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【学校紹介】貴方に百合の花束を

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第2章 地球とパラミタ、ふたつを繋ぐもの。


 朝に吹き込んだ風の涼しさも徐々に去ってしまう頃。
 白い花が一輪、色とりどりのテントや看板が並ぶバザー会場を、ゆらゆらと漂っていた。
 白い石畳に咲くフリルで飾られた白い日傘。木製の柄を握る日除けの白手袋。天御柱学院制服の白を基調とした上品なモノトーンのスカートがふんわりと広がり、トントン、と白いハイヒールがゆっくりとリズムを刻む。
「あら、あれは何でしょう」
 オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)が奇妙な匂いに小さく声をあげて振り向けば、長い髪がさっとなびいて花に赤のラインが差したようだった。
「ヴァイシャリーらしいお土産を探しているのですが、何か良いものはございますか? それにこの香りはなんでございましょう?」
 ふんわりと微笑んで、彼女は一人、道の隅っこでに商品を広げている売り子に声をかけた。レジャーシートの上には、彼女が今まで見たこともないものがずらりと並んでいる。パラミタに暮らす生徒なら見かけたことが一度や二度はあるものだが、それでも貴重品。契約者になってまだ日が浅く、海京つまり地球上で暮らしているオリガにとっては宝の山に見えた。
 レジャー用の椅子から腰を浮かせ、一日店主の毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が無造作に匂いの元を手に取る。
「これは龍涎香さ。ドラゴンのよだれが固まったものと言われているのだよ。タシガンやヴァイシャリーで珍重されているのだ」
「まあ、唾液……ですの。それとは思えぬ香りですわね。ではこちらは?」
「こっちは、古王国時代に宮廷で織られた布。これもアンティークのオルゴール。これは見ての通り黄金製の杯。で、これは……」
 大佐は不気味な杯を取り上げかけたが、じっと見入るオリガの視線に、持ち上げることなくそのまま着地させた。
「……いや、大したものではないのだよ」
 見た感じオリガはお嬢様だ。これが“ゲームのデスクエスト2に登場する、多数の死者から搾り取った血液で満たされた地獄の杯”だなんて知らない方がいいだろう。
 オリガは幸いそれで気にしなかったらしい。他のものと値札とを見比べつつ、
「ずいぶんお安いのですね?」
「うむ、冒険で手に入れたものを溜め込んでいたら、倉庫がいっぱいいっぱいになってしまったのでな。そうだな、ご友人に贈るなら、このべっ甲の櫛はどうかな? パラミタオオウミガメの甲羅から作ったもので、地球暮らしには珍しいだろう」
「ええ、では頂きますわ。ラッピングもお願いしてよろしいでしょうか?」
「任せておくのだな」
 大佐は手際よく箱に入れ、包装紙でくるんでリボンをかける。
「ありがとうございました。……あら、これは?」
「観光地の絵葉書だよ。おまけなのだな」
 大佐が櫛と一緒に手渡したものは、ヴァイシャリー街中の観光名所の絵葉書だった。古く有名な<騎士の橋>から職人街の広場、つい最近観光マップに紹介されたばかりのスポットや夜道にぼんやりと提灯が浮かぶ<焼鳥屋台こおろぎ>まで。中には大佐自身が趣味で撮影したものもある。
 絵葉書は無料配布だけれど、もしかするとこちらの方が良いお土産になるだろう。
「友達も喜びますわ」
「こちらこそありがとうなのだ」
 オリガは大切そうに鞄にしまうと、一礼し店を立ち去り、再び店の間を漂った。
 ヴァイシャリー観光に来て、たまたまチャリティ・バザー開催を聞いたのは幸運だった。海京からこちらには簡単には来れない。
「あちらは日本のものを売っていらっしゃるのね。百合園女学院が建っているだけあって、日本文化にも詳しいのかしら……」
 紅と藍の二色看板の下に、人だかりができている。この夏日なのに半透明の軒先を覗けば、風にふわりと揺れたものがある。
 夏の光を透かし、きらきら輝く紙製の薄い球体。
「何でございましょう?」
 白地に桜が咲いたそれに惹かれて立ち寄る、色の洪水が彼女の体に降り注いだ。見上げれば、フクロウやペンギン、ウサギの形を模したもの……。
「紙風船って言うんだよ」
 金魚柄の団扇を地元の子供に手渡しながら応えたのは、ピンクの浴衣を着たレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。
「吊るして飾っておくのもいいし、ほら、あんな風にしてもいいし」
 店の近くでは、紙風船をぽんぽんと打ち合う子供の姿がある。
「ねぇねぇ、この豚は何?」
 買った団扇でさっそくぱたぱたしながら、子供が店先に並んだ豚の置物を手に取る。
「蚊遣豚って言って、蚊取り線香を入れておく伝統的な器だよ。アロマポッドにしても、置物にしてもいいかも」
「こっちも見てほしいアルよー」
「うわっ、ぬいぐるみが喋った!」
「チムチムはぬいぐるみでもなければ中の人もいないアルよー?」
 レキのパートナーでゆる族のチムチム・リー(ちむちむ・りー)が、お手製の木彫りの動物に、蔦で編んだ籠、石鹸を次々に示す。値札は一応付いてはいるものの、タダ同然のお値段だ。
「招き猫や鮭を咥えた熊、語呂合わせのカエルなんかは、日本津々浦々のお土産屋さんでも見かける代表的なものアル。手作り石鹸はエコでロハスと主婦層に大人気あるよー」
 店先に集ったラフな格好の住民たちは、それらに興味津々だ。ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が百合園と共に持ち込んだ日本文化は、彼らにとって興味の対象でもある。
「蚊取り線香か……、この前窓が割れちゃったから、修理屋が来るまで使おうかなぁ」
「あぁ、ウチも怪物に屋根を壊されてねぇ。魔除けのフクロウをもらおう」
「順番に並ぶアルよー」 
 商品は次々に売れていく。その列待ちを癒すかのように、ポップな音楽とスパイシーな香りが漂ってきた。

