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リアクション
爆発現場である実験棟の一室は通路に面している。
幅数メートルの広くも狭くもない、人が過ごすのに何ら問題ない構造をしているその通路の東側には、三つの人影が移動していた。 一つは眠そうに眼を擦る男夜月 鴉(やづき・からす)。彼は前方をいく二人の女性に腕を引っ張られ、引き摺り半分早歩き半分の状態となっており、
「なあなあ、そんなに急ぐ必要あんのかよ魏延。何処行くつもりだっつーか何で俺連れて来られてんの?」
鴉の腕を引く魏延 文長(ぎえん・ぶんちょう)は顔だけを後ろに向け、
「何言ってんねん。わての可愛い子ちゃんセンサーがビンビンに反応してるから、爆発起きたとこに行くんやないかい!」
「……そんな不安定かつ不可思議な気まぐれ直感力に俺を付き合わせるな。お前のせいでティナも困ってんだろうが」
言い、彼が見るのは、頭に猫を乗せて魏延と並び行くアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)。彼女は苦笑し、
「い、いえ主、私は大丈夫ですよ? こういった事はもう慣れましたし」
「ほれみい、鴉。アルティナもこう言ってるんやし、文句いっとるのはあんただけやで?」
「――あのな、魏延。慣れているって言葉は肯定的意味だけで捉えられるもんじゃないんだぞ」
額に手を当て疲れたように言う鴉に、魏延は笑って答え、
「難しい事言われても解らんわ。大事なのは可愛い女の子がこの先に居る。わてが抱きしめて楽しむ……いやいや、抱き締めるべき存在が目と鼻の先に居るって事や」
「本音を建て前より先に漏らすな馬鹿」
「ま、まあまあ、主に文長も抑えて抑えて。折角なんですから楽しく行きましょ――」
「ああ――!」
アルティナの言葉が魏延の叫びにインターセプトされた。彼女が指差しつきで放った大声に鴉は耳を塞ぎ、
「うるせえな。いきなりなんだってんだよ!」
「みてみいよ、鴉! ほれそこ」
鴉は訝しげな表情で魏延が指差す方向を見る。埃が舞う空間の奥、そこには通路側の壁が破壊され内部が丸見えになった部屋があった。さらに、
「あ? ありゃあ、女……か?」
部屋の中央付近で蹲る黒髪の少女の姿が見えた。距離もあるのだが、体格のせいもあるのだろう。顔を俯け身体を縮めているその姿は子供のように小さかった。
「ほれほれ、わて言った通りやろ。やろ!?」
「同じことを二度言わんでいい。ったく、見つけたんならさっさと行って助けるぞ」
「っ!? 止まって下さい主、文長!」
突然、アルティナが叫んだ。 彼女らがその理由を知るのに二秒もかからなかった。理由は目の前。
「――――――!」
多脚ゴーレムが横壁上部を突き抜けて降って来たからだ。まるで壁の向こう側から蹴り抜いて来たかのように。前触れもなく、余分な振動すらなく、石の塊が重力に従って落ちて来る。
「おいおい、こんな所にゴーレムかよ。随分派手なお出迎えだな」
轟音を立てて着地した石像は、勢いで身体の構成物を零しながら廊下を塞ぐようにして立った。
そして鴉たちの方で歩み寄って来る。通路を窮屈そうに歩くその姿は、進行方向を威圧するようであった。
「……どうするよ、これ。通せんぼされちまってんだけど」
「ど、どうするって、と、突破するに決まってるやろ!? 目と鼻の先に美少女がいるんやで!」
面倒そうに問いかけた鴉に魏延は慌てて答える。その背後ではアルティナが頭の猫を取り、逃がしていた。
ゴーレムから逃げるように猫が走る。が、それとは逆方向、鴉らの方に向かう姿が数種ある。
駆けるように飛ぶドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)とそれに乗る小柄な少年クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)。
