蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

グルメなゴブリンを撃退せよ!!

リアクション公開中!

グルメなゴブリンを撃退せよ!!

リアクション

 ゴブリン達がやってきたのは、それから一時間ぐらい経過したごろだった。
 ピークもひと段落し、やっと一息つけるという頃合だったのは幸いだったろう。もし、ピーク時にやってこられたら、せっかくのお客さんが逃げ出してしまっていたかもしれない。
「本当にプラカードもってるでありますね」
 ジャンヌはしみじみとそう言った。
「きちんと整列して、ちゃんと手足の動きを揃えて、きちんと訓練されてるみたいだね」
 音子は関心したように頷く。
 行進の足並みを揃えるのは、なかなか難しいものなのだが、実際によく訓練をしたのだろう。その集団は、【にゃんこカフェ】を見つけると真っ直ぐやってきた。
「全体、止まれ!」
 ゴブリンの集団の先頭には、男が立っていた。
 鮪である。
「よし、てめぇら、外食の仕方っつーもんを今から俺がやってみせる。一回でちゃんと覚えろよ」
 鮪の言葉に、ゴブリンが敬礼で返す。本当によく訓練されているらしい。
 全員の敬礼を背に鮪は歩き出し、ジャンヌの前にたった。
「すいませーん。結構人数いるんですけど、席空いてますか?」
「えと、少々お待ちくださいであります」
 ジャンヌはそう言って、みんと集合するとひそひそと話し合いを始めた。
「ど、どうするでありますか?」
「もしかしたら、そうやって店の中に入り込んでから暴れる算段かもしれない」
「店の中って、ここ全部野外だろ」
「んー、ボクは普通のお客さんのように扱っていいと思うなぁ」
「もう食べれないよぅ」
「……とりあえず様子を見てみるでござるか?」
「テーブル足りますかねぇ?」
 なんだかんだと話し合った結果、様子を見てみようという結論に達した。
 彼らを席に通し、注文を受ける。ゴブリン達は、主に「ゴブッ、ゴブッ」と会話をしていて人語ではなかったが、中には喋れるものも居たりしている。ゴブリンにもいろいろいるようだ。
 喋れないゴブリンはメニューを指差し、喋れるゴブリンが居るところは代表して注文をしている。
「注文はいりますでありまーす」
 ロイや岩造は武器をいつでも取れる形で警戒していたものの、ゴブリン達と人間一人は普通のご飯を楽しんでいる様子で、一向に暴れだす気配が無い。
 食事を終えてから少々の談笑。人間の言語でなくても、その場が盛り上がってるかどうかはわかるもののようだ。随分楽しそうにしている。
「よし、楽しんだみてぇだな。次からは一人でも来れるようにしろよな!」
 席を立ち上がった鮪が支払いをしようとジャンヌに声をかける。
 結局何事も無かった。
 メモを見て、ジャンヌが金額を読み上げようとしたその時、いきなりバイクが突っ込んできた。
「お願い、みんな話しを聞いて!」
 ヘルメットを取ったバイクの乗り手は、梅琳少尉だった。店舗の出店の許可を受け付けたのは彼女なので、もちろん【にゃんこカフェ】の全員は知っている顔だ。
「ど、どうしたでありますか、そんなに急いで」
「私達で用意した囮店舗にゴブリンが襲撃に来たのよ。私は今から増援を呼びに行くところだけど、少しでも戦力が欲しいの」
「なにぃぃぃっ!」
 大声をあげたのは、鮪だ。
「マジか、マジなのかその話は!」
「え、ええ。なんでいきなりそんな大声を……え、ここにもゴブリンが来てる、けど、なんか様子が違うみたいなんだけど……?」
 周囲を見渡して梅琳は困惑した様子を見せる。当然の反応だろう、【にゃんこカフェ】の面々も、どうやら危険は無いらしい、ぐらいしか状況を把握していないのだ。
「ほぅ、俺が訓練したゴブリンの様子に驚いてるようだな」
「あなたが、このゴブリンを訓練したの?」
 鮪の発言に、梅琳が驚く。シャンバラ教導団ではビーストマスターの育成を進めているが、ゴブリンを操るなんて話は聞いた事がない。まして、鮪はビーストマスターですらない。
「おうよ。ま、この俺の人徳とカリスマの成せる業だがな。そんじょそこらの雑魚にゃできねぇだろうよ」
「変な格好だけど、実は凄い人?」
「おかしくねーし! てめぇ、このモヒカンをディスってのか!」
「うーん。もしよければ、あなたの力も貸して欲しいんだけど。話は聞いていたでしょ。あなたのその人徳とカリスマならゴブリン達をなんとかできないかな?」
「ちょ、人の話を無視すんなや!」
「力を貸してくれるかな?」
「とことん無視する気かよ、おまえ……まぁいい、丁度俺もそのゴブリン達にゃ要がある。手を貸してやってもいいが、もちろん分け前はもらえるんだろうな」
「む、まぁ、有事だし。詳しい話はあとでするとして、きちんと見返りを用意するのを約束してあげる」
「口約束じゃあ頼りない、が。下手したらゴブリンどもが全滅しかねぇな。いいだろう、約束やぶんなよ。約束だからな!」
「あ、ああ、わかったわ」
「よし、てめぇら、行くぞ!」
 鮪が号令をかけると、ゴブリン達も立ち上がった。
 どどど、と物凄い勢いで走り去っていく鮪率いるモヒカンゴブリン軍団を見つめていたジャンヌがはっと声をあげた。
「あいつら、お金払ってないであります!」



