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伝説のリンゴを召し上がれ

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伝説のリンゴを召し上がれ

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第4章

 パーティなんて、退屈なばっかりで、全然つまらない。
 大人の人たちが大人の話をして、私のことは子供扱いして、そのくせ、子供らしくすると、怒られたり、がっかりされたりする。
 だから、パーティなんて、大嫌い。
 ついさっきまで、コーデリアは、そう思っていた。
 でも、今日のパーティは、どこか、今までとはちがっている。いつもより、皆、仲が良さそうで、楽しそう。
 不思議に思っているコーデリアに、ドレスコードを守ってディレクターズスーツに身を包んだエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、薔薇のプチブーケを渡す。
「デザートは楽しんでいただけましたか、可愛いお嬢さん」
「……」
 黙って首を振るコーデリアに、エースは、カモミールティーを持ってきた。
「美味しい飲み物があると、デザートの味も、よりき引き立ちますよ」
 百合のお姫様リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の要望に応えて、パーティに参加することにしたエースには、地球の社交界の知り合いも多い。
「社長の歓迎パーティは、社交界の知り合いを増やす事が開催の主目的だから、上流階級のマナーを守って堂々としてたら、招待状等、あまり煩い事は言わないよ」と言いつつ、根回しスキルも活用して、怪しまれない様にしている。
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)にエスコートされたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、薄緑のカクテルドレスで、デザートを選んでいた。
「お勧めのリンゴのデザートは、是非味わいたいわ。コンポートも良いわね。アップルパイも外せないわ」
 そうして楽しく迷っているうちに、目にとまったのは、飾り切りで見た目の芸術性を整えたリンゴの切り身。
「パラミタの誇る……そして私達植物の誇る伝説のリンゴだから、これもアリよね」
 メシエにとっては、そんなリリアの様子が微笑ましい。
「たまにはこういう事もいいだろう。私自身は、デザートはそれ程食べないが。リリアが嬉しそうに食べていると、悪い気はしないね」
 昔もこういう事があったねぇ、と少し既視感を覚える。
 リリアは、昔戦で亡くなったメシエの婚約者に、外見だけでなく仕草も似ているので、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
 彼女に亡くした人を投影するのは良くないが……と、思いつつ、メシアは、つい、リリアに見とれてしまう。


「あれ? なぜこんな場所に……?」
「リンゴの収穫に、珍しく乗り気になっていましたのに」
 三途川 幽(みとがわ・ゆう)リリア・ローウェ(りりあ・ろーうぇ)が、キョロキョロとあたりを見回している。
 伝説のリンゴ収穫コースに参加する予定が、幽の極度の方向音痴のせいか、ふたりが到着したのは、デザートパーティの会場だった。
「まいったぜ、パーティに行くつもりなど、全くなかったから、いつもの恰好だ」
 蒼空学園の制服にロングブーツでは、かなり浮いているし、もちろん、招待状も持っていない。
「このままじゃ、浮きまくりだ」
 退散しようと思った幽だったが、大好きなデザートに囲まれて幸せそうなリリア・ローウェの顔を見て、気が変わった。
「えいっ!」
 トイレに居合わせた自分と似た背格好の招待客を気絶させ、服と招待状を借りる。
 アクセサリーは外し、髪をポニーテールにまとめて、いつも髪を括っているリボンを結んだ。
 リリア・ローウェの方は、普段からメイドの格好をしているので、そのままで通すことにする。
 ただ、長い髪は、サイドテールにして、幽と同じリボンで括り、少しだけ華やかな気分を出した。
「この餃子みたいなデザート、とっても、おいしいです! グラタンみたいなデザートも!」
「よかったな」
 従業員らしく振る舞うことも忘れたリリア・ローウェと一緒に、デザートを食べながら、幽は、久しぶりに機嫌良く笑っていた。


 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と連れ立ってパーティ会場にやってきた。
「軍人たるもの、いつ敵地への潜入を命ぜられるか判らないでしょ。これは、その為の訓練よ」
 尤もらしく、そんなことを言っているが、目的が、単に高級ホテルでスイーツを食べたいがためであることは、バレバレだ。
 セレンフィリティの服装は、落ち着いた色調のレースを控えめにあしらった上品なドレスで、胸には可憐な花のコサージュ、髪型は、そのままのツインテールの「可憐な良家のお嬢様」スタイル。
 でもまあ、たまにはこういう刺激のあるデートも一興……と思い、反対せずについてきたセレアナは、甘さ控えめなスタイルで、シックな大人の装いといった印象のドレスの胸元にネックレス、髪には清楚なコサージュ。
 元々が貴族階級の令嬢なので、セレアナのドレス姿は、恋人よりも美しく様になっているが、路線のちがうふたりが並び立つと、それぞれに異なる魅力を発していて、かなり人目をひく。
「潜入捜査の訓練にしては、目立っているようだけれど、この後は、どうするの?」
「え? しっかりデザートをいただくわよ。でないと怪しまれるでしょ」
 教導団情報科の友達に偽造もとい“用意”してもらった招待状で、堂々と入り込むと、セレンフィリティは、早速、デザート全種類制覇を目指しはじめた。
「ちゃんと正体隠して振る舞えるのかしら?」
 心配ではあるけれど、セレアナ自身も、魅惑的なデザートたちにも、気を惹かれている。
 途中でばれやしないかというスリルを味わいつつ、ふたりは、スパイ大作戦風味のデートを満喫するのだった。