「いえーい、ゴーゴー」
「手前、俺の背中ではしゃいでんじゃねえ! 大人しくしねえと振り落とすぞ!」
「えー、頑張ってよカニ。目的地は見えてるんだからさ」
「いい加減カニって呼ぶの止めろ! 俺が甲殻類みてえで気色わりいんだよ」
いーじゃんよー、と竜と少年が会話しながら高速で突っ込んで来る。
そしてそれに追随する姿もある。片手剣を両の手に構えたルカルカ・ルー(るかるか・るー)と赤髪の若い男、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)である。
「あのゴーレムも邪魔だし、この中の誰かがチャンスを見つけたら後続を気にせず突破する。それでいいわね?」
「ああ、問題なくオッケーだ。残った奴はアレをぶっ壊してからゆっくり行きゃあいい」
息継ぎに変わって言葉を吐き、四人は高速のままゴーレムに突っ込んだ。
道幅一杯の図体を持つ巨大なゴーレムだ。通れる部分も限られてくる。多脚故に股は抜けられない。
だから、と先行する二人は、ゴーレムの右脇の下を抜けようとする。けれど、
「――――亜――!」
彼らの動きに反応したゴーレムが脇を閉じた。いや、拳をただ元の位置に戻しただけだ。必然、通り抜けるための隙間は極僅かな物になり、
「ちょっ、カニ。無理無理無理だって! 自分の身体サイズ考えなよ」
「うるせえぞクマラ。気合ありゃあ大抵行けんだ!」
言ってカルキノスは激突した。
鼻っ柱から真っ直ぐの顔面タックル。
うわあ痛そう、とクマラが悲鳴を上げる中、彼らと反対の脇下を通ろうとする姿があった。
ルカルカだ。
「突破させて貰うわよ!」
彼女は身のこなし軽く、ゴーレムの足を駆けあがりそのまま抜けようとする。が、
「――!」
ゴーレムが動き出した。多脚を器用に個別駆動させる。
「……っく!?」
足場にしていた個所が稼働したことでルカルカはバランスを崩す。脇下というのは狭い隙間だ。突破するために加速力が必要であるがそれを失ってしまった。代わりに手に入るのはゴーレムの反撃。
左のストレートが放たれる。ルカルカは身を捻り、横にある壁を一蹴りする事で方向を斜め下に転換。
巨大な拳を何とか掻い潜る。
標的を失った石像の腕は床に突き刺さるだけ。その刺さる腕を駆けあがる者がいる。
「どうやら、突破すんのは俺みたいだな!」
叫びながらエースは走る。腕を階段を二つ飛ばしで上るように大股で行き、
「先行って待ってるぜ!」
ゴーレムの頭上を飛び超えて、その背後に着地。そのまま振り返らずに走りさる。
そんな彼を見送りつつ、カルキノスはゴーレムから離れ己の鼻を擦りながら、
「あーいてえ。ったくよ、一々倒すの面倒だから製作者に弱点問い詰めに行こうとしてんのに、踏んだり蹴ったりだな」
「いやー、それも良かったと思うよ? カニなんかに詰め寄られたら泣き出しちゃうでしょ」
「なんかとは何だクマラ。もしかして馬鹿にしてんのか、おい」
「仲良く喧嘩している場合じゃないわよ。今は前見て対処を考えなさい。こいつ倒せばやりたいこと出来るんだから」
「その通り!」
ルカルカの台詞に呼応する言葉が、彼女の後ろから響いた。声の正体は箒に乗ったミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)。
「この邪魔な石像を少しばかり砕けば、直ぐにでも彼女の下に行ける。そして制作者であるならば止め方も既知。ならば、少々強引にでも突破するしかあるまい!」
大声で宣言する彼と並ぶ朱宮 満夜(あけみや・まよ)は、ゴーレムを見て、そしてその奥に居るディティクトを見て、
「そうです。ここさえ抜ければこの馬鹿騒ぎも終了するでしょう。なら、今すぐ直行です!」
箒で天井近くまで飛び上がり、そのままゴーレムに突っ込んだ。それにミハエルも続く。
天井すれすれの高速移動。ゴーレムの突入によって空いた穴は既に石像の背後になっている。そこで迂回する事は不可。