 例えゴブリンが猛威を振るっていようとも、【スターニャックス】は平常運行である。
 渋い猫の姿をした店主、猫花 源次郎(ねこばな・げんじろう)は咥えタバコで少し離れた席に目をやった。そこでは、竜造と一体ゴブリンが額に濡れタオルを乗せて寝かされており、その横にちょこんと徹雄が座っている。
「コーヒーだぜ。おやっさんの好意でタダだからおいしく飲むといいぜ!」
 神代 正義(かみしろ・まさよし)がそのテーブルにアイスコーヒーを置いた。
「……いや、お気遣い無く」
「気にするんじゃないぜ、もちろんお金なんか取らないからな。もっと肩の力を抜けばいいさ、マスクマン」
「ますく、まん?」
「気に入ったか。こんな蒸し暑い日にそんなラバーなガスマスクしてるっつーことは、そう呼ばれたいんだろ? そうに違いない。間違いないだろ」
「………」
 上機嫌にカウンターへ戻っていく正義に、徹雄は何も言えずに呆然としていた。
「それにしても、こんな時期にゴブリンと人間が一緒に居るってのはどういうことだい?」
 カウンター越しに、源次郎が尋ねる。
 徹雄は何も答えないでいると、竜造がもそっと起き上がった。
「お、もう目を覚ましたのか。待ってろ、なんか冷たいもん持ってきてやるぜ」
 そう言って正義は奥に消えていく。
「体の調子はどうだい、兄ちゃん?」
「とりあえず大事はないな。それより、どうやら助けられてしまったようだ。すまない、助かった」
「ほう、意外に素直だねぇ」
「礼ぐらいは、言える」
「いい心がけだな。それはさておき、兄ちゃん達はなんであんなところでゴブリンと仲良くお昼ねなんかしてたんだい?」
 竜造とまだ寝ているゴブリンと徹雄は、この店の前の道路の真ん中に転がっていたのである。意識を失っていたのは竜造とゴブリンで、徹雄がその二人を引きずっていたようなのだが、目の前の道で徹雄も力尽きたのか日陰に座り込んでいた。
 それを、ゴブリンが襲ってくるらしいからここで待ち伏せして撃退してやるぜ、と意気込んでやってきた正義が拾ったのである。
「別に仲がいいわけじゃねぇ。ちょっとしくじっただけだ」
「しくじったって、何をだ?」
「………関係ねぇだろ、そんなことは」
 ぷいっとそっぽを向く竜造。
「ふーん、まぁいいけどよ。とりあえずその連れが目を覚ますまではもう少し休んでいけや。なに、困ってる奴の弱みを突くほど俺は悪人じゃねぇから、金もいらなぇ。のんびりしていけ」
「いや、もう歩ける。俺は帰る、ぞ……っと」
 立ち上がろうとしてバランスを崩した竜造は、その場にまた腰を下ろした。
 強がりでなんとかできるほど、まだ体調はよろしくないようだ。
「……くそっ」
 まだ気絶したままのゴブリンに目を向ける。こちらは竜造よりもボロボロにされていた。モヒカンなんか乗せて、バカバカしい見た目だが咄嗟に竜造をまもった恩人である。認めたくはないが、このゴブリンが居なければもっと酷い状況になっていたかもしれない。
「お待たせ、オレンジジュース持ってきたぜ。氷マシマシだけどな!」
 正義が飲み物を持って帰ってきた。
「いやぁ、しかし、何と戦って来たんだ?」
