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第一章 脅威の魔操兵!

 遺跡の中に、響く音がある。
 それは、剣を振るう音。
 それは、弓を引く音。
 あるいは、槍を突き出す音。
 その一撃ごとに、遺跡に侵入したゴブリン達が倒れていく。
 それは、鋼鉄の兵士。
 あるいは、遺跡の守護者。
 それは、魔操兵。
 いにしえの魔法によって作られた、半永久の命を持つ兵士達。
 このエロブック遺跡の中で、魔操兵達は侵入者を迎え撃つべく動き続けている。
 今はもう亡き主人の命令を、その身が消えるまで遂行し続ける為に。

「ヒャッハー! パラ実だァー!」
 志方 綾乃(しかた・あやの)は、叫びながら前進し続ける。
 曲がり角があれば右へ。
 行き止まりがあれば右へ。
 目立つ事このうえないし、あまり効率的とは言えない。
 何も考えていないように見える綾乃の坑道ではあるが……実は、綿密な計算の元の行動でもある。
「むっ、魔操兵! でも退きません! 媚びへつらいません! 反省しません!!」
 重たげな音と共に現れた魔操兵を前に、綾乃はようやく立ち止まる。
 そう、こうして目立てば後続の危険をある程度減らす事が出来る。
 つまり、これは綾乃による作戦なのだ。
 かつて所属していた母校や恩師への恩返し。
 そんな綾乃の心情は、綾乃しか知らない。
 だが、きっとその心は報いられる時が来るだろう。
 そうして綾乃が率先して切り開いた道を、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は歩いていた。
「アーシア? はっはっは……魔法学校の教員ともあろう者が、何の対策も無くこんな危険なとこに来てる訳ないだろう。いたとしたら、リストラされても文句は言えん」
 棒読みな台詞を言いながら、アルツールは不滅兵団を召喚する。
 全身が鋼鉄の軍勢は、同じく全身鋼鉄の魔操兵達と激しくぶつかり合う。
 今回のアルツールの目的は、魔操兵を倒すことではない。
 魔操兵をサンプルとして採集することにあった。
 実のところ、魔法的なサンプルとしては魔操兵は貴重である。
 すでに失われた技術で作られた魔操兵は遺跡にごく稀に配備されている事はあるが、冒険者達との戦いで破損してしまう事が多いからだ。
 まだ動く魔操兵がこんなに近くにいるというのは、本当に貴重な話なのだ。
「まあ、曲がりなりにもこっち方面の教員なのだ。一人でも何とかするだろう」
 言いながらも、アルツールはウェンディゴを召喚する準備をする。
 何とかならずとも、これだけ人数が居れば何の心配もする必要はない。

「ががごぅるぎらぅりぅ!(テラーもまぜてよ!)」
 罠も何もかもおかまいなしで、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)は遺跡の中を走り続ける。
「テラー? そんなに急いでも何も起きないからね!?」
 サー パーシヴァル(さー・ぱーしう゛ぁる)は叫びながら、テラーを追いかける。
 罠も敵もおかまいなしに疾走するテラーの着ぐるみが破損しないか心配ではある。
 あるのだが……ついつい甘やかしてしまうのがパーシヴァルだった。
「ちょっとあんたら、待ちなさい!」
 そんな二人を追いかけるのは、グラナダ・デル・コンキスタ(ぐらなだ・でるこんきすた)
 役割的には保護者なグラナダだが、疾走する二人……特にテラーが心配でならない。
 替えの着ぐるみを持ってきてはいるが、人目につく場所でもしもの事にならないかが心配だった。
 何しろ、テラーのすぐ後ろを走るパーシヴァルはテラーの着ぐるみをもってきてはいないのだ。
 テラーの着ぐるみに何かあった時、パーシヴァルでは対応が出来ないのだから。
 だが、替えの着ぐるみを持ってきているグランギニョル・ルアフ・ソニア(ぐらんぎにょる・るあふそにあ)がグラナダの更に後ろからついてきている。
 いざという時になる前に、着替えを提案するしかないだろう。
「ふぅ、まったく……」
 パーシヴァルもグランギニョルも、テラーには劇甘だ。
 仕方なしとはいえ保護者役をやっているグラナダではあるが……やはり、自分も甘いのだろうか。
 そう考えると、思わず苦笑してしまうグラナダであった。
 そうして走っていくうち、ついにテラーの着ぐるみの破損が無視できない状況になってくる。
「ぎがるがるごぐるぅ!」
「あ、着ぐるみが……」
「まだ近くに人はいないようだが……マズいぞ!」
 近くには、ゴブリンしかいない。
 着ぐるみを脱いだテラーの姿を見た者がどんな反応を示すかわからない以上、傷ついた着ぐるみを着替えさせるのは今しかない。
 着替えさせるべきだ、と。そうグラナダが叫ぶと同時。
そこに、後方からついてきていたグランギニョルが叫ぶ。
「エージェント・T! そろそろ着替えの時間でござんすよ!」
 そして、グランギニョルの手により、一瞬で着替えさせられるテラーの着ぐるみ。
 その下を誰にも見られなかったのは幸運だったろうか。

