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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第五章 死霊

「よっしゃ、いっくぜぇ!」
 一人の少年が素早く飛び出すと、威嚇とばかりに機晶ロケットランチャーを打ち込んだ。酒杜 陽一(さかもり・よういち)だ。景気のいい音と共に、モンスターの頭部が方向を変えて武器を構えた一同の方へと落ちてくる。軌道が逸れたおかげで的に当たりはしなかったものの、船へ激突されることは防ぐことができた。が、
「いやぁぁ!!こっちに落ちてくる!!!」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は悲鳴をあげながら、慌てて鉄扇を構えるとがむしゃらにそれを振り回した。しかしクジラほどもある巨体が相手では、誰の目にもその攻撃は効果をなさず衝撃で飛ばされるかその場に押しつぶされてしまうかに思えた。詩穂自身、一瞬死を覚悟した。
 スカッ。
「? あれっ?!」
 だが、運よくモンスターは彼女に「かすりもせず」、頭上を滑空したのちに舞い上がった。風に煽られて数人がその場に倒れた。
「ん?ああ!アイドルの顔に傷がついちゃいけないものね!」
 ひとり納得すると、詩穂はふわりとスカートをなびかせてびしっと可愛くポーズを取って見せた。惜しむべくは、人々の多くが異様なモンスターを相手に戸惑っていてその瞬間を目撃しそこなったことだ。
「サンダーブラスト!!」
 射程内に入った隙を狙って、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が放った光はクジラのちょうどヒレの部分に当たって薄い煙をあげた。途端、細く高い音が耳を突く。
 キィィイィイィイィイ……
「うわっ、なんだこの音は」
 思わず耳をふさぎ、空を仰ぎ見る。音が消えるころには薄い煙もなくなり、効果がないわけではないようだったが、さしたる変化も見えないまま再び攻撃に転じてきた。
「私たちも行きましょう!」
 シャープシューターを手にローザ・ビアンカ(ろーざ・びあんか)が飛び出す。
 ――戦闘で混沌としている今なら勢いで聞き出せるだろうか。ちらりとよぎった考えはとどめ様もなく、ソニア・クローチェ(そにあ・くろーちぇ)はローザの前に立ちふさがった。少し意地になっていた。
「その前に、お前が送りたいものって何なんだ?」
「! まだ言っていますの?」
 ソニアを無視するようにして、引き金を思いきり引く。弾丸の連射にもめげず、ソニアはなおも食い下がってくる。
「俺は、お前の抱えてるものは受け止めたいんだ!お前こそいい加減話してくれたっていいだろ!」
「っ……!!」
 腕を掴まれて顔をしかめる。その表情はもはや隠しようもないくらい怒りで歪んでいて、そして……、すぐにもっと崩れることになった。
「ぅ〜〜〜……」
 ポロポロと涙をこぼすローザを見て、しまったと思うものの最早どうしようもなく。ソニアはローザの罵声を、言葉通り正面から受け止めた。
「送りたいものなんて、わからない……!!大切なものがなんだったかも思い出せないのに、説明なんてできるわけないでしょう?!」
「! ローザ……」
 ローザは、大切なものに関する記憶を失っていた。パートナーのソニアに説明することすら難しいほど、自分のなかに情報もなかった。
「せめて、わたくしは何も送ることができないから、みなさんの大事なものを守りたいって、そう……ひっくっ、そうずっと言ってるのにっ……ソニアのばかぁっ……」
 そのまま泣き出してしまうローザを前にいたたまれなくなって、ソニアはただ不器用に「ごめん……」と頭をたれた。

「地上からちまちまやっていてもキリがないっ!行くぞ、ティア」
「オーッケィ!!振り落とされないでねッ!」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の操縦する小型飛空艇に乗って、風森 巽(かぜもり・たつみ)が上からの攻撃を試みる。自身にかけた超感覚と軽身功で力がみなぎってくるのを感じながら、巽は頭部めがけて飛空艇から飛び出し、重力も味方に勢いよく蹴りを繰り出した。
 その間に、巽の足場となれるようティアが小型飛空艇のいるべき位置を目測する。
「ツァンダァァァアアアキィィイイイ……」
 ずぼっ。
「?!」
 なんと、そのまま巽の体はモンスターの頭部を突き抜け、足場を失ったツァンダーソーク1は重力をまとったまま地面へと落下していった。
「え?タツミ!!」
 追いかけるようにエンジンを全開にして急降下する。あわやというところで彼を受け止めると、ティアはふぅと息を吐き出した。
「なんなの今の?まさかの一撃必殺?!って割には効いてなさそうだけど……」
「いや……。何も、手ごたえがなかった」
 珍しく焦ったように、巽はつぶやいた。

「……攻撃が、当たらないだって?」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は思い当たる節を浮かべながら、葬儀屋に問い返した。
「うん。あれは死霊(シニダマ)。彷徨う悪意の塊がモンスター化したもの」
「死霊?あれが!」
 葬儀屋の中であったものとはけた違いの大きさだった。
「うん。大死霊とでも言うのかな。さっきのは単体、あれは集合体。こんなに立派なのは僕らも初めてだけれど。……向こうへ行けない悲しい魂。心を込めた供物を得れば救われるかもしれないと思っている、愚かな迷い子。
 やっかいなことに、ヤツには実体がない」
「基本的に死霊に物理攻撃は効かないし、たくさんの個体の集まりだから攻撃を当ててもその部分を倒すだけで全体へのダメージはない」
「もともと形なんてないから融合の中で姿を形成するし、その姿に意味も重量もない。おそらくあの小さい翼も形だけで、あれを使って飛んでるわけじゃないのだと思う」
「ん?ちょっと待ってよ」
 それを聞いて、詩穂があっけらかんと言って見せる。
「実体がないんなら、向こうだってこっちに攻撃できないわけでしょ?だったらちょっと視界が気になるだけで、別に何も問題ないじゃない!」
 どごーん!!
「げふぅ!!」
 船の上を守っていた袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)が鈍い声をあげて悶絶していた。どうやら同じように考えたのち、調子に乗って挑発したらしい。責任感からか咄嗟に自身の体で攻撃を受け止めたおかげで、船はまだ形を保っている。
「死霊が攻撃するときは部分的に実体化するから気をつけてね」
「……葬儀屋さん、ちょっと言うのが遅いよ……」
「まったく、袁紹ちゃんたらわざわざ船に気を向けちゃってどうするんですか」
 空飛ぶ箒でぐんと速度をあげながら、志方 綾乃(しかた・あやの)が濃度の濃いアシッドミストで船を覆い隠していく。そして、明後日の方向に向けて、ダメージを押さえて音だけ派手に凝縮したサンダーブラストを放った。
 キィィィイイィイィ……
 呼応するように尾ヒレをなびかせると、死霊はぐるりと旋回して方向を違えた。視覚よりも、聴覚や嗅覚にたよって動いているらしい。
「何なのそれ、むこうは攻撃できるのにこっちからはムリとかチートじゃないの!」
 話を聞いて激昂する酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)雨慈乃 橋姫(うじの・はしひめ)がなだめる。
「まぁ待つのじゃよ。様子を見るに、何か解決策をしっておるのじゃろう?」
 双子は、同じ動作でこくりとうなずいた。