 オレンジジュースをテーブルに置いて、正義が続ける。
 竜造とゴブリンの二人は見た目からしてボロボロだ。ただ熱射病で倒れたのではないことぐらい、素人でも見抜けるだろう。
「お、まさかアレか。最近ここらを騒がしているゴブリンを討伐しにいっちゃって、んでもって返り討ちにあったとか。あー、でもそれじゃあゴブリンと一緒に居るんだかわかんないぜ」
「………」
「お、図星か。よかったな神代、お前のバカな発想がクリティカルヒットしたみたいぞ」
「ちょ、おやっさんそんな言い方はひでぇぜ。俺がいつバカになったんだよ。いつだって脳みそはギンギンに冴え渡ってるぜ」
 二人の会話を聞きながら、竜造は歯噛みする。
「ったくよー、奴らの寝床がわかってんなら俺を呼んでくれりゃよかったのによー。次そんな面白情報知ってたら、必ず俺に教えろよ、な?」
 正義は自分がどれだけすげぇかについて語ろうとしたが、即座に源次郎に止められる。そのまま、洗い物を手伝えと奥へと連行されていった。
 二人が奥に消えると、店内は静かなBGMが流れるだけになる。
「……そう、気を落とすな」
 徹雄が、静かにそう言い出した。だが、それ以上は言わずにただ黙ってその場に座っている。
 時折、グラスの中の氷が解けてカランという音が鳴る。
 ゴブリンはまだ目を覚まさないようだ。
 さすがに、置いていくわけにもいかないだろう。せめて、こいつの群れまでは連れていかなければ。徹雄ですらこのゴブリンを見捨てなかったのだし。
 鮪と結託し、竜造が行おうとしていたのは本当に店を襲っているゴブリンと交渉し、鮪の群れに引き入れてしまう、というものだった。
 そして、ゴブリンに料金を支払って飯を食うことを理解させ、この事件そのものを有耶無耶にしてしまう。竜造が求めていたものとだいぶズレていたが、これが成功すれば裏方で動く人間にはかなり愉快な話だ。真面目に囮店舗を用意している連中を鼻で笑うことができる。
 そうして、通訳ができるゴブリンと共にまず今回の事件の中心であるゴブリンの群れへと向かったのだ。
 だが結果は、コレである。
 既にゴブリンの群れは、コボルド達をも巻き込んで膨れ上がっており、しかも連戦連勝という状況が、ただ一般人を襲っているに過ぎないのに奴らを存分に増長させており人の話に耳を傾けなどはしなかった。囮店舗を用意しているという話を聞いた奴らは、そいつらを潰して自分達の力を見せ付けるなどとほざいていた。
 奴らの不意打ちをこのゴブリンが身を挺して庇った。それから、ほんの僅かに戦闘をしたが、すぐにゴブリンは手を引いて囮店舗の攻略へと向かっていった。あとでわかったのだが、奴らの放った矢には痺れ薬が塗ってあり、それが竜造の体をかすったためもう十分と判断されたのだ。
 殺す価値もないと思われたのにも、痺れ薬に倒れたのにも、我慢できないほどの苛立ちを覚える。できるのならば、すぐにでも武器を握り締めてゴブリンどもを八つ裂きにしてしまいたいが、まだ薬が残っているのかうまく動けない。
 【スターニャックス】の面々に、囮店舗で起きた戦闘の話が届くのは、もう少し先の話である。