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その2 洞窟の子供たち


「ふん、ふん、ふんふーん」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は鼻歌を歌いながら、洞窟を歩いていた。
「ずいぶんとご機嫌ね、セレン」
 彼女のパートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が彼女の隣を歩きながら言う。
「だって、奥にいるのは強いモンスターって噂なんでしょ? しかも、ものすごいお宝まで持ってるって」
 にしししし、と怪しげな笑みを浮かべながら彼女は続ける。
「モンスターとも戦えるし、お宝もゲットできる! わくわくするに決まってるじゃない!」
「……はぁ」
 ため息。跳ねるように歩くセレンになにを言っても無駄なことは、長い間パートナーをやっていてよくわかっていた。
「お、おお?」
 歩いていると、突然地面が揺れてセレンはセレアナに掴まる。
「地震じゃないわ……なんらかの衝撃ね」
 揺れが収まると、セレアナは枝分かれした洞窟の道を眺めながら言った。
「モンスターが近づいているかも。こんなところで消耗するのも、」
「黙って」
 セレアナにしがみついたまま、セレンが言葉を遮る。
「……どうしたのよ」
 セレンは目を閉じ、じっと何かに集中している。セレアナが疑問符を浮かべていると、
「今、子供の声がしなかった?」
 セレンが冷静な顔でそう小さく口にした。
「……え?」
 再び目を閉じる。セレアナが黙っていると、「間違いないわ」と呟くように言った。
「なんだってこんなところに子供がいるのよ!」
 セレアナも耳を澄ます。確かに、モンスター声に混じり、どこか幼い声が聞こえた。
「急がないと! セレアナ、案内して!」
「了解!」
 セレアナは探知機を取り出し、少し足早に歩き出した。セレンも、そのあとに続いた。


「こ、ここまで来れば、大丈夫だよな……」
 洞窟の奥では、セレンが耳にしたとおり、小さな子供が迷い込んでいた。今先ほどまでモンスターに襲われていて、逃げていたところだ。
「ねえ、こーくん、あっくん、戻ろうよぅ」
「ダメだ。まだお宝を見つけてないんだから」
「そうだぞ。欲しくないのか、幸せになるお宝なんだぞ?」
「そうだけど……」
 子供は三人。こーくん、あっくんと呼ばれた男の子が二人と、泣きそうな顔をしている女の子が一人だ。
「とにかく進むぞ、きっと、近くにあるはずだ」
「ようし」
「うう……」
 こーくんの号令に、あっくんは拳を握りしめ、女の子は嫌々立ち上がって後に続く。
 そうやって、三人が並んで数歩進んだところで、
「また出た!」
「ユカ、下がってろよ!」
 子供たちの前に、数匹のモンスターが現れた。棍棒を持ったゴブリン、それほど強くない類のモンスターではあるが、二人の少年が手にしているのはただの木の棒だ。
「こ、こっちにもいるよぉ!」
 女の子――ユカが二人の背中に寄り添って叫ぶ。振り返ると、後ろからもゴブリンが近づいてきていた。
「か、囲まれた!?」
「ちくしょう……」
 二人でユカを庇うようにし、ゴブリンたちに木の棒を向ける。ゴブリンたちはその姿をあざ笑うかのような表情を浮かべ、じりじりと、子供たちに近づいてきた。
「うう……」
 ユカの大きく開いた瞳から、涙がこぼれる。その涙が、地面に落ちてぽたりとほんの小さな音をあげたとき、なにかが突然、目の前を横切った。
「ヴァウ!」
「い、犬!?」
 突然現れたのは一匹の犬だ。犬は子供たちの前に立った。
「な、なんだよ、この犬……」
「俺の犬だよ」