「ん〜やっぱり、めったにお目にかかれないような、いいお酒を揃えてますね〜」
 招待状を偽造してパーティに潜り込んだノア・ローレンス(のあ・ろーれんす)の狙いは、アルコール類だった。
 男性の客は、特に、酔っ払った女性に甘いようで、胸元を軽くちらつかせるノアは、全く怪しまれることなく、デザートをつまみ食いしながら、交流まで楽しんでいる。
「……どうぞ」
 そんなノアと、相手の男性に新しいグラスを差し出したのは、給仕のバイトとして雇われたヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)
 ワーカホリック一歩手前なヴァイスは、これまでの下働きやらイベント会場のバイトやらでパーティの給仕をしてきた経歴を活かし、礼儀正しく、洗練された物腰で、格調高い高級ホテルのデザートパーティに、見事に溶け込んでいる。
「あら、気が利くわね〜」
 コンダクター仲間だと気付かないノアが、酔いの回った手で落としてしまったアイスクリームも、さあわてず騒がず、さりげない手際で、あっという間に片付けてしまった。
「ほほう……さすが、エンパイアーパラミタホテルの給仕だ」
 磨きに磨いた至れり尽くせりの給仕の技に、男性客も、感嘆の声をあげる。
「代わりに、こちらのデザートはいかがですか? 伝説のリンゴのジャムとクレープを交互に重ねたケーキで、古い文献から見つかったケーキレシピを、当ホテルの天才パティシエ・森幸人がアレンジしたオリジナルでございます」
 続いて、鮮やかな手つきでケーキをカットし、ノアと男性客に勧める。
 デザートのセールスポイントも、レシピも覚えた。帰ったら、待っている人のために、作ってやろう、と思う。


「ごく普通の容姿って、こういう時に便利ですよねぇ……場に馴染むし」
 そんなことを思いながら、アップルパイを中心にいろいろなデザートを楽しんでいた白木 恭也(しらき・きょうや)だったが、突然、SPたちに囲まれてしまった。
「不審な人物が、ホテルに侵入して、招待状を奪ったという連絡がありまして……」
「失礼ですが、少しお話を伺わせていただけますか?」
 幽とリリア・ローウェが気絶させた招待客が目覚めて、パーティ会場の外は、ちょっとした騒ぎになっているらしい。
 恭也は、招待客の大半と同じスーツ姿で、ごく自然に振る舞っていたのだが、そういうところが、逆に、不運を呼んでしまったようだ。
「はー……証拠見せますから、移動しましょう。『パーティで因縁つけて、もめた』とか噂されたら、貴方たちも嫌でしょう?」
 恭也は、落ち着き払った態度で、人のいない場所へとSPたちを誘った。
 吸精幻夜を使えば、SPたちは幻惑され、後で何を聞かれても「曖昧で分からない、覚えてない」ことになるだろう。
 とにかく、最後まで、余裕で切り抜けよう。


「お兄ちゃん、リンゴ食べてください! 食べさせた人を好きになってしまうくらい、美味しいリンゴ! 私が、食べさせてあげますから!」
「やめろ〜!」
 ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が、嫌がるエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に、無理矢理、飾り切りのリンゴを食べさせようとしている。
「食べてあげなよ、エヴァルト!」
 と、後ろから彼を羽交い締めにしているのは、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)
「いやだ〜俺はロリコンじゃない!」
「じゃあ、逃がしてあげる代わりに、別の女の子を助けてくれる?」
 ロートラウトが、エヴァルトに囁く。
「コーデリアちゃんのリンゴを全滅させたのが、後見人の叔父さんだった、って話、聞いたでしょ? こんな時は、敏腕ネゴシエイターエヴァルトの出番だよね!」
「そりゃ、汚いやり口があったとしても、他人が口を出せる問題では……」
「お兄ちゃんは、困ってる女の子を見捨てたりはしませんよね?」
 ミュリエルが、リンゴの飾り切りを手に、迫る。
「つべこべ言わない、弱きを助け、強きを挫くのも、ボク達のお仕事だもん!」
「分かった、行けばいいんだろう、行けば! ……まぁ、俺も、そういうのは気に入らんしな」
 交渉人として動いたこともあり、話術もそこそこ得意だし、力になってやりたい、とは思っていた。
 根回しで招待状を調達できたし、服装は、スーツで決めている。コーデリアに近づいても、追い返されることはないだろう。
「……働くのは主にエヴァルトだけだけどね。悪人面だけど、子供ならその裏の優しさに気付くでしょ」
 主賓席に向かうエヴァルトを見送って、ロートラウトがボソリと呟く。


