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リアクション
○ ◇ ○ 『感動して、喜びを分かち合って』 ○ ◇ ○
街がオレンジ色に染まり始めた頃、早見 騨(はやみ・だん)と≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむ達は住み込みで働かせてもらっている喫茶店へと帰ってきた。
「お、おかえりなさい。準備は出来てますっ!」
店の前で待っていたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)に出迎えられて、あゆむ達は店内に入る。すると、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)とナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が両脇からクラッカーの祝福を上げ、ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)があゆむへ花束を渡す。
店内に拍手が溢れ、横に並んだ騨が優しくあゆむに声をかけた。
「あゆむ。退院おめでとう」
「ありがとうございます」
生徒達の暖かい歓迎にじわりとあゆむの瞳が潤む。
「あいのことは?」
「す、すいません。おめでとうございます、キリエさん」
キリエが拗ねたように騨の背中を突いていた。
イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)が四角い箱を手に進み出る。
「あゆむちゃん、退院おめでとう。これは私から退院祝いよ」
「あ、ありがとうございます! 開けてもいいですか!?」
「もちろんよ」
あゆむは丁寧に包装を剥がすと、ゆっくり蓋を外した。そこにはイーリャが選んだ洋服を入っていた。
洋服箱をテーブルの上に置くと、服を持ち上げてあゆむは感嘆の声を漏らした。
「ありがとうございます。大切にしますっ!」
嬉しそうに洋服を抱きしめるあゆむ。その姿を嬉しそうに見ていた騨に、イーリャがもう一つの洋服箱を差し出す。
「これは騨くんによ」
「僕に?」
首を傾げながらも騨は、許可をもらい中身を取り出す。
「喫茶店の店長をイメージしてみたの」
プレゼントされた服を受け取りながら、騨は「早くこの服を着れるように頑張ります」とはにかみながら答えた。
すると、騨はじっと見つめてくるジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)の視線に気づいた。
「ジヴァさんもあゆむに何か――」
「なっ、ないって言ったでしょ!」
勢いよくそっぽ向くジヴァ。
しかし、ジヴァは頬を赤らめながらゆっくり首を正面に戻し、上目使いに口にする。
「で、でもまぁ。こんな時だし、あげてもいいかな、って思うわ……あぁ、もう! 二人とももらった服を着てきなさい! いいから早く!」
よくわからない怒り方をされて騨とあゆむは慌てて貰った服に着替えに行った。着替えて戻ってくると、ジヴァの手にはカメラが握られていた。
「着てきたわね。そしたらそこに並びなさい」
騨とあゆむは恥ずかしそうにしながら横に並ぶ。ジヴァの指示で肩が触れるような距離まで近づき、シャッターが押された。
「はい、これ。未来予知よ」
ジヴァから渡された写真には、数年後の自身に満ちた表情で立つ騨と、幸せそうなあゆむの姿が映っていた。その写真は【ソートグラフィー】で映し出した、二人がこうであって欲しいと願うジヴァの未来予想だった。
写真を見ながら騨が照れた様子で頬をかく。
「ここまで自信ある感じになれるのかな」
「それくらいになってもらわないと喫茶店の店長なんて務まらないわよ」
その後も生徒達から次々と退院祝いのプレゼントが送られてく。
「最後は俺の番か。悪いが二人とも地下室に来てもらえるか」
騨は後回しということで、最後にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がプレゼントを渡す番になった。
言われた通り全員が地下室に降りていく。
到着すると、ダリルはシートを被せてあったカプセル装置を披露した。機晶石の適合率を調整するためのその装置は、ダリルとルカルカ・ルー(るかるか・るー)の手によって見た目も綺麗に修理されていた。それを見て一番驚いていたのは騨だった。
「元に戻ったんだ!?」
「ああ。正常に起動するように直しといた。ちゃんと効果を発揮するかは実際使ってみないとなんとも言えんが、その時はできるだけ俺達を呼んで欲しい」
ダリルは連絡先を記入したメモ用紙を渡すと、自分の側頭部を指で叩く。
「カルテはここにある。一度診たからには、あゆむは俺の患者だ」
あゆむは頭を下げると、生徒達の優しさに涙を流しながら感謝の言葉を何度も述べていた。
「騨、操作マニュアルは置いていくけど、一応説明しとくね」
ルカルカはあゆむ達を先に戻らせ、騨と二人っきりなった。
「あのね、騨」
「はい?」
「ダリルはあんなんだけど、彼なりにあゆむの事を真剣に心配してるんだよ。騨のこともそうだけど、私達と過ごした思い出も失くして欲しくないから。だから、これの事以外にも何かあったら遠慮なく呼んでね」
ルカルカの言葉に騨は力強く首肯した。
騨とルカルカが戻ってくると、テーブルには無限 大吾(むげん・だいご)が用意した料理が並べられていた。腹の虫が鳴りだすほどの美味しそうな香りが店内にたちこめ、その場にいた皆が今か今かと待ち遠しそうにしていた。
生徒達はいくつかに別れて飲み物の置かれた小テーブルを囲うと、グラスに各々の飲み物を注いて騨の方を向いた。
「準備はいいね。それでは、あゆむとキリエさんの退院を祝して――乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
声が重なり、グラスのぶつかる音が心地よく店内に鳴り響いた。
生徒達は大吾の料理に舌鼓しながら談笑を始めた。皆川 章一(みながわ・しょういち)がギターで場の空気に合わせて静かなロックを演奏する。
