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退行催眠と危険な香り

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退行催眠と危険な香り

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307 :名無しの暇人:2020/05/22(金) 08:42:17 ID:aS1waLan
ちーとさぷりと同一人物だって、噂が広まってる。
嘘だよね? ねぇ、嘘だよね?

7.

 アロマキャンドルは使わなかった。
「数字を三つ数えると、あなたは記憶の世界へと移動します。いち、に、さん……」
 瀬島壮太(せじま・そうた)は雷雨の中にいた。
「何が見えますか?」
「ぁ、雨……雨が降ってる」
 縄で大木にくくりつけられている為、身動きが取れない。
「何が聞こえますか?」
「かみ、なり……?」
 遠くから、ゴロゴロとうなっている音がする。
 それは夏の、嵐の夜のことだ。度を越したいたずらをしたお仕置きで、壮太は施設長によってその状況に追い込まれた。
 雷が近くの木に落ちたショックで失禁して以来、雷がトラウマだったのだが――。
 イライラする、いつ雷は落ちるんだ? いや、願わくば落ちるな。しかし……。
「だいたい雷スキル多すぎなんだよ! そのたびにびくっとなるオレの身にもなりやがれ!」
 壮太は目を覚ましていた。トラウマ克服、失敗である。

「何が見えますか?」
 トレルの問いにレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)は答えようとしたが、出来なかった。
「何も、見えない……」
 でたらめに塗りつぶしたキャンバスのように、色が散乱している。黒、黒、黒。
「真っ暗、です」
 レイナは6歳の誕生日に全てを失っていた。強盗らしき男たちに家族、親戚、知人友人たちを殺されて、屋敷に火をつけられた。まだ幼かったレイナは、かくれんぼをしていて外へ出られなかった。だって外へ出たら、鬼に見つかってしまう――。
「何か音は聞こえますか?」
「いいえ……」
 それ以来、彼女の顔から表情が消えた。
 レイナの目を覚まし、トレルは言う。
「ごめんなさい、私の力が足りなかったようです」
 レイナは退行催眠の結果はどうあっても良いと思っていた。それ故に、失敗したって構わない。
「ですがレイナさん、本来トラウマは、時間と共に癒されるものです。環境によって人は変わりますし、過去を越えるきっかけに出会うことだってあります」
 こくりと頷くレイナ。
「それと、誰かに話を聞いてもらうことで、癒されることだってあるんですよ」
 レイナははっとした。そうだ、今の自分には友人たちがいる……。

 失敗続きでトレルは参っていた。アロマキャンドルを使わずに成功させるなんて、やっぱり無理だ。
「胸がないのが、トラウマです」
 と、羽入勇(はにゅう・いさみ)は真剣に言う。付き添いのラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)はそんなことないのに、と言いたげな顔でこちらを見ているが、とりあえず彼女の望みを聞き入れる。
「胸がないって、私だって同じですよ」
 トレルはそう言って自分の胸を差す。勇の胸とさほど変わらないサイズだ。
「でもボク、もう高校生だし、やっぱり大人っぽくなりたいっていうか……」
 と、勇。
「なるほど。ですが胸なんて、ない方がマシですよ」
 そう言ってトレルははっと口をつぐむ。二人は首を傾げ、じっとこちらを見ている。
「いえ、何でもないです。えっと、勇さん」
 咳払いをしつつ、勇へ向きなおるトレル。
「人は誰しもコンプレックスを持っています。あなたには悩みの種かもしれませんが、誰かに恋をすることで女性ホルモンが分泌されて女性らしくなることもあります」
「恋?」
「ええ。あとは、好きな人に揉んでもらうというのも一つの手ですね」
 勇はぱっと顔を赤くした。誰かに揉んでもらうなんて恥ずかしすぎる。
 しかし、アパートから出たところでラルフは言った。
「貴女という人間を形成するのに、胸の大きさはやっぱり関係ありませんよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
 と、自分の胸を見つめる勇。ラルフはにやりと笑った。
「でも、どうしてもと言うのなら、私が毎日揉んであげましょうか?」
「ば、馬鹿! そんなことしなくていいよ!」
「はは、冗談ですよ。貴女の嫌がることはしませんって」
 いちいち顔を赤くする勇を見て、まだまだ子どもだなとラルフは思った。

 人からちゃん付けで呼ばれるのは構わないと思いたかった。しかし、ちゃん付けされると無意識に落ち込んでしまう。
「何が見えますか?」
「公園……姉が、いる」
 と、春夏秋冬真都里(ひととせ・まつり)は言った。
 物心がついて間もない頃だ。双子の姉である春夏秋冬真菜華(ひととせ・まなか)と仲良く手を繋いで、公園へ来た。他の子どもたちと一緒に遊んでいる最中、姉が真都里へ手を伸ばした。
「何が聞こえますか?」
『かわいいよ』
 俺の頭にはリボン。……リボン?
 母親たちまで自分を見て可愛いと言う。よく知らないおばさんなんかは、双子の姉妹? と、聞いてくる始末。
『まつりちゃん』『まつりちゃん、遊ぼ』『まつりちゃん』
『かわいいよ、まつりちゃん』
 まるで3D映像のように飛び出してくる真菜華の笑顔――。
「姉ぇ!」
 がばっと目を覚ました真都里に、トレルはびっくりしてしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「……いや、何でもない」
 まさか姉がトラウマの元凶だったとは。すっかり忘れてしまっていた。

 これまでにも散々ひどい思いをさせられてきたが、真都里はさらに姉と顔を合わせるのが嫌になった。
「まーつーりーちゃん!」
 そう、この声だ。俺にとっては悪魔以外の何ものでもない……真都里は立ち止まると、顔を上げた。
「やっと見つけた。マナカ、ずっと探してたのよ」
 春夏秋冬真菜華だ。紛れもない、ピンクを正義だと信じ込んでいる変人の。
「さあ、この五円玉を見なさい!」
 嫌な予感を覚えて真都里は逃げ出した。あんなピンク色に染まった五円玉なんか見てられるか! っつーか、ひも付いてるじゃねーか!
「何するつもりだ、姉ぇ!」
「何って、催眠術だよう。真都里ちゃん知らないのー?」
 にこにこ笑顔で追いかけてくる真菜華。
 ――姉に比べて運動能力が欠陥している弟は、数秒の内に捕まってしまったという。