「美味しいものは命! 全部のデザートを食べるぞー!」
 水色のミニのドレスに白いニーソ、靴は黒のローファー、見えないけれど、下着も水色……という全部フリフリの水色でかわいらしくまとめ、髪は二つに分けて、おだんごに結びあげた滝宮 沙織(たきのみや・さおり)が、デザートの間を飛び回っている。
「あ、このリンゴのヨーグルトムース、おいしい♪ 頬が落ちそう♪ クッキーも、もう一枚もらっちゃお♪」
 どんどん食べていくうちに、いつの間にか、主賓の席へ。
「ねっ、おいしいよね、このデザート♪」
 ついつい、話しかけてしまった沙織の方がびっくり。
「って、しまった!? パーティの主賓のコーデリアさんに話かけちゃった!? あたし、目立ってる!?」
 こっそり忍び込んだので、偽装した招待状も持っていないし、言い訳も考えていない。
「失礼しましたー!」
 ペコリと頭を下げると、あわててこそこそ逃げ出した。
「……」
 そんなにおいしいのかな? さっきの水色の女の子、「おいしいおいしい」って言ってるけど、本当かな?
 そう思った途端、コーデリアのおなかが、グーッとかわいらしい音を立てた。


「楽しんでいますか? 皆は、パーティを楽しんでいます。コーデリアさんを歓迎するパーティを」
 おなかの音には気付かないふりをして、エヴァルトが、優しく話しかける。
「これを試してみて? 地球のリンゴで作ったアップルパイと、パラミタのリンゴで作ったアップルパイ。食べ比べてみたら?」
 リリアが、運んできた2種類のアップルパイを勧めた。
 コーデリアが、はじめに、フォークを突き刺したのは、地球のアップルパイ。朋美とウルスラーディが探し出した欠片を、幸人がきれいに整えて焼き上げたものだ。
「おいしい……」
 懐かしい味がした。まだ、父親も母親も生きていて、普通の子供でいられた頃の……。
 次に、パラミタのアップルパイを口に運ぶ。
「あ……」
 パアッと周囲が明るくなった気がした。
「これって……」
 リンゴの味と香りが、世界を塗り替えていく。暗い灰色から、明るく鮮やかなリンゴの色へ。
 地球のアップルパイが、過去の思い出の味なら、パラミタのアップルパイは、未来の味。まだ知らないことがいっぱい待ってる明日の味だ。
「どっちがおいしい?」
「両方とも、すごくおいしいかったわ」
「どちらかというと……どっちが好き?」
「私が好きなのは……」
 と、コーデリアが言いかけたとき。
ガタンッ! 
 争うような物音が聞こえた後、恭也がSPたちに連れられてきた。
「妙な技を使って、我々を襲おうとしましたので……」
 余裕で誤魔化せそうだった恭也も、幽とリリア・ローウェの騒動に巻き込まれて、スキルの発動を失敗してしまったらしい。
「離してください〜まだゼリー食べてないんです〜」
 デザートへの執着が激しいリリア・ローウェは、激しく抵抗しているし、幽は不機嫌そうにしている。恭也は、相変わらず冷静でマイペースな様子だが、捕まえているSPたちは、かなり興奮しているようだ。
 一体、どうすればいい?
 客や給仕となってパーティに潜入したコンダクターたちが、こっそりとお互いを伺い合ったそのとき。
「手を離しなさい!」
 意外な声に、その場の全員が、主賓の席を振り返る。
 そこに立っていたのは、先ほどまでのワガママで癇癪持ちな子供ではなかった。
「その人たちは、私のお友達だちです! 無礼は許しません!」
 愛らしいくちびるをキュッと結び、蒼い瞳に決意を込めた大企業の社長・コーデリアが、どこか威厳のようなものさえ感じさせる口調で、SPたちに命じる。
「コーデリアさん……」
「私、あなたたちを信じることにした。あなたたちの好きなパラミタを好きになって、守ることにした。だから、あなたたちも……」
「ボクたちは、いつでもコーデリアちゃんの味方だよ」
 と、ロートラウト。
「大丈夫ですよ、あなたにはもう、周りの大人の人とは違う、優しいお友達がいますから。辛いことがあったら、いつでも電話とかしてくださいね」
 と、ミュリエル。
「交渉人としていつでも力になる。コーデリアさんの意向を最大限尊重する形で交渉しよう」
 エヴァルトが、誠意を込めて語りかける。
「……私、立派な社長になって、またここに来るから……そのときには、また、みんなで遊んでね!」
 そう言って微笑んだコーデリアは、過去よりも未来を選んだ輝きに包まれていた。

担当マスターより

▼担当マスター

ミシマナオミ

▼マスターコメント

ミシマナオミです。
参加してくださった皆様、本当にありがとうございました。
皆様のおかげで、コーデリアは、笑顔を取り戻すことができました。
前と同じ笑顔ではないけれど、前よりも輝いている笑顔です。
伝説のリンゴが、皆様にも素敵な輝きを届けますように……。