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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第六章 精霊流し

 船が出る。鎮魂歌と共に。

 キィイィイイィィィ……
 死霊の声が、まるで泣いているように聞こえてライガット・アロー(らいがっと・あろー)はぽつりとこぼした。
「俺、あいつのために歌いたい」
 そんな柄ではなかったし、歌が格別得意というわけでもなかったけれど。自然と口をついて出た言葉に自身が戸惑って、傷のある顔をポリポリと掻いてごまかす。
「や、何というか……。別に、歌がうまいとかじゃねぇんだけど、今日は送りたい気持ちが大事っていうか……」
「優しいんだね」
 いっそう照れるライガットの手を引くと、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が微笑んだ。
「一緒に歌お!大丈夫、リードするから最初はあたしに合わせて」
「俺も歌おう」
「ワタシも手伝っちゃうよ!」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が輪の中に加わってくる。
「それでは我々が伴奏を引き受けよう」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)が首にヴァイオリンをはさみ、五月葉 終夏(さつきば・おりが)を見る。終夏は力強くうなずくと同じく楽器を構えた。滑らかに、優しく撫でるように弦を弾く。
 少しだけ最初の音を合わせてから、一同は歌い始めた。


 痛かったろうか 辛かったろうか
 私の腕は短すぎてあなたにはもう届かないけれど

 大好きなあなたのために
 大切なあなたのために
 今この思いを歌にすることを許してほしい


 出航する精霊船を足場に、袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)がライトニングウェポンで帯電させておいたリベットガンを手に、狙いを定める。
「先程はよくもやってくれたのぅ」
 ガン!!
 重い音を立てて、繰り返し引き金を引く。弾は大きな的から外れることなく命中し、当たったところから死霊の体が水泡のようにはじけて細かくわかれていく。
 大死霊は小さな悪意の集合体。こちらの言葉は通じない。追い払うには、とにかく攻撃を当てて散らしていくしかない。
 ワイパーンの背に乗って、音井 博季(おとい・ひろき)は空を駆けていた。耳に届くメロディを鼻唄にのせながら、ワイパーンのブレスと一緒に轟雷閃を放つ。歌詞はわからない。メロディも初めて聞いた。だから、上手になんてとても歌えはしないけれど。
「♪〜」
 光に包まれると、死霊はその体ごと輝きながら細切れになって空へと上っていく。
「(どうかみなさんの想いを乗せた船が、無事に送られますように。
 死霊となってしまった人たちに、悲しいことがありませんように)」
 こみ上げるあたたかい想いが、勝手にメロディを奏でていく。向こうの世へと、届ける力を紡いでいく。


 どうか泣かないで
 この祈りがあなたに届きますように


 ぴょんと身軽に飛び出すと、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が鉄扇で崩れていく死霊を散らしていく。
「みんなの想いはこの詩穂が守ってみせるんだから!」
 落下するところをティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の小型飛空艇がキャッチする。
「サンキュ!ティアちゃん」
「どういたしまして!」
 入れ替わるようにして、風森 巽(かぜもり・たつみ)が飛び出していく。飛空艇で彼の後を追いかけると、ティアがそのまま通りすがりに光術を放つ。詩穂は彼らをサポートするように、気持ちよさそうに声を張り上げて歌っている。
 巽が飛んだ。
「蒼い空からやってきて、真摯な想いを守る者!ツァンダーソーク1!とうっ!!」
 今度はすり抜けることなく、足の裏に重い感触が伝わってくる。反動を受けて身をひるがえし、ツァンダーソーク1の蹴りはしっかりと死霊の体を踏み抜き、分断した。
 キィィイイィィイイィ……
 耳をつんざく悲鳴と共に、死霊の塊の一つがボコッと変形し巽にむかって尖った触手を突き出してきた。空中で方向転換できない彼を回収すべく、ティアがアクセルを全開に切り替える。
 ダゥン!
 遠距離からの銃撃で、巽を貫こうとしていた触手が残らずはじけ飛んだ。スナイパーライフルを携えなおすと浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は油断なく対象を狙い続けている。
「狙撃手はただ遠方より障害を撃ちぬくのみ」
 そっとつぶやくと、脳裏をよぎる予感を振り払って翡翠は正面の敵を睨みつけた。
 チラシを見たにも関わらず、彼女は船に何も乗せようとはしなかった。
 死亡届一枚を残して、確かに養母は生死不明となったけれど、私はこの目で真偽を確かめるまでは手なんて合わせない。送らなきゃいけない相手なんていないって信じてる。
 ――だから、私は、他の誰かの想いを積んだ精霊船を無事送り出すことに全力をかける!
 再び、ライフルが火を噴いた。


 もう戻らないものを悼んで、
 もう帰らないものを想って、

 空に船を流しましょう

 なくしたものへ届くよう祈りましょう


 キィィィィ……
 歌声に救われて、再び死霊のかたちを取り戻すこともなく、悪意の破片たちは風に乗って空に軌跡を描いた。それはキラキラと夕焼けに反射しながら、空を流れる川のようでもあった。その川を、精霊船が静かにいく。
 想いをのせて、パラミタの大地を離れ、どこまでも流れていく。
 それがどこにつながっているのかは誰も知らない。もしかしたら途中で落ちてしまうのかもしれない。
 でも、願わずにはいられない。
 ――どうかこの想いが、大切な相手へと届きますように。
「送ろう」
 丘を離れた船を見ながら、双子の葬儀屋が言った。
「葬送曲だ」