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螺旋音叉『怠惰』回収

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螺旋音叉『怠惰』回収

リアクション

5.冒涜的なわたしたち

 騎沙良 詩穂らによって穿たれた壁の穴。
 そこから学生たちが内部へと進んでいく。
 天御柱学院から今回の作戦に参加した柊 真司(ひいらぎ・しんじ)はバイクで音叉へと向かう。
「スライムもどきは……追ってこないな」
 真司は、スライムもどきからの追撃を警戒していた。しかし、スライムもどきは、穿たれた穴をふさごうと蠢いてはいるが内部に進入した者たちには興味を示さないようだ。
「空の方も無関心のようじゃのう」
 真司のバイクのタンデムシートにまたがったアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は空を見上げる。上空にはレッサーワイバーン、空飛ぶほうきなどで学生たちが飛び交っている。空中の学生たちにも、スライムもどきは無反応だ。あるいは、スライムもどきはごく近くのものしか認識できないのかもしれない。
「このあたりなら良いか」
 真司は銃型HCで音叉の周波数のサンプリングを開始する。
「ん……周波数が変動している?」
「どういうコトじゃ?」
 アレーティアは真司のHCをのぞき込む。
「……外からの音に影響を受けている感じでもないのぅ」
「加重というか、下に引っ張られている?」
 真司は採取したデーターをアレーティアに渡す。アレーティアは軽くまぶたを閉じる。
「構造がねじれているからにくいが、やはりマイナスの荷重がかかっているようじゃの」
「……この下に何かいるってのか?」
 真司たちの近くでは、パラ実生の泉 椿(いずみ・つばき)が携帯カメラで螺旋音叉やスライムもどきの姿を撮影している。
「おー、本当に映らないな」
 携帯の画面には、まるで見えない敵と戦っているような学生たちの姿が写される。
「……イコンは、こいつら認識できるのかな」
 椿は小さく首をかしげながらも連続的に撮影していく。個人的な友人でもあるパラ実の生徒会長も少し気になってると言っていた。そのためにも、いろいろ写真を撮っているのだ。
「それにしても……あんなでかい音叉、何に使うんだろうな」
 剣の花嫁と機晶姫、それに飛空挺、それらの動きを阻害するための装置なのだろうか。
 それにしては大きすぎる。これだけ大きければ、存在をあらかじめ知っていれば対応することは難しくないだろう。
 空京の中心に突然、この螺旋音叉が現われれば大パニックになるだろうが、そんなことはあり得ないだろう。
「この下には、謎の音叉工場があったりして?」
 椿は螺旋音叉『怠惰』が突き立った根本部分を撮影する。特におかしなところはなかったが、先ほどと比べると、そのあたりの地面全体が少しだけ沈み込んでいる気がした。

 スライムもどきの壁に穿たれた穴。
 スライムもどきたちは、その穴を埋めようとする。
「やれやれ、きりがないねぇ」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はぼやきながらも一瞬の休みもなくスライムもどきに向かって銃を撃ち続ける。手にしみこんだ硝煙の匂いは一度や二度風呂に入ったくらいではとうてい落ちそうにない。
(傭兵時代を思い出すねぇ……っと)
 引き金を引き続けるクドの指が止まる。
 スライムもどきの壁の中に、いつかどこかで見たことのあるものを見つけたのだ。
「北斗さん? 何してるんですか」
 天海 北斗(あまみ・ほくと)はスライムもどきの壁から上半身だけを飛び出させた状態で昏倒している。機晶姫である北斗は、螺旋音叉の効果で体が動かなくなったのだろう。そこをスライムもどきに飲み込まれてしまったようだ。
「今助けますよ――っ」
 クドは北斗の腕をつかみ、一気に引き抜く。スライムもどきは、近づいてきたクドに反応したのか、表面に無数の眼球を生成し、それをはじけさせた。強い酸性の液体がクドの皮膚を灼く。

 天海 護(あまみ・まもる)は体調不良をおしてバイクで現場に駆けつけた。
 そのときにはすでにスライムもどきの壁には穴が穿たれ、幾人もの学生たちがクレーター内部へと進入している。
「北斗! 北斗!!」
 観光気分で出かけていったパートナーの名を叫ぶ。なにやら珍しいものが現われたと聞いて、物見遊山気分で飛び出した北斗。
 しかし、現場は観光気分でいられるような状態ではなかった。戦闘音に混じって、アコースティックギターの旋律や、美しい歌声が飛び交う混沌とした状況だ。
「うぅ――」
 護が胸を押さえる。
「おや、大丈夫ですか?」
 護が視線をあげると、そこにはクドが立っていた。護が今一番会いたかった人物、北斗を背負っている。
「北斗! それにクドさん」
 護はクドの姿を見て一瞬顔に浮かべた喜色を引っ込める。クドの皮膚が赤く灼けている。今すぐ処置しなければ痕になってしまうだろう。
「あれ?」
 螺旋音叉の影響範囲から抜けた北斗が覚醒する。
「悪いな、また世話になっちまった」
 北斗はクドの背中で小さく赤面する。
 護は処置を断ろうとするクドの皮膚に、精製水を振りかけ始めた。