 こーくんの言葉に、人の声が答えた。こーくんたちから見て左側のゴブリンたちが、なにかの衝撃で弾け飛ぶ。その衝撃の中心に、一人の人影が立っていた。
「大丈夫か?」
 現れた一人の男――酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、身を屈めて子供と同じ高さに合わせ、そう聞いてきた。
「後ろ!」
 こーちゃんは声を上げた。陽一のすぐ後ろにゴブリンがいて、棍棒を振りかぶっていた。
 が、その手は動かない。棍棒を握った手は青白い光に包まれていた。
 少し離れた場所に、一人の女性――小鳥遊 一乃(たかなし・いちの)が立っていた。彼女は右手を掲げている。
「っ!」
 一乃が勢いよく右腕を振りかぶると、ゴブリンは青い光に引かれるように飛んでいく。何匹かのゴブリンを巻き込み、壁へと衝突した。
「さすがサイオニック。やることがえげつないな」
「……どうも」
 一乃は小さくそう口にした。
「大丈夫? 怪我、してない?」
 一乃の隣に立っていたもう一人の女性、エスタナ・オールダー(えすたな・おーるだー)が、子供たちの元へと近づく。子供たちはこくこくと頷いてそれに応えた。
「お名前は?」
 エスタナがこーちゃんの頭に手を載せて尋ねた。
「お、俺は、コウイチ。こいつはアツシで、こっちはユカ」
「よく頑張ったね。もう大丈夫」
 一乃も子供たちの前まで来て、優しくそう言った。
「ヴァウ!」
 陽一の犬、セントバーナードも弾んだ声を出す。
「のんびり話してるところ悪いんだけどさ、」
 周囲を警戒していた陽一が声を上げた。一乃とエスタナが立ち上がって前を向くと、ゴブリンの群れが何かに襲われていた。
「蜘蛛……!?」
 巨大な蜘蛛型のモンスターが現れ、ゴブリンの群れを襲っている。ゴブリンたちは逃げようとしているが、蜘蛛の糸に絡まって動けないものもいる。
「マズイな……数が多い」
 陽一は周囲を見回して口にする。蜘蛛のモンスターは、通路や天井など、至るところから顔を出している。
 どうにかして逃げようとするが、自分だけならまだしも、子供たちを連れての脱出には戦力があまりにも不足していた。
「……モンスター同士なんだから、喧嘩しちゃダメだよ」
 そんな時、不思議な光景を見た。蜘蛛の糸で縛り上げられたゴブリンを助ける人がいたのだ。
 糸が解かれると、ゴブリンは一目散に去っていった。
「さて、と。それで、君たちは?」
 立ち上がった男はこちらを向いてそう言う。蜘蛛のモンスターを見向きもせず、こちらへと歩いてきた。
「おや、これは素敵なお嬢さん方、これをどうぞ(にっこり)」
 男はどこからか花を取り出し、一乃とエスタナ、ユカに一輪の花を渡す。なぜかセントバーナードにも花をくわえさせた。
「ありがと……」
 ユカが躊躇いがちに礼を言う。
「ええと、どちらさん?」
 陽一が尋ねると、
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。洞窟の生物調査に来てるんだよ」
 いかにも育ちの良さそうな、品のいい笑顔でそう答えた。
「あらあら、どうしたのん?」
「エースさん、どちら様です?」
 話していると、奥から一人の女性と、騎士の鎧をまとった少年が現れた。
「彼女は私のパートナーのリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)、彼は道中を共にしてもらっている、黄乃 春樹(きの・はるき)くんだ」
 エースが紹介すると、リリアは優しく笑みを浮かべ、春樹はぺこりと頭を下げた。
「この子たち、迷い込んだらしくて」
 一乃が言う。その言葉にリリアが腰に手を当て、子供たちに向かって言った。
「もう、勝手に野生動物のすみかに、ずかずかと踏み込んじゃ駄目よ。怪我したら大変だし、人を襲ったっていう理由で動物たちも人間に殺される理由ができちゃうんだから」
