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リアクション
第4章 バザー、四分五裂。
あちこちに立つ百合園生の店の殆どは清く正しく美しいものだったが、中にはちょっと怪しげなものを売る店もある。
繁華街にほど近いはばたき広場の左翼では、人の出入りが激しいためだろうか、それが顕著だった。お嬢様のチャリティ・バザーというよりも、観光地の土産物屋的雰囲気を醸し出している。
一見普通に見える店でもそれは同様だ。
カフェの軒先を借り、白いパラソルの下で紅茶とティーセットを販売している店がある。店主の一人は橘 舞(たちばな・まい)、三時のティータイムを欠かさない、正真正銘の旧家のお嬢様である。
「どうぞ、こちらは今年のダージリン・セカンドフラッシュですよ」
彼女がティーカップに紅茶を注ぐと、美しい水色がカップの側面に沿って薔薇の花を咲かせた。
「はあ、恐縮です。格安でいいカップが手に入ったうえ、お茶までごちそうになって……こんなもてなしを受けたのはいつぶりでしたかな」
ヴァイシャリーでコーヒー店を営むという初老の男性が頭をかけば、舞はそっと微笑んだ。
「元々余ってしまった頂き物ですから、お気になさらないでください」
「お茶請けにはこちらをどうぞ。パウエル商会の新製品よ、気に入ったら買っていってね」
もう一人の店主ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がカップの横に、さくさくのパイ菓子を乗せた小皿を置く。
「これは何ですかな?」
「『ケロッP カエルパイ』っていうの。結構おいしいんだから。ちなみに、PはパイのPとパウエルのPを現しているのよ」
パイ生地を小さな楕円にくるくる丸めて焼き上げたそれには、実はヴァイシャリーの水路で採れたカエル粉末が使用されている。日本で人気の、あのにゅるにゅるしたうなぎエキス入り銘菓をヒントに開発されたものだ。ブリジットの実家パウエル商会はここヴァイシャリーにある。地産地消と言ってもいいのだろうか。
「ブリジット、そんなのお家で開発してたの?」
「食べず嫌いは良くないわよ。鶏肉みたいであっさりしてて美味しいんだから。……ここで宣伝して、顧客の意見を取り入れて、いずれヴァイシャリー名物にしたいわね」
三時のティータイムには舞にも試食してもらうからね、とブリジットはウインクしてみせた。
一人の地元青年──というにはちょっと歳を食いすぎてはいたが──が、店の合間を縫って歩いている。百合園女学院パラミタ校には、小学部や中学部の生徒もいる。彼は店の中から彼女たちに視線をちらちら送っていた。「いらっしゃいませ」「ごきげんよう」……飛び交うお上品なご挨拶に微笑み、恥じらいながら捲る袖、まとめ上げられた髪に露わになるうなじ。鼻の下を測ったら当社比1.5倍のにやけ顔。
「大きいおともだち、みーつけた」
岸辺 湖畔(きしべ・こはん)は、ててっとターゲットの足元に駆けて行き、くいくいとシャツの裾を引く。
「おにいさん、おにいさん、ねぇボクお願いがあるんだけど」
小さな女の子。一心に見上げるウルウル目線。外見年齢15歳、おともだち御用達のツインテール、しかもボクっ娘。その正体は、実年齢は5000年の趣味は出歯亀とゴシップネタという中身はオヤジな地祇ではあるが、そんなもの言わなければ分からない。
「な……何かな、お嬢ちゃん?」
突然美少女に話しかけれて声を上ずらせる青年に、湖畔は着いてきてほしいんだー、と言って引っ張っていく。
左翼中ほどにある、時計塔と並んで有名な噴水。その中央にたたずむ花束を抱えた女性の像は、ヴァイシャリー家に連なる人物だったと言われている──だからこの場所を、彼女達は選んだ。
憩いの場となっている噴水を囲むように立ち並ぶ雑多な店の中に、深いターコイズのキレイ色のテントがある。
「いらっしゃいませー! ここでしか手に入らないレアモノじゃん! 買ってくじゃん!」
入口で、褐色の肌をした精悍な女性アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が呼び込みをしていて、そこで青年はこれが店だと気付くのだったが、引き返そうとした時には既に、妖艶な姉とはかなげな妹の美人姉妹が、両側から腕を取り笑いかけていた。……ちょっと年齢的なストライクゾーンを外しているけれど。
「どうぞご覧になって」
「ゆっくりお選び下さいね」
見渡せば、日除けのテントの中には、ターコイズが溢れている。彼が地球人だったら、エメラルドの都を連想したに違いない。
「ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)様(非公認)グッズ専門店ですのよ」
姉・ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)はあのドレスの色を再現するのは苦労いたしましたわ、とラズィーヤとお揃い縦ロールをかきあげる。
妹・ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)は腕一杯にキルトを抱えて、そんなジュリエットを、珍しく微笑ましく見ている。
「お姉様もやっと真っ当な道を歩いて下さるようになったのですね。正直驚きましたけど、できる限りのことは協力させていただきますわ。……ところで、無許可販売は犯罪ではありませんの?」
