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第8章 あなたが私の一番目の星


 樹達は、皆から離れた場所でパーティーの雰囲気と料理を楽しんでいた。
 お腹が一杯になった樹は、フォルクスの胸に身体を預け、髪をいじられているうちに可愛らしい寝息を立て始めた。
「マスター、眠ってしまわれたんですか?」
 セーフェルの問いに、フォルクスは自分の口元に人差し指をあてて静かにするよう合図すると、樹の頬についている砂を指先でちょんっと払ってやった。頬と鼻の頭が日に焼けて少し赤くなっている。明日は日焼けの跡が火照ってまた大騒ぎになりそうだ。
「可愛らしいものだな」
 樹の無防備な寝顔に愛しさがこみあげてきてフォルクスが呟く。それを今度はセーフェルが人差し指を口にあてて注意した。2人はくすりと笑い合い、飽きる事無く大切なパートナーの寝顔を見つめていた。


「ルーツ、ちょうど良かったわ〜」
 アスカがルーツを見つけて声を掛ける。
「アスカ、どこに行ってたんだ。探したのだぞ」
 ルーツもアスカを見つけて歩み寄った。
『はい、これ』
 2人は声を揃えて星の砂の入った小瓶を相手に差し出した。
『…………』
 しばらくお互いをさぐるように見つめあっていたが、先に口を開いたのはアスカだった。
「いちおう聞くけど、どういうつもりのプレゼントかしら〜?」
「我はアスカにいい相手が見つかるようにと思ってだな、…余計なお世話かもしれないが」
 言い淀むルーツにアスカが直球で返す。
「ほんと、余計なお世話だわねぇ」
「アスカこそ、どういうつもりなのだ?」
「私は、ルーツに彼女の一つや二つできるようにって」
「そちらこそ、余計なお世話ではないか」
「何よぉ、昔の事をいつまでも気にして人に壁を作ったりしてるから、せっかく美人なのに彼女も出来なくて可哀そうって思ってわざわざ瓶探して砂を詰めて来たのにぃ!」
「アスカだって静かにしていれば綺麗な部類なのに、その性格だから相手が現れないのであろう」
 2人してお互いを美人だの綺麗だのと褒めながら喧嘩している事に気づき、2人は笑い出す。
「せっかくだから、貰ってあげるわ〜」
「では、交換だ」
 2人はお互いの星の砂の小瓶を取り換え、時折笑みをこぼしながら、手の中のそれを見つめた。
 恋とは違うが、これも大切な気持ち。


 北都とクナイはパーティの騒ぎから少し離れ、綺麗になった砂浜がよく見える場所で食事を食べ終えると、2人で星を見ていた。
「星、綺麗だねぇ」
「そうですね」
 クナイは気もそぞろに返事を返した。今日こそはと、北都の肩に手を回す機会を窺っているのだが、なかなか勇気も手も出せないでいた。
「これ、あげる」
 北都が空の小瓶をクナイに差し出す。カップルの伝説は北都に教えていなかったはずなのにと驚くクナイに、北都が話を続けた。
「小瓶に星の砂を詰めたら幸せになれるんだって。詰めるといいよ」
 北都はきっと意識していないのだろうけれど、クナイが幸せになれるようにと願ってくれているようで、クナイの胸が熱くなる。
「それでは、一緒に詰めましょう」
 自分も北都に幸せになって欲しいと、一緒に幸せになりたいと思っているのだと知って欲しくて、クナイは自分はいいと言う北都をなだめすかして、一緒に小瓶に星の砂を詰めた。
(伝説の話はしていませんが、構いませんよね。私の幸せは、北都無しでは成り立たないのですから)
 砂を詰め終わって座りなおすと、北都がクナイの肩に頭を預けてきた。
 普段、他人に触れたり甘えたりなどしない北都のその行為に、クナイの思考も動きも固まってしまう。
「重い?」
 クナイの動揺を感じ取り、北都が顔を上げた。
「いえっ、全然でございます!」
 クナイの言葉に北都がふんわりと微笑む。
「それじゃ、少しだけこうしててもいいよねぇ」
 クナイは勇気を出して、北都の肩にそっと手を置いた。


 明日香は食事が終わるのを見計らって、エリザベートを散歩に誘った。断られるかとも思ったが、エリザベートはあっさり承諾してくれた。
 星空の下、エリザベートと2人きりで星の砂の砂浜を歩いている状況に、明日香はこのまま時間が止まればいいのにと真剣に思った。
 明日香とエリザベートの髪を海風が梳いていく。
「海風が気持ちいいですね〜」
 明日香の言葉に、エリザベートの表情が緩む。
「森と違う風も、なかなかいいものですねぇ」
 明日香は機嫌が良さそうなエリザベートに意を決して小瓶を差し出した。
「あ、あのっ、一緒に、星の砂を詰めてもらえませんか?……お願いしますぅ」
 顔を真っ赤にしてすがるような瞳で見つめてくる明日香を見て、エリザベートは面白そうに微笑んだ。
「わたしとですかぁ?」
「は、はいっ。エリザベートちゃんがいいんです。私、大好きなエリザベートちゃんともっともっと仲良くなりたいんですぅ!」
「……いいですよぉ」
 エリザベートの言葉に、喜びのあまり明日香の超感覚が反応して白猫の耳としっぽがぴょこんと生えた。
 小さな小瓶に、エリザベートと明日香の小さな手がサラサラと星の砂を詰めていく。
 エリザベートは星の砂の砂浜の伝説を知っているのだろうか? もしも、知っていたのだとしたら、少しは自分の事を…。明日香はそんな事を考えながら、自分の鼓動が強く脈打つのを感じていた。
 砂がこぼれないよう、小瓶にしっかりと蓋をした明日香は、それを小さな胸にぎゅっと抱きしめた。
「私、一生大切にしますぅ」
 瞳を潤ませながら言う明日香に、別の小瓶が差し出された。
「次は、大ババ様の分ですぅ」
「へ?」
「大ババ様は、お土産には敏感なのですぅ。持って帰らないとすぐにおへそを曲げるですよぉ」
 エリザベートは、ミーミルや明日香のパートナー達の分もと、次々に小瓶を取り出した。
「素材の採取に便利なのでぇ、こういう小瓶は沢山持っていますからぁ、遠慮はいらないのですぅ」
(……この様子じゃ、伝説の事はきっと知らないのですねぇ)
 明日香はがっかりしたが、楽しそうに小瓶に砂を詰めていくエリザベートを見て、こんな可愛らしい一面を見られただけでも、距離が縮んだ様な気がして、それはそれで嬉しい事だと思い直した。
「明日香も手伝うですよぉ」
「はい、エリザベートちゃん」
 明日香はエリザベートを手伝い、2人の大切な人の数だけ、小瓶に星の砂を詰めていった。