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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展開催(6)

 イベント会場の最奥に設置された特設ステージ。
 大入りの客席を前に、そこで今、スポットライトを浴びて輝いているのは1枚の紫ざぶとんと設置マイク。
 テケテンテン、テケテケテンテン、と地球人(というか日本人)にはおなじみの三味線と小太鼓、笛の音楽が左右のスピーカーから流れ出し、舞台袖から1人の少女が慎ましやかに着物の裾を気にしながら歩いてくる。
 彼女こそ若松 未散(わかまつ・みちる)。このパラミタに落語の偉大さを広めんとの野望から、アイドル落語家への道を(不本意ながら)歩き出した少女である。
 最近、パートナーたちといると衣装のことでさんざん弄ばれることに気づいた彼女は、今日ばかりは1人で来ていた。
 なにしろこれは、先日北カナンでの祝賀会プロモーションの功績が認められた【846プロ】が受けた出演依頼、ここで失敗しては自分のみならず【846プロ】にまでご迷惑をおかけすることになる。そんな状態で、恥をかいたり失敗につながるような可能性は避けたくてしたことだった。
 だけど、本当にこれでよかったのか……この異国の地に、たった1人。
(――ううん、私1人でもやれるってこと、見せなくちゃ。みんながいないと何もできない、べったり頼ってたんだ、なんて思われたくない!)
 心細さを振り切るように、さっと裾を払い、ざぶとんに座る前に客席に礼、そして座っても礼。
「一生懸命お噺をさせていただきますので、ぜひよろしくお付き合いを願うものでございます」
 閉じた扇でぱしりと膝をたたきあいさつ口上を述べ、すぐさま演目へ。
「さて、この『人情ラーメン――カナン』という噺、実はつい先日北カナンであったことでございます――」
 もちろんこれは未散のオリジナル落語だ。カナンの人が受け入れやすいように、カナンを題材にした、ちょっとホロリとくる人情話。話し始めるまでは緊張しっぱなしだった彼女も、一度口を開けばさすが噺家、あとは立て板に水のごとし。死ぬほど落語が好きなのだと分かる、輝く笑顔でいきいきと語る彼女に、観客もすっかり目と耳を奪われていた。



「甘いお菓子をおひとつどうぞ♪」

 拍手喝采でもって退場した未散のあと。
 ギターの音に乗って、歌声が流れ出した。
 舞台上手にスポットライトが当たり、魔法少女の格好をした遠野 歌菜(とおの・かな)が現れる。

「砂の描くアートな夢世界
 私と貴方と皆で踊ろう
 貴方の笑顔で幸せ広がるよ」

 ちょっとメロウっぽい階調でしんみりと流れたあと、突然月崎 羽純(つきざき・はすみ)のギターの音が飛び跳ね始める。
 彼を見つめながらつま先でリズムをとる歌菜。彼女からの視線に気づいたように羽純が顔を上げ、微笑を浮かべる。
 歌菜もまた、笑顔を返し、客席の方に腕を上げた。リズムに合わせて拍手を求めるように、手を打ち合わせる。客席の人たちもまた、それをすぐに読み取って、手を打ち合わせ始めた。
 もともと東カナンには楽器を使わず拍手で歌や踊りのリズムをとる風習がある。すぐに羽純のギターのリズムを掴み、それにオリジナルを加えた、多彩な音を彼らは出し始めた。
 母音のみを使った「声」を用いる者もいる。
 マイクを用いて歌う、歌菜の声の方が負けそうになるほどの音。
 アップテンポで軽快に流れる音楽に、ついにはその場で踊りだす者たちも出てきたのを見て、歌菜は客席のカナンの人たちと自分が一体になっているのを感じずにいられなかった。

 やがて歌菜の合図で、羽純が立ち上がる。
 彼とともに、歌菜はステージを元気よくぴょんっと飛び下りた。

「さぁあなたにもあげましょう
 みんなみんな みんなにあげる
 甘いお菓子をおひとつどうぞ♪」

 歌菜は歌に合わせて【虹色スイーツ≧∀≦】で作り出したお菓子の入った小袋を、パーッと客席に撒いた。
 それを見て、わあっと子どもたちが前に駆け出してくる。
 期待にこぼれんばかりの笑顔で、ちょうだい、ちょうだいと手を伸ばしてくる子どもたちに、歌菜は歌いながら満面の笑顔でお菓子を手渡していく。歩く彼女の周りには、いつしか置いていかれまいと必死でついて歩く子どもたちの列ができていた。
 子どもたちに取り巻かれた歌菜を見つめる羽純の面には、彼女が配っているお菓子ほども甘い、とろけそうな笑顔が浮かんでいる。
(あれではきっと、のどが嗄れて声が出なくなるまで歌い続けるのだろうな)
 そうは思っても、今日ばかりは止めようという気は起きなかった。それに最後までつきあうと羽純も決めているし、第一に、彼女がそうなりたがっているのがよく分かるからだ。
 たとえ本当にそうなったとしても、彼女は満足そうに笑って「すっごく楽しかった」と言うだろう。
(あとで冷たい飲み物を渡して、いたわってやろう)
 今日は、彼女がとまどうくらい、思いきり甘やかしてあげてもいいかもしれない……王女様のように。
 笑顔の下、そんなことを考えつつ羽純がギターを奏でていたことを、歌菜は知らない…。



