|
|
リアクション
【4】精霊と祠
エースがぱちんと指を鳴らすと、石化した男の身体に絡みついていた草はその任を終えて、ただのもの言わぬ植物に戻った。
彼のすぐ傍では舞花がハーヴィの両手を縛っていた縄を解き、気遣うように声をかけている。
「怪我はしていませんか。あなたが族長さんですよね?」
「ああ、大丈夫じゃ。随分と世話になった」
その幼い風貌に似合わぬ年老いた口調で答えてから、ハーヴィは集まった契約者たちをずいっと見回す。
「お前さんたちは茶会に来てくれたお客人かの?」
「そうです。まさか妖精を束ねる族長が、こんなに素敵なお嬢さんだとは思いませんでした。これをどうぞ」
ハーヴィは少しきょとんとした表情を浮かべていたが、素直にエースに差し出された花を受け取って礼を述べる。
「あー! 皆いまふた!」
ふいに響いた声に驚いて森の方を見ると、ピンクのもふもふした花妖精が後ろの男女に声をかけて、早く早くと急かしている。
「軽装備だし、こんなに森の奥へ入る予定はなかったのでありますが……」
「でもまぁ、あんまり敵に会わずに来られたし結果オーライじゃないかな?」
ごちる剛太郎に答えながら、詩穂はリイムの後を追ってハーヴィたちの元へ馳せ参じた。
「お前さんがそれを拾ってくれたのか」
「ん、これ?」
ハーヴィは頷くと、詩穂が持っていた琥珀のペンダントを受け取って自身の首にかけた。
「これを拾ってから、動物たちはお前さんを襲ったかの?」
「ううん。特に襲われたりはしなかったけど……」
それを聞いて、ザカコが信じられないと声を上げた。
「自分たちは相当嫌な思いをしたんですが」
思い出したように顔をしかめたザカコの隣で、ルカルカもうんうんと首を縦に振っている。
「この琥珀も我と同じ、古くから森に属しているモノじゃからのう。身に着ければこの森で生まれた者と同様に扱われ、狼が牙を剥くこともない。動物同士が互いを攻撃しなかったのは、単に彼らの標的がこの森にとっての『部外者』に限られていたから、という理由なんじゃよ」
「じゃあ、ここに来てから一度も動物たちが襲ってこないのは……」
「うむ、我がいるからじゃよ。我以外、妖精たちは皆外から来た者たちじゃから心配ではあるが――まぁ、何とかなっているじゃろ。それよりも……」
舞花の手を借りながら立ちあがったハーヴィは、岩壁に開いた小さな洞穴の前に歩いて行く。洞窟、というには形が整い過ぎているようにも思える穴の奥は暗く、外からは辛うじて小さな祠が安置されているのが見えるだけだった。それより奥には外界からの光さえ遮断する、真っ黒な闇があるばかりだ。
「この穴は?」
「奥に、『煌めきの災禍』と呼ばれる災いが封じられておる。森に混沌をもたらす元凶じゃから、我以外に存在を知る者がいるとは思わなんだが……奴ら、どこで情報を得たのやら。まぁ、連中の脅しに屈して封印を解いてしまった我にも過失はあるが……」
「つまり、この穴を封じれば一件落着ってことですか?」
「そういうことじゃ。そこの吸血鬼と白いの、やめておけ。世の中には知らない方が良いこともあるぞ」
ハーヴィは祠にサイコメトリをかけようとしていたメシエとコアトーに対して、それ以上近づくなという手振りをした。
「さぁ皆の衆、少し下がっていておくれ」
ハーヴィが目を閉じて詠唱を始めると、洞穴の脇にあった大きな丸岩が動き出し、やがてその入口にぴったりと収まって穴を塞いだ。
すると森を覆っていた不穏な空気はすっかり和らぎ、鳥や小動物が木の実を探して奔走する平和な秋の情景が戻ってきた。心なしか陽の光さえも柔らかく感じる。
「これでよし。お前さん方には迷惑をかけたのう。集落に戻ったらもてなしをさせておくれ」
「お茶会、再開されるんですね! 楽しみです!」
ぱっと顔を輝かせたコーディリアが妖精とお菓子作りをしたいと言えば、ルカルカは私が持ってきたハーブティーやチョコバーも出そう、と微笑む。
どこまでも青い空の下で、女性陣の和気あいあいとした笑い声が森に木霊していた。