 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は、私心なく純粋に人助けのために応急処置に当たっている。
 当たっているのだが。
「……」
 包帯を持つ自分の手が震えるのを止めることができない。
 淳二の目の前には、蒼空学園の男子の制服のジャケットを羽織ったアリア・セレスティが座っている。ジャケットの下は、ほとんど裸同然の状態だ。
 同年代の女性の肌に動揺しているわけではなく、アリアがこのような姿になったいきさつを想像すると思わず涙がこぼれそうになる。
 淳二が汗をぬぐうふりをしてこぼれそうな涙を拭くと、自分を見つめるアリアと目があった。
 アリアは淡い笑みを浮かべて、細い指で淳二の頭をそっとなでた。
「包帯、あるかな?」
 淳二は無言で包帯を差し出す。アリアはたどたどしい手つきで体に包帯を巻き付けていく。
 不格好だが、肌のほとんどは隠すことができた。
「じゃあ、私も少し手伝ってこようかな」
「ダメだ、怪我をしてるじゃないか!」
「身体の方は平気だよ」
 アリアはもう一度淳二の髪をそっとなでると、ゆっくりと立ち上がる。
「俺って情けない男だな」
 淳二はアリアの背中を無言で見送って呟く。
 小さく頭を振って、自分の両手で頬を張る。
「俺は俺にできることをやらなくちゃな!」

 火村 加夜(ひむら・かや)は、地面に寝かされた花音・アームルート(かのん・あーむるーと)の手を握りしめる。
 花音は、黒い壁と螺旋音叉『怠惰』のちょうど中心地点に倒れていた。
 花音はうっすらと目を開ける。
「花音ちゃん、今助けるからね!」
 加代の声に、花音はぼんやりとした表情のまま頭を振る。
「わたしは最後に……それよりほかに人たちを早く」
「でも……」
「はっはっはっは!!」
 やたらと楽しげな声とともにゾンビがまた一人救助者を担ぎ上げる。
「ひゃっ!」
 加夜は花音の手を握りしめたまま悲鳴を上げる。
「皆の者、どんどん運ぶぞ!」
 甲賀 三郎(こうが・さぶろう)は、自分の配下としてつれているゾンビに要救助者を運ばせているのだ。先ほどのテンション高めの笑い声は三郎のものであったようだ。
 意識のある者は、ほとんど例外なく嫌そうな表情をしながらもおとなしく運ばれている。三郎の傍らでは、ゴーストが辺りをうかがっている。
 ゴーストは要救助者の怪我の程度によって緑と赤のテープを貼り付けていく。
 三郎のパートナーであるメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)は、腕組みをしてその様子を見守っている。救助活動を手伝う気は、全くないらしい。
「怠惰か……面白いネーミングじゃないか」
 悪魔であるメフィスは七つの大罪の一つである『怠惰』の名を冠する音叉が気になってこの場にやってきたのだ。メフィスとしては、人間がどのような目に遭おうと興味はない。
「この狂気、心地良いな」
 メフィスは、母の胸の中で子守歌を聴く赤子のようにかすかに笑んで瞼を閉じる。
「敵が強大だと安易に人は、より強い力を求める……それが身を滅ぼすと何故気が付かん」
 三郎は何本ものワイヤーをくくりつけられた螺旋音叉を見つめ、苦しげに呟く。
「人は未だ届かぬものに向かって手を伸ばすのさ」
 メフィスのささやきを無視して、三郎は男子生徒を担ぎ上げた。
「もう少しの辛抱だぞ!」

 芦原 郁乃(あはら・いくの)は大活躍だった。
 空飛ぶ箒で、上空に待機する飛空挺と螺旋音叉『怠惰』の間を何往復もし、ワイヤーをくくりつけた。
 双子のようによく似た容姿の蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)とのコンビネーションで効率的に作業を進めていく。
「なんだかおかしいなぁ」
 ふと郁乃の脳裏に疑問がさした。自分は何をやっていただろうか。身体は機械的に螺旋音叉にワイヤーをくくりつけているが、それがまるで他人事のように感じられる。
「あれ? なんで」
 だから自分の左腕が剣の鞘を外したときも、まるで映画でも見ているような気分だった。
 耳の中一杯に真綿を詰め込まれたように、音の輪郭がぼんやりと感じられる。
 郁乃の左腕は、鞘に収められたままの剣を大きく振りかぶり、螺旋音叉に思い切り振り下ろした。
 音叉の表面に、鞘が衝突し、青い火花が飛ぶ。
 次の瞬間、郁乃は空飛ぶ箒から吹き飛ばされ、地面に向かって落ち始める。音叉は、文字通りその全身をふるわせ、大気にその振動を伝播していく。
 マビノギオンは、郁乃の様子がおかしいことに気づいていた。
 それ故に、空飛ぶ箒から振り落とされ落下し始めた郁乃を、空中で回収することができた。
「っく!」
 剣の花嫁と機晶姫にしか効果がなかったのではないのか。それともあまりに大音量のせいか。マビノギオンは平衡感覚が働かない中で、必死に空の方向へと上昇していく。
 あたりにいたレッサーワイバーンたちも、悲鳴のような叫びを上げながら空中で身をよじっている。