 まるでパイドパイパーのごとく、子どもたちを引き連れながら会場を歌い歩いている女性がいた。
 魔法かマジックのように、きまぐれに彼女の手の中に現れるお菓子の袋。それをほしがる子どもや、もらったお菓子を口いっぱいに放り込んでいる子どもたちがたくさんいる。
 なかなかほほ笑ましい光景だ。
 道が交差し、彼女たちが通りすぎるのを待とうと足を止めたバァルと、そのとき彼女の目が合った。

「甘いお菓子をおひとつどうぞ♪」

 にっこり笑ったその女性が、ぽーんと放ってきたお菓子の袋を反射的に受け取る。
 手のひらに乗るサイズで、ハンカチのような布に包まれ、赤いリボンで封をされている。それを、バァルは横にいたアナトに何気なく手渡した。
 女性だから、こういった甘い物は好きだろうと思って渡したのだが。
「そういえば、甘い物は苦手なんでしたね」
 それでこっそり、メイドが自分の分のおやつとして出してきた物の中からアイシングがかかった物を、アナトの皿の方に多めに移していたのだ。
『セテカに分けてあげようと思って……あいつ、甘いお菓子とか好きだから』
 とか言い訳して、ハンカチにくるんでいた分もあったような…。
「気づいていたのか」
 というか、あんな子どものころのことを覚えられていたことに、ちょっと照れ笑うバァル。
「嫌いなわけじゃないんだ。ただ、大量に食べられないだけで」
「そうでしたね」
 アナトの指かスルスルと赤いリボンをほどき、差し出す。
「おいしそうですよ。おひとついかがですか」
 請われて、バァルは中のチョコレートがけの楕円のおかしをひとつつまみ出して口の中に入れた。
「うん。おいしい」

  ――カシャカシャッ。

 どこかでカメラのシャッター音のような音がした気がして、バァルは周囲を見渡した。
 しかしそれらしい姿はどこにもない。
「空耳か」
 たしかに聞いたような気がしたのだが……腑に落ちないながらも、周囲に促され再び歩き出す。
「……ふー。危ないとこだった」
 ひょこっと後ろの砂像の影から頭を出し、七刀 切(しちとう・きり)は額の汗をぬぐった。
 ホワイトコートと隠れ身で、しっかり姿も気配も隠しているのだから砂像の後ろに隠れる必要はなかったのだが、つい…。
 やっぱり雰囲気というか、反射というものがある。
「にしても」
 と、同じく砂像の後ろに引っ張り込んだ月谷 要(つきたに・かなめ)を振り向く。
「ばっか。あそこは静止画じゃなくて動画だろ、動画」
 おかげで見つかりそうになったじゃないか。
「そうしてたつもりだったんだけどー」
 おかしいなぁ、と要は手の中のデジタルカメラを見る。
 確認用の窓には、バァルとアナトが互いを見つめる――というか、バァルは正確には枠外にある彼女の手の中の袋を見ているのだが――ツーショットの映像があった。
 要の自称・無駄な技術により、これまで撮影された静止画は全て手ブレに乱れることもなく、まるでプロの写真家が撮影したように鮮明に撮れている。
「まぁ、これはこれでいいのかもしんないけどねぇ」
 映像の中の笑顔の2人に、ふうと息をつく切。
(さぁこれでバァルをからかうネタ、ナンバー5ができた、っと)
 ぽち、とボタンを押して保存する。
 彼が会場に現れてからずっと尾行を続けてきたが、1番はやっぱり、甲冑から滝のように砂をこぼす姿だろう。あれが撮れたときにはもう、笑いすぎてその場で死ぬかと思ったくらいだ。
 大型に引き伸ばしてプレゼントしたときのバァルを想像するだけで、また笑いがこみ上げる。
 きっと、ものすごーーーく複雑そうな顔をして、礼儀として受け取るに違いない。「ありがとう…」とか言って。そして裏で1人、こっそりと落ち込むのだ。
 ああ、笑える。
 もちろん、切としてはイジメたいわけではない。
 バァルにはめいっぱい幸せになってもらいたい。そのためなら友人として、全力で取り組む気持ちは山のようにある。
 だからこうして、未来の領主夫妻の甘々ツーショットを撮り、それを結婚式のときにアルバムにでもして2人にプレゼントしようと考えたのだ。
 ――ただ、実際してみると、撮れている大半はネタ画像なのだが。
 顔だけバァルのメタルピヨ砂像とか、胸の巨大なイナンナ像を前に硬直し製作者にどう無難な感想を返そうかのどを詰まらせている姿とか、頭の上に砂の塊を乗せていることに気づけていない姿とか…。
 保存した画像で振り返り、くつくつと肩を震わせ笑っていたら、ひょこっとこちらを覗き込む人影が現れた。
「おまえたち、ここでグズグズしてていいのか? 行っちまうぞ?」
 ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)が、くいっと後ろを指差している。
「うわ、やば。行くぞ」
「あ、うん」
 切のあとを追おうとする要の手から、ひょいとルーフェリアがカメラを抜き取った。
「ちょっと貸してみな」
 動画が録画できるよう、ボタン設定をやり直す。
「……なぁ。こういうのもいいけどさ、せっかくイベントに来てるんだし、おまえも回ってきたらどうだ? 悠美香でも誘ってさ」
 なんだったらここ、オレだけでもできるし。
「? 今見て歩ってるじゃん?」
 ルーフェリアの提案に、意味が分からないと要は首を傾げた。
「そりゃそうだが…」
「それに、これすると、切さんがカナンのおいしー缶詰いっぱいくれるって言ったんだよねぇ。すっごくいいツーショットが撮れたら、さらにボーナスでレアな食べ物くれるってー」
 さっき撮れたやつって、まさにそれじゃないかなー? と、早くも生つばゴックンしている要に、ルーフェリアは頭を抱える。
(前回、せっかく自分の中にある特別な想いを自覚したと思ったんだが……食欲か? 色気よりまだ食欲なのか? コイツは!)
 これはまだまだ前途多難そうだ、と悠美香に同情する思いで深々とため息をつく。
「いいから。オレからの忠告だ。
 悠美香と連絡とって、見て回れ。そんでそのとき、今みたいなこと絶対言うなよ」
「――うん…?」
 彼女の言う意図が分からないながらも、とりあえず頷いてカメラを受け取る。
「ふふーふ……悪いねバァルさん。あなたに恨みは無いけど、これもおいしいごはんのためだっ」
 ブラックコートを翻し、たたたっと走って切のあとを追いかける要。頭の大半を占めるのは、やっぱりカナンのおいしい食べ物だ。
 ルーフェリアとの会話を思い出すのには、さらに数十分を要した。