「だって……」
 リリアの厳しい言葉にコウイチが俯く。リリアは軽く息を吐いてから彼の頭に手を置いて、優しく微笑んだ。
「和んでいるところ悪いんだけど」
 エスタナが言う。
 皆が振り返ると、蜘蛛のモンスターたちがじりじりとこちらに近づいていていた。
「とにかくこの子たちを安全なところに運ばないと。手を貸してください」
「いいよ、任せて」
 エスタナが言うと、リリアが答えた。エースも頷き、蜘蛛たちに向き合う。
「あなた方の住処を荒らすつもりはない。悪いが、道を開けてくれないだろうか」
 蜘蛛に向かって言う。蜘蛛は言葉を聞きれようとせず、少しずつ距離を詰めてくる。
「どうやら……日本語が通じないようですね」
「いやそりゃあ蜘蛛だからね!」
 エースの言葉についつい陽一が声を上げた。
「蜘蛛だって言葉は通じるよー?」
「……そうなんですか?」
 リリアの言葉に、難しい顔をして一乃が聞いた。
「うんうん。ただし、なんかちょっと、機嫌が悪いみたいねん」
 リリアはエースと並んでそう言った。
「仕方ありませんね」
 エースは息を吐き、言う。
「ここは強行突破していきましょう。春樹くん、出口に一番近いのは、どちらかな?」
 蜘蛛を警戒していた春樹が振り返って口を開いた。
「周辺はマッピングしてあるから大丈夫。みんな、僕についてきて」
 一歩前に出てそう言う春樹に、皆が頷いた。
「君たちも、いい?」
 春樹は子供たちにも問う。コウイチとアツシは小さく一度、ユカはこくこくと何度も大きく頷いた。
「それじゃあ行こう。こっち!」
 春樹が指をさす。それを合図に陽一と一乃が飛び出し、道中の蜘蛛をおのおのの武器で弾き飛ばす。
「ついてきて!」
 春樹が叫び、皆がそれに続く。
「っ!」
 が、二つの影が途中で皆とは違う反対の方向へと駆けた。コウイチと、アツシだ。
「どうしたの!?」
 一乃が叫ぶ。
「こーくん!? あっくん!?」
 ユカの声が洞窟に響く。
「後ろだ!」
 エースが叫ぶ。後ろには先ほどの蜘蛛たちが、長い足を伸ばして近づいてきていた。



 
「う、うわっ」
 皆から少し離れた場所で、二人は他のモンスターに襲われていた。
 狼のような顔をした、二足獣だ。大きな口から吐き出される煙は白く濁っており、二人は恐怖におののく。
「くそ、負けるかよっ」
 アツシが木の棒を向けるが、モンスターが大きな声を上げると、木の棒を落としてしまう。
「うう……」
 コウイチが震えた声を上げた、その時だった。
「……ふう、間に合った」
 何者かがモンスターを蹴り飛ばし、二人の前に立つ。
「全くツいてないわ……ゴブリンの群れと遭遇するし蜘蛛の巣にかかるし道に迷うし。セレアナ、もうちょっと探知スキル上げたほうがいいんじゃない?」
「仕方ないでしょ……この洞窟が複雑すぎるのよ」
 二人の前に現れたのはセレンとセレアナだ。
「こんなところで何してるの? ここは危ないところなのよ」
 セレンは膝に手を当てて子供たちにそう尋ねる。
「………………」
 なぜか子供たちは絶句している。
「いや、その、姉ちゃんたち、なに?」
 コウイチが指をさして言った。
「うん? お姉ちゃんたちは……そうね。さしずめ、通りすがりの正義の味方、ってところかしら」
 ふふん、と胸を張って言う。
「正義の……なんだよ、その格好……」
 タカシが言う。二人は洞窟内にもかかわらず、水着姿に上着という、ちょっと変わった格好をしている。
「この服装はねっ!」
 セレンがどこぞの変身ヒーローのようなポーズをとった。
「綺麗で、かっこよくて、強い! そんなお姉さんの、戦闘服なのよ!」
「………………」
「………………」
「………………」
