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新入生向けにPV作ろうぜ!

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リアクション

1.会場にて




 講堂の中に並ぶパイプ椅子の列の中には、そろそろ人が入り始めている。
 半ば駆け足で講堂の中に入った芹 なずな(せり・なずな)は、客席を見渡して、
(いた!)
 探している相手を見つけた。
 高円寺 海(こうえんじ・かい)は、客席の中にひとりでポツンと座っており、持ち込んできたペットボトルを口にしている所だった。両隣の席に人はおらず、荷物も置かれていない。
 ──チャンス!
 なずなは早足で海の方に向かい、一度その視界の外に外れる。そうしてからゆっくりと歩いて近づいていってから、
「やあ、海くん!」
と、声をかけた。
「(!?)」
 いきなり声をかけられた形の海は、背を丸めてゴホゴホとむせる。
「! ご、ごめん! 大丈夫!?」
 慌ててなずなは海の背をさすった。海は咳き込みながら首を縦に振り、「大丈夫」のサインを送る。
 ──ようやく咳がおさまると、海は顔をしかめながら体を起こす。
「……あの……悪気はなかったんだよ?」
「……分かってる……」
 喉や呼吸に気を使いながら、海は答えた。
「ホントにごめん……それじゃあね……」
 その場を去ろうとするなずなに、海は「ちょっと待て」と声をかけた。
「え……何かな?」
「別に怒ってないし……それに、何か用あったから声かけてきたんだろ? 何だ?」
「用って、その、えーと」
 なずなは頭の中の語彙を検索し、言葉を選んだ。
「えーと……よかったら一緒にPV見たいなあ、なんて」
 選んだ結果はあまり気の利いた言い回しにはならなかった。なずなは心中でひっそりと凹んだ。
「別に構わないぞ。正直ひとりじゃ退屈していた所だ」
「……ホント!?」
 思わずなずなが身を乗り出した分、海が上体を退かせた。
「……性分だって察しはつくが、リアクションはもう少し穏やかにしてくれると助かるな……」
「あ……ごめん、気をつけるよ」
 声の大きさに気を使いながら、なずなは海の隣に腰を下ろした。
 ──シミュレーションとは大分変わってしまったけど、第一次ミッション「海の隣の位置取り」は達成したようだ。
 その時、海を挟んでなずなが座った席の反対側から声がした。
「海くん、探してたんですよ。一緒に見たいと思って」
 杜守 柚(ともり・ゆず)が手に紙の束を抱えながら微笑んでいる。
「? ああ、どうぞ」
 海の答えに「ありがとうございます」と会釈して、柚がその隣に座った。その向こう側に杜守 三月(ともり・みつき)が腰掛ける。
 なずなの中に、曖昧なものが沸き起こる。
(この子、ひょっとして──)
 「それ」が「予感」、という形をとる前に、柚が海に口を開いた。
「海くん。バスケ部って学園にあるんでしょうか? 無かったら作りませんか?」
(うわ、やばい──)
 この子は自分と同じだ──なずなは確信した。

「探せばあるんじゃないかね? 正直俺はよく知らないが」
「私が調べてみた限りでは、活発に活動しているバスケ部ってのは無さそうですね。でも、今日ここに来ている人たちの中にも、バスケをしたいって人も居ると思うんです。
 ですから配れるようなチラシを作ってきたんです」
 柚は抱えた紙の一枚を、海に手渡した。手作りの勧誘チラシである。
「受け取ってもらいやすいように、飴と一緒に渡すんです。
 チラシは二枚づつ渡して、興味のありそうな友達とかに渡してもらう用にしてもらいます」
「気配りが利いてるな」
「中学時代、生徒数が多くなかったから、部員争奪戦でしたよ。渡すほうは色々と知恵を働かせなくちゃならなかったんです」
「なるほど」
「正直言うともらう側、だったけどね」
 三月が口を挟んだ。
「こういう気配りは他人の真似。けど、いい所はどんどん真似して盗まないと、ね」
 海は手渡されたチラシを眺めた後で、腕時計と講堂の中とを見比べた。
「このチラシ、今ここで配るつもりか?」
「ええ。良ければ手伝って欲しいな、なんて」
 上映にはまだ時間がある。
「分かった。ぜひ手伝わせてくれ」
「お願いします」
 あれよあれよという間に話が進んで、海、柚、三月が席から立ち上がる。
「あ、あの……!」
 なずなも慌てて立ち上がり、手を上げた。柚に向かって手を上げた。
「わ、私もバスケ部入りたい! 手伝わせて!」
(──へぇ?)
 三月がなずなの様子を見て、口の端に笑みを浮かべた。
(そういうことか。なるほど、なるほど)

(くっ……失敗したか!)
 一部のギャラリー達は、金元 ななな(かねもと・ななな)の客席に座る位置を見て、目論見が潰えた事を悟った。
 彼らは金元なななの前列を陣取って、カメラを仕込んだバッグを床に置いてスカートの中を盗撮しようとしていたのだが、肝心の金元なななが客席最前列に座ってしまった。
(なんて事だ……こいつは想定外だったぜ!)
(……なぁに。何も金元なななだけが目標、ってわけでもないさ)
(そうだな。彼女を“撮影(シュート)”するのは次の機会にして、今回のターゲットは……)
「ふもっ?」
 いつの間にか、彼らの背後に試作型 ポン太くん(しさくがた・ぽんたくん)が忍び寄っていた。
 ──数分後、彼らはカメラ内のメモリを全て消去された上で、講堂からつまみ出されていた。

「……誰も来てくれませんねぇ」
 飲み物や飴を並べた長卓の横に立ちながら、藤野 夜舞(ふじの・やまい)は溜息をついた。
 長卓上に置かれたものは、なかなか豪華だったりする。
 おにぎりは鮭・おかか・梅干・ツナマヨ・筋子等が具となっている。
 サンドイッチも、挟まれているのはBLT・タマゴ・ツナ・フルーツとバリエーションが豊かだ。
 デザートはベイクドチーズケーキ・レアチーズからいい匂いがして口の中にヨダレが湧くし、飲み物にいたってはコーヒー・紅茶・緑茶・麦茶・レモネードとお茶系ならば死角はない。
 量だけなら10人単位のピクニックにだって対応できるかも、というボリュームだった。が──
「そりゃ仕方ないよ」
仄倉 斎(ほのぐら・いつき)は首を横に振る。
「入場者の動線からこの位置って、全然かけ離れているじゃん?」
「うう……皆さんの邪魔にならない場所を、って思ったんですけれどぉ」
「眼にも止まらないんじゃ話にならないよ」
(……まあ予想はしていたけれどね)
 場所を移したいところだが、この量を一度片付ける、というのも相当な手間だ。
 斎は持ってきた旗差しを「休憩コーナー」と書かれた旗に通すと、長卓の横にガムテープで貼り付けた。
(これで少しは来ている人の目を引くといいんだけどねぇ──)