同時に、左右も一杯一杯で何事もなくすり抜けるのは不可能。だから、彼女は雷撃を放った。後ろに続くミハエルもそれにならって雷撃する。二つの雷はゴーレムの胸を直撃し抉り、粉塵を飛ばした。
舞った塵を目くらましに、彼女らはゴーレムの頭上を行こうとする。が、彼女の眼はある一点を捉えていた。
それはゴーレムが蹴り抜いてきた壁の向こう、薄暗い細い通路を一人、フラフラと歩く少女、夕条 媛花(せきじょう・ひめか)の姿。
イルミンスール生である彼女は学校の地理をそれなりに理解していた。だから、分かった。
「殆んど人が入らないあそこに人? ……もしかしてゴーレムに吹き飛ばされて?!」
夕条がいる実験棟の位置を知識と組み合わせ、朱宮は思考する。
「このゴーレムが蹴り破って来たのも、あの子を狙って?」
解らない、と朱宮は呟くが、解ることはあった。それは、
「ミハエル、作戦変更。まずはあの子を助けます」
「あ? まずは話聞くのではないのか?」
「製作者にお話を聞きたいのは山々ですが、ふらついている人を見捨ててはおけません」
背後に言って、朱宮は箒の軌道を曲げ、夕条の元へ向かった。
「……ま、切り捨てて置くわけにもいかんか。退路確保は我輩がやって置く。お前はさっさと連れて来い」
破れた壁付近で留まるミハエルに頷きを一つして、朱宮は全速力で夕条へ近づき、
「大丈夫ですか! 怪我はありませんか?」
背へ掛けられた声に身体全体をとび跳ねさせた夕条は、無表情を作って振り向き、
「何……?」
問い返した。朱宮はその答えに虚をつかれたが、それも一瞬のことで、
「何じゃありませんよ。ここは危険ですから、速く逃げましょう!」
気を取り直し、箒の後ろを夕条に向け、
「掴むか乗るかして下さい。一気に出ますから」
箒の柄を前にして、夕条は数秒悩み、目を伏せて、
「…………分かった」
と、一言頷くと箒に乗った。
「加速しますから、何処かに掴まっていて下さいよ!」
言葉のままに、朱宮は加速した。瞬き五つする間に破壊された壁を抜け、ミハエルの元へ辿り着き、そのままゴーレムの前方三十メートルの位置まで飛んだ。
そこで箒を地に近づけ、
「さあ、もう大丈夫ですよ。怪我とかはないんですよね?」
「……………………平気。問題ない」
よかったー、と息を吐く朱宮の前で再度、夕条は顔を下に向ける。
「…………惜しかった。もう少しでデータが……」
「? どうかしましたか?」
「………………何でもない。……気にしなくて良い。それよりも、………………あれ、いいの?」
夕条が顔を向ける先ではゴーレムが暴れていた。手足を振りまわし、周囲を蹴散らそうとしているが、
「ああ、それこそ大丈夫ですよ。あれだけ数がいるんですし」
台詞と時を同じくして、振り回していたゴーレムの腕がルカルカに斬り落とされた。
さらに脚部も砕かれており、歩行を不能となっていた。
「さて、これで彼女の元へ行けますね。あなたも行きますか? 追われているのでなければ、彼女を助けに来たのでしょう?」
夕条はしばし俯き、考え、首を縦に動かした。意志を確認した朱宮は箒を動かそうとする。その時、
「やべえっ! 何か来る、全員伏せろ!」
誰かが吠えた。次の瞬間。
爆発が起きた。ゴーレムの胴体が爆心地。
威力は球状に発揮された。爆熱も衝撃も音も風もない、本当に爆発なのかと疑いたくなるような威力が。
伏せていた皆は疑問顔でゴーレムを見る。崩れかけの石像をだ。
そして、そこで爆発の効果を知った。
「そ、そんな馬鹿な――」
ゴーレムの残骸によって出来た壁がそこにあったのだ。
そう、瓦礫の山によって構成された、通行止めの柵が出来あがっていた。
拳や剣で叩いても崩れるだけで穴は開かない。それ程の柵が、東側通路に完成したのだ。
「こ、これじゃあ、向こう側には行けません」
呆然と為した朱宮の声が、粉塵舞う廊下に響き渡った。
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