 そんな騒ぎのあった場所とは別の階層……地下二階。
 そこに、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はいた。
 二人が目指しているのは、秘宝では無い。
 そう、この遺跡には秘宝だけではなく、財宝がある。
 金や銀、宝石。
 それらの財宝がセレンフィリティの目指すものなのだ。
「よっし、穴空いたわよ!」
 機晶爆弾で壁に穴を空けると、セレンフィリティは穴の中へと入っていく。
「それにしても名前が余りにもアレかつナニすぎて……」
 財宝とか秘宝というのは実はその貴族さまと同じ「エロブック」で、実は伯爵の趣味は各種エロブックを大量に調達し、それを夜のおかずに……なんてベタなオチではないわよね。
 そんな不吉な想像をしながらも、セレアナは周囲を警戒しながら穴の中へと続く。
「ま、眩しい……?」
 穴の中に入ったセレアナが見たものは、隠し部屋。
 そして、隠し部屋の中にギッシリと詰まった財宝の数々だった。
 それがセレンフィリティの持つ灯りに反射し、眩い輝きを放っているのだ。
「あはははは!! これで夢の利子生活よっ!」
 それを片っ端から袋に詰めているセレンフィリティ。
 その様子を見ながら、セレアナは考える。
 一部屋でも、一財産。
 ならば、この遺跡に隠された総額はどれ程になるのだろうか?
 足元に転がってきた青い宝石をポケットに仕舞いながらも、セレアナはそんな事を考えるのだった。

「よし、剛利。エロ本を探しにいくぞ」
「いきなりなんだ?」
 遺跡を進んでいた猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は、突然の佐倉 薫(さくら・かおる)の言葉に驚いたような顔をみせる。
 とはいえ、想像していたことではあった。
「うん、まぁ、遺跡名からそんなオチなんじゃねぇかと思ってはいたが」
「ふむ、誰も理解しえなかった秘宝(エロ本)か。くっくっく、きっと無機物とか自然現象とか魔界生物とかそんな内容のもんじゃろう」
 ネジとナットとか、竜巻に突っ込んでは押し返される船とか、触手同士の絡みとかそんな誰得なものに違いない、と。
 そんな理解できない呪文のような言葉を呟く薫を、剛利は違う生き物を見るような目で見て。
 しかし、そこで剛利は自分を見る視線に気付く。
 それは、一緒に遺跡に来たルシェル・スプリング(るしぇる・すぷりんぐ)の視線だ。
 何やら怪しげな意味を含んでいそうなルシェルの視線に、剛利は思わず後ずさる。
「ねぇねぇ、剛利ちゃんてほんとに男の娘のなの? どうみてもおにゃのこなんだけど」
「いやいや、俺は正真正銘の男だからな? 後、男の娘違う。確かめなくともれっきとした男だからなってこら人気のないほうに連れ込もうとするんじゃねぇ、薫も見てねぇで助け」
「ん、ルシェルおぬし……見張っといてやるから手早くすませよ?」
「こいつ見捨てやがったーーーー!」
 何か小さい部屋へと引きずられていく剛利と、引きずっていくルシェル。
 それを見送る薫。
 その部屋で何が行われていようとしているのか。
 何を手早くすまそうというのか。
 それは、定かではない。
 ただ、一ついえることがあるとするならば。
 これもまた、青春の残像とかそういうものであるに違いない。
 それがどんなものかは、剛利とルシェル……そして、薫の三人しか知らない。
「……今、何か悲鳴が聞こえたかい?」
「分析完了。目標の声ではありません」
 そんな会話を交わすのは、武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)だ。
「む、魔操兵か」
「敵勢力を確認しました。掃討を開始します」
 現れた魔操兵を、幸祐とヒルデガルドはあっさりと掃討する。
 ヒルデガルドのやっている事は、難しい事ではない。
 魔操兵の戦闘パターンを逆手に取り、素早い動きで急所を狙い、一撃で撃破する。
 実践するのに相当の技量が必要でこそはあるが、それがあるならば充分に可能なことだ。
「実践魔法学って、魔法の発動を実践する実技系の学問なんだけど。あの先生の場合、魔法を使った格闘技に近いのよね。まあ、そう簡単に死ぬ様な先生じゃないからそんなに心配はしてないけど……」
 蘇 妲己(そ・だっき)は言いながら、二人の後を進んでいく。
「対象の反応を確認」
「見つけたか?」
「同時に多数の敵勢力を確認」
 ヒルデガルドの言葉と共に、幸祐達の目の前の通路の左から小さな人影が走ってくる。
「ありゃ? 誰? 生徒? あ、知った胸……じゃない。知った顔もいるなー」
「あら、先生……」
「すとーっぷ、妲己! 実習に熱心な生徒を持って先生感激だけど、先生の胸の成長が吸われる気がするから近づくんじゃありません!」
 妲己に手の平を向けて押し留めると、アーシアはハッとしたように後ろを振り向く。
「や、やっば! じゃあねー、皆。アデュー!」
 そう言うが早いか、アーシアは足元をガンガンと踵で叩いて。
「ひゅー!」
 開いた落とし穴から、下へと落下していく。
 その後から現れたのは、アーシアを追っていた魔操兵達。
「やっぱり心配するまでもなかったわね」
「敵勢力、増大中」
「やれやれ……適当にあしらってから、追うとするか」
 幸祐は溜息をつき、ヒルデガルドと妲己は戦闘態勢を整える。
「攻撃開始」
 即座に魔操兵へと向けて突っ込むヒルデガルドを援護する妲己と、後方で指揮をとる幸祐。
 秘宝を探す者や、財宝を探す者達。
 その全てを迎え撃とうとする魔操兵達との戦いは、激しさを増していくのだった。