 はばたき広場の出口の一つ、立ち並ぶバザーを向かいにして、流行のポップを歌っているのは百合園生の二人組だ。
 ポニーテールに結った赤い長髪で流線を描きつつ、ギターを弾き一心に歌う、妖艶な小麦色した肌の少女はシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)。長いロングウェーブを揺らしどこかお上品にキーボードを弾く少女はリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)
 新入生歓迎のために、普段歌うのロックをポップに替えて、新入生にエールを贈っている。が、実際は彼女達も学年中途で入学した、半分新入生。パラミタの有名人に見た目も名前も“似ている”のと同様、少しどっちつかずだ。
(けど、学年上はもう上級生なんだよな。事実半年分は先輩なワケだし。ま、オレもオレなりに、校長の好意を盛り上げてみせるさ)
 彼女たちの足元には広げられたギターケースには、お客が投げ入れた硬貨がたまっている。これらは後で寄付する予定だ。
 一曲終え、拍手の中をお辞儀して足元のペットボトルの水をあおっていると、美味しそうな匂いがシリウスの鼻をついた。お客の中にちらほら、カレーライスを頬張っている人がいる。
「カレーかぁ、いいねえ。昼になったら食いに行こうか? リーブラ、どこにあるか知ってるか?」
「向かいにあるカレー屋台さんですわ」
 飲食の屋台では、白とピンクの屋台で、同色のフリルに身を包んだネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、エプロンと三角巾を締め、カレーをよそっていた。用意された屋台のキッチンは高いため、ちっちゃいネージュの足元には細長い踏み台が置いてある。
 梅干しピューレが隠し味の、ちょい辛マイルドなネージュオリジナルのビーフカレーだ。今回は原価を考えて簡易版だが、きちんとしたものは焼鳥屋台こおろぎにも提供しているという。特にバデス台地であったという新入生歓迎オリエンテーリングでふるまわれたというリッチカレーを再現したものだという。
(この味が認められて、お料理部とか勧誘があったらいいな)
「すみません、このカレーはあなたが作られたのですか? 私たち、ぜひ我が部に入っていただきたいのですけど……」
「はい!」
 評判を聞き味見した百合園生に声を掛けられ、わくわくするネージュだったが……、
「私達カレー同好会に入りませんか?」
 目をぱちくりさせた。
「カレー、同好、会? あれ、お料理部は……」
「お料理部はあるにはありますけれど。せっかく出会えたのですもの、私達とカレーでパラミタの一番星を目指しませんか?」
「え、ええっ!?」
 お玉を握ったままの手を、がっちりつかまれて。ネージュは緑の瞳をぱっちり開けて、手首のレースにカレーがかからないようにするので精一杯だ。
 お料理が趣味なのであって、カレーが趣味ではなく。むしろ辛いものは苦手で。
(ど、どうしよう……)
 彼女がカレー同好会に入ることになるのかどうか、それはまた別のお話。