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リアクション
「単純で簡単な料理こそ、食材の味が生きるってもんだ」
奥の厨房で、カブとソラマメとスペアリブを煮込みながら不意にジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)がそんな事を口にした。
「またその話ですの。この間も同じこと言ってましわよね」
答えたのは、フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)である。
「だってなぁ、金華豚だぞ。金華豚。まさか本当に使えるなんて思ってなかったんだよ」
ジェイコブは丁寧にアクをとりながら、上機嫌だ。
「中華の高級食材金華ハムの原料として名高い金華豚だ。脂身が少なめで、他の豚には無い味とコクと香りがあると言われている。いわゆるブランド豚の中でも、最高峰の豚ってわけだ」
ジャイコブのテンションは普段よりも妙に高かった。
その理由はもちろん、彼の言葉にある金華豚だ。そのあまりの希少さから、偽者まで出回るという高級豚を、まさか本当に仕入れられることになるとは本人も思っていなかったのだ。もちろん、その為に行動はしたが、それでも七割無理だろうと考えていただけに、それが手に入ったとなるとテンションがあがってしまうのも無理無いことかもしれない。
そういうわけで、さっそく金華豚を仕入れたら作ってみたかったカブとソラマメとスペアリブの煮込みを作っているのである。
それもこれも、開店初期の予想以上の売り上げのおかげである。
「はぁ」
「ほれ、味見してみろ」
すっと差し出された一口分のスペアリブの煮込みをフィリシアは味見をしてみる。
「うん、おしいですわ」
最初は自分よりもおいしい料理を作るジェイコブにショックを受けたが、最近はさすがにそこまでショックを受けなくなった。それよりも、どうにかして技を盗めないか、というのがフィリシアの最近の考えである。
「だろう。やっぱ、いいもん作るにはいい材料だな。このカブとソラマメとスペアリブの煮込みは、水と少量の塩で材料を茹でるだけだ。だから、素材の味が全て。だからこそ、最高の豚が手に入ったこいつは恐らく世界で一番旨い。間違いなく、だ」
「最初は、ゴブリンに食わせてやるなんて勿体無い。なんて、仰ってましたのに」
「なんだかんだ、人間が食ってるけどな」
予想以上に普通のお客さんが来店し、想像よりもなかなかゴブリンがやってきてくれない。だから、こうして作っている料理はみんな人のお腹の中に納まっていく。
「それで、次にわたくしは何をすればいいんでしょうか?」
先ほどまで、ソラマメの薄皮を剥いたりして作業のお手伝いをしていたフィリシアだが、煮込みが始まってからはやる事が無くなってしまっていた。
「ん、もうあとこいつは煮込んで、さっき切ってもらったカブをいれるだけだからな」
「そうですか。どれぐらい煮込むのでしょうか」
「だいたい一時間から一時間半だな」
「それでは、その間はすることがないんですの?」
「おいおい、そんなわけないだろう。これから出てくるアクをちゃんと掬い取ってやんないとな。そうしないと、せっかくの金華豚の味が悪くなっちまう」
「そうですか」
その間、何をしていればいんだろう。
と首をかしげたまさにその瞬間、勢いよく厨房の扉から人が飛び込んできた。
「ぜぇ……ぜぇ……やっと、逃げ切れたわ」
そんな厨房へ駆け込んできたのは、梅琳だった。
「少尉殿。どうかなされましたか? まさか、敵襲?」
ジェイコブが尋ねると、息を切らしながら梅琳は手をパタパタ振って答える。
「い、いや違うわ。大した事ではないの、気にしないで」
そう言われても、とジェイコブとフィリシアは顔見合わせる。
「本当に気にしないで、気にしないでいいから!」
「はぁ」
「それよりも、こっちは特に問題はないかしら?」
「問題……ですか。でしたら」
とジェイコブが厨房の片隅を指差した。
そこでは、数人のコック達が集まって、何やら話し合っているようだ。
「なに、あれ?」
「先ほど厨房に一人入ってきまして、料理を作らせろ、と」
「ふぅん。ちょっと、様子を見てみるかな」
言って、梅琳はその人の集まりに向かっていった。
その集まりの中心に居たのは、エミリーである。
彼女はどこか自慢げそうな、としてもそこまではっきりとした表情を見せずに立っていた。
調理用の台の上には、見た目が非常にアレな感じのものが皿に載せられている。マーブル色、というだけでとりあえず食欲は沸かない。
「どうしたの?」
梅琳が問いかけると、すぐ近くに立っていたテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が状況を説明してくれた。
「先ほど、そこのエミリーちゃんが厨房に入ってきて、料理を作られたのでございます」
「これが、料理……?」
「はい。その通りで……その、気持ちは大変わかるのですが、食べてみてはくれないでしょうか」
「これを、食べろって!」
もし擬音を乗っけるなら、どんより、とか、どよ〜ん、なんて音が似合いそうな物体である。食べ物というより、毒物だろう。
「気持ちは大変わかります。ですが、これは食べて頂かないと」
「……わかったわ。覚悟を決める。ところで、これは一体なんていう食べ物なの?」
「カレーです」
「カレー……そっか。うん……」
渡されたスプーンで、梅琳はその謎物質をほんのちょっぴり口にいれてみた。
「これは……なに、これ? なんでこんなものが、こんなにおいしいんの……」
「はい。そういった事態でございまして」
恐ろしい謎物質は、最高においしいカレーだった。
それから、テスラはここにいたるまでの流れを説明した。
ゴブリンをおびき寄せるために、すごくいい香りのするカレーを作っていたテスラのとこにメアリーが突然やってきて、
「香りはすごくいいでありますが、それだけであります」
といきなり喧嘩を吹っかけてきた。
それで、最高のゴブリン料理を見せてあげるであります。とテスラが分けたカレーにだんごとスカイフィッシュの干物と古王国のキャラメルなんかを混ぜ混ぜして、どういうわけかこのカレーができあがったのである。
「ところで、ゴブリン料理って、なに?」
「私にも皆目検討がつかないのでございます」
「……そう」
その見た目は非常にアレだが、味は最高に素晴らしいカレーを前にしてコック達は色々と意見を言い合っていた。その中でも、活発に意見を聞いたり味見をしてみたりしているのが、市ノ瀬 煉(いちのせ・れん)だった。
「なんでや、なんでこないなものがこないにうまいんや?」
相当なショックを受けているようである。
ゴブリン達に冥土の土産に最高にうまいもん食わしたる、と口癖のように言っていただけに、こんなわけがわかんなくておいしい謎物体が出てきて混乱しているのかもしれない。
「しかし、本当に人間の食い物に見えないな」
と梅琳が呟くと、メアリーはどこか自慢げな表情だ。
いや、褒めてないのだが、と言おうとしたその時、厨房にカオルが駆け込んでくる。
「ゴブリン共が、来やがったぞ!」
その一言に、店内が一気に色めき立つ。
そんな中、梅琳はちらりとマーブル色のカレーに目をやった。
「まさかゴブリン料理ができたのに気づいて……いやいや、まさか、ね」
すぐにそんな思考を頭から追い払う。
「戦える者は私についてきて。いくわよ!」
大声を張り上げると、梅琳は店内に向かって駆け出した。
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