「あら、営利目的ではありませんのよ。敬愛するラズィーヤ様人気を浸透させるための、赤字覚悟の出血大サービス価格ですのよ?」
ジュリエットは棚から一つ二つ、三つ四つと商品を次々に取り上げる。
「ラズィーヤ様人形大・中・小ですわ。ストラップに根付、これは巾着……、いかがかしら?」
ジュリエットは固まって呆然としている青年の腕に人形を押し込み、鞄にマスコットを勝手に飾り付け、ジュスティーヌはモザイクタイル風のラズィーヤパッチワークを広げて見せ、マントの如く首にくくった。
「ソファカバーにいかがですか?」
「ついでにこれも買ってくじゃん!」
呼び込みをしていたアンドレが、ラズィーヤのドレスをモチーフにした、リボン付きポシェットを肩にかける。
「ちょ、ちょっと勝手に……!」
「……買ってくれるよね?」
湖畔がうるうる目線で見上げる。青年、たじろぐ。たじろぐが──
「──毎度ありがとうございました〜!」
青年は財布の中身を確かめてがっくりと肩を落とした。湖畔はしょぼくれた背中に元気よく手を振り振り送り出す。
「キャッチセールスというのではなくて? 大丈夫かしら?」
ジュスティーヌは心配そうに、ターコイズ色に染まり歩く広告塔となった彼を見送るが、
「言わないよね。多分。ここヴァイシャリーに取り締まる法律があるかも分からないし」
「法律なんて、多数派の人間がその場の都合で作ったものに過ぎませんわよ。さ、売り切っちゃいましょう。まだまだ倉庫に在庫は沢山ありますわよ〜」
ジュリエットはぱんぱんと手を叩いて、再び商売に戻るのだった。
すれ違った青年がラズィーヤまみれだったので。……いや、ラズィーヤの中に埋もれていたので。
「ひっ!?」
神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は一瞬ぎょっとして、赤いハイヒールの足が躓きかけた。
「なんだか変な方がいますけど。きっと……、そう、問題ありませんわね」
髪に飾った黒百合の角度を直し、再び歩きはじめる。
バザー実行委員に配布された地図を見て、それがおそらく知り合いの店であることを確認すると、エレンは青年を見なかったことにした。たとえ非公認グッズだとしても、営利目的でなければ、おそらく大した問題にはなるまい……形式よりも本質を重視するべきというのが、エレンの持論だ。
それよりも、儲けに走ったり、百合園の制服に隠し撮り写真、個人情報なんかの不適切な品々が流通していないか調べて取り締まる方が先だ。
見回った限り、幸いなことにそういったものを販売する百合園生には出会うことはなかった。店はほぼ申請通りの商品を並べていたし、他校の生徒はちらほら見たが無許可出店もしていないし、商工会議所関連では、予定通り商店街の人たちが果物やジューススタンド、ちょっとした土産物を販売しているだけ。
「Dブロックまでは異常ありませんわね。それでは次は──」
エレンはあたりを見回して、ある一点で目を止めた。
「……こんなところに、ありましたかしら?」
六輪マークの旗が店先に踊っている。
六輪──世界五大陸と元素を現した五つの輪っかに、パラミタを足した六輪にすることを、かつて日本は提唱し、マスコットキャラクターとして「ろくりんくん」を作った。後年彼(彼女?)はゆる族であることが判明したが失踪……ここまでは有名な話だ。
結局、その六輪は空京での2020年、今年間もなくの開催に向けて着々と準備が進んでいる。
と、ここまでは良いとして、その店は何故か六輪のグッズ販売所になっていた。
「ろくりんピックのアイテムネ。是非見てってヨ〜」
呼び込みをしているのは、かなりくたびれた「ろくりんくん」……に似たゆる族キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だ。
胸元に止められた名札には、「財団法人パラミタろくりんピック委員会、理事」「社団法人パラミタ広告審査機構、理事」と書かれている。多分、いや絶対空京六輪公式の委員会ではないだろう。多分それっぽい名前の有志の組織。理事というのも自称だろう。
「ペナントにストラップ、ろくりんくんブロマイドもあるヨ〜」
六輪が空京の宮殿の前に描かれたペナント。ろくりんくん(もしかしたらキャンディスかもしれない)のストラップにマスコット人形、ブロマイド。
道行く人は物珍しそうに見ている。
エレンは記憶をたどり、キャンディスが、百合園女学院の生徒茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)とパートナー契約を結んでいることを思い出した。入学してからずっと六輪の開催と盛り上げに熱心なボランティア、だということも。
「それから、開会式のチケットもあるヨ〜」
が。そんなものがこんなバザーの店で流通しているわけがない。エレンがチケット見本を覗きこめば、『ろくりんピック 開会式』と文字が躍るそれに、手書き?のイラストが描かれている。
「……申し訳ありませんが、ちょっと来ていただけますかしら」
キャンディスにエレンはにっこり微笑んだ。指先で、胸元の赤い百合を差して見せる。
「こんなイタズラされては困りますのよ。後で白百合会にこってりしぼっていただきますわ。でも、まずは奉仕活動のゴミ拾い、していただけますわね?」
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