 セレアナは少し離れた場所で軽く咳払いをした。心なしか恥ずかしそうだ。
「というわけだから、お姉さんたちと一緒にここを出ましょう。ね?」
「えー……」
 コウイチはどことなく嫌そうだ。
「コウイチくん! タカシくん!」
 声が聞こえ、セレンたちが振り返る。
「あんたらは?」
 陽一が聞く。セレンたちは軽く自己紹介していると、ユカが飛び出してコウイチたちに抱きついた。
「心配したよぅ、もう」
 二人が少しだけ恥ずかしそうに謝る。
「これまた素敵なお嬢さんがた。魅力的な衣装ですね」
「ありがとー♪」
 エースが花を渡して言うとセレンは顔をほにゃんと崩して笑う。セレアナは顔を赤くして俯いた。
「怪我はないみたいね」
 エスタナが聞くと、二人はこくりと頷いた。
「それじゃあ行きましょう。春樹さん、お願いします」
「はい」
 一乃が言い、春樹が答える。春樹は自らの作成したマップを手に、皆の先頭に立って歩き始めた。
 道中、コウイチとタカシはどことなく、にやにやと笑みを浮かべていた。



「出口だな」
 強い光を前に、陽一が言う。警戒しながら洞窟の外へと出ると、辺りはもう薄らと赤みを帯びていた。
「なんとか、日が暮れる前に出られましたね」
「そうだね。よかった」
 一乃とエースが言葉を交わす。
「春樹さんのおかげで、迷わずに済みましたね」
「役に立ってよかったです」
 エスタナの言葉に、春樹も笑顔で返した。
「……はあ。でも、結局、強いモンスターとか、お宝とか、そういうのはお預けかあ」
 セレンが少しだけ上を向いて言う。
「……いや、そうでもないぜ」
 誰かが答え、皆の足が止まった。注目の中心にいたのは、コウイチとタカシだ。
「ほら、ユカ」
「やるよ」
「え?」
 二人はほぼ同時に、ポケットからなにかを取り出してユカへと向けた。
 コウイチは赤い石を、そして、タカシは青い石を手にしていた。
「……どうしたの、それ?」
 セレアナが覗き込んで聞く。
「見つけたんだよ。さっき」
「洞窟の途中に落ちてたんだ」
 少しだけ弾んだ声で、二人は交互に応えた。
「あの石は……」
「確かに綺麗だけど、ただの石だね」
 エスタナとリリアが小声で話す。
「でも……二人の分は?」
「いや、俺たちの分はあるから!」
「そうだよ、これは、その、あまり! あまりだから!」
「……そうなんだ」
 ユカは二人の持った石をしばらく見つめたあと、静かに両手を伸ばす。
 その両手に、コウイチとタカシはゆっくりと、その小さな手のひらに石を握らせた。
「ありがとっ」
 ユカは二人に向かって、ぱあっと明るい笑顔を浮かべた。
「……あの子たち、十年後に苦労するわね」
「こら」
 変なことを言うセレンを、軽くセレアナがつついた。



「しかし妙でしたね」
 子供たちを家に送り返す途中、春樹が振り返って言った。
「あのモンスターたち、なんというか気が立っていた気がします」
「気づいたかい?」
 春樹の言葉に、エースが答える。
「縄張りを荒らされ、ちょっと凶暴化していた感じだね。やはり、例の噂が関係しているのかな」
「モンスター夫婦、でしたっけ」
 春樹の言葉に、エースが頷く。
「奥に入っていった人たちもいたみたいですよね」
 一乃も続く。
「大丈夫かな……なにもないといいんですけど」
 エスタナが振り返って口にした。
「モンスターのレベルはそれなりに高かったですからね。限界を感じたら、引き返すとは思いますけど」
「だといいんですけど」
 一乃の言葉にも、エスタナは心配そうだ。
「大丈夫」
 そんな心配そうな声を、陽一が跳ね返す。
「新婚ほやほやの幸せな連中が、大暴れするとは思えないよ」
 陽一が、どこか意味深そうな言葉を言い、前を歩くセレンたちのあとに続いた。
 皆は最後に洞窟の入口を見て、陽一たちの背中を追った。