 そのころ要のもう1人のパートナー霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は、やはり切のパートナーリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)と2人、とある砂像の前で立っていた。
 とてもきれいな砂像だった。
 バァルとアナトが少しずつ互いの方を向いて並び立ち、見つめ合い、手をとり合っている。視線を合わせ、微笑を浮かべ――タイトルは『東カナンの未来と繁栄を願って』。
 バァルたちの姿をとってはいるが、同時にこれは、東カナンの未来を表しているのだと分かった。尊じ合う2人の人間が手を差し伸べ合う。笑顔は、2人の未来がすばらしいものであることを明示している。東カナンの未来への祝福。
 この砂像の存在を知ったとき、ぜひともこの前で2人の写真を撮りたいと思った。
 作者の加夜に交渉すると、彼女はほおを赤らめていたが、快く応諾してくれた。――その直後、会場を回ってくるからと言って、戻ってこなくなってしまったけれど。
「……切君、遅すぎますわ」
 じれたようにリゼッタがつぶやくのが聞こえて、悠美香はそちらを向いた。
「まったく、何をやっているんでしょう? 2人の人間を、ただここへ連れてくるだけじゃないですか」
「そうね。でもあの2人のすることだから」
 ネタ撮影の方に夢中になっているに違いない。なんとなく、悠美香には想像がついた。要とはなんだかんだで長いつきあいだから、こういうふうに彼を待つコツも身についてしまっている。
 ちら、とリゼッタを見る。
 リゼッタは親指の爪を歯ではじいていた。「切君、あとでおしおきですからね」とかまでつぶやいていたりして、相当イラついているようだ。
「ねぇ、リゼさん」
 と、悠美香は彼女の気をそらしてみることにした。
「リゼさんは、どうして強化人間になったの?」
「え? 理由ですか?」
 悠美香からの突然の質問に、リゼッタはとまどった。今までそんなことをひとに訊かれたことがなかったのだ。
「あ、訊いちゃいけないことだった? ごめんなさい」
 何か考え込むような所作をしたリゼッタに、あわてて悠美香が無理に答えなくてもいいと手を振って見せる。
「いえ、そんなことはありませんわ。ただ、どこから話したらいいか迷っただけです」
 というよりも、どこまで話していいか、だったが。
 あの組織のことは当然秘密として。
 リゼッタは内容が不都合なくつながるように気をつけながら、ぽつぽつと、聞かせていい部分だけを話した。
「――人探しの為に力が欲しかったんです。手がかりはユーリって呼ばれてたことしか分からないんですけどね…」
 最後、そう締めくくる。
 そして今度は悠美香に、強化人間になった理由を訊き返そうとしたときだった。
 人混みの向こうに、バァルとアナトの姿が見えた。ちょっと遠いが、そのままこっちへ歩いてきていて――――
 突然、左へ折れた。
「――ああっ! 切君ったら本当に役に立たないんですからっ!!」
「リゼさん?」
 もうこうなったら私が動く! とばかりに、憤慨したリゼッタはバァルたちの消えた道に向かって駆け出して行った。