エリィ・ターナー(えりぃ・たーなー)は席に座ってあゆむの喫茶店での話に耳を傾けていた。喫茶店での仕事に興味を持ったことを伝えると、あゆむは目を輝かせてエリィの手を掴む。
「今度一緒に働きましょう! エリィさんならきっとメイド服似合います!」
「ありがとう」
エリィはあゆむに優しく微笑みかけていた。そこへ騨が自分で入れたコーヒーをあゆむに持ってきた。
「おっ、お待たせしました」
緊張で震える手。最初から最後まで自分で考えてブレンドした豆を使い、不器用ながら作り上げたラテアート。
「騨くん頑張って」
イーリャの声援が入る。
テーブルに置かれたコーヒーを手にとったあゆむは、ゆっくりと口をつけて、「おいしいです」と笑いかけた。
「あゆむさん、これはなんですか?」
「あ、そうだ。シオンさんから頂いたんでした。皆さんで食べましょう」
シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)からもらったタッパーを開けると、中には≪食人植物グルフ≫の球根が複数入った。エリィはそのうち一つを手にとり、疑惑の目を向ける。
「これ大丈夫なんですか?」
すると――
「意外に美味しいぞ」
「ほんと意外だね」
「…………」
章一と騨はなんてことなさそうに、球根を口にしていた。エリィは呆れつつも、恐る恐る球根を口にした。
「……あ、美味しい。意外ですね。あゆむさんもお一つ――」
「んきゃああああああああああああああああああああああ!!」
エリィの横で突如あゆむが叫び声をあげる。全員が驚き、厨房に駆け出すあゆむに視線を向けた。
あゆむは厨房に駆け込むなり、蛇口から直接水を飲んでいた。
「きゃひゃいです! いひゃいれす!」
「辛い? 痛い?」
騨は傍であゆむを心配する。
「げっ、これハバネロだぞ」
章一が鼻を摘まみながら、あゆむが残した食べかけの球根を持ち上げる。シオンはネタとして、球根の中にハバネロ入りを混ぜていたのであった。
「こんにちはー」
混乱する店内に、あゆむの退院を祝しに来た高峰 結和(たかみね・ゆうわ)とアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)がやってくる。騒々しい店内に三号は戸惑いの表情を浮かべる。
「何かあった? 出直してきた方いいかな?」
すると、厨房からあゆむが戻ってきた。
「にゃんでもないですから、どうひょ……」
あゆむは唇を抑えながら結和達を招き入れた。
「退院のお祝いにお菓子を用意してきたんです」
そう言って結和はバスケットを取り出す。そこにはたくさんのお菓子がつまっていたが、どうにも見た目が可笑しい。『気合いの入ったグロ画像』と称される結和の手作りクッキーだ。
「うわ……」
「も、盛り付け下手なんです、私。味は普通です、よっ」
食べてみると普通に美味しい。ただ見た目があれなので、生徒達は先に皿に小分けしてから、慎重に口へと運んでいた。
結和があゆむ達とガールズトークを始める。そんな中、三号は騨と壁際で話をしていた。
「なんだかね、掃除の時に偉そうな事言っておいて……情けない、よね」
他愛もない話をしていた三号が、突然そんなことを呟いた。
三号はこの街を巻き込んだ戦いの時のことを話す。戦いの中で三号は自分の過去について知る人物と遭遇し、悪戦苦闘の末にようやく忘れている過去について聞きだした。しかし、それは自分が過去に大切な人を皆殺しにしたのだという衝撃の事実で、過去に犯したことを再び繰り返すのではないかという考えが、常に自分の中にあるという。
そのため、結和の傍にいるべきではないのかもしれないと、彼女の笑顔を見るたび胸を締め付けられる思いなのだと話した。
話を聞き終わった騨は、三号の方を見ずに応える。
「僕には三号さんがそんなことする人には見えないよ」
「それは今の僕しか見てないからさ」
「……」
「……」
隣り合った二人は黙ったまま正面を向いていた。頭の上にある時計の秒針が、騒がしい店内でやたらとはっきり聞こえた。
暫くして騨が飲み物を一口含み、再び話し始める。
「……でも、『今』を大切にして生きることが大切だと教えてくれたのは三号さんだよ。僕は些細なことしかできないけど、過去を知ったあゆむが僕と過ごす時間を大切にしたいと言ってくれたから、傍で支えようと決めた。過去を受け止めて一緒に大切な『今』を生きるって決めた」
騨は言葉を区切るともう一度飲み物を口にして、最後の言葉を付け足した。
「あの時、折れそうになった心の支えになったのは三号さんの言葉だ。だから今度は僕が支えになるよ」
「……騨」
それ以上に言葉はなく、三号はそっと目を閉じた。胸の中で騨の言葉が反響する。三号は小さな声で「ありがとう」と呟いた。その言葉にようやく騨の顔に笑みが戻る。
「でも、それを一番思っているのはきっとあの人だろうね」
そう口にした騨の視線を追いかけ、三号は談笑する結和の姿を見つけた。その時、結和が振り返り、目があった。
三号は思わず視線を逸らす。すると結和の方も何事もなかったかのように談笑へ戻っていった。
自分は何をしているのだろうと、罪悪感を感じた。
そこへ猫耳とメイド服を着たセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)がやってくる。
「元気なさそうですね。これでもどうぞ」
三号の顔を覗きこんだセイルは、心配そうにしながら出来立ての料理を差し出す。感謝を述べつつ、綺麗に盛り付けされた料理に手を伸ばした三号。だが――
「待て!」
突如の料理が皿ごと大吾に取り上げられてしまった。
「お前、これどこから持ってきた! 俺は作った覚えがないぞ!」
問い詰める大吾。するとセイルが舌打ちした。
「うるさいですね。料理は破壊力ですよ!?」
大吾とセイルが言い争いを始めた。
その様子に苦笑いを浮かべながら騨は椅子に腰かけ、傍にあったラジオに耳を傾ける。すると、ちょうどイベント会場の様子が伝えられてきた。
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