!」
「まぁ……悪気はなかったとはいえ、親であるロック鳥を倒しちゃったんだからな」
 肉部隊も全員保護に賛成だった。
「ミリア……みんな……ありがとう!」
「ありがとう! みんな!」
 菫とカレンは思わずミリアを抱きしめた。
 
「それじゃ……部長」
「わかりました。いきますよ……」
 その場にいる全員が見守る中、蒼也と鷹野 栗が光術と光精を応用して卵の有精調査を始める。
 暖かな光が一メートルもある巨大な卵を包み込む。
「部長……これってもしかして」
「まだです。決まったわけではありません。次は別の角度から調べましょう」
 それからしばらく、調査は続いた。
 そして――
「結果がでました」
 額の汗を拭い、鷹野が全員に結果を告げる。
「結果は――有精です」
「「やったぁああ!」」
「「よっしゃあ!」」
 鷹野の告げた結果に、誰もが歓喜した。
 そうれは、いつの間にか、その場にいた全員が小さな命を護りたいと思うようになってい証だった。


「それで、どうする?」
「そうだね……ベースキャンプも片付いたから、あとはイルミンスール魔法学校に帰るだけなんだけど――」
 今、生徒達は一つの問題に直面していた。
 それは――
「この余った羽毛、どうしようか?」
 大量に余ったロック鳥の羽毛の処理だった。
「う~ん……フェザー系の装備を作るにしても量が多すぎるしねぇ」
 全長五十メートルにもなる怪鳥の羽毛は、尋常じゃない量だ。
 いくら素材を集めている【黒服狩猟団】でも、この量を持ち帰ることはできない。
「それじゃあ、いっそのこと燃やしてみない?」
 立川 るるが嬉しそうに羽毛を着火しようとするが――
「待て待て! この量を燃やしたら、一気に山火事になるぞ!?」
 ただでさえ鳥の羽毛というのは水をはじくために脂っこくなっているのに、この量を燃やしたとなれば、一瞬で火事になってしまうだろう。
「うーん……どうすればいいんだ? このまま放置するわけにはいかないしなぁ……」
 その場にいる生徒たち全員が答えを出せずにいた。
 と、そのとき――
「ん? なんだアレ?」
 生徒の一人が、空の彼方を指差す。
「あれは、飛空挺?」
「それに、サンタのソリ!?」
 その場にいた全員の目に、二隻の飛空挺と二台のサンタソリが飛んで来るのが見えた。
「わぁ~! 見て見て! ロック鳥の羽がいっぱいだよ☆」
「ルカ! 手綱を離すと危ないぞ!?」
 サンタのソリに乗ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)とパートナーの夏侯 淵(かこう・えん)がゆっくりと生徒たちの前に降りてくる。
 そしてそれに続いて、二隻の小型飛空挺に乗るエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とパートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)たちも着陸した。
「お! すごいな、ロック鳥の羽が大量だぞ」
「うわぁ~これだけあれば、デッカイ枕が作れそうだね!」
「そうですね。枕カバー等も大きい物を作ったかいがありました」
 着陸した生徒たちは、山のように積まれたロック鳥の羽毛を見て何やら喜んでいるようだ。
 そんな彼らにミリアが近づいていく。
「あのぉ……みなさん、どうしてここへ?」
「あ、ごめんね! ちゃんと、理由を説明しなくちゃいけないよね」
 ルカルカ・ルーは、そう言って一枚の大きな布袋を取り出した。それに続いて、他の四人も同じような布袋を取り出す。
「実はね、ルカルカ達はロック鳥の羽をもらいに来たの!」
「羽……ですかぁ?」
 生徒たちは思わず首を傾げてしまう。
 ロック鳥の肉や卵ではなく、処理に困っている羽が欲しいというのは、少し意外な話しだと思ったのだ。
「オイラたち、ロック鳥の羽で枕を作ろうと思ってるんだ!」
「あぁ。しかも、自分用と校長達の分まで抱き枕を作る予定だから、かなりの量羽が必要なんだ」
 たしかに、クマラやエース達が持っている布袋を見る限り、相当量の羽が詰め込めそうだった。
「お願いします。戦いもせずに譲ってくれというのは図々しいかもしれませんが、この枕作りにはロック鳥の羽が必要不可欠なんです」
 そう言ってザカコが深々と頭を下げると、他の四人も同じように頭を下げる。
 しかし――
「い、いやいや! そんな頭下げるほどのことじゃないって」
「そうだよ! 羽なんて好きなだけ持っていってよ! ていうか、むしろこっちが頭下げて持っていってもらいたいよ!」
 羽毛の処理に困っていた生徒たちにとって、この申し出は大歓迎だった。
「ほ、本当にもらって行ってもいいんですか!?」
 ザカコたちが、驚いたように顔をあげる。
「「うん! むしろお願いします!」」
 もちろん、生徒たちの答えは満場一致だった。

「わぁ! サンタクロースみた~い☆」
 サンタのソリで空に舞い上がったルカルカがはしゃぐ。
 たしかに、大量の羽毛で膨らんだ白地の布袋とサンタのソリの組み合わせは、まさに究極の組み合わせだった。
「それにしても、すごい量だな! 俺よりも大きくなるとはっ!」
 限界まで膨れ上がった布袋は、夏侯 淵の身長を大きく上回っている。
「これだけあれば、かなり大きい枕が作れそうだな」
「う~ん、オイラより大きいのだけは勘弁してほしいなぁ」
「いや、確実にお前らミニマムコンビより大きいいぞ」
「が~ん!?」
 小型飛空挺に羽毛を詰め込んだ袋を乗せて、エースとクマラも空へと舞い上がる。
「みなさん、本当にありがとうございました! 自分たちは作業があるので先にイルミンスールに戻りますが、くれぐれもお気をつけて帰ってきてください」
 ザカコの言葉に、生徒たち全員が大きく頷いた。
 そう、あとは帰るだけ。帰れば、ロック鳥の肉で楽しい楽しい宴をはじめるのだ。
 ザカコたちが飛び去った後、生徒たちも帰路に着く。イルミンスール魔法学校を目指して。